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第226話 保護通信路、第二段階

 解析室の中央画面には、セレスティア支援波の崩れ方が何度も再生されていた。

 セラの狙撃。

 支援端末の破壊。

 白金色の波が一瞬だけ薄くなる。

 その数秒の間に、ミオの支援網が通信路を通し、イリスがアミィ本人反応を拾う。

 前回までの接触は、その繰り返しだった。

 だが、それだけでは足りない。

 アミィは名前に反応した。

 自分自身の名前を、疑問の形で口にした。

 その反応は命令ではなかった。

 だからこそ、次はもう一段階進まなければならない。

 リクトは、セラの狙撃記録を細かく分解していた。

「端末破壊から支援波低下までの時間は、おおよそ〇・八秒。そこからセレスティアが補正を始めるまでが二・一秒。完全に戻るまでが四秒前後」

 ミオが支援網の記録を重ねる。

「私が通信路を通せるのは、そのうち最初の二秒から三秒です。補正が始まると、通信路に上書きが入ります」

 イリスはアミィ本人反応の波形を表示した。

「本人反応が浮上するのは、呼びかけから少し遅れます。だから、端末を撃ってからすぐ呼びかけても、返ってくる頃には支援波が戻り始めています」

 カイトは眉を寄せた。

「じゃあ、間に合ってないってことか」

「完全には」

 リクトは頷いた。

「今までは、セラが作った隙間に無理やり通信路を差し込んでいた。次は、支援波が薄くなるタイミングを予測して、呼びかけと保護通信路を先に合わせる必要がある」

 セラは静かに画面を見ていた。

「つまり、端末を撃つ前に、どの瞬間に通信路が開くかを共有する」

「そうだ」

 リクトが答える。

「セラが狙う場所を決めた瞬間、ミオが支援網を準備する。イリスがフィルターを合わせる。ユイとレータが呼びかけのタイミングを合わせる。カイトはその数秒、通信路の前を絶対に崩さない」

 カイトは頷いた。

「了解です」

 ミオは少し表情を引き締める。

「ただ、第二段階では支援網の負荷が上がります。前回のように広く分散させるだけでなく、本人反応が返ってくる場所に合わせて一時的に密度を上げる必要があります」

 イリスも頷く。

「私は、アミィ本人反応だけでなく、命令層負荷も同時に監視します。呼び続けていいか、止めるべきかを判断するためです」

 黒瀬が記録する。

「本人反応保護通信路、第二段階。端末狙撃予測、支援網密度調整、本人反応抽出、命令層負荷監視を統合」

 三島が復唱する。

「記録しました」

 ユイはしばらく画面を見ていた。

 セレスティアの支援波。

 命令層。

 アミィ本人反応。

 そして、その隙間へ差し込まれる保護通信路。

 そこに、別の波形が重なった。

 ノクス・レクイエムの制御記録だ。

 ユイが静かに口を開く。

「ノクス・レクイエムの制御技術を、一部使えないでしょうか」

 解析室の空気が変わった。

 カイトがユイを見る。

 レータも顔を上げる。

 黒瀬の視線が即座に鋭くなった。

「ノクス・レクイエムを出撃させるという意味ですか」

 黒瀬が確認する。

 ユイは首を横に振った。

「いいえ。本体は出しません。ですが、ノクス・レクイエムの制御系には、命令層と本人意思を切り分けるための技術が組み込まれています」

 リクトが端末を操作する。

「意思認証系か」

「はい。完全なものではありませんが、帝国命令系統を切り離し、本人意思を主制御に置くための補助構造です。これを通信路側に応用できるかもしれません」

 黒瀬はすぐに言った。

「危険です」

「分かっています」

「ノクス・レクイエムは、現在も高リスク機体です。制御技術の一部とはいえ、通信路へ接続すれば、アミィ本人反応だけでなく、セレスティア支援波や帝国命令層とも干渉する可能性があります」

