表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
245/412

第243話 帰還、そして残った檻

 ルクス・ヴァルキュリアは、外縁防衛線から十分な距離を取った。

 グラトンの主砲照準圧は、もう直接届かない。

 エリシオンの防壁も、ヘルメス隊の外周圧迫も、戦術表示の奥へ下がっている。

 帝国追撃部隊の反応はまだ完全には消えていないが、少なくとも即時交戦圏からは離脱した。

 一時安全圏。

 それが、今のルクス側に許された最初の休息だった。

 管制室で、三島が報告する。

「外縁防衛線主要圧力圏から離脱。追撃反応、距離を維持。現時点で直接交戦の兆候はありません」

 ジンは短く頷いた。

「艦内損傷確認。保護区画を最優先で」

「了解」

 黒瀬が端末を開く。

「PT-A01アミィ保護状態での戦域離脱、第二段階成功。一時安全圏への帰還を記録します」

 その言葉で、ようやく管制室に小さな息が漏れた。

 勝ったわけではない。

 外縁防衛線を崩したわけでもない。

 レオンも、オルフェンも、帝国本国も残っている。

 それでも、アミィを連れて帰ってきた。

 その事実だけは、確かだった。


 保護区画では、アミィの容態確認が続いていた。

 隔離ポッドの中で、アミィ本人反応は細く揺れている。

 以前のような激しい乱れはない。

 命令層との主接続も再発していない。

 だが、反応はまだ幼く、断片的だった。

 イリスが画面を見ながら報告する。

「本人反応、安定方向です。ただし、まだ外部入力に対する応答は短く、断片的です」

 ミオが支援網の薄膜を調整する。

「セレスティア残留反応は隔離中です。拘束系は外部フィールドで抑えています。保護支援系は、アミィ本人反応の周囲に薄く残しています」

 リクトが頷く。

「今はそれでいい。完全に剥がすと、本人反応が揺れる可能性がある」

 ユイは、その様子を少し離れた場所から見守っていた。

 アミィは救出された。

 けれど、自由になったからすぐ普通に話せるわけではない。

 命令層の奥に長く閉じ込められていた反応は、まだ自分自身の声を確かめている途中だ。

 カナデが静かに言った。

「今日は、レータさんとの短時間接触を行います」

 レータは、保護区画の入口で息を呑んだ。

「いいの?」

「はい。ただし、時間は短く。言葉も少なく。アミィが疲れたらすぐに終えます」

「分かってる」

 レータの声は震えていた。

 それでも、以前のように今すぐ駆け寄ろうとはしなかった。

 待つこと。

 短く言うこと。

 相手が受け止められる分だけ渡すこと。

 少しずつ、それを覚え始めていた。

 カナデが確認する。

「レータさん。最初の言葉は」

「ここにいる」

「はい」

「それから、命令じゃない。返事でいい」

 ユイが隣で頷いた。

「私も必要なら補助します。でも、最初はレータだけで大丈夫だと思います」

 レータは小さく息を吐いた。

「うん」

 保護ポッドの光が、わずかに揺れた。

 イリスが報告する。

「本人反応、浮上します」

 カナデが全員へ目配せした。

「声を重ねないでください」

 保護区画が静かになる。

 白金色の光の奥から、小さな声が聞こえた。

『レー……タ……』

 レータは涙をこらえながら、短く返した。

「ここにいる」

 アミィの反応が、少しだけ安定する。

『ここ……』

「うん。ここ」

『となり……?』

 レータの胸が詰まる。

 アミィは覚えていた。

 断片的に。

 まだ意味を探している途中かもしれない。

 それでも、「となり」という言葉を、自分の中に残していた。

「うん。隣」

『レータ……となり……』

「いていい」

 アミィの反応が柔らかく揺れた。

 少しの沈黙。

 そして、アミィがかすかに言った。

『こわく……ない……?』

 レータは一瞬、言葉に詰まった。

