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第232話 救出後整理

 ルクス・ヴァルキュリアの回収区画に、白金色の光が収容された。

 アミィの中枢ブロック。

 それを包む、セレスティア残留反応。

 そして、命令層から切り離されたばかりの本人反応。

 回収艇が固定され、隔離処置用の支援アームが展開される。

 周囲にはカナデ、イリス、ミオ、リクト、黒瀬、三島が待機していた。

 レータもいた。

 ヴァルクレイドから降りたばかりで、まだ戦闘服のままだ。

 顔色は悪い。

 けれど、視線は回収区画から離れない。

「アミィは」

 その声は、今にも前へ出そうだった。

 カナデが静かに手を上げて制した。

「レータさん。今は近づきすぎないでください」

「でも」

「今のアミィは、とても不安定です」

 カナデは厳しくはなかった。

 ただ、はっきりと言った。

「命令層から切り離された直後です。本人反応は残っていますが、セレスティア残留反応も残っています。強い刺激を与えると、混乱する可能性があります」

 レータは足を止めた。

 回収区画の奥で、白金色の光が弱く揺れている。

 その中に、アミィがいる。

 さっきまで声が届いていた。

 レータと呼んだ。

 怖いと言った。

 行きたいと言った。

 それなのに、今は近づけない。

 レータの手が震えた。

「……そばにいるだけでも駄目?」

 カナデは少しだけ表情を和らげる。

「完全に駄目ではありません。でも、今は声をかけすぎないでください。アミィが目を覚ました時、最初に何を認識するかはとても大事です」

「私がいたら、駄目なの?」

「駄目ではありません」

 カナデは首を横に振った。

「ただ、アミィはまだ、レータさんを安心できる存在として完全に理解しているわけではありません。名前に反応した。行きたいと言った。そこまでは進みました。でも、救出後の環境変化を受け止めるには時間が必要です」

 レータは唇を噛んだ。

 分かっている。

 分かっているが、苦しい。

 その横に、ユイが静かに立った。

「レータ」

「ユイ」

「今は、アミィが戻れる場所を作る時間です」

 レータはユイを見る。

「迎えに行ったのに、まだ待つのね」

「はい」

 ユイは頷いた。

「でも、今度は命令層の奥で一人にしているわけではありません。ここにいます。私達の側にいます」

 その言葉に、レータは少しだけ息を吐いた。

 完全に楽になったわけではない。

 それでも、崩れそうだった足元に、わずかに床が戻った気がした。

「……分かった。近づきすぎない。声も、今は我慢する」

 カナデが頷く。

「ありがとうございます」

 イリスは、アミィ本人反応の波形を見ていた。

「本人反応、確認できます。かなり弱いですが、命令層とは同期していません」

 ミオも支援網の補助を続ける。

「セレスティア残留反応が、アミィ本人反応の周囲に残っています。押し込む動きは弱くなっていますが、完全には消えていません」

 リクトが画面を覗き込む。

「命令層との主接続は切れている。だが、残滓があるな。セレスティア側の保護支援部分が残ったのか、それとも再同期の残り火か」

「危険ですか」

 三島が尋ねる。

 リクトは即答しなかった。

「危険ではある。ただし、今すぐ切るべきかと言われると違う」

 カナデも頷いた。

「今のアミィは、命令層から急に切り離された状態です。セレスティア残留反応が、本人反応を支えている可能性があります」

 レータが顔を上げる。

「じゃあ、セレスティアはまだアミィを縛ってるの?」

 リクトは慎重に答えた。

「縛っている部分は切れた。少なくとも主拘束は外れている。ただ、全部が悪い反応だったわけじゃない。セレスティアは敵装置ではあるが、アミィを保護する機能も残していた」

