第221話 再接触作戦
外縁防衛線は、前回と同じように静かだった。
だが、同じではない。
グラトンは停止線の奥で艦影を横たえたまま、こちらを見ている。
エリシオンは防衛線の中心に立ち、盾を構えたまま動かない。
ヘルメス隊の高機動反応も、外側航路に散っている。
配置だけを見れば、前回と大きく変わらなかった。
しかし、リクトの解析画面には、前回より複雑な白金色の波形が浮かび上がっていた。
「セレスティア支援波、確認。前回より分岐が多い」
管制室に緊張が走る。
イリスが波形を追いながら言った。
「支援端末の反応も増えています。ですが、全部が本物ではありません」
ミオが頷く。
「囮ですね」
「はい。反応だけを似せた端末が混じっています」
ユイは画面を見た。
セレスティアの支援波は、前回より細かく広がっている。
一本の大きな干渉ではない。
いくつもの小さな流れが重なり合い、どこを撃てば薄くなるのか分かりにくくなっていた。
オルフェンが配置を変えた。
それは、ほぼ間違いない。
黒瀬が端末に記録する。
「セレスティア支援端末群、第二配置と推定。囮端末混在。前回の支援端末狙撃への対策と判断」
三島が頷く。
「記録しました」
ジンは出撃表示を確認した。
「ノクス・レクイエムは待機」
黒瀬が即座に記録する。
「ノクス・レクイエム非出撃。今回の目的は、PT-A01アミィ本人反応の再確認および短時間会話成立。救出作戦ではない」
ユイは管制室に残っていた。
ノクス・レクイエムには乗らない。
出撃もしない。
今回は、呼びかけ役として通信路に入る。
レータも同じだった。
ヴァルクレイドは出撃する。
だが、レータ本人の役割は戦闘だけではない。
アミィに名前を届ける。
命令ではない声を届ける。
そのための作戦だった。
カイトの通信が入る。
『アルタイル・ノヴァ・ブレイス、出ます』
続けてミオ。
『ルナ・スケイル・リフレクト、支援網を分散展開します』
レイが短く告げる。
『ヴァナルガンド、出る』
セラの声が続いた。
『フェンリオン・リサイト、支援端末狙撃に入ります』
レータが息を吸う。
『ヴァルクレイド、出るわ』
最後にカイルが笑った。
『レイヴン・ハウル、外周警戒。ヘルメスが来るなら、こっちで拾う』
格納庫の射出灯が青から白へ変わる。
アルタイル・ノヴァ・ブレイス。
ルナ・スケイル・リフレクト。
ヴァナルガンド。
フェンリオン・リサイト。
ヴァルクレイド。
レイヴン・ハウル。
六機が、ルクス・ヴァルキュリアから宇宙へ放たれた。
目的は突破ではない。
撃破でもない。
声を届ける道を作ることだった。
グラトン艦内の観測室で、オルフェンは出撃反応を見ていた。
「来ましたね」
部下が報告する。
「ルクス側、限定出撃。前回とほぼ同じ構成です。ノクス・レクイエム反応はありません」
「当然でしょう。彼らはまだ、あれを切り札として温存する」
オルフェンは前線表示を拡大した。
ミオ機の支援網。
イリスによると思われる波形抽出。
セラ機の狙撃位置。
カイト機の前衛配置。
レータとユイの呼びかけ回線。
ほぼ予想通りだった。
「通信路を複数に分けていますね」
オルフェンは薄く笑う。
「前回の一言を守るつもりですか」
部下が尋ねる。
「セレスティア端末群、第二配置を起動しますか」
「起動してください。ただし、最初から潰し切る必要はありません」
「よろしいのですか」
「はい。彼らがどこまで保護できるかを見ます」
オルフェンは端末に観測項目を並べる。
PT-L呼びかけへの反応継続性。
PT-Y呼びかけへの識別反応。
ルクス側通信保護手段。
セレスティア端末破壊時の本人反応露出時間。
判断遅延発生時の一般パイロット対応。
「前回より深く揺らします」
オルフェンは静かに言った。
「ただし、すぐには壊さない。反応が返る直前まで、支援波を重ねる。どの段階で彼女達が耐えられなくなるかを観測します」
部下はわずかに顔を曇らせたが、命令に従った。
「セレスティア端末群、第二配置起動」
前線表示に、白金色の光が広がっていく。
戦場に入った瞬間、ミオは前回との違いを感じ取った。
『支援波が細かいです』
ルナ・スケイル・リフレクトの鱗状パネルが展開し、薄藍と真珠色の光が複数の線に分かれて広がる。
『一本に見せていません。複数の端末から、少しずつ重ねてきます』
リクトが管制側で表示を拡大する。
「やはり端末が増えている。セラ、全部を狙うな。本物だけを選べ」
『了解しています』
セラはフェンリオン・リサイトを狙撃位置へ移動させた。
画面には、十数個の小型支援端末が表示されている。
そのうち、強い反応を出しているものは五つ。
