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第233話 外縁防衛線、崩れず

 アミィの回収は成功した。

 その報告は、ルクス・ヴァルキュリアの艦内に短く共有された。

 けれど、歓声はなかった。

 誰も、完全な勝利を口にしなかった。

 アミィは回収区画で保護処置を受けている。

 本人反応は残っている。

 命令層との主接続は切れている。

 だが、意識は不安定で、すぐに会話できる状態ではない。

 そして、外縁防衛線はまだそこにあった。

 管制室の正面表示には、帝国側の反応が並んでいる。

 グラトン。

 エリシオン。

 ヘルメス隊。

 再配置されつつある量産GD群。

 アミィを救出したことで、戦場が終わったわけではない。

 むしろ、ここからが帰還のための戦いだった。

「アミィ保護区画、隔離安定処置を継続中」

 三島が報告する。

「カナデさん、イリスさん、ミオさんが保護処置に入っています。セレスティア残留反応は弱いですが、完全には消えていません」

 黒瀬が端末を確認する。

「PT-A01アミィは要保護状態。戦闘への投入は禁止。区画への不要な通信接続も制限します」

「了解」

 ジンは前線表示から目を離さなかった。

「各機の状態は」

「カイト機、左肩および盾に損傷。戦闘継続は可能ですが、判断遅延の後遺負荷あり。ミオ機、支援網全開使用後の反応疲労。セラ機、高精度弾残数少。ユイさんはノクス・レクイエム使用後の負荷確認中。ノクス・レクイエムは再封印済み、再出撃不可」