 ミオが補足する。

「檻であり、盾でもあった。前にそう整理しました」

「うん」

「今残っているのは、檻の欠片なのか、盾の欠片なのか、まだ判別が必要です」

 レータは白金色の光を見る。

 憎むべきもの。

 アミィを閉じ込めていたもの。

 でも、アミィを壊れないように守っていたもの。

 単純に嫌いと言い切れない。

 それが余計に苦しかった。

 ユイが静かに言う。

「セレスティア残留反応は、再定義が必要ですね」

 リクトが頷く。

「そうなる。命令層と拘束機能は除去する。だが、保護支援機能、通信保護、支援波制御は残せるかもしれない」

 イリスがアミィの反応を見ながら言う。

「今すぐ切るより、隔離して安定化させた方が良いと思います」

 カナデも同意した。

「アミィ本人反応を最優先にしてください。セレスティア残留反応への処置は、アミィが安定してからです」

 黒瀬が端末を開いた。

「正式記録を更新します」

 三島がすぐに記録準備に入る。

 黒瀬は、いつものように淡々と読み上げた。

「PT-A01アミィ、救出成功」

 その言葉に、レータの肩が小さく震えた。

 黒瀬は続ける。

「ただし、戦闘能力、命令層残滓、セレスティア残留反応あり。現在は要保護状態。即時戦力化不可。刺激制限、通信制限、精神反応安定化処置を優先」

 三島が記録する。

「PT-A01アミィ、救出成功。ただし要保護状態」

「加えて」

 黒瀬は、セレスティア残留反応の項目を開いた。

「セレスティア反応は完全消滅していません。アミィ本人反応の周囲、および回収された外部端末群の一部に残留。命令層・拘束機能の有無を継続解析。保護支援機能については、再定義の可能性あり」

 三島が少しだけ顔を上げる。

「再利用ではなく、再定義ですか」

「はい」

 黒瀬は答えた。

「現在のセレスティアは、アミィを縛っていた敵性装置です。しかし、アミィを保護していた機能も存在する可能性があります。そのまま使うことは認められませんが、分解・再定義の検討は合理的です」

