第23話 五年前 ~side Yui~
五年前。
空港は旅行客で賑わっていた。
大型モニターには出発案内が並び、アナウンスが絶えず流れている。
羽崎玲奈は大きく欠伸をしながら荷物を引いていた。
「眠い……」
「昨日夜更かししてたからでしょ」
隣を歩く羽崎悠真が、呆れたように笑う。
少し前に玲奈と結婚したばかりの男だった。
玲奈は悪びれもせず肩を竦めた。
「だって準備めんどくさかったし」
「それを前日に言う人初めて見たよ」
二人の少し後ろを、ユイ――羽崎竜奈が静かについて歩いていた。
旅行自体は玲奈が半ば勢いで決めたものだった。
『たまには遠出しよう』
その一言だけで話が進んだ。
悠真も苦笑しながら付き合っていたが、こういうやり取りは昔かららしい。
ユイはそんな二人を少し離れた場所から眺めていた。
騒がしい空港。人の流れ。笑い声。どれも、昔のユイには無かったものだった。
玲奈が振り返る。
「竜奈、ちゃんといる?」
「いる」
「ならよし」
かなり雑な確認だった。しかし、その適当さがユイには心地よかった。
何も特別扱いされない。普通に名前を呼ばれる。
それだけで十分だった。その時だった。
空港全体が小さく揺れた。
最初は誰も気づかなかった。
しかし、次の瞬間、遠くで爆発音が響く。
窓ガラスが震えた。悲鳴が上がる。ユイの表情が一瞬で変わる。
「……っ」
反射的に空を見る。巨大な黒い影が浮かんでいた。
NB。忘れるはずがない。あの異形だけは。
空港内が一気に混乱へ変わる。
『未確認生物接近!』
『避難してください!』
警報が鳴り響く。人々が我先に逃げ始めた。
玲奈が青ざめる。
「な、何あれ……!?」
悠真も言葉を失っていた。だがユイだけは理解していた。
帝国が来た。最悪の形で。その瞬間、NBの一体が空港施設へ突っ込んだ。
轟音が響く。天井が崩れ始める。ユイは咄嗟に玲奈達へ飛び込んだ。
衝撃。視界が白く染まる。崩落音が響いた。
しばらくして、ユイはゆっくり目を開く。
身体に大きな怪我は無かった。しかし、
「……玲奈さん?」
返事が無い。瓦礫の向こうで、玲奈が倒れていた。
その隣には悠真もいる。二人とも動かなかった。
ユイの呼吸が止まる。
「……うそ」
周囲ではまだ悲鳴が続いていた。火災警報が響く。
煙。 崩落。全部が混ざり合っている。
だがユイには、それが遠く感じた。玲奈が死んでいる。
その事実だけが、頭から離れない。数秒後。
遠くで機械音が響いた。ユイがゆっくり顔を上げる。
空港外周部。そこへ二機の人型兵器が降下していた。
白と灰色の機体。まだ完成途中の粗削りな機体だったが、ユイはそのシルエットを知っていた。
LF。地球側で開発されていた試作兵器。
その一機がNBへ突撃する。通信が漏れ聞こえた。
『左翼側押さえる!』
『レイ、突っ込みすぎ!』
聞き覚えのある声だった。ユイの目が見開かれる。
「……ミオ?」
続いてもう一機が高機動でNBへ斬り込む。
荒削りだった。だが強い。そして、その動きは昔と変わっていなかった。
『邪魔だァ!』
レイだった。五年ぶりだった。
ユイはしばらく動けなかった。
ミオ達は生きていた。
しかも、地球側にいた。
頭では理解できても、感情が追いつかなかった。
その時だった。崩れかけた柱が、近くの避難民へ倒れ込む。
ユイは反射的に走り出していた。考えるより先に身体が動く。
瓦礫を押し返す。普通の人間ではあり得ない力だった。
避難民が呆然とユイを見る。その瞬間。
上空のLFがこちらを向いた。モニター越しに、ミオが息を呑む。
『……ユイ?』
その声が、戦場の中で確かに響いた。




