第239話 ヴァルクレイド・セレス構想
ルクス・ヴァルキュリアの技術会議室には、三つの表示が並んでいた。
一つ目は、アミィ本人反応。
二つ目は、セレスティア残留反応。
三つ目は、ヴァルクレイドの機体制御系。
それらを前に、リクトはしばらく沈黙していた。
会議室には、レータ、ユイ、ミオ、イリス、カナデ、黒瀬、三島、アシュが集まっている。
カイトも後方席に座っていた。
今回の話は機体運用だけでなく、アミィの今後にも関わる。
だから、戦闘要員にも共有しておく必要があった。
リクトが口を開いた。
「セレスティア残留反応の再定義案を提示する」
室内の空気が少し引き締まった。
画面には、白金色の波形が表示されている。
「まず前提として、セレスティアは完全消滅していない。残留反応は、命令層へ押し戻す拘束系と、アミィ本人反応を崩壊から守る保護支援系に分かれる」
イリスが頷く。
「拘束系は隔離対象です。アミィ本人反応が外へ向かうと、命令層へ戻そうとする動きを見せます」
ミオが続ける。
「保護支援系は、アミィ本人反応を包み、外部刺激を和らげる方向に働いています。現状では、アミィの安定に役立っている可能性があります」
リクトは画面を切り替えた。
そこには、ミオのルナ・スケイル・リフレクト、イリスの解析支援系、アミィ本人のA系列反応、そしてセレスティア支援波が並べて表示される。
「問題は、このままセレスティアを単独支援機として残すと、役割が被ることだ」
カイトが首を傾げる。
「役割が被る?」
「ああ。ミオは広域支援、イリスは解析と本人反応抽出、アミィはA系列として適応型の指揮・支援に近い素養を持っている。そこへセレスティアを単独支援機として残すと、支援役が増えすぎる」
ミオも頷いた。
「私の支援網とセレスティア支援波は方向性が違いますが、運用上の領域は重なります」
イリスも続ける。
「解析と本人反応保護についても、私の担当範囲と近い部分があります」
リクトはセレスティアの波形を見た。
「だからといって、完全破壊すればいいわけでもない。保護支援系まで失えば、アミィ本人反応の安定に役立つ機能も失う可能性がある」
レータは黙って聞いていた。
セレスティア。
アミィを閉じ込めていた檻。
でも、アミィが壊れないように包んでもいた盾。
壊したい。
でも、壊しきれない。
その矛盾が、まだ胸の奥に残っている。
リクトは、三つ目の表示を大きくした。
ヴァルクレイド。
暗赤と黒鉄の重装機。
レータの機体。
「そこで、拘束系と命令層接続を完全に除去した上で、保護支援系だけをヴァルクレイドへ統合する案を出す」
レータは目を細めた。
「私の機体に、セレスティアを?」
「そのまま入れるわけじゃない」
リクトはすぐに言った。
「そのままなら論外だ。命令層、拘束機能、強制同期系はすべて除去する。残すのは、保護支援、通信保護、支援波制御の技術だけだ」
アシュが低く言う。
「混ぜるな。分解してから組め」
リクトは頷く。
「分かっている。これは統合というより、再定義だ」
黒瀬が端末を開く。
「現時点では、設計検討段階ですね」
「そうだ。実装ではない」
リクトは続けた。
「ヴァルクレイドは、もともと重装・統率・前線指揮向けの機体だ。単純な支援機ではなく、前に立って味方の動きをまとめる機体になる。そこにセレスティア由来の保護支援系を組み込めば、前線防衛司令塔として運用できる可能性がある」
ミオが画面に支援範囲を重ねる。
「私のルナ・スケイル・リフレクトは、広域支援と味方全体の選択肢拡張が中心です。一方、ヴァルクレイドにセレスティア保護支援系を組み込むなら、局地防衛、通信保護、命令系干渉遮断が中心になります」
イリスも補足する。
「つまり、ミオさんが広く支える。ヴァルクレイド側は前線の要所を守る。役割を分けられます」
カイトが表示を見る。
「前線防衛司令塔……」
その言葉は、ヴァルクレイドに合っている気がした。
