第244話 旧外縁補給ステーション
外縁防衛線から離脱しても、ルクス・ヴァルキュリアに休息は訪れなかった。
艦内には、戦闘後の警告表示が残っている。
損傷区画。
応急補修中の機体。
保護区画で眠るアミィ。
隔離中のセレスティア残留反応。
そして、再封印されたノクス・レクイエム。
戦闘は一段落した。
だが、艦は限界に近づいていた。
管制室で、ジンは整備報告を見つめていた。
「このまま宇宙空間で整備を続けるのは厳しいな」
グリッドが端末を片手に頷く。
「厳しいどころじゃありません。アルタイル・ノヴァ・ブレイスは左肩と盾が限界。ミオ機は支援網全開の負荷が残ってる。セラ機は弾薬不足。ヴァルクレイドも押し合いでフレームに歪みが出てます」
ジンは眉を寄せる。
「艦本体は」
「急ぎで直すほどの大穴はありません。ただし、アミィ保護区画を優先して振動を抑えているせいで、整備ドック側の作業効率が落ちています」
三島が補足する。
「保護区画周辺の警報音、通信音、振動制御を制限中です。艦内全体の運用にも影響が出ています」
黒瀬が端末を確認する。
「現在の優先対象は、PT-A01アミィの保護、セレスティア残留反応の隔離、損傷機体の応急整備、追撃警戒です。全てを宇宙空間で同時に行うのは非効率です」
カナデも静かに言った。
「アミィの保護にも、安定した環境が必要です。艦内振動や警報を抑えていても、戦闘態勢のままでは刺激が多すぎます」
ジンは腕を組む。
「近くに使える拠点はないか」
しばらく沈黙が落ちる。
今いる場所は、外縁防衛線の近く。
帝国の目を完全に逃れたわけではない。
正規の港や軍港に向かえば、当然発見される。
かといって、何もない宙域で大型艦を停め続けるわけにもいかない。
その時、ユイが静かに口を開いた。
「一つ、候補があります」
全員の視線が向く。
ユイは少しだけ考え、古い帝国航路図を表示した。
「旧帝国外縁補給線に使われていた施設です。現在の外縁防衛線が再編される前、補給・整備・観測を兼ねていた旧式ステーションが複数ありました」
画面の端に、古い施設名が浮かぶ。
旧外縁補給ステーション『ノルン・ベイ』。
グリッドが覗き込む。
「ノルン・ベイ……聞いたことあるな。古い帝国規格の補給ステーションか」
「はい。現在は正規運用されていないはずです。外縁防衛線の再編後、主要補給線から外れています」
黒瀬がすぐに確認する。
「罠の可能性は」
「あります」
ユイは否定しなかった。
「帝国旧施設なので、自動防衛装置や認証端末が残っている可能性があります。ただし、正規軍港ではありません。現在のグラトン主砲圏からは外れています」
ジンが表示を見る。
「ルクス・ヴァルキュリアを入れられるのか」
「完全収容は無理です」
ユイは即答した。
「ノルン・ベイは、大型戦艦の外部接舷を前提にした補給施設です。ルクス・ヴァルキュリアを丸ごと収容する規模ではありません。ただし、外部接舷リングに固定し、一部整備と資材補給を行うことは可能だと思います」
グリッドが顎に手を当てる。
「外部接舷で機体整備ベイだけ使う形か。悪くない。少なくとも、このまま艦内だけで全部回すよりはマシです」
アシュの通信が入る。
『旧帝国施設なら、認証系を殺してから使え』
リクトも頷く。
「セレスティア残留反応の解析にも、安定した隔離環境が欲しい。古い施設でも、静穏区画が残っていれば使える可能性がある」
カナデも同意した。
「アミィを移すかどうかは別として、艦内の戦闘態勢から少しでも切り離せる場所があるなら、確認する価値はあります」
ジンは黒瀬を見る。
「監査上は」
「利用条件を出します」
黒瀬は即答した。
「第一、長期滞在禁止。第二、通信発信制限。第三、帝国側自動防衛装置の完全確認。第四、ルクス・ヴァルキュリア主砲使用禁止。第五、アミィ保護区画の移送は安全確認後。第六、施設内の旧帝国端末へ無断接続しないこと」
そこで、黒瀬は少しだけユイを見た。
「特に、無断接続しないこと」
ユイは一瞬だけ目を瞬かせた。