だが、訓練と同じなら、強いものが本物とは限らない。
セラは照準補助を一段階落とした。
候補線が減る。
敵機反応。
端末反応。
支援波の流れ。
必要なのは、反応の強さではない。
流れが折れる場所。
支援波が周囲へ渡る結節点。
『一つ目、見えました』
セラが砲身を動かす。
一射。
小型端末の一つが撃ち抜かれる。
白金色の支援波が、わずかに薄くなった。
イリスが声を上げる。
「干渉濃度、低下。でも短いです。すぐに別端末が補っています」
ミオが支援網を広げる。
『その数秒を使います。通信路、第一層展開』
細い支援線が、アルタイル・ノヴァ・ブレイスを中心に広がる。
そこから複数の枝が伸び、レータのヴァルクレイド、管制室のユイ、イリスの抽出席へと接続される。
カイトは前に出た。
だが、出すぎない。
通信路の中心から外れない距離。
敵機が割り込めない位置。
支援網が切れない範囲。
グリッドに言われたことを思い出す。
守るのは敵機との距離だけではない。
声が通る道そのものだ。
『カイト、通信路の前衛位置、維持してください』
ミオの声が入る。
「了解。前に出すぎない」
前方から量産GDが接近する。
カイトはブレードを抜いた。
敵を倒すためではない。
通信路に入れさせないためだ。
最初の一機が突っ込んでくる。
カイトは真正面から受けず、斜めに弾いた。
そのまま追撃せず、元の位置へ戻る。
追わない。
崩さない。
守る。
だが、その時、視界の表示が一瞬揺れた。
「来た……」
判断補助が遅れる。
敵機の軌道予測が、わずかに二重に見える。
回避線と迎撃線が、どちらも正しいように表示される。
前回なら、その違和感に一瞬止まっていた。
だが今回は違う。
「判断遅延、発生。軽度」
カイトは即座に報告した。
管制室で黒瀬が記録する。
「カイト機、判断遅延軽度。戦闘継続可能」
リクトが言う。
「カイト、自分の判断を一拍遅らせるな。表示が迷ったら、事前に決めた優先順位を使え」
「通信路優先。敵機追撃禁止。単独接近禁止。了解」
カイトは短く答え、接近するGDを盾で押し返した。
その横を、レイのヴァナルガンドが滑り込む。
『無理するなよ』
「してない」
『ならいい』
レイは敵機の腕を切り落とし、すぐに離脱した。
深追いしない。
今回は全員が、戦闘ではなく作戦条件を守っている。
外周では、カイルのレイヴン・ハウルがヘルメス隊の動きを追っていた。
『ヘルメス反応あり。ただし、まだ仕掛けてこねえ』
ジンが応答する。
「警戒を継続」
『了解。あいつらも様子見か』
カイルの声は軽かったが、機体の動きは油断していなかった。
管制室で、イリスは波形に集中していた。
セレスティア支援波。
帝国命令層。
A系列基本反応。
その奥にあるはずの、本人反応。
しかし、前回より見つけにくい。
「支援波が、本人反応の遅れに似せて揺れています」
リクトが眉を寄せる。
「囮は端末だけじゃないのか」
「はい。波形にも囮があります。本人反応の一拍遅れに似せた揺れが混じっています」
ミオの声が入る。
『こちらの支援網にも重なっています。通信路の枝を増やします』
ルナ・スケイル・リフレクトの鱗状パネルがさらに開く。
支援線が細かく分かれ、一本が潰されても別の線で受けられるように広がる。
だが、広げれば広げるほど、ミオへの負担も増える。
イリスは目を閉じるように一瞬だけ瞬きをし、再び画面を見る。
命令層は硬い。
セレスティア支援波は柔らかい。
A系列基本反応は形を変える。
本人反応は、呼びかけの後に遅れる。
まだ呼びかけていない。
なら、今見えている遅れは偽物だ。
「今の遅れは違います。本人反応ではありません」
リクトが頷く。
「よし。焦るな」
ユイは、呼びかけ回線の前に立っていた。
隣にはカナデがいる。
少し離れたところに、黒瀬と三島。
そして、レータの通信も開かれている。
ユイは短い文を確認する。
私はユイ。
あなたに命令しません。
あなたの声を聞きたい。
レータも、ヴァルクレイドの中で呼びかけ文を見ていた。
私はレータ。
あなたの代わりじゃない。
あなたも、私の代わりじゃない。
命令じゃない。
私は、あなたと話したい。
まだ言うには早い。
通信路がアミィ本人反応へ届く瞬間を待たなければならない。
だが、その瞬間が近づいていることは分かる。
イリスが声を上げた。
「A系列基本反応、捕捉。命令層の奥です」
リクトが確認する。
「本人反応は」
「まだです。でも、呼びかけ可能範囲に近づいています」
ミオが通信を送る。
『セラ、もう一つ端末を落とせますか』
『可能です。ただし、弾数に制限があります』
セラのフェンリオン・リサイトの残弾表示が共有される。
