第251話 フォージ出張整備班
アース・フォージの軌道上には、巨大な工廠リングが回っていた。
金属の輪。
無数のドック。
絶え間なく動く輸送艇。
溶接光。
資材搬送レール。
機械音と警告灯。
ヴェルデの緑とは正反対の世界だった。
クロウヴェイル・ノアは、その工廠リングの外部接舷区画に固定されている。
ルクス・ヴァルキュリア本隊と分かれ、フォージへ向かった整備班は、到着直後から休む間もなく作業に入っていた。
艦橋で、カイルが大きく息を吐く。
「……休む暇がねえ」
隣でレイが外部センサーを確認している。
「休みに来たわけじゃない」
「分かってるけどよ。到着して十分で仕様書三回更新は予想外だろ」
「フォージらしいと言えば、らしい」
カイルは窓の外を見た。
工廠リングでは、巨大な機械腕が装甲板を運び、別の区画では推進器が試験噴射を行っている。
遠くのドックでは、艦艇用の外装フレームが組み上がっていた。
便利だ。
確かに便利だ。
だが、静かに休む場所ではない。
「ヴェルデ組、今ごろ風とか見てるんだろうな」
カイルがぼやく。
レイは淡々と答えた。
「こちらは鋼材を見ている」
「差がひどい」
工廠区画では、グリッドが完全に忙殺されていた。
フォージ側の工廠主任が三人。
ルクス側整備班が五人。
クロウヴェイル・ノアの技術員が数人。
そこへ、各機体の規格データが並んでいる。
アルタイル・ノヴァ・ブレイス。
フェンリオン・リサイト。
ルナ・スケイル・リフレクト用の支援パネル交換部材。
ヴァルクレイド・セレス用の支援核フレーム。
通信保護ユニット。
複座化用の仮設コックピット部材。
重装フレーム補強材。
画面はすでに情報で埋まっていた。
フォージ側の主任が言う。
「この支援核フレーム、旧帝国規格とルクス側規格とフォージ側加工規格が混在していますね」
グリッドが眉間を押さえる。
「混在してるから、ここに持ってきたんだよ」
「加工はできます。ただし、熱処理工程を変える必要があります」
「変えてくれ」
「その場合、通信保護ユニットの固定部材と干渉します」
「じゃあ固定部材を変える」
「すると、ヴァルクレイド側の重装フレームと接続角度がずれます」
「だから調整するんだろ!」
グリッドの声が工廠区画に響く。
カイトは少し離れた場所で、そのやり取りを聞いていた。
「グリッドさん、大丈夫かな」
セラが隣で弾薬データを確認しながら答える。
「大丈夫ではなさそうです」
「やっぱり」
「ただ、作業は進んでいます」
「それがすごい」
工廠主任の一人が、別端末を示した。
「アルタイル・ノヴァ・ブレイスの左肩フレームですが、既存補修よりこちらのフォージ製複合フレームを使った方が軽くできます」
カイトが顔を上げる。
「軽くなるんですか」
「はい。ただし、軽くすると今まで通り盾で全部受ける運用には向きません」
グリッドが即座にカイトを見る。
「聞いたか」
「聞きました」
「盾で全部受けるな」
「努力します」
「努力じゃなくて運用を変えろ」
フォージ主任が淡々と続ける。
「防御姿勢時の負荷分散を再調整すれば、機動性は上がります。ただし、肩部で受ける衝撃は減らす必要があります」
カイトは少し考えた。
これまでは、守るために受けていた。
通信路を守るため。
艦を守るため。
アミィを守るため。
でも、守る方法は受けるだけではない。
「分かりました。機体に合わせます」
グリッドは少しだけ驚いたようにカイトを見た。
「本当に分かってそうだな」
「最近、少しは」
「ならいい」
別の試験区画では、セラのフェンリオン・リサイト用弾薬調整が進んでいた。
フォージ側の弾薬担当者は、旧帝国規格の狙撃補助弾とフォージ製高安定弾を並べている。
「高精度弾の完全再現は難しいです。ただし、用途別に分ければ補充できます」
セラは端末を見る。
「用途別」
「はい。支援端末狙撃用、装甲薄部位狙撃用、牽制用、通信アンテナ破壊用。全てを一種類で賄おうとすると性能が落ちます」
セラは頷いた。
「分けた方がいいです」
弾薬担当者は、満足そうに頷く。
「では、試験項目を増やします」
セラの動きが一瞬止まった。
「どれくらいですか」
「二十七項目です」
少し離れた場所で聞いていたカイトが、思わず振り向いた。
「本当に二十七なんだ……」
セラは静かに言った。
「必要なら行います」
カイルの通信が入る。
『セラ、無理すんなよ』
「無理ではありません。必要な調整です」
『その言い方、グリッドと同じだぞ』
「そうでしょうか」
セラは少しだけ首を傾げた。
弾薬担当者は淡々と試験予定を追加していく。
フォージは妥協しない。
使うなら、使えるようにする。
その代わり、休む暇もない。
ヴァルクレイド・セレス用の部材加工は、別の高精度工廠で始まっていた。
そこにヴァルクレイド本体はない。
レータもアミィも、ヴェルデに残っている。
ここで作るのは、あくまで部材だけだった。