 怖くない、と言いたくなった。

 もう大丈夫、全部終わった、と言いたくなった。

 でも、それは違う。

 アミィにとって、怖さはまだ消えていない。

 消えないものを否定してはいけない。

 レータは、ゆっくり言った。

「怖くていい」

 アミィの反応が小さく震える。

「今は、ここにいるだけでいい」

『ここ……いる……』

「うん。ここにいる」

 ユイが静かに続けた。

「アミィ。命令ではなく、返事でいいです」

『ユイ……』

「はい。ユイです」

『へんじ……』

「はい」

『めいれい……じゃ……ない……』

「命令ではありません」

 アミィの本人反応が、ゆっくり落ち着いていく。

 ミオが小声で言った。

「安定しています」

 イリスも頷く。

「本人反応、維持。命令層残滓の上昇なし。セレスティア保護支援系も拘束側へは寄っていません」

 レータは、もう一度だけ短く言った。

「ここにいる」

『……レータ……』

「うん」

『ねむい……』

 カナデが小さく頷く。

「今日はここまでです」

 レータはすぐに言った。

「休んでも大丈夫」

『だい……じょうぶ……』

 アミィの反応は、その言葉を抱くように弱まっていった。

 眠るように、静かに。

 レータはその場から動かなかった。

 でも、追いかけるように声をかけることはしなかった。

 カナデが静かに言う。

「とても良い接触でした」

 レータは小さく笑った。

「我慢、できた?」

「はい。できていました」

「そっか」

 レータは目元を拭った。

「それなら、よかった」


 その後、保護区画の隣室で、正式な保護規定の作成が始まった。

 黒瀬が端末を開く。

「PT-A01アミィ保護規定、暫定版を作成します」

 三島が記録体制に入る。

 カナデが項目を読み上げる。

「第一。アミィへの接触は短時間、少人数を基本とする」

 黒瀬が入力する。

「第二。命令形の言葉を避ける。『起きて』『答えて』『思い出して』などの強制的表現は禁止」

 ユイが続ける。

「第三。アミィ本人が混乱した場合は、説明を増やすのではなく、短い安心語へ戻す」

「安心語?」

 三島が聞き返す。

 カナデが説明する。

「『ここにいる』『命令じゃない』『返事でいい』『休んでも大丈夫』などです。今のアミィが受け止めやすい言葉ですね」

 黒瀬は頷いて記録した。

「第四。同時に複数人が話しかけない。アミィが命令層の多重指示と誤認する可能性があるため」

 イリスが補足する。

「第五。命令層残滓またはセレスティア拘束系が上昇した場合、接触を中止し、保護状態へ戻します」

 ミオも言う。

「第六。セレスティア保護支援系は、現時点では完全除去しません。ただし、拘束系と混線しないよう隔離を継続します」

 黒瀬は全てを入力した。

「暫定保護規定として記録します。今後、アミィ本人反応の安定度に応じて更新」

 三島が静かに言った。

「戦闘対象から、保護対象になったんですね」

 黒瀬は少しだけ間を置いた。

「はい。ですが、危険性が消えたわけではありません」

 カナデが頷く。

「危険性を理由に遠ざけるのではなく、安全に近づくための規定です」

 その言葉に、レータは小さく頷いた。

「安全に近づくため……」

 以前なら、規定や制限に苛立ったかもしれない。

 でも今は分かる。

 アミィを守るためには、レータ自身も待つ必要がある。


 続いて、カナデがアミィの回復計画を提示した。

「段階を分けます」

 画面に、簡潔な表が表示される。

 第一段階。

 本人反応の安定化。

 第二段階。

 短文応答の増加。

 第三段階。

 複数人物との限定接触。

 第四段階。

 セレスティア残留反応の再定義と分離処理。

 第五段階。

 本人の意思による活動範囲の拡大。

 カナデは説明する。

