第222話 私はレータ
再接触作戦は、短い間隔を置いて再開された。
前回の接触で、レータの声は届いた。
会話にはならなかった。
けれど、アミィ本人反応は通信路に触れた。
それだけで十分だった。
十分だったからこそ、次はもう一歩だけ進む。
ルクス・ヴァルキュリア管制室では、各機の反応が戦術表示に並んでいた。
アルタイル・ノヴァ・ブレイス。
ルナ・スケイル・リフレクト。
ヴァナルガンド。
フェンリオン・リサイト。
ヴァルクレイド。
レイヴン・ハウル。
出撃構成は前回と同じ。
ノクス・レクイエムは、まだ待機だ。
ジンは前線表示を見つめる。
「作戦目的を再確認する」
黒瀬が端末を開いた。
「目的。PT-A01アミィ本人反応の再確認。短時間会話の成立。名前への反応確認。救出作戦ではありません」
三島が記録する。
「撤退基準は前回と同じ。判断遅延増大、支援網上書き率上昇、本人反応喪失、または命令層負荷の急上昇」
「記録しました」
ユイは呼びかけ回線の前に立っていた。
隣にはカナデ。
少し離れた席では、イリスが本人反応抽出フィルターを準備している。
ミオの支援網は、すでに分散展開の初期状態に入っていた。
レータの通信が入る。
『ヴァルクレイド、配置についたわ』
声は落ち着いていた。
完全に緊張が消えたわけではない。
だが、焦りだけで前に出ようとしていた時とは違う。
カナデが静かに言った。
「レータさん。最初は短く」
『分かってる』
「相手の反応を待ってください」
『うん』
ユイも通信に入る。
「レータ。私も続きます」
『お願い』
レータは操縦席で深く息を吸った。
言う言葉は決めている。
私はレータ。
あなたの代わりじゃない。
あなたも、私の代わりじゃない。
命令じゃない。
私は、あなたと話したい。
全部を一度に言う必要はない。
アミィが理解できるかどうかを確認しながら、少しずつ届ける。
それが、今回の役目だった。
外縁防衛線の奥で、セレスティア支援波が広がっていた。
前回よりもさらに複雑だ。
支援端末は本物と囮を混ぜ、白金色の波を何層にも重ねている。
どこを撃てば干渉が薄くなるのか、前回より見えにくくなっていた。
セラはフェンリオン・リサイトの狙撃位置から、端末群を観察していた。
『端末反応、多数。囮も増えています』
リクトが応答する。
「反応の強さではなく、流れを見ろ。前回と同じだ」
『はい』
セラは照準補助を一段階落とす。
候補線が減る。
効率だけを示す補助を切り、支援波の流れに集中する。
レイのヴァナルガンドが前方で敵機を牽制していた。
『セラ、射線が必要なら言え』
『今はまだ大丈夫です』
カイトのアルタイル・ノヴァ・ブレイスは通信路前衛位置を維持している。
前に出すぎない。
下がりすぎない。
敵機を追わない。
通信路を守る。
それだけを意識して、カイトは機体を動かしていた。
量産GDが接近してくる。
カイトは盾で受け、ブレードで軌道を逸らす。
破壊はしない。
通信路へ割り込ませないだけでいい。
その瞬間、視界の表示が揺れた。
「判断遅延、軽度発生」
カイトは即座に報告する。
黒瀬が記録する。
「カイト機、判断遅延軽度。継続監視」
リクトが続ける。
「カイト、優先順位を維持しろ」
「通信路優先。追撃禁止。単独接近禁止」
カイトは短く答える。
前回より、遅れに飲まれない。
違和感があると分かっていれば、対処できる。
ミオが支援網を展開した。
『分散支援網、展開。本人反応保護通信路、第一層起動します』
ルナ・スケイル・リフレクトの鱗状パネルが開き、細い光の線が複数に分かれて戦場へ広がる。
線は一本ではない。
枝分かれし、重なり、また分かれる。
セレスティア支援波に上書きされても、別の線で反応を受け止めるための網だ。
イリスが波形を追う。
「A系列基本反応、捕捉。命令層の奥です」
ユイが息を整える。
レータも通信を開いた。
だが、まだ呼びかけない。
先に必要なのは、通信路を通すための数秒だ。
セラが端末群を見る。