重装で、統率型。
レータが前に立ち、味方を守る。
そこへセレスティアの通信保護と支援波制御を加える。
単なる支援機ではない。
守るための指揮機だ。
だが、レータはすぐには頷かなかった。
「待って」
全員の視線がレータへ向く。
「それって、アミィをまた戦場に出すってこと?」
リクトはすぐに首を横に振った。
「今すぐではない」
「でも、将来的にはそういう話でしょ。セレスティアの支援系を使う。アミィの反応とも関係してる。だったら、アミィを乗せるつもりなんじゃないの」
その声には、強い抵抗があった。
アミィは救出されたばかりだ。
まだ断片的にしか話せない。
命令、怖い、レータ、ユイ。
それだけの言葉を、ようやく返している状態だ。
そんな子を、また戦場に出すのか。
レータには、それがどうしても引っかかった。
カナデが静かに口を開く。
「レータさん」
「分かってる。技術的には必要かもしれない。でも、アミィはまだ――」
「これは、すぐ出す話ではありません」
カナデは穏やかに遮った。
「アミィをすぐ戦場に出す話ではなく、アミィが選べる場所を作る話です」
レータは言葉を止めた。
「選べる場所……」
「はい。今のアミィは、命令されることと、閉じ込められることしか知りません。救出されても、まだ自分でどこにいていいのか分かっていない」
カナデは、アミィ本人反応の波形を見た。
「だから、いきなり単独で前線に立たせるのではなく、レータさんの隣に支援席を作る。乗るかどうかも、いつ乗るかも、アミィが選べるようにする」
ユイも静かに頷いた。
「命令ではなく、選択肢として置く、ということですね」
「はい」
カナデは言った。
「アミィに必要なのは、戦力としての居場所ではありません。命令ではない居場所です」
レータは黙った。
命令ではない居場所。
隣にいていい、と言った。
アミィは「となり」と返した。
その隣に、席を作る。
命令で座らせるのではなく。
戦わせるために押し込むのでもなく。
怖くなったら降りていい。
話したくなければ黙っていていい。
乗りたい時だけ、乗ればいい場所。
レータは少しだけ息を吐いた。
「そういうことなら……まだ、聞ける」
リクトは頷いた。
「構造案は、二人乗り対応だ。レータ単独でも操縦可能。アミィが同乗する場合は、支援波制御、通信保護、セレスティア残留反応の補助制御を担当する」
黒瀬が確認する。
「単独運用可能であることは重要です。アミィさんの搭乗を前提条件にすると、心理的負荷が高くなります」
「分かっている」
リクトは答える。
「レータ単独でも機体として成立する。アミィが隣に座れば、より強く、より繊細に支援制御ができる。そういう設計だ」
アシュが短く言う。
「アミィを鍵にするな」
「しない」
「乗らないと動かない機体にするな」
「しない」
「乗った時に、命令層が起きるような構造にするな」
「それは最優先で潰す」
黒瀬が記録する。
「設計条件。アミィさんの搭乗を必須としない。搭乗時も命令形インターフェースを使用しない。支援席は命令席ではなく、選択式補助席として扱う」
三島が記録を続ける。
その時、保護区画から弱い反応が入った。
イリスが顔を上げる。
「アミィ本人反応、短時間浮上しています」
会議室の空気が変わる。
カナデがすぐに確認する。
「刺激は?」
「大きくありません。会議室側の音声は制限されていますが、レータさんの声に反応した可能性があります」
レータは保護区画側の通信表示を見る。
カナデが頷いた。
「短くなら」
レータは通信を開いた。
「アミィ」
少しの沈黙。
細い声が返る。
『レー……タ……』
「ここにいる」
『ここ……』
「うん」
アミィの声は、まだ眠たげで断片的だった。
『となり……?』
レータの胸が締めつけられる。
アミィは、前回の言葉を覚えていた。
意味はまだ完全ではないかもしれない。
でも、「となり」という音を拾っている。
「うん。隣」
