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第245話 ノルン・ベイ接舷

 旧外縁補給ステーション『ノルン・ベイ』は、ルクス・ヴァルキュリアの巨体を収められるほど大きくはなかった。

 接舷リングは大型艦対応ではある。

 補給アームも複数残っている。

 小・中型機用の整備ベイも、電源さえ通せば使える状態だった。

 だが、ルクス・ヴァルキュリアは十キロ級の艦だ。

 旧式の外縁補給ステーションに丸ごと収容できるはずがない。

 だから、ルクスはノルン・ベイの外部大型接舷リングに横付けされていた。

 巨大な艦体が、半壊した補給ステーションの側面に静かに固定される。

 何本もの接舷クランプが、艦体外殻の指定箇所を掴む。

 補給アームがゆっくり伸び、ルクス側の接続口へ慎重に近づいていく。

 管制室では、緊張した声が飛び交っていた。

「三番接舷リング、固定率七十二パーセント」

「補給アーム一番、接続角度修正。四番は待機。七番は重量物対応モードへ移行中」

「六番アーム、反応不安定。隔離します」

 ジンは正面表示を見つめたまま言った。

「無理に全接続するな。使えるものだけ使え」

 グリッドが端末を叩きながら応じる。

「古いですが、使えます。規格が合えば、最低限の補給と整備は可能です」

 その隣で、ユイが旧帝国規格の接続コードを確認していた。

「一番アームは汎用補給線。四番は機体整備用。七番は重量資材用です。七番は古いですが、内部フレーム補修材の移送に使えます」

 グリッドが横目で見る。

「詳しいな」

「旧帝国規格ですから」

「楽しそうだな」

「必要な確認です」

 黒瀬がすかさず言った。

「ユイさん。無断回収は禁止です」

 ユイは少しだけ振り向いた。

「まだ何も言っていません」

「言う前に止めています」

 グリッドが小さく笑う。

「顔に出てる」

「出ていません」

「旧式資材リストを見た瞬間、目の動きが変わった」

 ユイは一拍沈黙した。

「……旧帝国規格の未開封資材は、現存数が少ないので」

 黒瀬が即座に言う。

「説明を始めても許可にはなりません」

 管制室に小さな笑いが起きた。

 重い救出戦の後、久しぶりに聞こえた軽い反応だった。

 ジンはその空気を壊さない程度に、短く言った。

「資材確認は許可する。回収は申請制だ」

 ユイが少しだけ表情を明るくする。

「申請すればよいのですね」

「全部通るとは言っていない」

 黒瀬が釘を刺す。

「申請理由、使用目的、危険性評価、所有権確認を必要とします」

 グリッドが笑った。

「一気に面倒になったな」

「それでも確認します」

 ユイの声は真面目だった。

 ただ、やはり少しだけ早かった。


 接舷作業は慎重に進んだ。

 ノルン・ベイは半放棄施設だ。

 電源系統は生きているが、不安定な箇所もある。

 古い帝国認証端末が残り、自動防衛装置も完全には眠っていない。

 アシュは格納庫側から、施設接続ログを監視していた。

『四番アーム、認証が古い』

 ユイが返す。

「更新前の補給線コードです。現在の帝国外縁軍とは別系統なので、直接照合される可能性は低いです」

『なら、逆流だけ見ろ』

「はい」

 リクトも通信へ入る。

『施設中枢にはまだ触るな。まずは接舷系と整備ベイだけ使う』

 黒瀬が記録する。

「ノルン・ベイ利用範囲、第一段階。外部接舷、補給アーム一番・四番・七番、小・中型機整備ベイに限定。管制中枢、旧通信塔、白金色端末反応区画への接続は禁止」

 三島が続ける。

「記録しました」

 ジンが頷く。

「よし。接舷完了後、整備を始めろ。だが、アミィ保護区画周辺の振動は抑えろ」

「了解」

 巨大な接舷クランプが最後の固定を終える。

 低い振動が艦内に走った。

 すぐにカナデの声が入る。

『保護区画への振動、許容範囲内です。アミィ本人反応、安定しています』

 イリスも報告する。

『命令層残滓の上昇なし。セレスティア残留反応も保護側で安定しています』

 ジンは小さく息を吐いた。

「接舷完了だな」

 三島が報告する。

「ルクス・ヴァルキュリア、ノルン・ベイ三番リングへ外部接舷完了。補給アーム一番、四番、七番、接続待機状態」

 管制室に、ようやく一つ区切りが生まれた。


 整備ベイでは、損傷機体の搬入が始まった。

 最初に運ばれたのは、アルタイル・ノヴァ・ブレイスだった。

 左肩の装甲は応急処置のまま。

 盾は大きく削れ、内部フレームにも歪みが出ている。

 救出戦と撤退戦で、通信路防衛と艦防衛を何度も担った結果だった。

 グリッドは機体の損傷表示を見て、深く息を吐いた。

「よくこれで動いてたな」

 カイトは少し気まずそうに答える。

「動けたので」

「そういう問題じゃない」

「でも、守れました」

「そこを否定できないから面倒なんだよ」

 グリッドは頭をかきながら、整備員へ指示を飛ばす。

