第237話 セレスティア残留反応
保護区画の解析室には、白金色の波形が幾重にも表示されていた。
アミィ本人反応。
命令層残滓。
セレスティア残留反応。
救出戦で命令層との主接続は切断された。
強制再同期も止めた。
アミィ本人反応は、ルクス側の保護区画内で確認できている。
だが、セレスティアは消えていなかった。
完全に破壊されたわけでも、完全に沈黙したわけでもない。
白金色の残響は、アミィの周囲と回収された外部端末群の中に、まだ薄く残っている。
リクトは端末を操作し、残留反応を二つの層に分けて表示した。
「やはり、大きく二種類に分かれる」
イリスが頷く。
「一つは、命令層へ押し戻す反応です」
画面の一部が赤く強調される。
硬く、均一で、アミィ本人反応が外へ向かおうとすると、それを内側へ引き戻す波形。
「これは拘束系です。命令層残滓と反応が近いです」
リクトが続ける。
「危険だ。隔離・除去対象だな。アミィ本人反応が安定した後、できるだけ早く切り離す必要がある」
ミオがもう一つの層を表示する。
「もう一つは、本人反応の周囲を包む反応です。こちらは押し戻すというより、崩れないように支える動きがあります」
画面には、淡い白金色の薄膜のような波形が映る。
アミィ本人反応が揺れた時、その周囲に広がり、外部刺激を少しだけ弱めている。
イリスは慎重に言った。
「保護支援系、と呼べると思います」
レータは画面を見つめていた。
「セレスティアが、まだアミィを守ってるってこと?」
リクトはすぐには答えなかった。
「守っている、と言い切るのは危険だ。元々は命令層の範囲内でアミィを維持するための支援だった。本人の自由のための支援じゃない」
「でも、今は?」
「今は、命令層との主接続が切れている。だから、残った保護支援系だけを見ると、アミィ本人反応を安定させる方向に働いている部分がある」
レータは黙った。
セレスティア。
アミィを縛っていたもの。
命令層へ押し戻し、怖いと言わせたもの。
戻りたくないと言わせたもの。
そんなものは、全部壊してしまいたい。
そう思う。
けれど同時に、アミィが壊れないように包んでいた部分があると言われれば、簡単に全部を消せとは言えなかった。
レータの手が握られる。
「……嫌な感じね」
ユイが静かに隣へ立った。
「はい」
「壊したいのに、壊したらアミィに悪いかもしれない」
「分かります」
ユイの声も硬かった。
彼女にとっても、命令層や拘束系の反応は嫌悪を伴うものだった。
帝国命令系統に似た感覚。
守ると言いながら、選択肢を狭める力。
だが、今はそれを感情だけで切り捨てるわけにはいかない。
ミオが、保護支援系の波形を見ながら言った。
「これは支援ではあります」
全員の視線がミオへ向く。
ミオは続ける。
「ただし、以前のように選択肢を狭める形ではありません。命令層との接続が切れたことで、支援の向きが変わっています。再定義できれば、守る力になるかもしれません」
レータが聞き返す。
「守る力……」
「はい。アミィ本人反応を外へ出さないための檻ではなく、外からの衝撃を和らげる盾として使える可能性があります」
ユイが画面を見る。
「檻ではなく、盾にする」
その言葉は、前にもレータが口にしたものだった。
セレスティアを完全に消すのではなく、命令と拘束を剥がし、保護支援だけを残す。
アミィを閉じ込める檻ではなく、アミィ自身が使える盾にする。
理屈としては分かる。
だが、レータの心は簡単には追いつかなかった。
「でも、それってセレスティアを残すってことよね」
レータの声は低い。
「あの子を閉じ込めてたものを、残すってことよね」
カナデが静かに答えた。
「そのまま残すわけではありません」
「でも」
「レータさん」
カナデは、責めるでもなく、宥めるでもなく、丁寧に言った。
「憎むべき部分と、使える部分を分けて考えていいんです」
レータはカナデを見る。
「分けて……」
「はい。セレスティアがアミィを縛っていたことは事実です。命令層へ押し戻し、本人反応を閉じ込めていた。その部分は、危険であり、除去すべきものです」
カナデは保護支援系の波形を見る。
「でも同時に、アミィが崩れないように支えていた部分もある。そこまで同じ憎しみで壊してしまうと、アミィ本人に負担が返る可能性があります」
レータは唇を噛んだ。
「分かってる。分かってるけど、嫌なのよ」
「嫌でいいと思います」
カナデはすぐに言った。
「嫌なまま、分けて考えればいいんです。許す必要はありません。感謝する必要もありません。ただ、アミィを守るために、使えるものと危険なものを分ける。それだけでいいと思います」
