第264話 ヴァルクレイド・セレス初期起動試験
ヴァルクレイドの整備架台に、白金色の支援核フレームが運び込まれた。
まだ正式な組み込みではない。
背部フレームへ直接固定するのではなく、外部接続用の仮設ユニットを介して接続する。
いつでも切り離せる。
命令層反応が出た場合、即座に遮断できる。
アミィ本人反応とは、接続しない。
それが、今回の初期起動試験の絶対条件だった。
整備区画では、グリッドが仮接続部の確認を行っていた。
「支援核フレーム、外部接続位置へ固定。機械的ロック、第一、第二、第三、全部正常。緊急切離し機構も生きてる」
整備員が報告する。
「背部仮設接続アーム、安定。重装フレームへの負荷、許容範囲内」
グリッドは端末を見ながら頷いた。
「よし。まだ中に入れるなよ。あくまで外からつなぐだけだ」
通信越しにリクトが答える。
『分かっている。術式側も隔離層を維持している』
エデン側の術式室では、リクトとリゼルが術式反応を監視していた。
支援核フレームの内部に一時転写されたセレスティア保護支援系は、安定状態を保っている。
拘束系反応は検出されていない。
命令層残滓も混入していない。
少なくとも、今のところは。
アシュの声が、低く通信へ入った。
『命令層反応が出たら即中止だ』
リクトは即答する。
「了解している」
『迷うな。少しでも出たら切れ』
「切る」
グリッドが整備区画でぼやく。
「全員同じことを何回も確認してるな」
黒瀬が端末を手に言った。
「必要です。今回の試験は、アミィさん本人には直接接続しないとはいえ、セレスティア由来の反応を実機へ接続する初回試験です」
「分かってるよ」
グリッドはヴァルクレイドを見上げた。
「だから仮接続なんだ」
アミィは、試験場には来ていなかった。
静穏区画で、低刺激映像と音声だけを受け取る。
見たくなければすぐ切れる。
聞きたくなければ閉じられる。
その条件で、短時間だけ見学することになっていた。
カナデとイリスが、アミィのそばにいる。
カナデが優しく確認する。
「アミィ。今日は、レータさんがヴァルクレイドに乗ります」
アミィの反応が、少し揺れる。
『レータ……乗る……』
「はい。アミィは乗りません」
『アミィ……乗らない』
「そうです。見るだけでもいい。見なくてもいい」
『見る……でも、こわい』
「怖くていいです」
イリスが反応値を見る。
「本人反応、安定しています。恐怖反応はありますが、命令層残滓の上昇はありません」
カナデは頷いた。
「では、低刺激映像を開きます。嫌になったら、閉じていいです」
『閉じる……選ぶ……』
「はい。選べます」
アミィは少し沈黙した。
『見る』
「分かりました」
低刺激映像が、静穏区画の小さな画面に映る。
そこには、ヴァルクレイドの姿があった。
レータは、ヴァルクレイドの操縦席に座った。
いつもの機体。
重装のフレーム。
自分の判断に応える操縦系。
だが、今日は違う。
背部には、セレスティア保護支援系を収めた支援核フレームが外部接続されている。
アミィを閉じ込めていたものの一部を、守る力として使えるかどうか。
その最初の試験だった。
レータは深く息を吐く。
「ヴァルクレイド、起動準備」
グリッドの声が入る。
『機体側、通常起動は問題なし。支援核フレームはまだ眠らせてある』
リクトが続く。
『術式側も待機。保護支援系、安定。命令層残滓なし』
ミオは支援網を外側に薄く展開していた。
『こちらは外周緩衝に入ります。ヴァルクレイド本体には干渉しません。支援核が外へ広がりすぎた場合だけ抑えます』
リゼルの声も静かに入る。
『この試験は、押し込む力を使うものではありません。包む形が保てるかを見るものです』
レータは頷いた。
「分かってる」
その言葉は、皆への返事でもあり、自分への確認でもあった。
「檻じゃなくて、盾にする」
黒瀬が記録する。
