表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
225/412

第223話 観測される救出

 解析室には、前回戦闘で記録された通信が何度も流れていた。

『……こえ……』

『……だれ……』

『めい……れい……では……ない……?』

『ユイ……レータ……』

『アミィ……?』

 短い。

 途切れている。

 会話と呼ぶには、まだ不安定だった。

 それでも、確かに会話だった。

 イリスは、何度も波形を確認していた。

 命令層。

 セレスティア支援波。

 A系列基本反応。

 そして、その奥から浮かび上がった本人反応。

 イリスは顔を上げる。

「アミィ本人反応は、前回より強くなっています」

 室内に小さな緊張が走った。

 レータが、わずかに身を乗り出す。

「強くなってるってことは、届いてるってことよね」

「はい」

 イリスは頷いた。

「前回は、通信路に触れただけでした。でも今回は、こちらの呼びかけに対して断片的な返答があります。特に、レータさんとユイさんの名前、それから自己名のアミィに反応しています」

 画面に、アミィの反応が表示される。

『ユイ……レータ……』

『アミィ……?』

 レータはそれを見つめた。

 喜びたい。

 叫びたいくらいだった。

 アミィが、自分の名前を聞いた。

 レータという名前を拾った。

 そして、自分自身の名前に反応した。

 だが、素直に喜べなかった。

 あの声の直後に、命令層が厚くなった。

 白金色の支援波が膨れ上がり、アミィの反応を押し込んだ。

 呼びかければ呼びかけるほど、アミィが苦しんでいるように見えた。

「でも……」

 レータは拳を握った。

「強くなった分、あの子への負担も増えてるんじゃないの」

 リクトが静かに頷いた。

「その通りだ」

 画面が切り替わる。

 本人反応の上昇と、命令層負荷の上昇が重ねて表示された。

 レータの呼びかけ。

 ユイの名乗り。

 アミィという自己名への反応。

 そのたびに本人反応は強くなっている。

 だが、ほぼ同時に命令層の負荷も跳ね上がっていた。

 リクトは言う。

「本人反応が強くなるほど、命令層がそれを押し込もうとしている。セレスティア支援波も同時に厚くなっている。つまり、アミィがこちらに反応すればするほど、向こうの拘束も強くなる」

 ミオが支援網の記録を表示した。

「通信路側で守れる時間は、まだ短いです。セラさんが端末を撃ち抜いてくれた数秒間だけ、本人反応を包めました。でも、その後は急速に押し戻されています」

 セラは静かに言った。

「端末を撃てば、通信路は開きます。ですが、向こうもすぐに補正します」

 レイが腕を組む。

「撃てば撃つほど、相手も対策してくるか」

「はい」

 ミオが頷く。

「それに、支援端末を破壊すればするほど、セレスティアが本体側で補おうとする可能性があります。干渉が薄くなる一方で、命令層の負荷が上がる危険もあります」

 カイトは黙って聞いていた。

 前回、自分は通信路を守った。

 ほんの数秒だったが、その数秒で声は届いた。

 だが、その数秒が、アミィを苦しめるきっかけにもなっていたのかもしれない。

「助けようとしてるのに……」

 カイトが呟く。

「そのせいで、アミィに負担がかかるのか」

 カナデが静かに答えた。

「可能性はあります」

 レータの表情が曇る。

 カナデは続ける。

「呼びかけが悪いわけではありません。アミィ本人反応が残っていることを確認するには、呼びかけが必要です。ですが、無理に呼び続ければ、アミィ自身に負担がかかる可能性があります」

