表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
238/412

第236話 保護区画のアミィ

 ルクス・ヴァルキュリアは、外縁防衛線正面から離脱した。

 追撃は限定的だった。

 エリシオンは防衛線の前に残り、ヘルメス隊も深追いはしてこない。

 グラトンの主砲は、最後まで火を噴かなかった。

 それでも、艦内に安堵の空気は少なかった。

 アミィは救出された。

 だが、まだ戻ってきたとは言えない。

 保護区画の中央には、アミィの中枢ブロックを収めた隔離ポッドが置かれていた。

 ポッドの外側には、淡い白金色の光が薄く揺れている。

 それはセレスティア残留反応だった。

 かつてアミィを命令層へ押し戻し、同時に本人反応を崩壊から守っていたもの。

 檻であり、盾でもあった支援波の名残。

 今は、何重もの解析フィールドに包まれ、外部干渉を制限されている。

 カナデ、イリス、ミオ、リクトが、保護区画内で状態確認を進めていた。

 イリスが波形を見つめる。

「本人反応、確認できます。ただし、とても弱いです」

 画面には細い線が表示されている。

 それは命令層の均一な反応とは違い、小さく揺れていた。

 アミィ本人の反応だ。

 だが、その周囲には時折、硬いノイズが走る。

 リクトが眉を寄せた。

「命令層残滓だな。主接続は切れているが、完全には消えていない」

 ミオも支援網を絞りながら言う。

「セレスティア残留反応が、本人反応の周囲に残っています。今のところ押し込む動きは弱いですが、外部から強い刺激を受けると反応する可能性があります」

 カナデはアミィの状態を見て、静かに頷いた。

「今は、眠っている状態に近いですね」

「眠ってる?」

 区画の入口近くで、レータが聞き返した。

 レータは保護区画の外側に立っていた。

 中に入りたそうにしている。

 けれど、カナデから止められているため、それ以上は近づけない。

 カナデは答える。

「正確な睡眠とは違います。でも、本人反応が外部刺激を受け止めきれないため、保護的に閉じている状態です」

「声をかけたら?」

 レータの声には、期待と不安が混じっていた。

 カナデはすぐには答えなかった。

 そして、慎重に言った。

「今は、強い呼びかけは避けるべきです」

 レータの表情が沈む。

「……分かってる」

 言葉ではそう言った。

 だが、足は動かない。

 アミィはそこにいる。

 命令層から救い出せた。

 怖いと言った。

 行きたいと言った。

 レータと呼んだ。

 それなのに、今は名前を呼ぶことすら慎重にしなければならない。

 カナデは区画外へ出て、レータの前に立った。

「アミィへの接触ルールを決めます」

 黒瀬と三島も記録のために端末を開く。

 カナデは一つずつ言った。

「第一。強い呼びかけは禁止です」

 レータが小さく頷く。

「第二。命令形の言葉は禁止します。『起きて』『答えて』『思い出して』のような言い方は避けます」

 三島が記録する。

「第三。同時に多人数で話しかけないこと。声が重なると、アミィが命令層の多重指示と誤認する可能性があります」

 イリスが頷いた。

「その可能性はあります。命令層残滓が残っているので、複数入力には敏感です」

「第四。最初は名前と、安心できる短文だけにしてください」

 カナデはレータを見る。

「例えば、『ここにいる』『大丈夫』『命令じゃない』のような短い言葉です」

 レータは唇を噛んだ。

「もっと言いたいこと、たくさんあるのに」

「分かっています」

 カナデは静かに言った。

「でも、今はレータさんの気持ちより、アミィが受け止められる量を優先しましょう」

 その言葉は、優しかった。

 だが、逃げ場がなかった。

 レータは目を伏せる。

「……うん」

 声は小さかった。

「分かってる。分かってるけど、きついわね」

 ユイが隣に立った。

「レータ」

「ユイ」

「私も、言いたいことはあります。でも、今はアミィが受け止められる分だけでいいと思います」

 レータは苦笑した。

「ユイに言われると、反論しづらい」

「反論してもいいです」

「しないわよ」

 レータは保護区画のポッドを見る。

「アミィがここにいる。それだけで、まずはいいのよね」

「はい」

 ユイは頷く。

「もう、命令層の奥に一人ではありません」

 その言葉に、レータの目元がわずかに揺れた。

 泣きそうになった。

 でも、こらえた。

 まだアミィが起きていない。

 泣くのは、もう少し後でいい。


 保護処置は続いた。

 イリスは本人反応を追い、ミオは微弱な支援網でアミィの周囲を包んでいる。

 ただし、それは命令層のように押さえつけるものではない。

 外からの刺激を和らげる、薄い膜のような支援だった。

 リクトはセレスティア残留反応の解析を進めていた。

「残留反応は、やはり二層あるな」

 ミオが顔を上げる。

「拘束系と保護支援系ですか」

「おそらくな。今すぐ切れる部分と、切ると危ない部分が混じっている」

 カナデが確認する。

「今はどちらを優先すべきですか」

「アミィ本人反応の安定だ。拘束系が強まれば切る。だが、保護支援系まで一気に剥がすのは危険だ」

 イリスが画面を見つめながら言う。

「アミィ本人反応は、セレスティア残留反応に完全には拒否反応を示していません。怖がっている部分もありますが、支えられている部分もあります」

 レータは、その言葉を聞いて複雑な表情をした。

「やっぱり、簡単に壊せばいいってものじゃないのね」

 リクトは頷く。

「そうだ。壊すのは簡単とは言わないが、方針としては単純だ。だが、今必要なのは分けることだ。アミィを縛るものと、アミィを支えているものを」

 レータは静かに呟いた。

「檻と盾を分ける」

「そういうことだ」