「はい」

 ユイは否定しなかった。

「ですが、今の通信路では、アミィ本人反応を守る時間が短すぎます。命令層との接続を一時的に剥がすためには、こちら側にも意思認証に近い補助が必要です」

 リクトは難しい顔で考え込む。

「理屈としては分かる。アミィ本人反応に対して、こちらが名前と声だけで接続するのではなく、本人反応であることを認証して通信路を固定する。ノクス・レクイエムの意思認証系を簡易化すれば、保護通信路の芯にはできるかもしれない」

「できるんですか」

 カイトが尋ねる。

「できるかもしれない。だが、下手をすれば通信路がレクイエム系の干渉を拾う」

 その時、別回線からアシュの声が入った。

『出すな』

 短い声だった。

 全員がそちらを見る。

 アシュは格納庫側から通信に入っていた。

『ノクス・レクイエム本体は出すな。今はまだ危険だ』

 ユイが頷く。

「はい。本体を出すつもりはありません」

『使うなら切り分けろ』

 アシュは続けた。

『制御技術だけ。出力系は繋ぐな。変形構造も繋ぐな。レクイエム級の反応を通信路に混ぜるな』

 リクトが頷く。

「その通りだ。使うなら、意思認証補助のごく一部だけだな」

『それでも危険だ』

「分かってる」

『分かってるなら、止める条件を先に作れ』

 黒瀬が即座に記録する。

「ノクス・レクイエム制御技術の限定使用条件。第一、本体非出撃。第二、出力系非接続。第三、意思認証補助のみ解析室側で使用。第四、セレスティア支援波との逆流が確認された場合、即時遮断」

 三島が続ける。

「第五、ユイさんへの負荷上昇が確認された場合も即時遮断」

 カナデが頷く。

「それは必須です」

 ユイは静かに頷いた。

「分かりました」

 アシュは短く言った。

『監視する』

 それだけ言って、通信は一度切れた。

 レータが小さく息を吐く。

「アシュ、本当に短いわね」

 カイトが苦笑した。

「でも、分かりやすい」

 ユイも少しだけ表情を緩めた。

「はい。必要なことだけを言ってくれました」

 リクトはすぐに作業に入る。

「ノクス・レクイエムの意思認証補助を、通信路側に落とし込む。完全な認証じゃなくていい。アミィ本人反応を、命令層やセレスティア支援波から区別するための芯にする」

 イリスが画面を切り替えた。

「そのために、名前応答キーを作ります」

 カイトが聞き返す。

「名前応答キー?」

「はい」

 イリスは、三つの波形を表示した。

 一つ目。

 レータの声。

『私はレータ』

『命令じゃない』

 二つ目。

 ユイの声。

『私はユイ』

『あなたに命令しません』

 三つ目。

 アミィ本人反応。

『アミィ……?』

 イリスは、その三つを重ねた。

「アミィは、レータさんの声、ユイさんの声、そして自分の名前に反応しました。この三つを組み合わせて、本人反応が浮上しやすい呼びかけパターンを作ります」

 ミオが補足する。

「ただし、無理に引き出すためではありません。本人反応が出た時に、通信路側がすぐ認識できるようにするためです」

 リクトが頷く。

「鍵というより、合図だな。これが出たら、本人反応の可能性が高い。通信路をそこに合わせる」

 レータは画面を見つめる。

「私の声と、ユイの声と、アミィの声……」

「はい」

 イリスは慎重に言った。

「でも、これは命令ではありません。アミィに特定の返事を強制するものではなく、返ってきた反応を見失わないための目印です」

 カナデが頷く。

「そこは大事です。こちらが望む答えを引き出すための鍵にしてはいけません」

 ユイは静かに言った。

「アミィが違う反応を返した時も、拾えるようにしてください」

「はい」

 イリスはすぐに答えた。

「名前応答キーは、本人反応を固定するものではなく、入口を見つけるためのものにします」

 黒瀬が端末を見ながら言う。

「危険性を整理します」

 室内が静かになる。

「第一。ノクス・レクイエム制御技術の逆流。第二。名前応答キーが、本人意思確認ではなく誘導として働く危険。第三。ミオさんの支援網負荷増大。第四。イリスさんの抽出負荷増大。第五。アミィ本人反応の過剰浮上による命令層負荷上昇」

