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第247話 修理と再定義

 ノルン・ベイの整備ベイに、金属音が戻っていた。

 古い補給ステーションに残っていた整備アームが、ぎこちなく動き出す。

 白灰色の壁面には、旧帝国規格の警告表示が薄く灯っている。

 完全な軍港ではない。

 半放棄施設に過ぎない。

 それでも、ルクス・ヴァルキュリアにとっては貴重な整備場所だった。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスは、左肩装甲を外されていた。

 盾も整備架台に置かれ、削れた表面と歪んだ内部フレームが露出している。

 グリッドはその盾を見て、深いため息をついた。

「盾を盾として使い切るにも限度がある」

 カイトは少し気まずそうに答える。

「でも、盾なので」

「盾だからって、全部受ければいいわけじゃねえ」

「避けたら通信路が崩れたので」

「そこを否定できないから面倒なんだよ」

 グリッドは頭をかき、整備員に指示を飛ばす。

「肩フレームは補強。盾は交換部品がなければ旧帝国装甲材で貼り直す。七番資材庫の在庫確認は?」

 その言葉に、少し離れた場所で端末を見ていたユイが顔を上げた。

「七番資材庫には、旧式高耐久装甲材の未開封コンテナが二つ残っています」

 黒瀬の声がすぐに入る。

「ユイさん。開封は申請後です」

「在庫確認です」

「開封申請書をすでに作り始めていますね」

 ユイは一瞬だけ止まった。

「……必要になると思いました」

 グリッドが笑う。

「仕事が早いな」

 黒瀬は淡々と言う。

「早いことと、許可前に進めていいことは別です」

 カイトは思わず苦笑した。

 戦闘の後だというのに、こういう会話が戻ってきたことに、少しだけ救われる気がした。


 別の整備架台では、ルナ・スケイル・リフレクトの支援パネルが開かれていた。

 ミオはその前に立ち、支援網の反応チェックを見守っている。

 全開運用の負荷は、機体にも彼女自身にも残っていた。

 リクトが反応値を見ながら言う。

「鱗状パネルの三割に遅延がある。深刻ではないが、次に同じ全開運用をすれば危険だ」

 ミオは素直に頷いた。

「はい。しばらくは広域支援を抑えます」

「それがいい。今はアミィ保護、セレスティア解析、艦内支援、全部を同時にやっている。支援網に頼りすぎると、お前が倒れる」

「気をつけます」

 ミオはそう言いながらも、少しだけ保護区画側を見た。

 アミィは、ノルン・ベイの静穏区画で眠っている。

 本人反応は安定し始めている。

 だが、まだとても弱い。

 支えたい。

 そう思うほど、支援網を広げたくなる。

 けれど、それではまた同じことになる。

 ミオは小さく息を吐いた。

「支援は、広げるだけが支援ではないんですよね」

 リクトが頷く。

「ああ。必要なところに必要な分だけだ」


 フェンリオン・リサイトの整備では、弾薬リストが問題になっていた。

 セラは端末を見つめている。

 高精度弾の残数は少ない。

 救出戦で中枢端末を撃ち抜いた一射は必要だったが、その分、次の戦闘で使える弾は限られている。

 グリッドが別端末から声をかける。

「旧帝国規格の狙撃補助弾なら、少し見つかった。ただし、そのままじゃ使えない」

「調整すれば使えますか」

「使える可能性はある。ただ、照準補助との相性を見る必要がある」

 セラは頷いた。

「お願いします」

 ユイが補足する。

「旧式弾は反応速度がやや遅いですが、安定性は高いです。支援端末狙撃ではなく、牽制や装甲の薄い部位を狙うなら使えると思います」

 セラはユイを見る。

「助かります」

「いえ。旧帝国規格なので」

 黒瀬が横から言う。

「説明が嬉しそうです」

「嬉しくはありません」

 グリッドが小さく笑った。

「いや、嬉しそうだ」

 ユイは少しだけ黙った。

「……使える資材が眠っているのは、良いことです」

「まあ、それはそうだな」


 ヴァルクレイドの整備架台では、重装フレームの点検が進んでいた。

 レータは腕を組み、機体を見上げている。