強い端末。
目立つ端末。
囮の可能性が高い端末。
そして、ほとんど反応を出さずに支援波の流れだけを曲げている端末。
前回と同じ手は、もう使えない。
だが、隠し方には癖がある。
『一つ、見えました』
セラが砲身を向ける。
その瞬間、囮端末の一つが強い反応を発した。
照準補助がそちらを優先候補として表示する。
だが、セラは動かない。
『違います』
候補線を無視する。
命令ではない。
効率でもない。
自分の判断で撃つ。
『撃ちます』
一射。
反応の弱い端末が撃ち抜かれた。
白金色の支援波が、わずかに崩れる。
イリスが声を上げる。
「干渉濃度、低下。通信路、通ります」
ミオが即座に支援網を絞る。
『本人反応保護通信路、第二層へ移行』
支援線が輪のように重なり、命令層の奥から返る反応を受け止める形へ変わる。
カイトの周囲にも支援光が走る。
同時に、判断補助が遅れる。
「判断遅延、中度!」
敵機が迫る。
カイトは反射的に追いそうになった。
だが、止める。
追わない。
守る。
アルタイル・ノヴァ・ブレイスは半歩だけ前に出て、敵機の進路を塞いだ。
ブレードで腕を弾き、盾で押し返す。
通信路の中心から外れない。
レイが横から敵機を切り払う。
『いい位置だ。動きすぎるな』
「了解!」
カイルの通信も入る。
『ヘルメス反応あり。だが、まだ距離を取ってる。こっちで見る』
ジンが指示する。
「全機、接触段階へ移行。ユイ、レータ、呼びかけ準備」
カナデが短く言った。
「焦らず、短く」
レータは息を吸った。
『アミィ』
通信路が震える。
セレスティア支援波が、その声に重なろうとする。
命令層が反応を押し込もうとする。
だが、ミオの支援網が返ってくる反応を包み、イリスのフィルターが本人反応を探す。
返事はない。
レータは続ける。
『私はレータ』
その瞬間、波形の奥に小さな揺れが生まれた。
イリスが目を見開く。
「本人反応、発生。前回より強いです」
レータは、次の言葉を口にする。
『命令じゃない』
通信路の奥で、何かが返った。
『……こえ……』
管制室の空気が止まる。
声だった。
細く、途切れそうで、断片的。
だが、確かに声だった。
ユイが一歩前に出る。
「アミィ。聞こえますか」
少し間がある。
『……だれ……』
前回と同じ言葉。
だが、今度は前回より少しだけ長く続いた。
レータの手が震える。
けれど、声は震えさせなかった。
『私はレータ』
もう一度、同じ言葉を届ける。
『レータ。命令じゃない。あなたと話したい』
通信路の奥で、白金色の光が揺れる。
『めい……れい……では……ない……?』
イリスが叫ぶ。
「命令反応ではありません。本人反応です」
黒瀬が即座に記録する。
「PT-A01アミィ、命令と呼びかけの差異に反応」
三島が記録を続ける。
レータは、用意していた言葉を続けた。
『あなたは、私の代わりじゃない』
反応が揺れる。
『かわ……り……?』
『そう。代わりじゃない』
レータは、喉の奥に詰まりそうになるものを抑えた。
『あなたも、私の代わりじゃない』
セレスティア支援波が急激に厚くなる。
ミオが歯を食いしばる。
『支援波、上書き率上昇。まだ維持できます』
リクトが叫ぶ。
「オルフェン側が負荷を上げている。イリス、本人反応を逃がすな」
「はい!」
ユイは通信に入る。
「アミィ。私はユイ」
少し間がある。
『ユ……イ……』
ユイの目がわずかに揺れた。
「はい。ユイです。あなたに命令しません」
『ユイ……レータ……』
レータが息を呑む。
アミィが、繰り返そうとしている。
意味はまだ分かっていないかもしれない。
それでも、名前を音として拾っている。
『レー……タ……』
レータの目が見開かれる。
『うん。レータ。私はレータ』
カナデが小さく頷いた。
「続けて。ただし短く」
レータは頷く。
『あなたは、アミィ』
その瞬間、通信路の奥で反応が大きく揺れた。
『ア……ミィ……』
命令層が震える。
セレスティア支援波が白金色に膨れ上がる。
