第230話 アミィ救出戦・前編
ルクス・ヴァルキュリアの格納庫に、出撃警報が響いていた。
通常の接触戦ではない。
偵察でもない。
確認でもない。
PT-A01アミィ救出作戦。
その名が、艦内の各区画に表示されている。
アルタイル・ノヴァ・ブレイス。
ルナ・スケイル・リフレクト。
ヴァナルガンド。
フェンリオン・リサイト。
ヴァルクレイド。
レイヴン・ハウル。
そして、隔離制御を解除されたノクス・レクイエム。
総力に近い。
だが、全力戦闘ではない。
ノクス・レクイエムには、主砲級火力の使用禁止命令がかけられている。
レクイエム級出力も開放しない。
目的は、命令層切断補助。
アミィ本人反応を救い出すための、限定投入だった。
管制室で、ジンが各機の出撃表示を確認する。
「作戦目的を再確認する」
黒瀬が端末を開いた。
「目的。PT-A01アミィ本人反応の保護。強制再同期の阻止。可能であれば、命令層からの一時分離および救出経路の確保。撃破作戦ではありません」
三島が記録する。
「ノクス・レクイエム、限定出撃。主砲級火力使用禁止。レクイエム級出力開放禁止。アミィ本人反応への直接干渉禁止。セレスティア本体破壊禁止」
アシュの声が別回線から入る。
『ユイ。余計なことはするな』
ユイはノクス・レクイエムの操縦席で頷いた。
「はい」
『切るだけだ。壊すな』
「分かっています」
『危険なら引け』
「はい」
その返事を聞いても、アシュの声はまだ硬かった。
『俺が切れと言ったら切れ』
「はい」
通信が一度切れる。
ユイは目の前の表示を見る。
ノクス・レクイエムの制御系は、何重にも制限されていた。
武装制限。
出力制限。
変形構造封鎖。
レクイエム級反応封鎖。
命令層干渉補助のみ限定解放。
それでも、機体の奥から伝わってくる圧は重かった。
これは、危険な機体だ。
だが、今は必要だった。
カイトの声が通信に入る。
『ユイ』
「カイト」
『通信路の前は俺が守る』
「お願いします」
『ユイは、切る方に集中して』
「はい」
レータの声も続く。
『アミィを呼ぶのは、私がやる』
カナデが管制室から言う。
「レータさん。呼びかけは短く。アミィの負荷が上がった場合は、すぐに止めます」
『分かってる』
ミオが支援網を起動する。
『ルナ・スケイル・リフレクト、全域支援準備。本人反応保護通信路、第二段階を展開します』
イリスが深く息を吸う。
「名前応答キー、待機。アミィ本人反応を捕捉します」
セラの声は静かだった。
『フェンリオン・リサイト、支援端末破壊に入ります。優先目標は、強制再同期の中継端末』
レイが短く言う。
『ヴァナルガンド、敵機突破と前衛牽制を担当する』
カイルが笑う。
『レイヴン・ハウル、外周を見る。ヘルメスが来るなら、こっちで相手してやる』
ジンは全員の反応を確認した。
「全機、出撃」
格納庫の射出灯が白く染まる。
最初に、アルタイル・ノヴァ・ブレイスが飛び出した。
続いて、ルナ・スケイル・リフレクト。
ヴァナルガンド。
フェンリオン・リサイト。
ヴァルクレイド。
レイヴン・ハウル。
そして最後に、ノクス・レクイエムが射出レールへ乗る。
黒い外殻に、鈍い光が走った。
ユイは操縦桿を握る。
「ノクス・レクイエム、限定出撃します」
機体が宇宙へ放たれた。
外縁防衛線へ向けて、ルクス側の救出部隊が進む。
グラトン艦橋では、出撃反応がすぐに捕捉された。
クラウスが報告する。
「ルクス側、複数機出撃。前回構成に加え、ノクス・レクイエム反応を確認」
艦橋の空気が変わる。
レオンは前線表示を見る。
「出してきたか」
「ただし、出力反応は限定的です。主砲級火力の兆候はありません」
「目的は戦闘ではない。強制再同期を止めに来たな」
クラウスは頷く。
「その可能性が高いです」
別表示に、エリシオンの反応が映る。