 ジンは低く息を吐いた。

「厳しいな」

 黒瀬が淡々と言う。

「アミィ救出に成功した時点で、こちらの主目的は防衛線突破から保護対象を抱えた戦域離脱へ変更されています」

「分かっている」

 ジンは頷いた。

「ここで欲を出して防衛線を崩しに行く余裕はない。アミィを連れて下がる」

 その時、外縁表示の一角が動いた。

 三島が報告する。

「エリシオン、前進」

 画面中央に、白灰と金の機体が映し出される。

 巨大な盾を構え、ゆっくりと戦域中央へ出てくる。

 レオンのエリシオン。

 攻め込むための動きではない。

 押し返すための動きだった。

「グラトン、主砲照準準備。ですが、発射兆候はありません」

 黒瀬が表示を拡大する。

「照準圧による牽制ですね」

 ジンが眉を寄せる。

「撃たないが、撃てる状態を見せている」

「はい。こちらの進路を制限する目的と思われます」

 さらに外周へ、高速反応が散っていく。

「ヘルメス隊、外周展開。撤退候補航路を狭めています」

 カイルの通信が入った。

『予想通りだな。逃げ道を直接塞ぐんじゃなく、選べる道を減らしてきてる』

 レイも続ける。

『エリシオンは正面。ヘルメスは側面。グラトンは撃つぞと見せる。きっちり追い詰める気だ』

「ただし、乱戦にはしていない」

 黒瀬が言う。

「レオンはアミィ奪還より、防衛線維持を優先している可能性があります」

 ジンは画面を見た。

「だからこそ厄介だ。無理に突っ込んではこない。こちらを消耗させながら、安全な方向へ押し返すつもりだ」


 回収区画の前で、レータは扉を見つめていた。

 中にはアミィがいる。

 まだ声は聞こえない。

 反応は安定処置中で、強い呼びかけは禁止されている。

 カナデに言われた通り、レータは距離を取っていた。

 でも、足はそこから動かない。

 扉の向こうに、アミィがいる。

 それだけで、胸の奥が締めつけられる。

『レータ』

 通信に、ジンの声が入った。

『前線対応に入れるか』

 レータは目を閉じた。

 本当は、ここにいたい。

 アミィが目を覚ました時、そばにいたい。

 怖いと言ったあの子に、ここにいると伝えたい。

 だが、まだ戦場は終わっていない。

 ここで撤退に失敗すれば、アミィを連れて帰れない。

「……入れるわ」

 レータは答えた。

「ヴァルクレイド、出せる?」

『機体は出せる。ただし、無理はするな。アミィ保護が最優先だ』

「分かってる」

 通信が切れた。

 レータはもう一度、回収区画の扉を見る。

「すぐ戻るから」

 声は小さかった。

 扉の向こうへ聞かせるためではない。

 自分に言い聞かせるための言葉だった。

 その時、ユイが通路の奥から来た。

「レータ」

「ユイ。動いて大丈夫なの?」

「歩くくらいなら」

「無理してない?」

「少ししています」

「正直ね」

 レータは苦笑した。

 ユイの顔色も良くはない。

 ノクス・レクイエムを使った負荷が残っているのは明らかだった。

 それでも、ユイは真っ直ぐレータを見た。

「アミィは、ここにいます」

「うん」

「だから、今は連れて帰ることを優先しましょう」

 レータは、息を吸って頷いた。

「分かってる。ここで止まったら、アミィをまた戦場に置き去りにすることになるもの」

「はい」

「行ってくる」

 ユイは静かに頷いた。

「私も管制に戻ります。ノクス・レクイエムは使えませんが、アミィとセレスティア残留反応の監視はできます」

「ユイも無理しないでよ」

「はい」

 二人は短く頷き合い、それぞれの場所へ向かった。


 グラトン艦橋では、レオンが前線配置を見ていた。

 アミィはルクス側に回収された。

 帝国はPT-A01を失った。

 それは紛れもない損失だった。

 だが、今この瞬間にすべきことは、乱戦による奪還ではない。

 防衛線を維持すること。

 味方部隊を無駄に壊さないこと。

 オルフェンの観測欲に戦場を預けないこと。

「エリシオン、前進速度を維持。ルクス側の正面撤退路を圧迫しろ」

 クラウスが記録する。

「了解」

「グラトン主砲は照準維持。発射は俺の直接命令まで禁止」

「了解」

「ヘルメス隊は外周展開。だが、セレスティア残留干渉圏への深追いは禁止」

「通達済みです」

 クラウスは少しだけ声を低くした。

「オルフェン監察官から、PT-A01奪還およびセレスティア残留反応回収の要求が来ています」

「却下する」

 レオンは即答した。

「ですが、本国監察局名義です」

「今ここで乱戦を仕掛ければ、防衛線が崩れる。ルクス側はアミィを保護している。追い詰めればノクス・レクイエムを再投入させる可能性もある」

「ノクス・レクイエムは再封印状態と推定されています」

「推定だ」

 レオンは鋭く言った。

「あの機体は危険だ。追い詰めて再起動させる理由を与えるな」

 クラウスは頷く。

「では、方針は防衛線維持と撤退方向の誘導」

「そうだ」

 その時、艦橋の通信にオルフェンが割り込んできた。

『レオン司令。PT-A01の奪還部隊を出すべきです』

「出さない」

『PT-A01は帝国資産です。セレスティア残留反応も回収すべき観測対象です』

「今は防衛線維持が優先だ」

『ルクス側は消耗しています。ここで回収しなければ、機会を失います』

「ここで乱戦にすれば、こちらも損耗する。ヘルメス隊もセレスティア干渉圏を嫌がっている。エリシオンも防衛に回す」

『随分と慎重ですね』

「前線指揮官の判断だ」

 オルフェンの声が冷たくなる。

『あるいは、またルクス側を逃がすおつもりですか』

 艦橋の空気が凍る。

