第225話 セレスティアの檻
ルクス・ヴァルキュリアの解析室では、セレスティア支援波の再解析が続いていた。
前回までの接触戦で、アミィ本人反応は明確に浮上した。
『……こえ……』
『めい……れい……では……ない……?』
『ユイ……レータ……』
『アミィ……?』
名前に反応した。
命令ではない声を聞き分けようとした。
自分自身の名前に、疑問の形で触れた。
それは大きな前進だった。
だが、そのたびにセレスティア支援波は強くなった。
命令層が厚くなり、アミィ本人反応を押し込んだ。
今、解析室の中央画面には、その支援波の構造が表示されている。
ミオは何度も波形を確認していた。
支援網を扱う彼女だからこそ、セレスティアの波形が単純な妨害ではないことが分かっていた。
「これ……ただの命令装置ではありません」
ミオの言葉に、リクトが顔を上げる。
「どういう意味だ」
「セレスティア支援波は、アミィの本人反応を完全に消そうとしているわけではありません」
イリスが頷く。
「はい。本人反応が浮上した直後、命令層は押し込もうとします。でも、セレスティア支援波の一部は、本人反応を包むようにも動いています」
画面が切り替わる。
アミィ本人反応が浮上する。
命令層がそれを上から押さえる。
その周囲を、白金色の支援波が覆う。
押し潰すようにも見える。
守っているようにも見える。
カイトは画面を見つめた。
「これ、アミィを守ってるのか」
リクトは腕を組む。
「そう見える部分はある」
「でも、守ってるなら、なんで声を遮るんですか」
レータの声は硬かった。
ミオは少し考え、慎重に答えた。
「支援に似ています。ただ、相手の選択肢を広げる支援ではありません」
「選択肢を広げる支援?」
「私の支援網は、味方が動ける選択肢を増やすために使います。回避できるように、通信できるように、判断できるように」
ミオはセレスティアの波形を指差した。
「でも、セレスティアは違います。アミィが壊れないように包んでいるように見えますが、その包み方は、命令層の範囲内に留めるものです」
ユイが静かに言った。
「自由を与える支援ではなく、外に出ないようにする支援」
「はい」
ミオは頷く。
「支援に似ていますが、相手の選択肢を狭める支援です」
その言葉に、解析室が静かになった。
支援。
保護。
補助。
言葉だけを見れば、悪いものには聞こえない。
だが、選択肢を狭める支援は、命令に近い。
安全のために動きを制限する。
安定のために迷いを消す。
壊れないようにするために、外へ出る可能性を閉じる。
ユイは、胸の奥に重い感覚を覚えた。
それは、かつて自分が帝国で感じていたものに近かった。
命令を受ける。
役割を与えられる。
迷わなくていいように道を決められる。
危険な選択肢は最初から除外される。
それは一見、優しい。
失敗しない。
傷つきにくい。
迷わずに済む。
けれど、そこに自分の意思はない。
「嫌な感覚です」
ユイが小さく言った。
カナデが彼女を見る。
「ユイさん」
「はい。分かっています。これは、私の過去の感覚と重なっているだけかもしれません」
「それでも、大事な感覚です」
ユイは画面を見る。
「セレスティアは、アミィを守っているように見えます。でも、その守り方は、帝国命令系統と似ています。危険から守るのではなく、命令から外れないように守っている」
レータは唇を噛んだ。
「じゃあ、敵なの?」
誰もすぐには答えなかった。
レータは画面を見つめる。
「アミィを押し込めてるなら敵。そう言いたい。でも、もし本当にアミィを壊さないように守ってる部分もあるなら……」
言葉が止まる。
敵なのか。
味方なのか。
檻なのか。
盾なのか。
セレスティアが何なのか、分からない。
「分かんないわよ、こんなの」
レータの声には苛立ちがあった。
だが、それ以上に戸惑いがあった。
「アミィにとって、セレスティアは敵なの? それとも、あの子を守ってるの?」
カナデは静かに答えた。
「檻は、外敵から守るためにも作られます」
レータが顔を上げる。
「檻……」
「中にいる人を逃がさないためのものでもあります。でも同時に、外から来る危険を入れないためのものでもあります」
カナデは、セレスティア支援波の映像を見た。
「セレスティアがアミィにとって何なのかは、まだ断定できません。ただ、少なくとも一つ言えるのは、セレスティアはアミィの自由のためには動いていないということです」
リクトが続ける。
「目的は安定だろうな」
「安定?」
カイトが聞く。
「アミィ本人反応が壊れないようにする。命令層が維持されるようにする。戦場で機能を失わないようにする。その全部を同時にやろうとしている」
リクトは画面上の白金色の波形を拡大した。
「つまり、セレスティアはアミィを保護している。ただし、命令層から外れない範囲でだ」
レータが低く呟く。
「それ、保護って言うの」
カナデが答える。
「本人の意思を無視しているなら、支配に近いです」
ユイも頷いた。
「ですが、無理に壊せば、アミィ本人反応まで崩れる可能性があります」
リクトは深く息を吐いた。
「そこが問題だ」
画面に、シミュレーション結果が表示される。
セレスティア支援波を急激に遮断した場合。
命令層が不安定化。
A系列基本反応が暴走。
本人反応が一時的に浮上する可能性。
同時に、反応崩壊の危険。
「セレスティアをただ破壊すればいい、という話ではない」
リクトが言う。