防衛線中央で、盾を構えたまま起動状態に入っていた。
レオンは短く命じる。
「エリシオン、防衛線維持。ルクス側が停止線を越えるなら阻止。ただし、追撃はするな」
「了解」
「グラトン主砲は待機。広域砲撃は許可しない」
「了解しました」
クラウスが記録する。
そこへ、オルフェンの通信が割り込んだ。
『レオン司令。ルクス側はノクス・レクイエムを投入しました。強制排除を推奨します』
レオンは即座に答える。
「却下する」
『危険な機体です。放置すれば防衛線に被害が出ます』
「主砲級火力の兆候はない。目的は強制再同期の阻止だ」
『ならば、なおさら止めるべきです』
「止める。だが、お前の実験に合わせて砲撃するつもりはない」
通信の向こうで、オルフェンがわずかに黙る。
『強制再同期は本国許可を得た処置です』
「知っている。だが、俺の前線で無制限に負荷を上げることは認めない」
『認める必要はありません。処置は進んでいます』
レオンの表情が険しくなる。
「クラウス。前線補助回線の制限は維持しろ」
「了解」
オルフェンの声が冷える。
『また妨害ですか』
「防衛線保全だ」
レオンは通信を切った。
艦橋に、緊張が残る。
クラウスが静かに言う。
「司令。ルクス側を止めなければ、防衛線が突破される可能性があります」
「分かっている」
「しかし、強制再同期を進めれば、PT-A01が不安定化する」
「それも分かっている」
レオンは前線表示を見た。
ルクスを止めなければならない。
だが、オルフェンにアミィを壊させるわけにもいかない。
敵と味方。
命令と現場。
防衛と実験。
そのすべてが、同じ戦場で絡み合っていた。
「エリシオンを前へ出せ」
レオンは言った。
「ただし、止めるだけだ。潰すな」
◇
外縁防衛線に入った瞬間、セレスティア支援波が最大展開した。
白金色の光が、戦場全体を覆う。
前回までとは比べものにならない密度だった。
ミオの支援網が、大きく揺れる。
『支援波、最大展開。上書き圧が強いです』
リクトが叫ぶ。
「ミオ、支援網を広げすぎるな。密度を上げる場所を絞れ」
『はい。通信路周辺を優先します』
ルナ・スケイル・リフレクトの鱗状パネルが開く。
広域に薄く展開するのではない。
アルタイル・ノヴァ・ブレイスを中心に、ノクス・レクイエム、ヴァルクレイド、イリスの抽出回線へ向けて、太い幹と細い枝を作る。
イリスは波形を追う。
「強制再同期の固定波、継続中。アミィ本人反応、さらに薄くなっています」
レータが息を呑む。
『まだ残ってる?』
「残っています。でも、早くしないと入口が見えなくなります」
カイトはアルタイル・ノヴァ・ブレイスを通信路前方へ進めた。
敵機が来る。
セレスティアの支援を受けた量産GD群。
防衛線から展開する無人迎撃機。
さらに、その奥にエリシオンが立っている。
盾を構えた巨大な機体。
突破を許さない防衛の中心。
カイトは息を吸った。
「アルタイル・ノヴァ・ブレイス、通信路防衛に入ります」
敵機が加速する。
判断補助が揺れた。
視界に表示される予測線が、いくつも分かれる。
避ける。
受ける。
下がる。
撃つ。
追う。
どれも正しいように見える。
どれも間違っているように見える。
「判断遅延、中度発生!」
カイトは報告しながら、盾を構えた。
事前に決めた優先順位を声に出す。
「通信路優先。追撃禁止。位置維持。味方支援網から外れない」
量産GDの攻撃を盾で受ける。
ブレードで弾く。
倒さない。
追わない。
通信路の前から動かない。
その横を、レイのヴァナルガンドが突き抜けた。
『道を開ける。カイト、中心を守れ』
「了解!」
ヴァナルガンドが敵機群へ斬り込み、通信路へ近づく機体を弾き飛ばす。
レイは深追いせず、カイトの周囲に隙間を作るように動いていた。
外周では、カイルがヘルメス隊の反応を捕捉した。