レータは、少しだけ息を吐いた。
「……そういう言い方、ずるいわね」
「ずるいですか」
「反論しづらい」
ユイが小さく頷く。
「カナデさんは、そういうところがあります」
カナデは少し困ったように微笑んだ。
黒瀬が端末を開く。
「再利用に関しては慎重に判断すべきです」
空気が少し引き締まる。
「セレスティアは、元々敵性装置です。命令層、拘束機能、戦域支援干渉、味方支援網の上書きなど、複数の危険要素を持っています」
三島が記録する。
黒瀬は続けた。
「保護支援系が有用である可能性は認めます。ただし、回収した残留反応をそのままアミィや味方機へ接続することは認められません」
「そのままは駄目です」
リクトも同意した。
「完全分解が前提だ。構造を分け、命令層への経路を潰し、拘束系を隔離してからでないと使えない」
その時、別回線からアシュの声が入った。
『当然だ』
短い声に、何人かがそちらを見る。
アシュは格納庫側から接続していた。
『使うなら分解しろ。そのまま繋ぐな』
リクトが頷く。
「同意見だ」
『命令層は全部剥がせ。拘束系も切れ。保護支援系だけ残せるか確認しろ』
黒瀬が記録する。
「セレスティア残留反応再定義条件。第一、命令層接続の完全除去。第二、拘束系反応の隔離・除去。第三、保護支援系のみの抽出。第四、アミィ本人反応への直接接続禁止。第五、再接続時は段階試験を必須」
アシュがさらに言う。
『あと、アミィに戻すな』
レータが顔を上げる。
「どういう意味?」
『今のアミィに、セレスティア由来のものを直接戻すな。本人反応がまた檻だと誤認する可能性がある』
カナデが頷く。
「それは心理面でも重要です。アミィが安定するまでは、セレスティア残留反応を直接自分の一部として認識させない方が良いでしょう」
ユイが考え込む。
「では、別の受け皿が必要ですね」
リクトは、その言葉に反応した。
「そうだな。アミィ本人ではなく、外部機体側に再定義した支援系を置く案はある」
レータが眉を寄せる。
「外部機体?」
「まだ仮案だ」
リクトは前置きした。
「セレスティアの保護支援系は、広域支援というより、前線での保護、通信防御、命令系干渉の遮断に向いている。ミオのルナ・スケイルとは性質が違う」
ミオも頷く。
「私の支援網は、味方全体の選択肢を広げるための支援です。セレスティア由来の保護支援系は、もっと局地的で、強固な防御や通信保護に向いています」
リクトは表示を切り替えた。
そこに映ったのは、ヴァルクレイドの制御系だった。
暗赤と黒鉄の重装機。
レータの機体。
重装・統率・前線指揮向けに組まれた機体。
レータが目を見開く。
「ヴァルクレイド?」
「相性は悪くない」
リクトは言った。
「ヴァルクレイドは元々、重装・統率・前線指揮向きだ。そこに、セレスティア由来の保護支援系を再定義して組み込めば、前線防衛や通信保護に使える可能性がある」
レータはすぐには答えなかった。
ヴァルクレイド。
自分の機体。
そこに、アミィを縛っていたセレスティアの残りを組み込む。
嫌だ、と思う気持ちがあった。
けれど同時に、もしそれがアミィを閉じ込めるものではなく、アミィを守る盾になるなら。
「……私の機体に?」
リクトは頷く。
「まだ構想にもなっていない。単なる相性の話だ。ただ、アミィ本人へ直接戻すよりは安全性を管理しやすい。ヴァルクレイド側で命令層を完全に切り、レータが制御権を持つ形にできる」
黒瀬がすぐに言う。
「現時点で承認はできません」
「分かっている」
リクトは端末を閉じた。
「今は可能性を示しただけだ。実際にやるなら、さらに解析が必要になる」
アシュも短く言った。
『焦るな』
レータは画面のヴァルクレイドを見ていた。
アミィの代わりではない。
アミィも、自分の代わりではない。
それを伝えた。
アミィはレータと呼んだ。
もし、いつか。
アミィが自分の隣に立てるようになった時。
その隣に、居場所を作ることができるなら。
レータは小さく呟いた。
「檻じゃなくて、盾」
ユイが隣で頷く。
「はい」
「でも、すぐには決めない」
「それでいいと思います」
カナデも頷いた。
「今は、アミィの安定が最優先です」
レータは保護区画の方を見た。
アミィはまだ眠っている。
短い言葉しか受け止められない。
戦える状態ではない。
だから、今はまだ構想だけでいい。
セレスティアを完全に壊すのではなく、分ける。
拘束を捨て、保護を残す。
檻を壊し、盾だけを作る。
その考えが、静かにルクスの中で形を持ち始めていた。