リクトから送られた設計データをもとに、フォージ側が支援核フレームの試作加工を進めている。
グリッドは、ようやく少し落ち着いた声で説明する。
「支援核フレームは、セレスティア保護支援系を直接入れる器じゃない。まずは安全に隔離して、命令層や拘束系が混じっていないか確認するための外部フレームだ」
フォージ主任が頷く。
「つまり、制御核ではなく試験用の受け皿ですね」
「そうだ。最終的にはヴァルクレイドへ組み込む可能性があるが、今は試験用。アミィ本人反応には直接つながない」
「了解しました。では、接続規格は三重遮断式にします」
「できるのか」
「できます。ただし、少し大きくなります」
「大きくなってもいい。安全優先だ」
カイトは、そのやり取りを聞いていた。
ヴァルクレイド・セレス。
レータとアミィの隣に座る場所。
まだ図面だけの機体。
でも、その部材が今、フォージで形になろうとしている。
カイトは小さく言った。
「本当に作るんですね」
グリッドが答える。
「作る。ただし、急いで雑には作らない」
「はい」
「アミィを戦わせるためじゃない。乗るかどうか選べる場所を作るためだ」
「分かっています」
カイトは頷いた。
それは、ヴェルデに残ったレータが何度も確認したことだった。
命令ではなく、選択。
檻ではなく、盾。
代わりではなく、隣。
その理念を、部材にも反映しなければならない。
クロウヴェイル・ノアの外周では、レイが警戒を続けていた。
フォージは安全に見える。
少なくとも、外縁防衛線よりは安全だ。
だが、帝国追撃部隊や監察局系統が完全に撒かれた保証はない。
レイはセンサー表示を見ながら、周辺航路を確認する。
「接近反応なし。だが、外周通信に遅延がある」
カイルの声が入る。
『こっちでも拾ってる。工廠の通常通信に混じって、妙に整ったノイズがあるな』
「監察局系か」
『まだ分からねえ。だが、ただの工業ノイズにしては綺麗すぎる』
レイは目を細めた。
フォージの工廠リングは、多数の通信と機械信号で満ちている。
その中に紛れれば、偵察波を隠すこともできる。
「警戒を続ける」
『了解。せっかく整備してる最中に襲われたら、グリッドが今度こそ切れるぞ』
「すでに切れかけている」
『それはそう』
工廠内では、作業がさらに進んでいた。
アルタイル・ノヴァ・ブレイスの左肩フレームは、フォージ製の複合補強材へ交換されることになった。
盾は軽量補強型へ再調整。
防御性能は落とさず、受け流しを重視する形になる。
セラの弾薬は、用途別に分けられる。
狙撃一発で全てを解決するのではなく、状況に応じて使い分ける。
セラ自身も、その方が自分の判断で撃ちやすいと判断した。
ヴァルクレイド・セレス用の支援核フレームは、試作一号の加工が始まった。
通信保護ユニットと複座化用の仮設インターフェースも、基礎部材だけは作れる見込みが立った。
ただし、全員の疲労も増えていた。
カイルは工廠通路の壁にもたれかかっていた。
「なあ、フォージって飯食う時間も機械の予定表に組み込まれてんのか?」
カイトが疲れた顔で答える。
「さっき『食事休憩は作業効率維持のため十五分推奨』って表示されてました」
「十五分……」
セラが淡々と言う。
「弾薬試験の合間に取れます」
「休憩まで試験の合間かよ」
そこへグリッドがやってくる。
「ぼやく暇があるなら、次の確認行くぞ」
カイルが顔を上げる。
「グリッド、目が死んでるぞ」
「気のせいだ」
「いや、完全に工廠に飲まれてる顔だ」
「うるせえ。ここは便利だが、要求も多いんだよ」
カイトが小さく笑う。
「ヴェルデ組、今ごろ休んでるんでしょうか」
グリッドは一瞬だけ遠い目をした。
「休んでてくれ。せめて向こうだけは」
カイルがぼやく。
「帰ったら、こっちも休ませてもらおうぜ」
レイが外周警戒から戻りながら言う。
「戻れればな」
その言葉で、空気が少し締まる。
「何かあったのか」
グリッドが聞く。
レイは端末を表示した。
「外周通信に不自然なノイズ。カイルも確認している。まだ敵反応とは断定できないが、監察局系の偵察波の可能性がある」
グリッドの表情が険しくなる。
「フォージまで追ってきたか」
カイルが肩をすくめる。
「こっちの転移先を完全に掴んだわけじゃないだろうが、フォージ方面を探ってる奴がいるのは確かだな」
セラが静かに言う。
「作業を急ぐ必要があります」
グリッドは深く息を吐いた。
「分かってる。だが、雑にはやらない」
カイトが頷く。
「早く、でも安全に」
「そうだ」
工廠リングの外で、フォージの機械光が瞬いている。
その光の中に、わずかに混じる不自然な通信ノイズ。
整備は進んでいる。
部材加工も始まった。
クロウヴェイル・ノア隊は、確かに役目を果たしつつあった。
だが、帝国の影はここにも届き始めている。
フォージ出張整備班に、休む暇はまだなかった。