 救出戦と撤退戦で、ヴァルクレイドはエリシオンの防壁や敵機の圧を何度も受け止めた。

 重装機としては耐えた方だ。

 だが、肩部と腕部には確実に歪みが残っている。

 整備員が報告する。

「左腕部重装フレームに歪み。肩部接続部にも負荷。応急補修は可能ですが、本格調整には時間が必要です」

 レータは頷いた。

「直して。次も押し合いになるかもしれない」

 グリッドが言う。

「押し合いだけならまだいいが、今後はセレスティア由来の支援系を入れる可能性もある。フレーム精度は上げておきたい」

 その言葉に、レータは少しだけ表情を変えた。

「ヴァルクレイド・セレスの話?」

「まだ初期案だ」

 リクトが別端末を持って近づいてくる。

「だが、構想を進めるなら、フレーム側の余裕は見ておく必要がある」

 画面には、ヴァルクレイドの重装フレームと、白金色の支援核候補が重ねて表示されていた。

 レータはそれを見つめる。

 自分の機体に、セレスティアの保護支援系を組み込む。

 まだ抵抗はある。

 けれど、それがアミィを閉じ込めるものではなく、隣に座れる場所を作るものなら。

「これは、アミィを戦わせるためじゃないわよね」

 レータは確認するように言った。

 リクトはすぐに答える。

「違う」

 カナデも通信で加わる。

『アミィが選べる場所を作るためです』

 レータは黙って聞いた。

『アミィが乗らなければ動かない機体にはしません。乗ることも、乗らないことも選べる。隣に座る場所を作る。それが前提です』

 レータはゆっくり頷いた。

「なら、進めて」

 少し間を置き、言い足す。

「でも、命令っぽいものが少しでも残るなら駄目」

 アシュの声が、即座に通信へ入った。

『当然だ』

 短い。

 だが、重い声だった。

『命令層が一欠片でも残るなら使うな』

 リクトは頷く。

「その条件で進める」

『拘束系も同じだ。残すな。保護支援系だけ切り出せないなら破棄しろ』

 黒瀬が記録する。

「セレスティア残留反応再定義試験条件。命令層残滓の混入不可。拘束系反応の混入不可。保護支援系のみ分離できない場合は使用禁止」

 三島が記録した。


 ノルン・ベイ静穏区画の隣に設けられた隔離実験室では、セレスティア保護支援系の分離試験が始まっていた。

 アミィ本人反応には直接つながない。

 これは絶対条件だった。

 イリスは、アミィの安定時波形を参考データとして表示する。

 その横に、セレスティア残留反応のうち保護支援系だけを抜き出した仮想反応を重ねる。

「本人反応へ直接接続せず、外部隔離環境で反応を見ます」

 イリスが説明する。

「アミィ本人反応の実データは読み取り専用。試験波は隔離フィールド内で発生させます。反応が拘束系へ寄った場合、即遮断します」

 ミオが支援網の薄膜を張る。

「私の支援網で外側から包みます。広域支援ではなく、反応の暴走を抑えるための薄い膜です」

 リクトが頷いた。

「始めよう。第一段階、保護支援系のみの抽出」

 白金色の微弱な波形が、隔離フィールド内に浮かぶ。

 それは、以前のセレスティア支援波よりもずっと薄い。

 命令層へ押し戻す力はない。

 ただ、外部刺激を和らげるように広がっている。

 イリスが数値を追う。

「拘束系反応なし。命令層残滓、検出されません」

 アシュがすぐに言う。

『油断するな』

「はい」

 ミオは波形を見ながら呟いた。

「これは、支援の形が違いますね」

 リクトが聞く。

「どう違う?」

「私の支援網は、味方全体の選択肢を広げるためのものです。進路、通信、補助、判断。その場にある可能性を増やす支援です」

 ミオは、白金色の薄膜を見る。

「でも、この保護支援系は、選択肢を増やすというより、守る範囲を決めるものに近い。外からの干渉を減らし、通信を守り、局地的に安定させる」

 リクトが頷く。

「広域支援のミオ。局地防衛支援のヴァルクレイド・セレス、か」

「はい。役割は分けられると思います」

 イリスも続ける。

「アミィ本人反応に直接つなげず、レータさんの声やヴァルクレイドの指揮系を経由する形なら、安定化できる可能性があります」

 黒瀬が確認する。

「アミィさんを認証キーにしない、ということですね」

「はい」

 イリスははっきり答えた。