「じゃあ、呼ばない方がいいの?」

 レータの声がわずかに震えた。

 カナデは首を横に振る。

「そうではありません。大事なのは、呼びかける回数や強さを増やすことではなく、アミィが返ってきた時に守れる時間を増やすことです」

 ユイが頷いた。

「ただ呼ぶだけでは駄目、ということですね」

「はい」

 カナデはアミィの波形を見る。

「アミィが返事をした瞬間、命令層が押し戻す。その時に、こちらが守れなければ、呼びかけは負担だけを増やします」

 レータは唇を噛んだ。

 届いた。

 でも、届いたから苦しくなる。

 それは、あまりにも残酷だった。

 黒瀬が端末を開く。

「救出対象への移行条件を整理します」

 室内の視線が黒瀬へ向いた。

「第一。本人反応の継続性。今回、複数回の呼びかけに対し、本人反応が継続して確認されています」

 三島が記録する。

「本人反応の継続性、確認」

「第二。命令と異なる返答。アミィは『命令ではない』という呼びかけに反応し、命令層とは異なる応答を示しました」

「命令と異なる返答、確認」

「第三。自己識別への反応。アミィという自己名に対し、本人反応が急上昇しています」

 三島が画面を見ながら記録する。

「自己識別への反応、確認」

 レータが顔を上げる。

「なら、救出対象にしてもいいんじゃないの」

 黒瀬はすぐには答えなかった。

 そして、淡々と続けた。

「要保護対象候補としては、ほぼ条件を満たしています。ただし、正式な救出対象化には、本人反応の安定性が不足しています」

「安定性……」

「はい。現在のアミィ本人反応は、呼びかけに対して浮上しますが、直後に命令層へ押し込まれています。救出作戦に移行した場合、本人反応を維持できる保証がありません」

 レータは何か言い返そうとした。

 だが、言えなかった。

 黒瀬は厳しい。

 けれど、間違ってはいない。

 救出対象にしたいという気持ちだけで動けば、アミィを壊すかもしれない。

 ユイが静かに言った。

「黒瀬さん。記録上の扱いは、どうなりますか」

「更新します」

 黒瀬は端末に新しい文面を入力する。

「PT-A01アミィ。敵性戦力であると同時に、本人意思反応を有する要保護対象候補。次回以降の接触においては、本人反応の保護時間延長、命令層負荷の抑制、自己識別反応の安定化を優先する」