「焦って会話量を増やすと、アミィが混乱する可能性があります。まずは、名前、場所、安心できる相手、命令ではない返事。この四つをゆっくり定着させます」

 レータが聞く。

「私ができることは?」

「短い接触を続けることです。ただし、回数と時間は管理します」

「やっぱり、ずっと一緒は駄目?」

「今はまだ」

 カナデは優しく、しかしはっきり答えた。

「でも、会えないわけではありません。アミィが受け止められる形で、会い続けます」

 レータは少しだけ寂しそうに笑った。

「それなら、我慢できる」

 ユイが隣で言う。

「私も一緒に手伝います」

「うん。お願い」

 カイトは少し離れた場所で、その様子を見ていた。

 アミィにはまだ会えない。

 自分の声は、まだ刺激が強いかもしれない。

 だが、守ることはできる。

 直接会うことだけが、支えることではない。

 それは、今回の撤退戦で何度も思い知らされたことだった。


 技術区画では、セレスティア残留反応の再定義準備が始まっていた。

 リクト、ミオ、イリス、アシュが、白金色の残留反応を分離したデータを確認している。

 リクトが言う。

「拘束系は隔離。命令層への接続経路を潰す。保護支援系は、外部隔離環境で試験する」

 アシュが短く答える。

「そのまま繋ぐな」

「分かっている」

「アミィ本人に戻すな」

「それも分かっている」

 ミオが支援範囲の模型を表示する。

「保護支援系を再定義する場合、広域支援ではなく局地防衛型の支援として扱う方が安定しそうです」

 イリスが続ける。

「レータさんの声、ヴァルクレイドの指揮系、アミィ本人反応の安定パターン。この三つを参考にすれば、命令ではなく応答型の支援系にできる可能性があります」

 リクトは頷き、別の表示を開いた。

 そこには、ヴァルクレイドの機体図が映る。

 そして、その隣にまだ荒い線だけの改修図が表示された。

 肩部追加装甲。

 背部支援波制御ユニット。

 通信保護用の白金色支援核。

 複座対応コックピット。

 前席と後席の独立制御。

 命令形ではなく、相互応答式の補助インターフェース。

 画面上部に、仮名称が表示される。

 RVN-PT-LA01

 ヴァルクレイド・セレス

 リクトは、それを会議室側へ共有した。

「初期設計図だ。まだ本当に初期段階だが、方向性はこうなる」

 レータは画面を見つめた。

 ヴァルクレイド。

 その隣に、白金色の支援光を帯びた新しい姿。

 重装の暗赤と黒鉄に、セレスティア由来の保護支援系が淡く重なる。

 アミィを縛る檻ではなく。

 アミィが隣に座っても怖くないようにする盾。

 黒瀬が確認する。

「これは設計検討図ですね。実装承認ではありません」

「もちろんだ」

 リクトは答える。

「命令層除去と拘束系分離が完了するまでは、組み込みはしない」

 アシュが言う。

「試験を飛ばすな」

「飛ばさない」

 レータは、設計図を見ながら小さく呟いた。

「隣に座る場所……」

 ユイが隣に立つ。

「はい」

「まだ、ただの線なのね」

「でも、場所の形は見え始めています」

 レータは少しだけ笑った。

「命令じゃなくて、返事で動く機体にしないとね」

 カナデが頷く。

「それが一番大事な条件です」

 画面の中で、ヴァルクレイド・セレスの初期設計図が静かに回転している。

 アミィはまだ眠っている。

 セレスティア残留反応も、完全には処理されていない。

 外縁防衛線も、帝国本国も、まだ遠くない場所にある。

 それでも、アミィ救出編はここで一つの区切りを迎えた。

 命令層の奥から救い出した声は、今、ルクスの中で眠っている。

 残った檻は、少しずつ分解されていく。

 そして、その欠片はいつか、誰かを閉じ込めるものではなく、誰かの隣を守る盾へ変わる。

 その最初の設計図が、白い光の中に浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