『ヘルメス来たぞ。ただし、前みたいに突っ込んではこねえ』
ヘルメス隊の高機動機は、セレスティア干渉圏の外縁をなぞるように動いている。
攻撃位置には入る。
だが、深入りしない。
カイルは苦笑する。
『あいつらも、この白金の海は嫌らしいな』
ジンが命じる。
「カイル、牽制に留めろ。誘い込まれるな」
『了解。嫌な位置で邪魔する』
レイヴン・ハウルは外周を滑るように移動し、ヘルメス隊の進路を遮る。
単純な敵対ではない。
ヘルメス隊も迷っている。
ルクスを止めるべきだが、セレスティア干渉圏には入りたくない。
その隙を、カイルは逃さなかった。
セラは支援端末群を見ていた。
第三配置。
端末の数は前回より多い。
囮も多い。
さらに、強制再同期に使われている中継端末は、通常支援端末に偽装されている。
『端末反応、多数。中継端末を探します』
リクトが答える。
「命令層固定波が濃い場所だ。支援波の強さじゃない。押し戻す流れを見ろ」
『はい』
セラは照準補助を切る。
余計な候補線が消えた。
残るのは、支援波の流れ。
白金色の海の中で、命令層へ落ちていく細い流れ。
そこに、隠された中継端末がある。
囮端末が強い反応を出す。
照準補助なら、そこを撃てと言っただろう。
だが、セラは見ない。
『一つ、見えました』
レイが敵機を押し込む。
『射線は?』
『まだです』
「なら、作る」
ヴァナルガンドが敵機の一団を斬り払い、数秒の射線を開ける。
セラはその隙に砲身を動かした。
『撃ちます』
一射。
端末が砕ける。
白金色の支援波が、一瞬だけ沈む。
だが、すぐに別の端末が補正した。
イリスが叫ぶ。
「固定波、わずかに低下。でも再同期は継続しています!」
ミオが通信路を押し込む。
『今の隙で、第一層を通します』
支援網がカイトの背後から伸び、ノクス・レクイエムへ繋がる。
ユイはノクス・レクイエムの中で、命令層の流れを見ていた。
白金色の支援波の奥に、硬い命令層がある。
そのさらに奥に、薄くなったアミィ本人反応。
ノクス・レクイエムの制御補助が、その命令層の接続を探る。
強引に切れば壊す。
弱すぎれば届かない。
ユイは息を整える。
「命令層切断補助、第一段階。出力を最小で入れます」
アシュの声が即座に入る。
『上げるな』
「はい」
『押すな。引っ掛けてずらせ』
「了解」
ユイは、ノクス・レクイエムの補助層を通信路へ重ねた。
黒い光が、ミオの支援網の芯に細く通る。
白金色の支援波とぶつかる寸前で、ユイは出力を絞った。
壊すのではない。
命令層との接続を、一瞬だけずらす。
リクトが叫ぶ。
「通信路、補強確認! ただし負荷が高い。ユイ、維持は短く!」
「分かっています」
イリスは名前応答キーを起動した。
「アミィ本人反応を探します。レータさん、まだ呼ばないでください」
『分かってる』
レータはヴァルクレイドの中で、呼びかけを抑えていた。
呼びたい。
今すぐ名前を呼びたい。
だが、まだだ。
通信路が届く前に呼べば、命令層に押し潰される。
アミィを苦しめるだけになる。
レータは歯を食いしばる。
「待つ。今は待つ」
グラトン観測室で、オルフェンはルクス側の通信路を見ていた。
「ノクス・レクイエムの制御補助を入れてきましたか」
画面上で、黒い細線が白金色の支援波に触れている。
部下が報告する。
「強制再同期固定波、一部乱れ。PT-A01本人反応の沈降速度が低下しています」
「負荷を上げなさい」
「レオン司令の制限が――」
「本国許可は得ています」
オルフェンは冷たく言った。
「セレスティアを中継し、命令層固定波を強める。PT-A01本人反応を再固定します」
部下は操作する。
セレスティア支援波がさらに厚くなる。
戦場が白く染まった。
カイトの視界が大きく歪む。
「判断遅延、強!」
警告音が鳴る。