「左肩フレームを優先。盾は交換できる部品があれば交換。なければ補強。ノルン・ベイ側の旧資材リストも確認しろ」

 ユイが横から言う。

「旧帝国規格の高耐久装甲材なら、七番資材庫にある可能性があります」

 黒瀬の声がすぐに飛ぶ。

「申請前の回収は禁止です」

「候補を示しただけです」

 グリッドが苦笑する。

「候補出しは助かる。回収は俺が申請する」

「では、七番資材庫の未開封装甲材リストを――」

「ユイ、落ち着け」

「落ち着いています」

 次に、ルナ・スケイル・リフレクトが整備区画へ回された。

 ミオ本人の疲労もあり、機体支援網の展開部は過負荷状態だった。

 鱗状パネルの一部に反応遅延があり、支援網の細かい調整も必要になっている。

 ミオは申し訳なさそうに言った。

「少し無理をさせすぎました」

 グリッドは首を横に振る。

「無理させたのは作戦だ。お前一人の問題じゃない。ただ、次に同じ全開運用はできないと思え」

「はい」

 フェンリオン・リサイトは弾薬補充が最優先だった。

 セラは整備員から残弾リストを受け取り、静かに確認している。

「高精度弾は、補給できますか」

 グリッドは難しい顔をした。

「同規格は少ない。ノルン・ベイに残っているかもしれないが、期待しすぎるな」

 ユイが小さく口を開く。

「旧式狙撃補助弾なら、帝国補給規格に近いものがあります。ただし、フェンリオン用に調整が必要です」

 セラが頷く。

「調整できるなら、使います」

 黒瀬が再び言う。

「確認は許可します。無断使用は禁止です」

「はい」

 セラは素直に答えた。

 その横で、ヴァルクレイドの重装フレーム点検も始まる。

 レータは機体を見上げていた。

 救出戦、撤退戦で押し合いに使ったため、重装腕と肩部に負荷が残っている。

 グリッドが言う。

「ヴァルクレイドは、思ったより持ってる。ただし、重装フレームの歪みは早めに直す」

「分かったわ」

 レータは頷いた。

 そして、少しだけ機体の背中を見る。

 まだ存在しない支援核。

 まだ図面だけの改修案。

 ヴァルクレイド・セレス。

 その言葉が、頭の中に残っていた。


 ノクス・レクイエムは、整備ベイには出されなかった。

 ルクス・ヴァルキュリア側の隔離区画に固定されたまま、点検だけが進められている。

 アシュが外殻反応を見ていた。

「出すな」

 ユイは隔離区画の外から頷く。

「分かっています」

「整備ベイに移す必要もない。旧帝国施設に近づけすぎるな」

「はい」

 アシュは端末を見る。

「命令層切断補助を使った後の残響がある。大きくはないが、ゼロじゃない」

 リクトも同意する。

「ノルン・ベイ側の白金色端末反応と干渉する可能性もある。ノクス・レクイエムはルクス内隔離のままがいい」

 黒瀬が記録する。

「ノクス・レクイエム、ノルン・ベイ施設側への移動禁止。ルクス側隔離区画にて封印・点検継続」

 ユイは静かにノクス・レクイエムを見た。

 アミィを救うために使った力。

 だが、まだ危険な力。

 使えたからといって、自由に使っていいわけではない。

「次に使う時は、もっと条件を絞る必要がありますね」

 アシュが短く答える。

「次がない方がいい」

「そうですね」

「だが、あるだろうな」

 ユイは少しだけ沈黙した。

「はい」

 帝国本国戦は近づいている。

 ノクス・レクイエムを完全に避けられるとは限らない。

 だからこそ、今は封印と点検が必要だった。


 保護区画では、アミィの移送について検討が始まっていた。

 カナデ、イリス、ミオ、リクト、黒瀬、三島が集まり、ノルン・ベイ側の施設情報を確認している。

 カナデが表示を見つめる。

「艦内保護区画は安全ですが、戦闘態勢や整備音の影響を完全には消せません。もしステーション内に静かな区画があるなら、アミィ本人反応の安定に役立つ可能性があります」

 イリスが施設内部図を表示する。

「ノルン・ベイの旧医療・保護区画らしき場所があります。補給ステーション勤務者用の隔離医療室と、負傷者搬送用の静穏区画です」

 ミオが補足する。

「電源は一部残っています。防振設備も旧式ですが、生きている可能性があります」

 黒瀬は慎重だった。

「帝国施設です。アミィを直接移す前に、命令系統、監視端末、自動記録装置、防衛装置、外部通信との接続を完全に確認する必要があります」

 カナデは頷く。

「当然です。移すとしても、すぐではありません。まずは環境確認からです」

 レータは少し離れた場所で聞いていた。

「アミィを艦の外に出すの?」

 その声には不安があった。

 カナデは振り返る。

「まだ決定ではありません。ただ、艦内より静かな場所が使えるなら、アミィには良い可能性があります」

「でも、帝国の施設でしょ」

「はい」

「また怖がらない?」

 カナデは一瞬考えた。

「その可能性はあります。だから、施設そのものが命令や拘束を想起させるようなら使いません。逆に、命令系統を完全に遮断し、静かな保護場所として整えられるなら、選択肢になります」