「セレスティアは檻だ。だが、アミィの精神反応を支えている足場でもある可能性がある。檻を壊した瞬間、中にいる本人まで崩れるかもしれない」
カイトは眉を寄せた。
「じゃあ、どうするんですか」
「本体破壊ではなく、接続を一時的に剥がす」
リクトは表示を切り替える。
セレスティア支援波。
帝国命令層。
A系列基本反応。
本人反応。
その間に、細い接続線がいくつも表示される。
「完全に壊すんじゃない。アミィ本人反応が浮上する瞬間だけ、命令層との接続を薄くする。セレスティアの支援そのものを消すのではなく、命令層へ押し戻す経路だけを一時的に剥がす」
ミオが頷く。
「支援波の全遮断ではなく、方向をずらすんですね」
「そうだ。アミィを包む機能は残す。ただし、命令層へ押し戻す機能を一瞬だけ外す」
イリスが不安そうに言う。
「できますか」
リクトは正直に答えた。
「難しい」
レータが肩を落としかける。
だが、リクトは続けた。
「ただ、不可能ではない。セラが支援端末を撃ち抜いた時、セレスティアの支援波は完全に消えたわけじゃなかった。流れが一瞬乱れた。その瞬間、本人反応は浮上しやすくなった」
セラが静かに頷く。
「次は、端末を破壊するだけではなく、流れをずらす場所を狙う必要があります」
「そうなる」
リクトはセラを見る。
「撃ち抜く場所を間違えると、支援波が崩れすぎる。逆に弱すぎると、命令層に押し戻される」
「数秒だけ、接続を剥がす射撃」
セラは確認するように呟いた。
「できます。ですが、支援端末の配置がさらに複雑になれば、見極めが難しくなります」
レイが言う。
「その間、敵機は俺達で止める」
カイルが通信越しに笑った。
『外周は俺だな。ヘルメスが動きにくくなってるなら、逆に監視だけはしやすい』
黒瀬が記録する。
「次回以降の作戦方針。セレスティア本体破壊は避ける。命令層との接続を一時的に剥離する方法を検討。支援端末は破壊対象ではなく、支援波方向制御対象として扱う」
三島が記録を確認する。
「支援波方向制御対象……かなり繊細な作戦ですね」
「はい」
黒瀬は画面を見る。
「失敗すれば、アミィ本人反応を損なう可能性があります」
レータは拳を握った。
「でも、やるしかない」
カナデが首を横に振る。
「やるしかない、ではなく、やるために準備する、です」
レータは一瞬言葉を詰まらせ、それから頷いた。
「……そうね」
ユイは、セレスティア支援波を見つめ続けていた。
守っている。
縛っている。
閉じ込めている。
そのどれか一つではない。
たぶん、全部なのだ。
「セレスティアも、命令に従っているのでしょうか」
ユイの言葉に、リクトが少し考える。
「可能性はある。自律支援系だとしても、上位命令定義があるはずだ。アミィを守れ。アミィを命令層から逸脱させるな。戦域支援を維持しろ。そういう複数の命令が重なっているのかもしれない」
ミオが画面を見る。
「もし、その命令同士が矛盾したら?」
「そこが突破口になるかもしれない」
リクトは言った。
「アミィを守ることと、アミィを従わせること。この二つが同時に成立しなくなれば、セレスティアは迷う」
レータは目を見開いた。
「セレスティアが迷う?」
「人間みたいに迷うかは分からない。でも、命令処理に矛盾が生じれば、支援波に揺れが出る。その一瞬を使える可能性がある」
ユイは静かに言った。
「アミィ本人反応を強く引き出すだけでは駄目。アミィを守るという命令と、命令層へ戻すという命令を衝突させる必要がある」
カナデが頷く。
「ただし、アミィに負荷をかけすぎない範囲で、ですね」
「はい」
レータは画面を見る。
アミィを守る檻。
アミィを縛る盾。
それがセレスティア。
壊せばいいわけではない。
説得すればいいのかも分からない。
だが、少なくとも敵として撃ち抜くだけでは、アミィに届かない。
「ややこしいわね」
レータが呟く。
カイトが苦笑する。
「でも、少し分かった気がする」
「何が?」
「アミィを助けるって、アミィだけを引っ張ればいいわけじゃないんだなって」
ユイが頷いた。
「はい。アミィを閉じ込めているものごと、理解しなければいけません」
レータは小さく息を吐いた。
「セレスティアの檻、か」
その言葉が、解析室に静かに落ちた。
外縁防衛線の奥。
セレスティア支援波の中心で、白金色の光が揺れていた。
命令が流れる。
PT-A01を保護。
PT-A01を命令層へ同期。
PT-A01の反応逸脱を抑制。
戦域支援を維持。
外部干渉を遮断。
命令は明確だった。
役割は明確だった。
揺れは不要だった。
けれど、前回接触以降、わずかな不整合が残っていた。
アミィ本人反応が浮上する。
外部音声に反応する。
自己名に反応する。
それは逸脱だった。
逸脱は抑制対象。
命令層へ戻すべきもの。
だが。
アミィ本人反応の急激な押し込みは、反応崩壊の危険を上げる。
反応崩壊は、PT-A01保護命令に反する。
保護。
同期。
抑制。
維持。
命令は互いに重なり、白金色の支援波の奥でわずかに干渉した。
アミィを守る。
アミィを従わせる。
その二つが、同じ意味ではないことを、セレスティアはまだ知らない。
知らないまま、処理だけが揺れる。
命令を実行。
逸脱を抑制。
PT-A01を保護。
白金色の光が、アミィ本人反応を包む。
檻のように。
盾のように。
そして、命令層の奥でかすかに残る声を、消えない程度に押し込めた。
『アミィ……?』
その残響に、セレスティア支援波が一瞬だけ揺れた。