「私を見て言いましたか」
「はい」
「まだ何もしていません」
グリッドが横から言う。
「顔がもう旧帝国設備を調べたい顔になってたぞ」
ユイは少しだけ沈黙した。
「……旧式補給ステーションの保守ログは、現存数が少ないので」
黒瀬が即座に言った。
「説明を始めても許可にはなりません」
管制室に、ほんのわずかな笑いが漏れた。
重かった空気が、一瞬だけ緩む。
ジンも小さく息を吐いた。
「よし。ノルン・ベイへ向かう。ただし、慎重にだ」
彼は正面表示を切り替える。
「先行確認を出す。カイト、レイ、カイル、セラ。施設周辺を確認しろ」
カイトの通信が入る。
『了解。アルタイル・ノヴァ・ブレイス、艦防衛兼先行確認に出ます』
グリッドがすぐに口を挟む。
「カイト、お前は損傷機だ。無理するなよ」
『分かってます』
「その返事はもう信用されてない」
『今回は本当に分かってます』
レイが通信で笑う。
『俺が前を見る。カイトは艦から離れすぎるな』
『了解』
カイルも続く。
『レイヴン・ハウル、外周見るぜ。旧施設ってのは、大体ろくでもないものが残ってるからな』
セラの声は静かだった。
『フェンリオン・リサイト、施設外縁の防衛端末を確認します』
ジンは頷いた。
「全機、出撃準備。ノルン・ベイへ向かう」
旧外縁補給ステーション『ノルン・ベイ』は、小惑星帯の影に浮かんでいた。
遠目には、巨大な金属の環が割れたように見える。
大型艦用の外部接舷リング。
そこから伸びる複数の補給アーム。
半壊した観測塔。
小・中型機用の整備ベイ。
破損した通信塔。
帝国旧規格の白と灰の装甲板は、長い年月でくすんでいた。
外壁の一部は欠け、補給アームの二本は完全に折れている。
だが、完全に死んでいる施設ではなかった。
センサーには、微弱な電源反応が残っている。
カイルが外周を回りながら言う。
『思ったより形は残ってるな』
レイが答える。
『使えるかは別だ』
カイトはアルタイル・ノヴァ・ブレイスでルクス側前方を守りながら、施設を見上げていた。
「かなり大きいですね」
ユイの声が管制から入る。
『ただし、ルクス・ヴァルキュリアを収容するには足りません。外部接舷用です』
グリッドも確認する。
『リング径は足りる。接舷固定だけならいけるな。ただし、補給アームは生きてるやつを選べ』
セラが施設外縁をスキャンする。
『自動防衛端末、複数確認。反応は低下しています。現在は待機状態』
黒瀬が即座に確認する。
『待機状態でも危険です。無力化または認証遮断が必要です』
ユイが古い認証信号を解析する。
「旧帝国補給線コードです。現在の外縁軍認証とは別系統。完全には死んでいませんが、更新されていないようです」
アシュの声が入る。
『殺せるか』
「殺すより、隔離した方が安全です。無理に停止すると施設全体の電源が落ちる可能性があります」
リクトが続く。
『外部防衛端末だけを別系統へ隔離しよう。施設電源は残す』
ジンが命じる。
「ユイ、リクト、アシュ。認証系を確認しろ。カイルとセラは防衛端末を監視。レイ、カイトは接近する敵反応を警戒」
「了解!」
ノルン・ベイへの接近は慎重に行われた。
ルクス・ヴァルキュリアは、巨大な艦体をゆっくりと外部接舷リングへ寄せていく。
リングは、ルクスを抱え込むには小さい。
だが、側面固定用の大型クランプと補給アームを使えば、部分接舷は可能だった。
三島が管制室で読み上げる。
「接舷候補位置、三番リング側面。補給アーム一番、四番、七番が使用可能。二番と五番は破損。六番は反応不安定」
グリッドが即座に言う。
「六番は使うな。古い補給アームの不安定反応はだいたいろくなことにならん」
ユイが補足する。
「七番アームは旧式ですが、規格上は資材輸送用です。重量物にも対応しています」
グリッドが少しだけユイを見る。
「詳しいな」
「旧帝国規格なので」
「嬉しそうだな」
「機能が残っている施設は貴重です」
黒瀬が横から言う。
「無断回収は禁止です」
「まだ回収とは言っていません」
