第248話 転移先会議
ノルン・ベイの静かな時間は、長くは続かなかった。
整備は進んでいる。
アミィの保護処置も、静穏区画へ移したことで少し安定している。
セレスティア保護支援系の分離試験も、第一段階は成功した。
けれど、帝国は待ってくれない。
管制室に、低い警戒音が響いた。
三島が報告する。
「後方遠距離に帝国反応。通常GD多数。カスタム機反応も混在。進路、ノルン・ベイ方向です」
ジンは正面表示を見つめた。
「追撃部隊か」
黒瀬が端末を確認する。
「レオン指揮下の主力ではない可能性があります。エリシオン、グラトン、ヘルメス隊は外縁防衛線側に残留。今回接近中の部隊は別動部隊、または監察局系統の追撃部隊と考えられます」
グリッドが整備状況を表示する。
「機体修理はまだ途中です。アルタイル・ノヴァ・ブレイスは動かせますが、本調子じゃない。ルナ・スケイルも支援網制限中。フェンリオンの弾薬調整は半分。ヴァルクレイドのフレーム補修も応急です」
ジンは短く息を吐いた。
「ここで迎撃戦を続けるのは無理だな」
「無理です」
グリッドは即答した。
「ノルン・ベイを守りながら長期戦なんてやったら、整備中の機体もアミィの保護区画も持ちません」
カナデも静かに言う。
「アミィの反応も、今は安定しているだけです。大きな戦闘振動や警報が続けば、命令層残滓やセレスティア残留反応が再び揺れる可能性があります」
ジンは決断した。
「転移撤退を使う」
管制室の空気が引き締まる。
それは予想されていた選択だった。
だが、簡単な選択ではない。
リクトがすぐに転移準備条件を表示する。
「接舷中のため、即時転移はできません。補給アーム切離し、接舷クランプ解除、ノルン・ベイ側システムとの分離、整備中機体の回収、アミィ静穏区画の転移保護、セレスティア隔離試験の安全停止が必要です」
三島が確認する。
「必要時間は」
「最低でも二十分。安全を見れば三十分」
グリッドが顔をしかめる。
「三十分か。追撃部隊の距離を考えると、かなりぎりぎりだな」
ジンは頷いた。
「だから、転移先も今決める。飛んでから考える余裕はない」
会議室に主要メンバーが集められた。
ジン。
黒瀬。
グリッド。
カナデ。
リクト。
ユイ。
レータ。
ミオ。
イリス。
カイト。
カイル。
レイ。
セラ。
画面には、転移候補が並んでいる。
アース・ヴェルデ方面。
アース・フォージ方面。
太陽系の地球圏。
既知航路外、アンノウン方面への座標ずれ危険域。
ジンが口を開く。
「転移先を決める。第一条件はアミィの安全。第二条件は艦と機体の整備。第三条件は帝国追撃からの離脱だ」
黒瀬が補足する。
「太陽系の地球圏へ戻れば、監査・整備・保護体制は最も安定します。ただし、帝国外縁戦線から距離が開き、地球側への正式報告と政治判断が必要になります」
グリッドが頷く。
「地球へ戻れば整備は楽だ。だが、ルクスやノクス・レクイエム、アミィ、セレスティア残留反応の説明で足が止まる」
ジンは腕を組む。
「それは分かる。フォージはどうだ」
グリッドは即答した。
「整備だけならフォージが一番です。アルタイル、フェンリオン、支援パネル、ヴァルクレイド・セレス用の部材加工。全部やりやすい。工廠設備がある」
リクトも続ける。
「ヴァルクレイド・セレスの支援核フレーム、通信保護ユニット、複座化部材、重装フレーム補強材。フォージなら加工が早い」
カナデが首を横に振った。
「ですが、アミィをフォージへ連れていくのは勧めません」
レータがすぐに反応する。
「刺激が強い?」
「はい」
カナデは画面のアミィ本人反応を表示する。
「アミィは今、静かな場所でようやく安定し始めた段階です。フォージの工業環境、機械音、整備音、強い照明、作業警報は刺激が多すぎる可能性があります」
ミオも頷く。