 その時、イリスの画面に小さな反応が出た。

「待ってください」

 全員の視線が集まる。

 本人反応が、わずかに浮上していた。

 眠るように閉じていた反応が、外部へ向けて小さく揺れる。

 カナデがすぐに言う。

「全員、声を重ねないでください」

 保護区画が静まり返った。

 イリスが小さく報告する。

「アミィ本人反応、覚醒に近い揺れ。短時間だと思います」

 レータが一歩、前に出かける。

 カナデが視線だけで止める。

 レータは止まった。

 拳を握る。

 震えそうな声を抑える。

 ポッドの中で、白金色の光が弱く揺れた。

 そして、かすかな声が聞こえた。

『……レー……タ……?』

 レータの息が止まった。

 その一言だけで、胸の奥が崩れそうになる。

 近づきたい。

 名前を呼び返したい。

 ここにいる、もう大丈夫、怖くない、全部言いたい。

 でも、カナデの言葉を思い出す。

 強い呼びかけは禁止。

 命令形は禁止。

 多くを言いすぎない。

 アミィが受け止められる量を優先する。

 レータは、震える声を抑えた。

「ここにいる」

 それだけを言った。

 短く。

 優しく。

 命令ではなく、返事として。

 アミィの反応が、少しだけ揺れる。

『……ここ……』

「うん。ここにいる」

 レータの目に涙が浮かぶ。

 でも、それ以上は言わなかった。

 ユイも、少し離れた場所で静かに見守っている。

 声をかけたい気持ちはあった。

 けれど、今はレータの声だけでいい。

 アミィの反応は、少しずつ落ち着いていった。

『……レータ……』

「うん」

『……こわ……』

 レータは息を詰める。

 言いたいことはたくさんあった。

 でも、選んだ。

「怖くていい」

 それは、救出戦で言った言葉と同じだった。

「ここにいる」

 アミィの反応が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

 そして、また眠るように沈んでいった。

 イリスが静かに報告する。

「本人反応、安定方向へ低下。再び保護状態に戻ります」

 カナデが小さく息を吐いた。

「良い反応です。強く浮上させすぎず、安心できる短文だけ受け取れました」

 レータはその場に立ったまま、動かなかった。

 涙が一筋だけ落ちた。

「……返事、できた」

 ユイがそっと隣に立つ。

「はい」

「ちゃんと、強く呼ばなかった」

「はい。できていました」

 レータは小さく笑った。

「こんなに我慢したの、初めてかも」

「レータは、よく我慢しました」

「子供扱いしないでよ」

「していません」

 ユイが真面目に答えると、レータは泣きながら少しだけ笑った。


 その後、保護区画の外で簡易報告が行われた。

 黒瀬が記録を読み上げる。

「PT-A01アミィ。救出後初回覚醒反応を確認。レータさんの識別名を呼称。短文応答に対し安定反応を示す。命令層残滓による即時反応悪化はなし」

 三島が記録する。

「接触ルールは継続ですね」

「はい」

 カナデが頷いた。

「しばらくは、レータさん、ユイさんを中心に、短時間・少人数で接触します。他の人は、アミィが安定してからです」

 カイトが少し離れた場所で聞いていた。

「俺達は、まだ会わない方がいいですか」

 カナデは穏やかに答える。

「今はその方が良いです。アミィが覚えている声は、レータさんとユイさんが中心です。刺激を増やしすぎない方がいいでしょう」

「分かりました」

 カイトは素直に頷いた。

 会いたい気持ちはある。

 助けた相手が無事なのか、直接確かめたい気持ちもある。

 でも、今大事なのは自分の安心ではない。

 アミィが受け止められる量だ。

 それは、今回の戦いで学んだことだった。

 その時、リクトが少し遅れて保護区画へ戻ってきた。

 手には解析端末を持っている。

 表情は真剣だった。

「セレスティア残留反応の解析が少し進んだ」

 全員の視線が向く。

 レータが顔を上げる。

「何か分かったの?」

「ああ」

 リクトは端末を表示する。

 そこには、白金色の反応が二つの層に分けて表示されていた。

「やはり、残っている反応は一種類じゃない。アミィを命令層へ押し戻そうとする拘束系と、本人反応を崩さないように包んでいる保護支援系がある」

 ミオが小さく頷く。

「予想通りですね」

「ただし、問題はそこじゃない」

 リクトは、画面の一部を拡大した。

「保護支援系の一部が、アミィ本人反応だけでなく、レータの声にも安定反応を示している」

 レータが目を見開く。

「私の声?」

「ああ。おそらく、救出戦の時にアミィ本人反応を支えた通信路の記録が残っている。セレスティア残留反応は、レータの声を『アミィを安定させる外部要素』として認識し始めている可能性がある」

 ユイが静かに言った。

「つまり、セレスティアはまだアミィを閉じ込めるだけではなく、アミィが安心するものを学習し始めている」

「そう見える」

 リクトは頷いた。

「ただし、そのまま信用はできない。命令層残滓も残っている。分解と再定義が必要だ」

 レータはポッドの方を見た。

 アミィは再び眠っている。

 怖いと言った。

 ここにいると返した。

 その短いやり取りが、セレスティアの残りにも影響を与えている。

 レータは小さく呟いた。

「檻じゃなくて、盾にする」

 リクトは端末を閉じた。

「そのための解析を始める」

 保護区画の中で、白金色の光が静かに揺れていた。

 アミィはまだ眠っている。

 すぐに普通に話せるわけではない。

 戦えるわけでもない。

 けれど、命令層の奥ではなく、ルクスの中で眠っている。

 それが、救出後の最初の一歩だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