「言う前に止めています」
ジンが軽く咳払いした。
「二人とも、接舷に集中しろ」
「はい」
ルクス・ヴァルキュリアが、ノルン・ベイの側面にゆっくりと近づく。
巨大な艦体が、古い外部接舷リングの横に並ぶ。
固定クランプが伸び、艦体の外殻に慎重に接触する。
低い振動が艦内に走った。
カナデの声がすぐに入る。
『保護区画への振動、許容範囲内です』
イリスも続ける。
『アミィ本人反応、安定しています。警報音は抑制中』
ジンは頷いた。
「接舷を続けろ」
固定クランプが一つ、また一つと接続されていく。
三島が報告する。
「三番リング、接舷固定。補給アーム一番、四番、七番、接続待機。艦体固定、安定」
管制室に、小さな安堵が広がった。
ルクス・ヴァルキュリアは、ノルン・ベイへ外部接舷した。
先行確認班は、小型ゲートからステーション内部へ入った。
カイト、レイ、カイル、セラ。
それに、遠隔支援としてユイとリクトが管制からついている。
ノルン・ベイ内部は薄暗かった。
照明の半分は落ち、壁面の帝国旧式表示はところどころ欠けている。
通路には補給コンテナが固定されたまま放置され、床には古い整備用ケーブルが絡まっていた。
カイルが周囲を見ながら呟く。
「廃墟ってほどじゃないが、現役って感じでもないな」
レイが答える。
「半放棄施設という説明通りだな」
カイトは慎重にセンサーを向ける。
「生命反応なし。機械反応はあります」
セラが通路奥を確認する。
「自動整備端末、待機状態。敵性反応はありません」
ユイの声が通信に入る。
『左通路の先が旧整備区画です。右は資材倉庫。正面奥は管制中枢のはずです』
カイルが笑う。
「地図が頭に入ってるみたいだな」
『旧帝国施設は規格配置が似ています』
グリッドが別回線で言う。
『つまり、ユイはこういう施設を見るとテンションが上がる』
『上がっていません』
『声が少し早い』
『気のせいです』
カイトは思わず少し笑った。
戦闘続きの空気が、ほんのわずかに緩む。
だが、すぐにセラが足を止めた。
「待ってください」
全員が止まる。
セラは正面奥の端末を見ていた。
古い帝国端末。
ほとんどの表示は死んでいるが、一つだけ白金色の微弱反応が残っている。
「通常電源反応とは別の反応があります」
リクトが通信で即座に反応する。
『白金色か?』
「はい。非常に弱いですが、セレスティア残留反応に近い波形です」
ユイの声が硬くなる。
『場所は』
「旧管制中枢のさらに奥。補給ログ保管区画と思われます」
カイトは端末を見つめた。
「セレスティア関連ですか」
リクトは少し沈黙してから答えた。
『断定はできない。ただ、ノルン・ベイが旧外縁補給線の施設なら、アミィやセレスティア以前の支援波制御ログが残っていてもおかしくない』
黒瀬の声が入る。
『無断接続は禁止です。現場保存を優先してください』
ユイがすぐに言う。
『分かっています』
グリッドが小さく言った。
『本当に?』
『本当にです』
カイルが苦笑する。
「まあ、触る前に呼んだだけ偉いんじゃないか」
黒瀬が即座に返す。
『触る前提で褒めないでください』
緊張の中に、また少しだけ軽い空気が混じった。
だが、画面に表示された白金色の微弱反応は、確かにただの補給ログではなかった。
カイトは端末の前で足を止める。
アミィ救出後の一時退避。
整備のために辿り着いた旧施設。
そこに残る、セレスティアに近い反応。
偶然なのか。
それとも、旧外縁補給線そのものが、アミィやセレスティアへ繋がる何かを持っていたのか。
レイが低く言う。
「まずは安全確認だ。解析はその後だ」
カイトは頷いた。
「了解」
ノルン・ベイは、完全な安全地帯ではなかった。
だが、ルクス側にとって必要な場所だった。
整備のため。
アミィを休ませるため。
セレスティア残留反応を分解するため。
そして、次の戦いへ備えるため。
旧外縁補給ステーション『ノルン・ベイ』。
その奥で、白金色の古い端末反応が静かに灯っていた。