「セレスティア保護支援系も、静穏環境では落ち着いています。いきなり工業環境に移すと、外部刺激への防御反応が強まるかもしれません」
ジンは次に、ヴェルデ方面を表示した。
「ヴェルデはどうだ」
カナデは、少しだけ表情を和らげた。
「アミィの回復には最も適していると思います」
レータが画面を見る。
アース・ヴェルデ。
以前訪れた、緑の多い地球。
静かで、空気が柔らかく、戦闘とは遠い場所。
カナデは続ける。
「ヴェルデなら、戦闘音から離れた環境でアミィを休ませられます。本人反応の安定、短文応答、命令ではない日常の学習に向いています」
ユイが静かに言う。
「アミィにとっては、帝国施設でも戦場でもない初めての場所になります」
レータは小さく息を吐いた。
「何もしなくていい場所……」
「はい」
カナデは頷く。
「それを覚えるには、ヴェルデが良いと思います」
グリッドは少し困った顔をした。
「ただし、整備には向かない。最低限の補修はルクス内でできるが、本格改修は厳しい」
「つまり、ヴェルデでは休めるが直せない。フォージでは直せるが休めない」
カイルが肩をすくめた。
「どっちも欲しいって話だな」
ジンは黙って画面を見ていた。
その時、ユイが口を開いた。
「分ける、という方法があります」
全員の視線が向いた。
「ルクス・ヴァルキュリア本隊は、ヴェルデ方面へ転移します。アミィ、レータ、カナデ、イリス、ミオ、リクト、ノクス・レクイエム監視班は本隊に残り、アミィ回復とセレスティア再定義を進める」
ユイは、続けて別の表示を開いた。
クロウヴェイル・ノア。
「一方で、クロウヴェイル・ノアに整備班、必要機体、設計データを載せ、フォージ方面へ向かわせます」
グリッドが目を細める。
「整備出張か」
「はい。ルクス本体をフォージへ連れていかず、必要なものだけを運びます」
リクトがすぐに考え込む。
「ヴァルクレイド本体は?」
ユイはレータを見た。
「ヴァルクレイド本体は、レータと共にヴェルデ残留が良いと思います」
レータは少し驚いたようにユイを見る。
「私と一緒に?」
「はい。アミィの安定にはレータの存在が必要です。ヴァルクレイド本体をフォージへ送ると、レータの戦力も心理的支えも分断されます」
カナデも頷いた。
「私もその方が良いと思います。アミィにとって、レータさんが近くにいることは重要です」
リクトは表示を切り替える。
「なら、フォージで作るのは部材だけだな。支援核フレーム、通信保護ユニット、複座化用コックピット部材、重装フレーム補強材。完成品を後でルクスへ持ち帰り、ヴァルクレイド本体へ組み込む」
グリッドが頷く。
「それならできる。フォージ側の工廠を使えば、部材加工は早い」
カイトが少し不安そうに聞く。
「クロウヴェイル・ノアでフォージへ行くのは、誰ですか」
ジンが考える。
「整備責任者としてグリッド。機体確認でカイト。弾薬調整でセラ。護衛にレイとカイル。整備班を一部」
カイルが苦笑した。
「また仕事か」
レイが淡々と言う。
「休めると思っていたのか」
「思ってねえよ。ただ、ヴェルデ組は休むんだろ?」
レータが少しだけ笑う。
「帰ってきた時、顔色悪そうね」
「今から想像できるのが嫌だな」
グリッドが腕を組む。
「フォージは便利だが、休む場所じゃない。規格合わせと部材加工で多分こっちは地獄だ」
カイトが小さく言う。
「俺、修理される側なのに疲れそうですね」
セラが静かに答える。
「弾薬調整は試験数が多そうです」
カイルが肩を落とした。
「やっぱり休めねえ」
会議室に、小さな笑いが起きる。
その軽さは、必要なものだった。
黒瀬が端末を開いた。
「分隊行動を認めるには条件があります」
空気が少し引き締まる。
「第一。ルクス本隊の転移先はヴェルデ方面。目的はアミィ保護、セレスティア残留反応の安定化、乗員休養」
三島が記録する。
「第二。クロウヴェイル・ノアのフォージ行きは、整備・補給・改修部材加工に限定。帝国本国方面への独自行動は禁止」