アミィ本人反応が、初めて自分の名前に触れた。
イリスが声を上げる。
「本人反応、急上昇!」
黒瀬が即座に言う。
「命令層負荷を確認」
リクトが表示を見て叫んだ。
「負荷が上がってる。セレスティアが押し戻そうとしている!」
グラトン観測室で、オルフェンは身を乗り出していた。
画面には、アミィ本人反応の急上昇が表示されている。
「これは……予想以上ですね」
部下が緊張した声で報告する。
「PT-A01、自己識別名に反応。命令層同期に乱れ。セレスティア支援波、補正を開始」
オルフェンの目が細くなる。
「名前に反応した」
彼は端末に高速で記録を入力する。
「PT-L呼びかけにより代替認識へ干渉。PT-Y名乗りに識別反応。自己名アミィへの反応、想定以上」
部下が尋ねる。
「負荷を上げますか」
「段階的に上げてください」
その声は冷たかった。
「ただし、完全遮断ではありません。応答が出る直前で押し込む。最も揺れるところを観測します」
別の通信が割り込む。
『オルフェン。負荷を上げるな』
レオンの声だった。
オルフェンは振り返らずに答える。
「前線指揮官殿。これは本国監察局の観測です」
『アミィの反応が不安定になっている。これ以上やれば壊れるぞ』
「壊れるかどうかも、重要な観測項目です」
沈黙。
その沈黙の向こうで、レオンの怒りが伝わってくる。
『戦場を実験場にするなと言った』
「そして私は、帝国は実験によって戦場を理解すると答えたはずです」
オルフェンは表示に視線を戻す。
「命令層、第二負荷へ移行」
部下が一瞬ためらう。
オルフェンの声が低くなる。
「実行してください」
「……了解。命令層、第二負荷へ移行」
白金色の支援波が、戦場でさらに膨れ上がった。
ルクス側前線に、激しい干渉が走った。
ミオの支援網が大きく歪む。
『支援網、上書き率急上昇!』
カイトの視界が一瞬白く滲んだ。
「判断遅延、強い!」
表示が二重になる。
敵機の位置がずれる。
回避線が複数に分かれ、どれも正しく見える。
カイトは奥歯を噛みしめた。
迷うな。
事前に決めた優先順位を使え。
「通信路優先……追撃禁止……前衛位置維持!」
量産GDが一機、通信路に割り込もうとする。
カイトはブレードを振るわず、盾で進路を塞いだ。
敵機の攻撃が装甲を削る。
だが、位置は崩さない。
レイが叫ぶ。
『カイト、そこから動くな!』
「動かない!」
ヴァナルガンドが横から敵機を切り払う。
セラは端末群を見る。
支援波が暴走気味に強まり、端末同士の流れが乱れていた。
囮も本物も、反応が混ざっている。
だが、乱れているからこそ、見える場所がある。
『本物が一つ、露出しました』
リクトが即座に言う。
「撃てるか」
『撃てます。ただし、高精度弾は残り少数です』
「今使え。通信路を数秒でいい、維持する」
『了解』
セラは照準補助を切った。
完全に、自分の目で流れを見る。
白金色の波が集まり、命令層を厚くしている結節点。
そこに、小型端末がある。
『命令ではありません。私の判断で撃ちます』
一射。
支援端末が撃ち抜かれた。
白金色の光が、ほんの数秒だけ薄くなる。
ミオがその隙を逃さなかった。
『通信路、維持します!』
支援網が細く絞られ、アミィ本人反応を包む。
イリスが声を張る。
「本人反応、再浮上!」
レータは通信にしがみつくように声を出した。
『アミィ。あなたはアミィ』
ユイも続ける。
「アミィ。命令ではありません。あなたの名前です」
通信路の奥で、かすかな声が返る。
『アミィ……?』
それは疑問だった。
理解ではない。
確信でもない。
だが、自分の名前に反応した声だった。
レータの目に涙が滲みそうになる。
『そう。アミィ。あなたの名前』
『ア……ミィ……』
もう一度、声が返る。
その瞬間、命令層が一気に厚くなった。
白金色の支援波が爆発するように広がり、通信路を押し潰す。
イリスが叫ぶ。
「本人反応、押し込まれます!」
ミオの支援網に警告が連続する。
『支援網、限界です!』
黒瀬が即座に判断した。