アルタイル・ノヴァ・ブレイスの予測表示が乱れ、敵機の位置が二重に見える。
一般パイロットであるカイトには、この干渉は重い。
支援補助を乱されるだけでなく、自分の判断まで遅れていくような感覚がある。
敵機が通信路へ突っ込んでくる。
カイトは一瞬、対応が遅れた。
量産GDの刃が、アルタイル・ノヴァの肩をかすめる。
装甲が弾ける。
「っ!」
だが、下がらない。
下がれば通信路が崩れる。
ユイの補助が切れる。
アミィ本人反応への道が閉じる。
「まだ……いける!」
カイトは盾を押し出し、敵機を弾き飛ばした。
黒瀬が管制室で数値を見る。
「カイト機、判断遅延危険域に接近」
三島が息を呑む。
ジンが通信する。
「カイト、危険域に入る前に下がれ」
「まだ位置維持できます!」
黒瀬が厳しく言う。
「危険域到達時は強制後退です」
「分かっています!」
その直後、ミオの支援網がカイトの機体に細く絡む。
『カイトさん、こちらで補正します。無理に判断しすぎないでください』
「助かる!」
カイトは表示を絞った。
敵を倒すための情報を削る。
通信路に近づく敵だけを見る。
守る対象を絞れば、まだ動ける。
アルタイル・ノヴァ・ブレイスは、通信路の前で踏みとどまった。
イリスが叫んだ。
「アミィ本人反応、捕捉しかけています!」
管制室の空気が張り詰める。
名前応答キーが薄く光る。
レータの声。
ユイの声。
アミィ本人反応。
それらが、命令層の奥にある小さな揺れへ向けて伸びていく。
ユイはノクス・レクイエムで命令層の接続をずらす。
「切断補助、第二段階。出力最小のまま、接続をずらします」
アシュが即座に言う。
『上げるな』
「はい」
『揺らすだけだ。切り落とすな』
「分かっています」
黒い補助層が、白金色の命令層に細く触れる。
硬い層が、わずかに軋む。
ミオが支援網を集中させる。
『通信路、開きます。長くは持ちません』
セラが次の端末を見つける。
『中継端末、もう一つ捕捉。撃ちます』
レイが射線を作る。
『行け』
セラの射撃が走る。
端末が砕ける。
セレスティア支援波が、また一瞬揺らぐ。
その瞬間、イリスが叫んだ。
「本人反応、捕捉!」
レータが息を吸う。
カナデの声が管制室から入る。
「短く。優しく。引っ張らないでください」
『うん』
レータは呼びかけた。
『アミィ』
通信路が震える。
白金色の奥で、薄い反応が揺れる。
ユイも続けた。
「アミィ。聞こえますか。命令ではありません」
少しの沈黙。
命令層が押し戻す。
セレスティア支援波が包み込む。
強制再同期の固定波が、アミィ本人反応を沈めようとする。
だが、ミオの支援網が返ってくる反応を包み、ユイのノクス・レクイエムが命令層との接続を一瞬だけずらす。
イリスが声を震わせる。
「返ってきます……!」
通信路の奥から、かすかな声が届いた。
『……レ……タ……?』
レータは目を見開く。
『うん。レータ。ここにいる』
ユイが続ける。
「ユイもいます」
『ユ……イ……』
反応は弱い。
前回より薄い。
強制再同期に押し込まれている。
それでも、まだ残っている。
レータは声を抑えた。
『アミィ。迎えに来たわ』
その瞬間、通信路の奥から、今までとは違う反応が返った。
疑問ではない。
名前の繰り返しでもない。
命令ではないかを確かめる声でもない。
もっと原始的で、もっと小さな感情。
『……こわい……』
管制室が静まり返った。
イリスが波形を見つめたまま、震える声で言う。
「本人反応……感情反応です」
ミオの支援網が軋む。
リクトが叫ぶ。
「命令層負荷、さらに上昇! セレスティアが保護と抑制を同時に強めている!」
カイトの視界が白く揺れる。
ユイのノクス・レクイエムにも警告が走る。
レータは言葉を失いそうになる。
アミィが、初めて感情を示した。
こわい。
それは、救出戦の始まりを告げる声だった。