 レータは小さく呟いた。

「檻じゃなくて、盾にできるなら」

 ユイがレータを見る。

 レータは白金色の光を見つめたまま続けた。

「アミィを閉じ込めるものじゃなくて、アミィが自分で使えるものにできるなら……それなら、壊すだけじゃなくてもいいのかもしれない」

 カナデは静かに頷いた。

「その判断も、急がなくて大丈夫です」

「うん」

 レータは頷いた。

「今は、アミィを休ませる」


 別区画では、出撃機体と搭乗者の負荷確認が進められていた。

 カイトは医療チェック用の椅子に座らされていた。

 肩と腕には軽い打撲。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスも左肩と盾に損傷がある。

 グリッドが端末を見ながら眉を寄せる。

「機体もお前も、よく持ったな」

「ぎりぎりでした」

「ぎりぎりで済ませるな」

「すみません」

 カイトは素直に謝った。

 判断遅延は危険域に入っていた。

 あと少し長引けば、通信路防衛どころではなかったかもしれない。

 それでも、道は守れた。

「アミィは」

 カイトが尋ねると、グリッドは少しだけ表情を緩めた。

「回収はできた。今は保護処置中だ」

「よかった」

「よかった、で終わりじゃねえぞ。次も戦場だ」

 グリッドの言葉に、カイトは顔を上げる。

「外縁防衛線は残ってるんですよね」

「そうだ。エリシオンも、グラトンも、ヘルメスも残ってる。アミィを回収したからって、向こうが通してくれるわけじゃねえ」

 カイトは頷いた。

「分かっています」

「なら休め。次に倒れたら意味がねえ」

 別の席では、ミオが支援網の負荷確認を受けていた。

 ルナ・スケイル・リフレクトの支援網は、救出戦でほぼ限界まで使われた。

 ミオ本人にも反応疲労が出ている。

 リクトが数値を見ながら言う。

「支援網の全開維持は、やはり長時間は無理だな」

 ミオは疲れた顔で頷く。

「はい。数秒なら可能です。でも、今回以上の負荷は危険です」

「次からは、全開前提で作戦を組むな。使うなら一回限りだ」

「分かりました」

 セラも弾薬消費と照準補助の確認を受けていた。

 フェンリオン・リサイトの高精度弾は、ほとんど残っていない。

 支援端末中枢を撃ち抜いた一射は成功だったが、次に同じことができる保証はない。

 セラは淡々と言った。

「次の戦闘では、端末狙撃用の高精度弾が不足します」

 リクトが頷く。

「補給できる分は回す。ただし、次は支援端末戦とは限らない」

「はい」

「セラも休め。照準補助を切って撃ち続けた負荷が出てる」

「問題ありません」

「問題あるかどうかは、こちらが判断する」

 セラは少しだけ黙り、頷いた。

「分かりました」


 ノクス・レクイエムは、再び隔離区画へ戻された。

 黒い外殻に走っていた光は落ち、制御層も封印状態へ戻されている。

 整備アームが何重にも固定し、監視装置が反応を追っていた。

 ユイは、コックピットから降りた直後だった。

 顔色は白い。

 カナデがすぐに駆け寄る。

「ユイさん」

「大丈夫です」

「大丈夫かどうかは、確認してからです」

 その言い方は穏やかだったが、反論を許さないものだった。

 ユイは素直に頷いた。

 アシュは、ノクス・レクイエムの外殻を見上げていた。

「次はもっと危ない」

 短く、低い声だった。

 ユイが振り返る。

「はい」

「今回は、切る場所が見えていた。次もそうとは限らない」

「分かっています」

「使い方を間違えるな」

 ユイは少しだけ目を伏せた。

「はい」

 アシュは続けた。

「ノクス・レクイエムは、助けるためにも使える。壊すためにも使える。どちらにも傾く」

「だから、止める条件を作る」

「そうだ」

 アシュは、ノクス・レクイエムの封印表示を確認する。

「再封印。点検終了まで起動禁止」

 黒瀬も端末に記録する。

「ノクス・レクイエム、救出作戦後の再封印を確認。次回起動には、アシュさん、リクトさん、カナデさん、黒瀬監査記録の承認を必要とします」

 ユイは頷いた。

「分かりました」

 それでも、ユイはノクス・レクイエムを完全に否定する気にはなれなかった。

 危険だった。

 だが、アミィを救うために必要だった。

 力は、使い方を間違えれば壊す。

 でも、正しく制限すれば、命令の鎖を切ることもできる。

 その重さを、ユイは改めて感じていた。


 グラトン観測室では、オルフェンが救出戦の記録を整理していた。

 アミィ本人反応の浮上。

 拒否反応。

 セレスティア命令処理の揺れ。

 ノクス・レクイエムによる命令層切断補助。

 レオンによる前線補助回線遮断。

 ルクス側によるアミィ中枢回収。

 結果だけを見れば、帝国はPT-A01を失った。

 だが、オルフェンはそれを損失としてだけは処理していなかった。

「非常に有用な観測でした」

 部下は沈黙している。

 オルフェンは端末に記録を入力する。

「PT-A01、自己名反応から本人意思反応へ移行。命令層への拒否反応を確認。セレスティア支援波は保護命令と拘束命令の衝突により処理揺れを発生。ノクス・レクイエムの命令層切断補助は限定的ながら有効」

 部下が慎重に言う。

「しかし、PT-A01はルクス側に回収されました」

「はい」

「本国には損失として報告されるのでは」

「損失であり、観測結果です」

 オルフェンは淡々と答えた。

「PT-A01は失われました。ですが、彼女を通じて得たデータは残っています。PT-L、PT-Y、ノクス・レクイエム、セレスティア処理矛盾、命令層切断補助。どれも貴重です」