 三島が記録する。

 黒瀬は続けた。

「条件付きで認めます。ただし、次回接触は救出作戦ではありません」

 レータが少しだけ表情を曇らせる。

 黒瀬はそのまま言った。

「救出準備を兼ねた、最後の再接触です」

 その言葉に、解析室の空気が変わった。

 最後の再接触。

 つまり、次で救出可能性を確定させる。

 そこで本人反応が継続し、命令と異なる応答が安定し、自己識別への反応が保護できるなら、次は本格救出作戦に移行する。

 逆に、そこで通信路が維持できなければ、今の方法では救えない。

 レータは拳を握った。

「最後……」

 カナデが静かに言う。

「焦らせるための言葉ではありません。区切りを決めるための言葉です」

 黒瀬も頷いた。

「無制限に呼びかけを続ければ、アミィ本人反応に負荷がかかります。次回で、救出に移行できるだけの条件を確認します」

 ユイが言った。

「次で、アミィが自分の名前をもう一度認識できるか。命令ではない声に応答できるか。そして、セレスティアがどのように反応するかを見る」

「はい」

 黒瀬は答えた。

「それが、次回の目的です」


 格納庫では、各機の調整が進んでいた。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスには、通信路防衛用の補助表示が追加されていた。

 ミオの支援網、イリスの本人反応抽出、セラの狙撃予測、そのすべてが最低限の情報としてカイトの画面に表示される。

 グリッドが端末を叩きながら言う。

「情報を増やしすぎると、お前が混乱する。だから必要なものだけ出す」

「助かります」

「判断遅延が出た時、画面がごちゃついてたら終わりだからな」

 カイトは機体を見上げる。

「次は、通信路防衛の中心になるんですよね」

「そうだ。派手な役じゃないが、一番崩れちゃいけない場所だ」

「分かっています」

 グリッドはカイトを見る。

「今度は本当に分かってそうだな」

 カイトは苦笑した。

「前よりは」

「ならいい」

 一方、ミオはルナ・スケイル・リフレクトの支援網負荷を確認していた。

 支援網の分散。

 密度調整。

 本人反応保護。

 命令層負荷監視との連動。

 負担は前回より大きい。

 ユイが通信で尋ねる。

「ミオ、大丈夫ですか」

『大丈夫です。ただ、長時間は維持できません』

「無理はしないでください」

『はい。でも、必要な数秒は作ります』

 その声は静かだったが、強かった。

 セラもフェンリオン・リサイトの弾薬設定を確認していた。

 高精度弾は限られている。

 端末をすべて破壊する余裕はない。

 次に必要なのは、破壊数ではなく優先順位。

 セラは端末群のシミュレーションを見ながら言った。

『第一優先は、通信路を押し戻す支援波の結節点。第二優先は、命令層負荷を増幅する端末。第三優先は、囮判定用の外周端末』

 レイが横で聞いている。

「俺は敵機を近づけさせない。お前は端末だけ見ろ」

『はい』

「弾が足りなくなったら?」

『撃たない判断もします』

 レイは少し笑った。

「いい答えだ」

 外周警戒のカイルも、レイヴン・ハウルの調整を受けていた。

『ヘルメスが動けば、俺が止める。あいつらもセレスティア干渉圏は嫌がってるみたいだが、油断はできねえ』

 ジンが通信で答える。

「無理に交戦するな。牽制で十分だ」

『了解。派手にやらず、嫌な位置にいる』

 カイルらしい返答だった。


 解析室では、名前応答キーの試験が始まっていた。

 イリスが三つの波形を重ねる。

 レータの声。

 ユイの声。

 アミィ本人反応。

 そこに、ノクス・レクイエムの意思認証補助から切り出したごく薄い補助層を加える。

