第265話 アミィの答え
ヴァルクレイド・セレス用支援核フレームの初期起動試験は、成功と記録された。
アミィ本人には直接接続しない。
レータ単独搭乗。
支援核フレームは外部接続。
命令層反応なし。
拘束系再浮上なし。
ヴァルクレイド周辺に限定された通信保護と局地安定化を確認。
それは、ヴァルクレイド・セレス計画にとって大きな一歩だった。
だが、それはアミィが乗ることを意味しない。
その確認が、次に必要だった。
試験後、アミィの状態確認が行われた。
場所は、ルクス内の静穏区画。
エデンの術式支援を受けながら、光と音は最小限に抑えられている。
カナデは、アミィ本人反応を見ながら言った。
「アミィ本人反応、少し疲労があります。ただし、大きな乱れはありません。命令層残滓の上昇も見られません」
イリスが頷く。
「白金色の支援核反応に対する恐怖はありますが、拒絶だけではありません。観察反応も残っています」
レータは静かに息を吐いた。
「話せる?」
カナデは少し考えてから答える。
「短時間なら」
その声は穏やかだが、条件ははっきりしていた。
「ただし、本人意思確認は慎重に行います。レータさんが答えを誘導しないこと。『乗る』方向へも、『乗らない』方向へも押さないこと」
「分かってる」
「乗らなくてもいい。見るだけでもいい。嫌なら嫌と言っていい。それだけを伝えてください」
レータは頷いた。
「うん」
ユイ、ナユ、リンも同席していた。
ただし、三人は少し離れた位置にいる。
アミィが必要とした時だけ、短く声をかけるためだった。
リンは少し居心地悪そうに腕を組みかけて、また下ろした。
「こういうのは、何度やっても慣れないな」
ナユが静かに言う。
「慣れなくても、ここにいればいい」
「……それ、アミィに言うやつだろ」
「リンにも言える」
リンは少し黙った。
ユイが小さく微笑む。
「二人とも、少し声を抑えてください」
「分かってる」
「うん」
カナデが合図した。
「始めましょう」
アミィの本人反応が、ゆっくり浮上した。
レータは、保護カプセルのそばに立つ。
「アミィ」
少し間が空く。
そして、以前よりもはっきりした声が返ってきた。
『レータ……ここにいる?』
「いるわよ」
『ユイも?』
ユイが答える。
「はい。ここにいます」
『ナユ……リン……?』
ナユが静かに言う。
「いるよ」
リンも短く答える。
「いる」
アミィの反応が、少しだけ安心したように揺れた。
『みんな……命令じゃない』
レータは頷いた。
「命令じゃない」
少しの沈黙。
レータは、言葉を選んだ。
「アミィ。昨日、ヴァルクレイドを見たわね」
『白い……光』
「うん。白い光」
『怖い。でも、前と違う』
「そう。前と違う形にしてる途中」
レータは、胸の奥に力が入るのを感じた。
急がない。
押さない。
アミィが答えを探す時間を奪わない。
「今日は、もう一度だけ確認したいの」
アミィの反応が、少し揺れる。
『確認……命令?』
「違う」
レータはすぐに言った。
「答えなくてもいい。考えてもいい。嫌なら嫌って言っていい」
アミィは黙っている。
レータは続けた。
「ヴァルクレイド・セレスは、あなたを戦わせるための機体じゃない」
『戦う……こわい』
「うん。怖くていい」
「乗らなくてもいい。見るだけでもいい。隣に座るかどうかは、アミィが決めていい」
『アミィが……決める……』
「そう」
レータは、短く、はっきりと言った。
「乗りたくなければ、乗らなくていい」
アミィの反応が、静かに揺れた。
言葉を探している。
怖い。
白い。
セレスティア。
檻。
盾。
レータの隣。
それらが、アミィの中でまだ整理されきっていないのが分かる。
カナデは止めなかった。
イリスも、ただ反応を見守っている。
リゼルの術式光が、遠隔で静かにアミィの反応を支えていた。
やがて、アミィは短く言った。
『今は……乗らない』
レータは、即座に答えた。
「うん」
迷わなかった。
驚きも、落胆も、隠す必要はなかった。
最初から、それでいいと決めていた。
「それでいい」
アミィの反応が揺れる。
『いい……?』
「いい。今は乗らない。それでいい」
アミィは、しばらく沈黙した。
それから、続けた。
『でも……隣は見たい』
レータの胸が熱くなる。
「うん」
『レータの隣……怖い。でも、見たい』
「それでいい」
ユイが静かに言った。
「それはアミィの返事です」
アミィの反応が、ユイの方へ向いた。
『アミィの……返事……』
「はい。命令ではありません。誰かに言わされたものでもありません」
『乗らない……返事?』
「はい」
『隣、見たい……返事?』
「はい」
アミィの反応は、穏やかに揺れた。
『アミィ……決めた……?』
レータは頷いた。
「決めたわ」
ナユが、静かに口を開いた。
「分からないままでも、少しずつでいい」
アミィの反応が、ナユへ向く。
『ナユ……分からない……でも、いる』
「うん。分からないことがあっても、ここにいる」
『アミィ……まだ分からない』
「それでもいい」
ナユの声は、静かだった。
「今は、分かるところだけでいい」
アミィは、その言葉を受け止めるように黙った。
次に、リンが少しだけ視線を逸らしながら言った。
「乗らないって決めるのも、決めることだ」
アミィがリンへ反応を向ける。
『乗らない……決める……』
「そう」
リンは不器用に続ける。
「戦わないって決めるのも、動かないって決めるのも、命令じゃない。自分で決めたなら、それは決めたことだ」