 ユイも言った。

「帝国施設だから悪い、とは限りません。使い方を変えれば、休む場所にできます」

 レータはユイを見る。

「ユイが言うと、重いわね」

「はい。少し重いです」

 ユイは素直に答えた。

 レータは小さく笑った。

「分かった。安全確認してからね」

「はい」


 先行確認班は、ノルン・ベイ内部の旧医療・保護区画へ向かっていた。

 カイト、レイ、カイル、セラ。

 管制からはリクト、カナデ、イリスが支援している。

 通路は薄暗いが、先ほどの補給ログ保管区画より状態は良かった。

 壁面には旧帝国の医療マークが残り、隔離扉も半分ほど生きている。

 カイルが言う。

「医療区画ってより、古い避難所みたいだな」

 カナデの通信が入る。

『補給ステーションなら、事故や戦闘時の負傷者を一時収容するための区画でしょう。完全な病院ではありませんが、静穏環境を作るには使えそうです』

 セラが扉の端末を確認する。

「自動防衛反応なし。監視端末はありますが、外部送信は停止しているようです」

 イリスが解析する。

『念のため、記録装置は隔離してください。アミィの反応が残ると危険です』

 カイトは周囲を見た。

「かなり静かですね」

 レイが頷く。

「艦内よりはな」

 扉が開く。

 中には、白灰色の小さな部屋が広がっていた。

 壁は厚く、防振材が貼られている。

 照明は柔らかく、警報装置は視覚表示に切り替えられる。

 古い医療ポッドが二基、使用停止状態で残っていた。

 保護ベッドもいくつかある。

 リクトが通信越しに端末を確認する。

『電源を通せば、環境制御は使える。命令系統との接続は古い補助AI経由だが、遮断可能だ』

 カナデが慎重に言う。

『音、光、振動をかなり抑えられますね。アミィには良いかもしれません』

 黒瀬の声が入る。

『外部通信経路は』

 セラが確認する。

「遮断可能です。物理遮断もできます」

 イリスが報告する。

『セレスティア残留反応に似た波形は、この区画では検出されません』

 カイトは少しだけ安心した。

「使えそうですか」

 リクトは短く答える。

『条件付きでな』

 カナデも続けた。

『アミィをすぐ移すのではなく、まずは環境を整えます。照明、音、振動、通信遮断。すべて確認してからです』

 レイが静かに言う。

「なら、確保だな」

 カイルが肩をすくめる。

「ようやく休む場所らしい場所が見つかったってわけだ」

 セラが保護区画の端末を見ながら言った。

「旧医療・保護区画、使用可能と判断します。ただし、再起動には認証遮断と外部通信切断が必要です」

 管制室へ報告が届く。

 三島が復唱する。

「ノルン・ベイ旧医療・保護区画、使用可能。安全確認後、アミィ保護区画の移送候補」

 ジンは頷いた。

「よし。まずは整備班と解析班を入れろ。アミィの移送はカナデの判断を待つ」

「了解」


 保護区画で、レータはアミィのポッドを見つめていた。

 アミィは眠っている。

 本人反応は穏やかだ。

 まだ新しい場所へ移せるかは分からない。

 帝国施設であることに不安もある。

 でも、もしそこが静かな場所になるなら。

 命令ではなく、休んでいい場所になるなら。

 レータは小さく言った。

「アミィ。静かな場所、見つかったかもしれない」

 アミィの反応がほんの少し揺れた。

 声は返らない。

 それでも、レータは続けた。

「命令じゃない。行くかどうかは、ちゃんと考えるから」

 ユイが隣に立つ。

「ノルン・ベイは、帝国の施設です。でも、ここで別の使い方をすればいい」

「別の使い方?」

「はい。命令の場所ではなく、休む場所にする」

 レータはポッドを見た。

「そうね」

 戦うための施設。

 補給するための施設。

 帝国の外縁を支えるための施設。

 それを、今はアミィを休ませるために使う。

 少し皮肉で、少し救いのある話だった。

 レータは静かに呟いた。

「ここも、檻じゃなくて部屋にできるといいわね」

 ユイは頷いた。

「はい」

 ノルン・ベイへの接舷は完了した。

 損傷機体の整備が始まり、ノクス・レクイエムは封印されたまま点検され、アミィのための静穏区画も見つかった。

 ルクス・ヴァルキュリアは、ようやく一時拠点を得た。

 だが、ここは安全地帯ではない。

 旧帝国施設にはまだ不明な端末反応が残り、帝国追撃部隊も遠くない。

 それでも、今は必要な場所だった。

 整えるために。

 休ませるために。

 そして、次の戦いへ備えるために。

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