 レオンは表情を変えなかった。

「逃がすのではない。防衛線を維持する」

『言い方の問題ですね』

「好きに記録しろ」

 レオンは通信を切った。

 クラウスが静かに言う。

「監察局との対立は、さらに深まります」

「分かっている」

 レオンはエリシオンの表示を見た。

「だが、俺は前線を預かっている。観測室ではなく、戦場をな」


 ルクス側の前線では、各機が再配置に入っていた。

 カイトのアルタイル・ノヴァ・ブレイスは損傷している。

 盾は交換が間に合わない。

 左肩の装甲も応急処置だけだ。

 それでも、機体は動く。

『カイト、無理するなよ』

 レイの声が入る。

「分かってます」

『その返事は信用できない』

「今回は本当に分かってます」

 カイトは苦笑する。

 だが、視線は前方のエリシオンから離さなかった。

 あの機体は、こちらを殺しに来ているわけではない。

 それは分かる。

 だが、通す気もない。

 盾を構え、進路を圧迫している。

 防衛線の象徴のように、そこに立っている。

 ミオの通信が入る。

『支援網は縮小運用にします。全域支援はできません』

「大丈夫?」

『大丈夫ではありません。でも、撤退支援なら可能です』

 ミオの声には疲れがあった。

 ルナ・スケイル・リフレクトも、支援網を全開にした後の負荷が残っている。

 セラも通信に入る。

『高精度弾は残り少ないです。牽制と要所狙撃に限定します』

 カイルが外周から言う。

『ヘルメスはこっちに回ってる。深追いはしてこないが、邪魔する気は満々だな』

 レータのヴァルクレイドも、出撃準備に入っていた。

『ヴァルクレイド、出るわ』

 ジンが確認する。

「レータ、アミィ保護区画から離れて問題ないか」

『問題はある。でも、行く』

 その声は、迷っていた。

 だが、決めていた。

『アミィを連れて帰るために行く。ここで止まったら意味がない』

 黒瀬が記録する。

「レータ機、限定出撃。アミィ保護を最優先。突出禁止」

『分かってる』

 カイトは、レータの声を聞いて小さく頷いた。

 救出は終わった。

 でも、帰還はまだだ。

 ここで失敗すれば、アミィは再び戦場の中に置かれる。

 それだけは、絶対に避けなければならない。


 ルクス・ヴァルキュリアはゆっくりと後退を開始した。

 急加速はできない。

 アミィ保護区画への負荷を抑える必要がある。

 セレスティア残留反応も安定処置中で、艦内振動や外部干渉はできるだけ避けたい。

 つまり、いつものように強引に離脱することはできない。

 敵はそれを分かっている。

 ヘルメス隊が外周に広がり、候補航路を一つずつ潰していく。

 グラトンの主砲照準は、艦の進路選択を縛っている。

 エリシオンは正面に立ち、最短撤退路を塞いでいる。

 三島が報告する。

「撤退候補航路、三本から一本半へ減少」

「一本半?」

 ジンが聞き返す。

「一本は完全に通れます。ただし遠回りです。もう一本は、エリシオンの圧迫を抜ければ通過可能」

 黒瀬が言う。

「遠回りすれば、ヘルメス隊に側面から追いつかれる可能性があります」

 ジンは表示を見る。

「つまり、エリシオンをどうにかしないと、撤退も長引く」

「はい」

 カイトが通信に入る。

『俺が前に出ます』

 黒瀬が即座に返す。

「却下します。機体損傷と判断遅延負荷が残っています」

『でも、誰かが前に出ないと』

 レイが割り込む。

『俺が行く。カイトは通信路と艦の前面を守れ』

『レイだけじゃ、エリシオンを止めきれない』

 レータが言う。

『私も出る。ヴァルクレイドなら押し合いには向いてる』

 ジンは少し考えた。

「レイ、レータで前面牽制。カイトは中央防衛。ミオは撤退支援。セラはエリシオンの足止めとヘルメス牽制に回れ。カイルは外周」

『了解』

『分かったわ』

「了解!」

『はい』

『任せろ』

 指示が飛ぶ。

 だが、その時、前方のエリシオンがさらに一歩進んだ。

 巨大な盾が、撤退候補航路の中央へ向けられる。

 金と白灰の防御フィールドが展開し、進路を塞ぐ壁のように広がった。

 三島が叫ぶ。

「エリシオン、防御フィールド展開。進路を遮断!」

 レオンから通信が入る。

『ルクス側へ告げる』

 艦内の全回線に、彼の声が響いた。

『PT-A01を回収したことは確認している。だが、外縁防衛線を通すわけにはいかない』

 カイトは通信越しに息を呑んだ。

 レオンの声は、怒りではなかった。

 だが、揺るがない。

『撤退するなら進路を変えろ。こちらの防衛線正面は通さない』

 ジンが応答する。

「こちらは保護対象を抱えている。戦闘拡大は望まない」

『こちらも乱戦は望まない。だが、防衛線は譲れない』

 短い沈黙。

 レオンの声が続く。

『次に進めば、止める』

 通信が切れた。

 正面で、エリシオンが盾を構える。

 その背後には、まだ崩れていない外縁防衛線がある。

 アミィ救出は成功した。

 だが、帰る道はまだ開いていない。

 ジンは低く命じた。

「全機、撤退戦準備。エリシオンを突破するのではない。押し返される前に、通れる隙を作る」

 カイトは操縦桿を握った。

 レータは、ヴァルクレイドの出力を上げた。

 レイは剣を構える。

 セラは残り少ない弾を確認する。

 カイルは外周でヘルメス隊を睨む。

 ルクス・ヴァルキュリアは、アミィを抱えたまま、再び戦場の中心へ向かうことになった。

 外縁防衛線は、まだ崩れていなかった。

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