「ヴァルクレイド・セレス用支援核フレーム、初期外部接続試験開始」
ジンの声が入る。
『レータ、無理はするな。異常があれば即停止だ』
「了解」
レータは操縦桿を握った。
「ヴァルクレイド、起動」
機体が低く唸る。
重装フレームに電力が通り、センサーが立ち上がる。
ここまでは通常通り。
そして、次の段階へ進む。
リクトが言った。
『支援核フレーム、第一段階起動』
白金色の光が、ヴァルクレイドの背部で薄く灯った。
一瞬、レータの体が強張った。
白金色の光。
セレスティアを思い出す色。
アミィを閉じ込めていた檻の色。
だが、その光は広がらなかった。
戦場全体を覆うような圧はない。
思考を鈍らせる干渉もない。
命令層へ押し戻すような重さもない。
ヴァルクレイドの周囲だけに、薄い膜のような反応が展開する。
通信が澄む。
外部ノイズが少し遠ざかる。
機体周辺の反応が、乱れにくくなる。
リクトが数値を読み上げる。
『保護支援系、展開。範囲はヴァルクレイド周辺十五メートル。通信保護、局地安定化を確認。命令層反応なし』
イリスが静穏区画から報告する。
『アミィ本人反応、微弱に揺れています。命令層残滓の上昇はありません』
ミオが支援網から確認する。
『これは、私の支援網とは違います。広域支援ではありません。範囲は狭いですが、通信と反応を守る密度が高い』
リゼルが続ける。
『囲むのではなく、外からの干渉を和らげる形です。今のところ、押し込む術式ではありません』
グリッドが整備表示を見る。
『機体側負荷、許容範囲。背部仮設接続部も安定している』
ジンが聞く。
『レータ、感覚はどうだ』
レータは少し目を閉じた。
操縦系の奥に、白金色の気配がある。
けれど、それは操縦を奪わない。
指示もしない。
動きを押しつけない。
ただ、外側に薄い壁があるような感覚。
「押さえつける感じはしない」
レータは言った。
「命令されてる感じもない。……少し変な感じはするけど、操縦の邪魔はしてない」
リクトが確認する。
『支援核側からの制御入力は?』
「なし。ヴァルクレイドは私の操作に反応してる」
アシュが通信で低く言う。
『油断するな』
「してない」
レータは短く返した。
「でも、今のところ、檻じゃない」
その言葉に、術式室側の空気が少しだけ緩んだ。
静穏区画で、アミィは低刺激映像を見ていた。
白金色の光が、ヴァルクレイドの周囲に薄く広がっている。
その色に、アミィ本人反応が微かに震える。
カナデが声をかける。
「アミィ。怖いですか」
アミィは少し時間をかけて答えた。
『白い……こわい』
「はい」
『でも……前と違う?』
イリスが反応値を見ながら、静かに目を細める。
「本人反応、自己応答を維持。恐怖反応はありますが、観察が続いています」
カナデはアミィの声に答える。
「前とは違います。今はアミィを閉じ込めていません」
『つながってない……?』
「つながっていません」
『レータ……だいじょうぶ?』
カナデは一瞬だけ驚いた。
アミィが、自分の怖さではなくレータの状態を聞いた。
その変化は小さいようで、大きかった。
通信を限定的にレータへつなぐ。
カナデが言う。
「レータさん。アミィが、レータさんは大丈夫かと聞いています」
操縦席のレータは、少しだけ目を見開いた。
「アミィが?」
『レータ……だいじょうぶ?』
レータは、ゆっくり答える。
「大丈夫。少し変な感じはするけど、大丈夫」
『命令……ない?』
「ない」
『押さえない?』
「押さえない」
アミィの反応が、少し落ち着く。
『白い……でも、前と違う……』
「うん。違う形にしてる」
『檻……じゃない?』
レータは支援核の光を感じながら答えた。
「檻じゃなくて、盾にする途中」
アミィは、しばらく黙った。
『途中……』
「うん。まだ途中」
カナデが静かに合図を出した。
アミィ本人反応に疲労の兆候が出始めている。