「アミィ本人反応を鍵にすると、本人に負担がかかります。安全な試験方法としては、アミィの安定時波形を参考にするだけに留め、実際の制御は外部支援核側で行います」

 カナデが頷く。

「心理面でもその方が良いです。アミィ自身が、自分を縛っていたものを直接また背負う必要はありません」

 レータはその言葉に、少しだけ安心したように息を吐いた。

「アミィが背負うんじゃなくて、機体側で受け止める」

「そうです」

 カナデは優しく言った。

「そして、アミィがいつか乗るとしても、それは背負うためではなく、選んで隣に座るためです」

 レータは小さく頷いた。

「うん。それならいい」


 整備と再定義試験は、並行して進んだ。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスの左肩フレームには、ノルン・ベイの旧装甲材が仮補強として使われることになった。

 申請書は黒瀬の確認を経て、正式に許可された。

 ユイは少しだけ満足そうだった。

 黒瀬がそれを見て言う。

「許可されたのは必要分だけです」

「分かっています」

「未開封コンテナを丸ごと持ち帰る許可ではありません」

「まだ何も言っていません」

「顔に出ています」

 グリッドが笑いながら、装甲材の搬入を指示する。

「まあ、助かったのは事実だ。顔に出るくらいは許してやれ」

「顔には出ていません」

 その近くで、カイトは補修されるアルタイルを見ていた。

「これで、まだ動けますか」

 グリッドは真面目な顔に戻る。

「動ける。ただし、前みたいな無茶はさせない。お前もだ」

「分かっています」

「今度は本当に分かってる顔だな」

「はい」

 カイトは頷いた。

 守る場所を間違えない。

 それを、少しずつ覚えている。


 隔離実験室では、第一段階の分離試験が終わった。

 イリスが報告する。

「保護支援系の抽出試験、第一段階成功。拘束系反応、検出されず。命令層残滓、検出されず」

 リクトが深く息を吐く。

「よし。これで初期改修案の具体化に入れる」

 画面に、ヴァルクレイド・セレスの構想図が表示される。

 ヴァルクレイドの重装フレームを基礎に、背部へ保護支援核を搭載。

 肩部に通信保護用の支援波発生器。

 コックピットは複座対応。

 前席はレータの操縦・指揮。

 後席はアミィが望んだ場合の支援制御。

 ただし、後席未搭乗でも機体は運用可能。

 全インターフェースは命令形ではなく、相互応答式。

 レータは図を見つめた。

「まだ図面だけね」

 リクトが頷く。

「ああ。だが、方向性はかなり固まった」

 カナデが言う。

「急がず進めましょう。アミィの回復が優先です」

「分かってる」

 レータは静かに答えた。

「これはアミィを戦わせるためじゃない。アミィが選べる場所を作るため」

 その言葉に、ユイが頷いた。

「はい」

 レータは画面の白金色の支援核を見つめる。

「檻じゃなくて、盾にする。命令じゃなくて、返事で動くものにする」

 誰も否定しなかった。

 その時、管制室から緊急ではないが低い警戒音が入った。

 三島の声が通信に乗る。

『後方遠距離に帝国反応を確認。通常GD多数。識別中ですが、追撃部隊の可能性があります』

 会議室の空気が、一瞬で変わった。

 ジンの声が続く。

『ノルン・ベイ周辺警戒レベルを引き上げる。整備は継続。ただし、出撃可能機の確認を急げ』

 リクトは表示を切り替える。

 遠方のセンサーに、複数の小さな反応が浮かび上がっていた。

 まだ距離はある。

 すぐに戦闘になるわけではない。

 だが、帝国追撃部隊は確実に近づき始めている。

 カイトは補修中のアルタイルを見上げた。

 レータはヴァルクレイド・セレスの図面から、遠方の敵反応へ視線を移した。

 ユイはノルン・ベイの古い壁を見た。

 休む場所を作った。

 修理も始まった。

 セレスティアの再定義も、ようやく一歩進んだ。

 だが、帝国は待ってくれない。

 ノルン・ベイの静かな灯りの外側で、次の戦いの影が近づき始めていた。

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