少し間が空く。
「……たぶん」
レータが小さく言う。
「リン」
リンは慌てて言い直す。
「いや、たぶんじゃない。決めたことだ」
アミィの反応が、少しだけ柔らかくなった。
『リン……また、たぶん』
「悪かった」
『たぶん……でも、少し分かる』
リンは困ったような顔をした。
「それならいい」
カナデが、その様子を見守りながら記録する。
「接触対象が増えても、自己応答は維持されています。良い傾向です」
イリスも頷く。
「命令層残滓の上昇なし。アミィ本人反応、安定しています」
黒瀬が、会話の記録を確認していた。
彼女は、感情を挟まない声で言った。
「本人意思確認として記録します」
三島が隣で端末を構える。
黒瀬は一つずつ読み上げた。
「PT-A01アミィ。ヴァルクレイド・セレス搭乗について、現時点では拒否」
レータは、その言葉を聞いても動揺しなかった。
拒否。
それは、悪いことではない。
アミィが自分で決めたことだ。
黒瀬は続ける。
「ただし、隣の席を見ること、将来的な選択肢として保持することを本人意思として確認」
三島が記録を終える。
「記録しました」
リクトが静かに頷いた。
「今後の改修は、アミィ非搭乗運用を基本に進める」
グリッドも通信越しに答える。
『了解だ。後席が空でも運用可能な設計を維持する。支援核もアミィ本人反応に依存させない』
ミオが続ける。
『局地防衛支援は、レータさん単独運用を基準に調整します。アミィさんが乗る場合は、あくまで任意支援席として扱う形ですね』
リクトが頷く。
「そうだ」
カナデはアミィへ向き直る。
「アミィ。今の記録は、アミィが乗らなくてもいいという確認です」
アミィの反応が揺れる。
『乗らない……いい』
「はい」
『でも、見たい……いい』
「はい」
レータが静かに言う。
「待つわ」
アミィの反応が、少し止まった。
『待つ……?』
「うん。アミィが乗りたいって思うまで、待つ。乗りたくないなら、そのまま待つ。見たいだけなら、一緒に見る」
『レータ……待つ……』
「待つ」
レータは、はっきり言った。
「急がない。命令しない。隣はなくならない」
アミィの反応が、ゆっくり柔らかくなっていく。
『レータ、待つ……ありがとう』
その言葉に、レータは目を閉じた。
泣きそうになった。
でも、今は泣き崩れない。
アミィが自分で出した言葉を、ちゃんと受け止める。
「どういたしまして」
ユイが静かに微笑む。
「アミィ。今の言葉も、返事です」
『ありがとう……返事……』
「はい」
アミィは、小さく呟いた。
『アミィ、今は乗らない。でも、隣は見る』
レータは頷いた。
「うん。それでいい」
会話はそこで終了となった。
カナデが、アミィ本人反応に疲労が出ていると判断したためだ。
「アミィ。今日は休みましょう」
アミィは、少しだけ反応を揺らした。
『休む……選ぶ』
「はい」
『アミィ、休む』
イリスが報告する。
「本人反応、安定したまま保護状態へ移行します。命令層残滓の上昇なし」
ナユが小さく言った。
「おやすみ」
リンも少し遅れて言う。
「またな」
ユイが続ける。
「また話しましょう」
レータは最後に言った。
「ここにいるわ」
アミィの反応は、穏やかに沈んでいった。
アミィが眠った後、会議室では今後の方針が整理された。
リクトが表示を切り替える。
「ヴァルクレイド・セレスは、アミィ非搭乗運用を基本とする。支援核フレームは、レータ単独搭乗時でも局地防衛支援として機能するよう調整を続ける」
グリッドが頷く。
『後席周りは仮設構造のまま残す。ただし、アミィ本人反応を起動キーにはしない。これでいいな』
黒瀬が答える。
「監査条件としても、それが妥当です」
ミオが補足する。
「アミィさんが将来乗るとしても、支援補助席です。機体の維持や支援核安定のために必要な存在にはしない方針を維持します」
カナデが頷く。
「それが、本人の回復にも必要です」
レータは黙って聞いていた。
今は乗らない。
でも、隣は見る。
その言葉が、ずっと胸の中に残っている。
拒否ではない。
承諾でもない。
自分で決めた、今の答え。
それを尊重することが、隣に座るための最初の約束だった。
ユイが静かに言う。
「次は、ノクス・レクイエムですね」
室内の空気が少し変わった。
リクトが頷く。
「ああ。ヴァルクレイド・セレスは、本人意思を確認したうえで次段階へ進める。次は、ノクス・レクイエムの術式安定化だ」
アシュの通信が入る。
『やっとこっちか』
ユイは静かに答えた。
「はい。避けては通れません」
『分かっているならいい』
ノクス・レクイエム。
命令層を断ち切る力。
アミィを救うために使った力。
そして、扱いを誤れば本人反応すら傷つける危険な力。
アミィが自分の答えを出した今、次に向き合うべきはユイの機体だった。
静穏区画では、アミィが眠っている。
その眠りは、以前よりも少し深く、穏やかだった。
今は乗らない。
でも、隣は見る。
その答えは、ヴァルクレイド・セレス計画の制限ではなく、出発点になった。
アミィはもう、ただ守られるだけの存在ではない。
自分で怖いと言い、自分で見たいと言い、自分で乗らないと決めた。
それは、小さくても確かな意思だった。
そしてルクス側は、その意思を記録し、尊重した。
命令ではなく、返事で進むために。
次の調整は、ノクス・レクイエム。
檻をほどいた後、今度は切る力と向き合う時が来ていた。