 画面上に、小さな輪のような構造が表示された。

「これが、第二段階の保護通信路です」

 イリスが説明する。

「呼びかけを送る道と、返ってきた本人反応を受け止める道を分けます。さらに、名前応答キーで本人反応の入口を見つけます」

 リクトが補足する。

「ノクス・レクイエムの意思認証補助は、あくまで通信路の芯だ。アミィを認証するのではなく、命令層ではない反応を見失わないために使う」

 黒瀬が確認する。

「逆流時の遮断は」

 アシュの声が入る。

『設定済み』

 短い。

 リクトが苦笑する。

「出力系との接続は完全に切ってある。制御補助だけだ。ユイへの負荷も監視する」

 カナデがユイを見る。

「違和感があれば、すぐに言ってください」

「はい」

 ユイは画面を見つめた。

 ノクス・レクイエム。

 アミィ。

 セレスティア。

 命令層。

 本人反応。

 すべてが細い線で繋がりかけている。

 危険だ。

 だが、必要な危険でもある。

 レータが隣に立つ。

「ユイ」

「はい」

「次で、届くかな」

 ユイは少し考えてから答えた。

「届かせるだけではなく、守ります」

 レータは頷いた。

「うん」

 そして、自分の呼びかけ文を見る。

 私はレータ。

 あなたの代わりじゃない。

 あなたも、私の代わりじゃない。

 命令じゃない。

 私は、あなたと話したい。

 次は、それを最後まで届ける。

 ただし、無理に引き出さない。

 返ってきた声を守る。

 それが、今の答えだった。


 作戦会議室に、次回接触作戦の仮案が表示された。

 ジンが全員を見渡す。

「次回接触は、救出準備を兼ねた最後の再接触とする」

 黒瀬が続ける。

「目的は三つ。第一、アミィ本人反応の安定確認。第二、命令と異なる応答の継続確認。第三、セレスティア支援波と命令層の接続剥離可能性の確認」

 三島が記録する。

 リクトが技術面を説明する。

「保護通信路は第二段階へ移行する。セラの狙撃で支援波の流れをずらし、ミオが通信路を通す。イリスが名前応答キーで本人反応を拾う。ユイとレータが呼びかける。カイトは通信路防衛の中心。レイとカイルは敵妨害を引き受ける」

 セラが頷く。

「端末破壊の優先順位は設定済みです」

 ミオも言う。

「支援網は短時間集中型にします。長くは維持できません」

 イリスが続ける。

「本人反応と命令層負荷を同時監視します。危険値に達したら、呼びかけを止めます」

 レータは黙って聞いていた。

 カナデが確認する。

「レータさん」

「大丈夫」

 レータは顔を上げる。

「無理に引っ張らない。届いたら、守る。危なくなったら止める」

 カナデは頷いた。

「はい」

 ユイも言った。

「私も同じです」

 黒瀬が最後に確認する。

「ノクス・レクイエム本体は非出撃。制御技術の限定使用のみ。逆流、ユイさんへの負荷、通信路の異常、いずれかを確認した場合は即時遮断」

 ジンが頷いた。

「よし」

 室内が静まる。

 次の接触は、単なる再戦ではない。

 名前を届けるだけでもない。

 アミィを救えるかどうか。

 その可能性を確定させるための戦いになる。

 ジンは低く命じた。

「各員、準備に入れ。次で、救出作戦へ移行できるかを決める」

 誰も軽い返事はしなかった。

 ただ、それぞれが頷いた。

 命令層の奥にいるアミィ。

 彼女を包むセレスティアの檻。

 その檻を壊すのではなく、一瞬だけ扉を開けるために。

 ルクス・ヴァルキュリアは、次の接触へ向けて静かに動き始めた。

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