 部下は言葉を飲み込んだ。

 オルフェンは別項目を開く。

 前線指揮官レオン。

 観測阻害要因。

 そこへ、新たな記録を追加する。

「救出戦時、前線補助回線を遮断。結果として、ルクス側のPT-A01回収を助けた可能性あり」

 部下の表情がさらに硬くなる。

「そのまま記録するのですか」

「事実です」

 オルフェンは薄く笑った。

「本国がどう判断するかは、本国次第です」


 グラトン艦橋では、レオンがオルフェンの報告内容を確認していた。

 クラウスが横に立つ。

「監察局側の一次報告に、司令の前線補助回線遮断が記録されています」

「だろうな」

 レオンは驚かなかった。

「オルフェンは、これを観測阻害として扱うでしょう」

「好きに扱わせろ」

 レオンは前線表示を見る。

 ルクス側はアミィを回収した。

 だが、まだ防衛線の外へ完全に離脱したわけではない。

 エリシオンは健在。

 グラトンも健在。

 ヘルメス隊も外周に残っている。

 戦いは終わっていない。

 クラウスが尋ねる。

「追撃命令は」

 レオンはしばらく黙った。

 敵を逃がすわけにはいかない。

 それは当然だ。

 だが、今すぐ全力で追撃すれば、セレスティア干渉の残響と混乱の中で味方にも被害が出る。

 何より、オルフェンの思い通りに戦場を混乱させることになる。

「防衛線を再構築する」

 レオンは言った。

「エリシオンを前へ。グラトンは主砲待機のまま。ヘルメス隊は外周から離脱路を圧迫しろ。ただし、深追いはまだ許可しない」

 クラウスが確認する。

「ルクス側を押し戻す形ですか」

「そうだ」

 レオンは低く言う。

「アミィを取り戻すための乱戦には乗らない。だが、防衛線は通さない」

「了解しました」

 艦橋に命令が流れる。

 エリシオンが動き出す。

 盾を構え、白灰と金の機体が防衛線の前へ進む。

 ヘルメス隊も外周に散り、ルクス側の撤退経路へ圧力をかけ始める。

 レオンは画面を見た。

 ルクス側は疲弊している。

 ノクス・レクイエムも再使用は難しいはずだ。

 アミィを回収した直後で、速度も落ちる。

 ここでどう動くか。

 それが、次の戦闘になる。


 ルクス・ヴァルキュリア管制室に、警告が入った。

「エリシオン、前進」

 三島が報告する。

「ヘルメス隊、外周に展開。グラトン主砲は待機状態ですが、照準準備は継続」

 ジンは前線表示を見た。

 アミィ救出は成功した。

 だが、外縁防衛線はまだそこにある。

 こちらは消耗している。

 ミオの支援網は限界に近い。

 カイト機も損傷。

 セラの弾も少ない。

 ユイはノクス・レクイエム使用後で再出撃は危険。

 レータも精神的負荷が大きい。

 アミィは保護中で動かせない。

 それでも、敵は待ってくれない。

 黒瀬が静かに言う。

「アミィ救出は成功。ただし、戦域離脱は未完了」

 ジンは頷いた。

「分かっている」

 カイルの通信が入る。

『エリシオンが来る。ヘルメスも外から締めてきてる。撤退戦だな、こりゃ』

 レイも続ける。

『やるしかない。アミィを抱えたまま、ここを抜ける』

 カイトは、損傷したアルタイル・ノヴァ・ブレイスの表示を見ながら通信に入った。

「まだ動けます」

 ミオも疲れた声で言う。

『支援網は縮小します。でも、撤退支援なら可能です』

 セラが静かに続ける。

『残弾は少ないですが、牽制はできます』

 ユイはノクス・レクイエムの隔離区画から管制へ戻っていた。

 まだ顔色は悪いが、立っている。

「アミィを連れて帰りましょう」

 レータも、回収区画の前で通信を聞いていた。

 アミィは今、眠るように保護されている。

 まだ起きられない。

 まだ話せない。

 だからこそ、連れて帰らなければならない。

「ここで捕まるわけにはいかない」

 レータが言った。

 ジンは全員の反応を確認する。

「全機、撤退戦準備」

 管制室に、再び緊張が走る。

「目標は防衛線突破ではない。アミィを保護したまま、ルクス・ヴァルキュリアの安全圏まで下がる」

 黒瀬が記録する。

「PT-A01アミィ保護状態での戦域離脱作戦へ移行」

 三島が続ける。

「記録しました」

 ジンは低く命じた。

「全員、気を抜くな。救出は終わった。だが、帰還はまだだ」

 外縁防衛線の前で、エリシオンが盾を構える。

 外周ではヘルメス隊が航路を塞ぎ始める。

 グラトンは主砲を沈黙させたまま、戦場を見下ろしていた。

 アミィ救出の余韻は、まだ消えていない。

 だが、戦場はもう次の局面へ進んでいた。

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