「今日は、ここまでにしましょう」
アミィは、画面を見ていた。
『見る……まだ……』
カナデは優しく言う。
「今日はここまでです。続きはまた見られます」
『また……?』
「はい。またです」
レータも通信で言った。
「アミィ、また見せる。急がない」
『急がない……』
「うん」
アミィの反応が、ゆっくり保護状態へ戻っていく。
『白い……こわい。でも……前と違う』
それが、今日のアミィの最後の言葉だった。
試験終了が宣言された。
リクトが指示を出す。
『支援核フレーム、出力低下。第一段階停止』
白金色の膜が、ゆっくりと薄れていく。
ヴァルクレイドの周囲から、保護支援系の反応が消えた。
グリッドが確認する。
『機体側、異常なし。仮接続部、熱上昇なし。緊急切離し機構も正常』
ミオが報告する。
『支援網側から見ても、広域干渉はありませんでした。ヴァルクレイド周辺の局地防衛支援として成立しています』
イリスが続ける。
『アミィ本人反応、軽度疲労。命令層残滓の上昇なし。セレスティア由来反応への恐怖はありますが、拒絶だけではなく観察を維持しています』
リゼルが静かに言った。
『包む光としては、第一段階成功です。ただし、まだ盾として持ち続けるには安定確認が必要です』
アシュも通信で言う。
『今日の結果だけで信用するな。次も同じとは限らない』
リクトは頷いた。
「分かっている。だが、初期条件は満たした」
黒瀬が記録する。
「ヴァルクレイド・セレス用支援核フレーム、初期外部接続試験。アミィ本人への直接接続なし。レータ単独搭乗。命令層反応なし。拘束系再浮上なし。局地通信保護および反応安定化を確認。試験成功。ただし本格起動は未承認」
レータは操縦席で、ゆっくり手を離した。
腕に力が入っていたことに、そこで気づく。
「……疲れた」
グリッドが通信で答える。
『初回としては上出来だ』
「上出来なのに疲れるのね」
『上出来だから、その程度で済んだんだよ』
レータは小さく笑った。
「そういうことにしておく」
試験後、レータは静穏区画の前まで来た。
アミィはもう眠っている。
会話はしない。
カナデからも、今日はこれ以上の接触は禁止されている。
それでも、レータは扉の外で少しだけ立ち止まった。
「アミィ。今日は見てくれてありがとう」
返事はない。
それでいい。
レータは続ける。
「怖かったわよね。でも、見てくれた。私も少し怖かった。でも、前とは違った」
ユイが隣に来る。
「成功でしたね」
「まだ途中だけどね」
「はい。途中です」
レータは扉を見つめた。
「今は乗らない。でも、見る。知りたい。あの子がそう言ったから、こっちも急がない」
ユイは頷いた。
「それが、隣に座るための最初の条件だと思います」
レータは少しだけ笑った。
「隣に座るって、思ったより大変ね」
「はい」
「でも、悪くない」
「そうですね」
術式室では、リクトが最終報告をまとめていた。
支援核フレームの反応。
ヴァルクレイド側の機械負荷。
ミオの支援網との干渉。
アミィ本人反応への影響。
命令層残滓の有無。
拘束系再浮上の有無。
全てを確認したうえで、リクトはジンへ報告した。
「ヴァルクレイド・セレスの初期起動条件は満たしました」
ジンは静かに頷いた。
「本格起動は」
「まだ先です。次は外部接続状態での安定試験を数回。その後、ヴァルクレイド本体への仮組み込み。アミィの搭乗は、本人が望まない限り行いません」
黒瀬が記録する。
「ヴァルクレイド・セレス計画、初期起動段階へ移行。ただし、アミィ非搭乗運用を基本とする」
リクトは、支援核フレームの白金色の反応を見る。
押し込む光ではなく、包む光。
檻ではなく、盾へ向かう力。
まだ完成ではない。
だが、機体はようやく実機段階へ進み始めた。
ヴァルクレイド・セレス。
その名が、少しずつ形を持ち始めていた。