『レータの……となり……?』
レータは泣きそうになりながら、ゆっくり答えた。
「うん。でも、命令じゃない」
その言葉だけは、はっきり言った。
「乗りたい時だけでいい。嫌なら乗らなくていい。怖かったら、やめていい」
カナデが小さく頷く。
レータは続ける。
「あなたは、私の代わりじゃない。私の命令を聞く子でもない。隣にいていい子」
アミィの反応が、柔らかく揺れた。
『となり……いて……いい……』
「うん」
『めいれい……じゃない……』
「命令じゃない」
『へんじ……』
「うん。返事でいい」
アミィの反応は、少しだけ落ち着いていく。
『レータ……』
「ここにいる」
『……ねむい……』
「休んでも大丈夫」
『だい……じょうぶ……』
通信はそこで自然に弱まった。
イリスが確認する。
「本人反応、安定したまま保護状態へ戻ります」
カナデは息を吐く。
「良い接触です」
レータは目元を拭いた。
「……聞いてたのね、少しだけ」
ユイが静かに言う。
「アミィは、隣という言葉を覚えています」
「うん」
レータは会議室の画面に映るヴァルクレイドを見た。
隣に座る場所。
それは、ただの比喩ではなくなり始めていた。
◇
リクトは、正式な仮称案を表示した。
「形式番号案は、RVN-PT-LA01」
レータが画面を見る。
「LとA……」
「レータのL、アミィのA。ヴァルクレイドを基盤に、アミィ由来の支援制御を統合するための仮番号だ」
続いて、機体名が表示される。
RVN-PT-LA01
ヴァルクレイド・セレス
白い文字が、静かに画面に浮かんだ。
「セレスティアの名をそのまま残すのではなく、再定義した支援核としてセレスとする案だ」
リクトが説明する。
「セレスティアの拘束と命令は捨てる。だが、保護支援系を完全に無かったことにもせず、別の形にする」
黒瀬は端末を見つめる。
「現時点では設計検討のみ認めます」
レータが顔を上げる。
黒瀬は続けた。
「条件は以下。命令層と拘束機能の完全除去。アミィさんの搭乗を前提条件としない。支援席に命令形インターフェースを設けない。セレスティア残留反応の再定義試験は、アミィ本人反応へ直接接続せず、外部隔離環境で行う」
三島が記録する。
「設計検討、条件付き承認」
アシュが最後に言った。
「そのまま混ぜるな。命令層は全部剥がせ」
リクトが頷く。
「分かっている」
「少しでも残ったら使うな」
「それも分かっている」
アシュは短く息を吐いた。
「なら、考えるだけならいい」
レータは、画面の機体名を見つめていた。
ヴァルクレイド・セレス。
自分の機体に、アミィを縛っていたセレスティアの一部を入れる。
以前なら、絶対に嫌だと言っていたかもしれない。
今も、嫌な気持ちは残っている。
でも、アミィが「となり」と言った。
命令ではない場所を、少しだけ覚えてくれた。
なら、その場所を作ってもいいのかもしれない。
レータは静かに言った。
「檻じゃなくて、盾にする」
誰も口を挟まなかった。
「アミィを閉じ込めるものじゃなくて、アミィが隣にいても怖くないようにするものにする」
ユイが頷く。
「はい」
レータは、ヴァルクレイド・セレスの仮表示を見つめる。
「命令じゃない。乗りたい時だけでいい。そういう機体にする」
カナデが微笑んだ。
「それが、この構想の一番大事な条件ですね」
黒瀬が端末に記録する。
「追加条件。ヴァルクレイド・セレス構想の運用理念。アミィさんの搭乗は命令ではなく選択であること」
三島が静かに記録した。
会議室の画面に、仮の機体名が残る。
RVN-PT-LA01
ヴァルクレイド・セレス
それはまだ、設計図にもなっていない。
改修には時間がかかる。
セレスティア残留反応の分解も、アミィの安定も、まだ始まったばかりだ。
それでも、最初の意味は決まった。
代わりではなく、隣に座る。
檻ではなく、盾にする。
そのための構想が、ルクス・ヴァルキュリアの中で正式に動き始めた。