 三島が確認する。

「救出対象ではなく、要保護対象候補」

「はい」

 レータは小さく息を吐いた。

「また一歩手前か」

 カナデが言う。

「でも、確実に近づいています」

「分かってる」

 レータは画面を見た。

『アミィ……?』

 自分の名前を問い返す声。

「分かってるけど、早くしてあげたい」

 その言葉に、誰も軽く頷くことはできなかった。


 グラトン艦内の観測室では、同じ通信記録が別の意味で再生されていた。

『私はレータ』

『命令じゃない』

『あなたは、私の代わりじゃない』

『私はユイ』

『アミィ。あなたの名前です』

『アミィ……?』

 オルフェンは、その一つ一つに観測タグを付けていた。

 PT-L呼びかけ。

 代替認識否定。

 PT-Y識別。

 自己名提示。

 本人反応急上昇。

 命令層負荷増大。

 セレスティア支援波補正。

 彼にとって、それは会話ではなかった。

 救出の兆候でもなかった。

 貴重なデータだった。

「呼べば呼ぶほど、分離限界が分かる」

 オルフェンは満足そうに呟いた。

 部下が端末を確認する。

「PT-A01本人反応は、想定以上に自己名へ反応しています」

「ええ。興味深い」

「命令層との同期率は一時的に低下しましたが、セレスティア補正によって再固定されています」

「つまり、まだ壊れていない」

 オルフェンは淡々と言った。

「なら、次はさらに深く揺らせる」

 部下は言葉を詰まらせた。

「しかし、負荷上昇時に本人反応の乱れが大きくなっています。過負荷の可能性が――」

「可能性ではなく、観測対象です」

 オルフェンは部下を見ずに答えた。

「どの段階で本人反応が崩れるのか。命令層がどこまで再固定できるのか。セレスティアがどこまで補正できるのか。それを知る必要があります」

 部下は沈黙した。

 その時、観測室の扉が開いた。

 レオンだった。

 彼の表情は、これまでよりも明らかに険しい。

「オルフェン」

「前線指揮官殿。何か」

「次に負荷を上げるつもりなら、やめろ」

 オルフェンは薄く笑う。

「何のことでしょう」

「とぼけるな。前回、命令層を意図的に厚くしただろう」

「PT-A01の再同期補助です」

「再同期ではない。観測のために反応を押し潰した」

 観測室の空気が冷える。

 オルフェンは端末から視線を上げた。

「彼女は兵器です。命令層下での反応安定性を確認するのは当然です」

「兵器でも、壊していい理由にはならない」

「壊れるかどうかを確認しなければ、運用限界は分かりません」

 レオンの拳が握られた。

「お前は、本当にそれしか見ていないのか」

「少なくとも、私は自分の任務を見ています」

 オルフェンは平然としていた。

「ルクス側が呼びかけ、PT-A01が揺れる。こちらはその揺れを測定する。これほど良い条件はありません」

「救おうとしている相手の行動を利用しているだけだろう」

「利用できるものを利用する。それも帝国の基本です」

 レオンは一歩、オルフェンへ近づいた。

「俺の前線で、勝手な負荷試験を行うな」

「前線指揮官殿の任務は、防衛線の維持です。観測計画は本国監察局の管轄です」

「防衛線を維持するためにも、アミィを壊すわけにはいかない」

「壊すとは決まっていません」

「壊れてからでは遅い」

 オルフェンは、そこで初めて少しだけ目を細めた。

「随分と感情的ですね」

「感情の問題ではない。戦力管理の問題だ」

「では、こちらも戦力管理として申し上げます」

 オルフェンは画面を示した。

「PT-A01は命令層下でも本人反応を保持しています。これは不安定要素です。同時に、有用な観測対象でもある。不安定要素を放置するのは危険です」

「だから壊れるまで試すのか」

「壊れる前に限界を知るのです」

「同じことだ」

 レオンの声は低かった。

「次の接触で、前線指揮権を越える負荷操作をするな」

「本国監察局の命令が優先される場合もあります」

「その時は、俺が前線判断で止める」

 観測室に沈黙が落ちた。

 オルフェンはゆっくりと笑った。

「それは、監察局への明確な妨害と記録されます」

「好きに記録しろ」

 レオンは背を向ける。

「だが、俺の戦場で、兵を実験材料のように壊すことは許さん」

 扉が閉じる。

 オルフェンはしばらく、その扉を見ていた。

 やがて、端末へ視線を戻す。

「前線指揮官レオン。観測計画への抵抗、明確化」

 新しい記録項目が追加される。

「心理的抵抗増大。指揮権干渉の可能性あり。必要に応じて、本国へ報告」

 部下は何も言わなかった。

 オルフェンは再び、アミィの反応を表示する。

『アミィ……?』

 その声を聞き、彼は小さく呟いた。

「自己名への反応は強い。次は、もっと深い部分へ届くでしょう」

 彼は次回接触時の負荷計画を開く。

 命令層第一負荷。

 第二負荷。

 第三負荷。

 前回は第二までだった。

 オルフェンは、第三負荷の項目を有効にする。

「次は、負荷を上げます」


 ルクス・ヴァルキュリアでは、まだ解析が続いていた。

 アミィ本人反応は、確かに強くなっている。

 だが、命令層の負荷も強くなっている。

 喜びと危険が、同じ波形の中に並んでいた。

 レータは、記録音声をもう一度聞いた。

『アミィ……?』

 自分の名前を、疑問の形で呼ぶ声。

 レータは小さく言う。

「アミィ」

 返事はない。

 それでも、レータは続けた。

「次は、もっと守るから」

 ユイが隣で頷く。

「はい」

 だが、その声には、いつもより少しだけ硬さがあった。

 カイトは二人の後ろで、リクト達の解析画面を見ていた。

 救おうとすれば、アミィは反応する。

 アミィが反応すれば、命令層が押し込む。

 その反応を、敵は観測する。

 自分達の行動が、敵に利用されている。

 その事実は、重かった。

 それでも、呼ばないわけにはいかない。

 命令の奥にいるアミィは、もう名前に反応してしまった。

 こちらが黙れば、あの声は再び命令層の奥に沈むだけだ。

 カイトは拳を握った。

「次は、もっと長く通信路を守ります」

 黒瀬が振り返る。

「無茶をしない範囲で、です」

「はい」

 今度は、すぐに答えた。

「無茶じゃなくて、守る方法を増やします」

 ミオが頷く。

「私も支援網を改良します。次は、本人反応が強くなった瞬間の負荷を逃がす経路が必要です」

 イリスも続ける。

「本人反応だけでなく、命令層負荷も同時に監視します。呼び続けるか、止めるかの判断を早くします」

 リクトが画面を閉じる。

「次からは、ただ名前を届けるだけじゃ足りない。返ってきた反応を守るだけでも足りない」

 ユイが言う。

「アミィが反応した時、命令層の負荷を下げる必要がありますね」

「そうだ」

 リクトは頷いた。

「救出は、呼びかけだけじゃ成立しない。呼びかけが敵に利用されるなら、その利用を上回る保護手段が必要だ」

 レータは画面を見つめた。

 アミィの声は、まだそこに残っている。

 届いた。

 でも、届いたことで苦しめたかもしれない。

 それでも。

「やめない」

 レータが言った。

 声は小さかったが、迷いはなかった。

「呼ぶ。でも、無理に引っ張らない。返ってきた声を、今度はちゃんと守る」

 カナデが静かに頷く。

「それが、今の答えだと思います」

 命令層の奥で、アミィは揺れている。

 その揺れを救おうとする者達がいる。

 そして、その揺れを観測しようとする者達がいる。

 次の接触は、さらに危険になる。

 それでも、もう戻れなかった。

 アミィが、自分の名前を聞いてしまったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