グリッドが頷く。
「当然だ」
「第三。ヴァルクレイド本体はヴェルデ残留。フォージでは部材加工のみ」
レータははっきり頷いた。
「分かった」
「第四。アミィ本人反応、セレスティア残留反応、ノクス・レクイエム関連データの持ち出しは制限します。必要最小限の設計データのみ許可」
リクトが頷く。
「アミィ本人反応の実データは持ち出さない。安定時波形を抽象化した参考データだけにする」
イリスも言う。
「私が持ち出しデータを整理します。本人反応と直接結びつくものは除外します」
「第五。クロウヴェイル・ノアは定期通信を行う。ただし、帝国追撃や監察局系統の傍受を避けるため、短時間暗号通信に限定」
カイルが言う。
「了解。長話は帰ってからだな」
「第六。フォージ側での改修部材受領後、速やかにヴェルデ方面へ合流」
黒瀬は全員を見た。
「以上を条件に、分隊行動を認めます」
ジンが頷いた。
「方針決定だ。ルクス本隊はヴェルデへ転移。クロウヴェイル・ノアはフォージへ向かう」
その言葉で、会議の方針は固まった。
転移準備はすぐに始まった。
ノルン・ベイとの接舷解除手順。
補給アーム切離し。
整備中機体の回収。
クロウヴェイル・ノアへの機材積み込み。
アミィ静穏区画の転移保護。
セレスティア保護支援系試験の安全停止。
ヴァルクレイド・セレス関連設計データの分割保存。
フォージ行きデータの監査確認。
管制室には、再び緊張が戻っていた。
三島が報告する。
「帝国追撃部隊、距離を詰めています。到達予測、二十八分」
リクトが転移準備時間を確認する。
「ルクス本隊の転移準備、最短二十二分。アミィ静穏区画の転移保護を含めると二十六分」
グリッドが通信で言う。
『クロウヴェイル・ノアへの積み込みも同時進行だ。こっちは二十七分は欲しい』
ジンは低く言った。
「足りるかどうかじゃない。間に合わせる」
カイトは整備ベイで、補修途中のアルタイル・ノヴァ・ブレイスを見上げていた。
この機体はフォージへ向かう。
自分も行く。
ヴェルデでアミィが休む間、自分達はフォージで直す。
それぞれの役目が分かれ始めていた。
レータは、静穏区画で眠るアミィのそばに立っていた。
「アミィ。ヴェルデっていう静かな場所に行くわ」
アミィの反応が、かすかに揺れる。
「命令じゃない。休む場所」
『やすむ……』
「うん。休んでいい場所」
ユイが隣で静かに続ける。
「アミィ。転移します。でも、怖くていいです。ここにいます」
『ここ……いる……』
レータが答える。
「いる。ずっとじゃなくても、戻ってくる」
アミィは、それ以上話さなかった。
でも、本人反応は大きく乱れなかった。
カナデが小さく頷く。
「転移保護、続行できます」
ノルン・ベイの外側で、遠方の帝国反応が増えていく。
まだ姿は見えない。
だが、確実に近づいている。
ジンは全艦通信を開いた。
『全員、聞け。これよりルクス・ヴァルキュリアはノルン・ベイを離脱し、ヴェルデ方面へ転移する』
艦内の各所で、乗員達が作業の手を速める。
『クロウヴェイル・ノアは別動隊としてフォージ方面へ向かう。目的は整備、補給、改修部材加工。ヴァルクレイド本体とアミィは本隊に残る』
ジンは一拍置いた。
『敵を倒すための戦いではない。帰るため、休ませるため、直すための撤退だ』
その言葉が、艦内に響く。
『全員、転移準備に入れ』
ルクス・ヴァルキュリアの外部接舷クランプが、順に解除準備へ入る。
クロウヴェイル・ノアの格納区画では、整備班と機体が慌ただしく動き始める。
ノルン・ベイの静穏区画では、アミィの保護フィールドが強化される。
そして、遠方では帝国追撃部隊の反応がさらに近づいていた。
転移先は決まった。
ヴェルデへ。
そして、フォージへ。
ルクス側は次の戦いに備えるため、二つの道へ分かれる準備を始めた。