「撤退基準到達。全機後退」
ジンが命じる。
「全機、撤退! 通信路を閉じろ!」
レータが叫びかける。
『待って、まだ――』
カナデの声が入った。
『レータさん、戻ってください。今は届きました。これ以上は、アミィの負荷が上がります』
レータは息を詰める。
アミィは自分の名前に反応した。
もう一度呼べば、もっと返ってくるかもしれない。
だが、呼び続ければ壊れるかもしれない。
レータは操縦桿を握りしめた。
『……分かった』
ヴァルクレイドが後退する。
『ヴァルクレイド、撤退する』
カイトも通信路前衛位置から下がる。
「アルタイル・ノヴァ・ブレイス、後退!」
敵機が追おうとする。
レイが牽制し、セラが残弾を温存したまま狙撃姿勢で牽制する。
カイルは外周でヘルメス隊を警戒した。
『ヘルメス、動きかけたが止まった。今なら抜けられる』
ミオが支援網を回収する。
『全機、撤退線へ。通信路を閉じます』
白金色の支援波が、閉じていく通信路を追うように広がる。
だが、ルクス側の機体は既に干渉圏から離れ始めていた。
最後に、イリスの画面にほんの一瞬だけ反応が残った。
『……アミィ……?』
それを最後に、通信は完全に遮断された。
グラトン艦橋で、レオンは前線表示を見つめていた。
ルクス側は撤退している。
エリシオンは追撃可能位置にある。
ヘルメス隊も外側から回り込める。
だが、レオンは命じなかった。
「追撃不要」
クラウスが確認する。
「よろしいのですか」
「構わん。防衛線維持を優先する」
「了解しました」
レオンは、アミィ反応の記録を見ていた。
名前に反応した。
自分をアミィと認識しかけた。
その直後、命令層が強引に押し込んだ。
それは、戦闘記録というより、何かを無理やり沈める映像に近かった。
レオンは拳を握った。
「オルフェン……」
その声には、明確な怒りがあった。
ルクス・ヴァルキュリア管制室では、撤退した機体の帰還確認が進んでいた。
各機に損傷はある。
だが、致命的ではない。
問題は機体ではなかった。
解析室に、今回の通信記録が再生される。
『……こえ……』
『……だれ……』
『めい……れい……では……ない……?』
『ユイ……レータ……』
『アミィ……?』
誰もすぐには言葉を発しなかった。
短い。
断片的。
意味を完全に理解しているとは言えない。
それでも、会話だった。
イリスは、震える声で言った。
「命令ではありません。全部、本人反応です」
ミオも頷く。
「セレスティア支援波ではありません。命令層に同期した反応でもありません」
リクトが表示を確認する。
「名前への反応が明確に出た。特に『アミィ』への反応は強い」
黒瀬が端末に記録する。
「PT-A01アミィ。本人反応、継続確認。命令と呼びかけの差異に反応。ユイ、レータの識別音に反応。自己名アミィへの反応あり」
三島が記録を続ける。
「救出対象への変更判断は?」
黒瀬は少しだけ沈黙した。
レータが顔を上げる。
だが、黒瀬はまだ首を縦には振らなかった。
「まだです」
レータの表情がわずかに曇る。
黒瀬は続ける。
「ただし、段階は進みました。敵性戦力であると同時に、本人意思反応を持つ要保護対象候補として扱います」
レータは何か言いかけて、飲み込んだ。
カナデが静かに言う。
「焦らないでください。今日、名前は届きました」
レータは画面を見る。
『アミィ……?』
自分の名前を問い返す声。
レータは目を伏せた。
「うん」
声は小さかった。
「届いた」
ユイが隣に立つ。
「はい」
「次は、ちゃんと分かってもらいたい」
「分かってもらいましょう」
レータは頷いた。
アミィはまだ救えない。
命令層は厚い。
セレスティア支援波は、彼女を守るように、縛るように包み込んでいる。
それでも、名前は届いた。
命令ではない声が届いた。
レータという名前が届いた。
ユイという名前が届いた。
そして、アミィ自身の名前が、命令層の奥で揺れた。
それは、救出ではない。
けれど、認識の第一歩だった。