支援端末狙撃に使える高精度弾は多くない。
前回より端末が増えている。
囮もある。
外せば、その分だけ通信路が短くなる。
セラは表示を見た。
強い端末。
近い端末。
目立つ端末。
囮の可能性が高い端末。
その奥に、ほとんど反応を出していない小さな端末があった。
だが、支援波の流れはそこを避けるように曲がっている。
隠している。
『二つ目、撃ちます』
レイが敵機を牽制する。
『セラ、射線開ける』
『ありがとうございます』
ヴァナルガンドが量産GDを押し下げる。
カイトが別方向から来る敵機を止める。
数秒だけ、射線が開いた。
セラは照準補助をさらに落とす。
自分で見る。
自分で決める。
命令ではなく、判断で撃つ。
『撃ちます』
一射。
ほとんど反応を出していなかった端末が撃ち抜かれた。
次の瞬間、白金色の支援波が大きく揺らぐ。
イリスが叫んだ。
「当たりです! 干渉濃度、大きく低下。短時間ですが、通信路が通ります!」
ミオが即座に支援網を絞る。
『通信路、本人反応保護モードへ移行します』
枝分かれしていた支援線が、いくつもの細い輪のように重なる。
アミィから返ってくる反応を包み込み、命令層に潰される前に受け止める形。
カイトの周囲にも、淡い支援光が走った。
同時に、判断遅延が強まる。
「判断遅延、中度!」
カイトは報告しながら、迫る量産GDの攻撃を受け流した。
表示が遅い。
予測線がずれる。
敵機の動きが、一瞬だけ自分の認識より早く見える。
だが、止まらない。
「通信路優先……追わない……守る!」
カイトは敵機を弾き飛ばし、元の位置に戻った。
ミオの声が入る。
『カイト、位置維持できています』
「了解!」
リクトが管制室で叫ぶ。
「イリス、今だ!」
イリスは波形の奥を見た。
命令層。
セレスティア支援波。
A系列基本反応。
その奥に、ほんの小さな遅れが生まれる。
まだ声ではない。
言葉でもない。
だが、前回と同じ揺れ。
「本人反応、微弱捕捉!」
管制室の空気が張り詰める。
ユイが通信へ入ろうとする。
その前に、カナデが短く言った。
「焦らずに。短く」
「はい」
ユイは呼びかけた。
「アミィ。聞こえますか」
通信路が震える。
白金色の支援波が、その声に重なろうとする。
命令層が反応を押し込もうとする。
だが、ミオの支援網が戻ってくる反応を包み、イリスのフィルターが本人反応だけを拾おうとする。
返事はない。
だが、波形が揺れた。
「反応あり。命令ではありません」
イリスの声が震える。
レータが息を吸う。
「アミィ」
その声は、前回より落ち着いていた。
「私はレータ」
通信路の奥で、何かが動いた。
セレスティア支援波が急激に厚くなる。
リクトが叫ぶ。
「オルフェン側が重ねてきた!」
ミオが歯を食いしばる。
『支援網、維持します。でも長くは持ちません』
カイトの表示がさらに揺れる。
「判断遅延、中度継続。まだいける!」
黒瀬が即座に言う。
「撤退基準には未達。ただし継続時間に注意」
三島が記録する。
レータは、用意した言葉の続きを言おうとした。
だが、その瞬間、通信路の奥から、かすかな反応が返った。
声にはなっていない。
けれど、前回より近い。
誰かが、こちらを見ようとしている。
イリスが叫んだ。
「本人反応、通信路に接触!」
ユイが目を見開く。
「アミィ……」
レータは、喉の奥で言葉を止めた。
今、無理に押し込めば、命令層に潰される。
カナデに言われた通り、焦ってはいけない。
レータは短く、もう一度だけ言った。
「命令じゃない」
その言葉が、通信路の奥へ届いた。
ほんの一瞬。
白金色の光の奥で、小さな反応がこちらへ向いた。
そして、通信が途切れた。
セレスティア支援波が一気に膨れ上がり、本人反応を押し込む。
イリスが声を上げる。
「本人反応、喪失!」
黒瀬が即座に判断する。
「撤退基準到達。全機後退」
ジンが命じる。
「全機、撤退線へ戻れ!」
ミオが支援網を引き戻す。
『全機、後退してください。通信路を閉じます』
カイトは歯を食いしばった。
「もう少しで――」
だが、すぐに首を振る。
追わない。
単独接近しない。
通信路を守る。
それが今回の役割だ。
「アルタイル・ノヴァ・ブレイス、後退します!」
レイが敵機を牽制する。
『カイト、下がれ。こっちは押さえる』
「了解!」
セラも狙撃位置から離脱する。
『フェンリオン・リサイト、後退します。高精度弾、残り少数』
カイルが外周から通信を入れる。
『ヘルメス反応、接近しかけたが止まった。今のうちに戻れ』
ヴァルクレイドも反転する。
レータは通信路の奥を見つめていた。
もう何も聞こえない。
だが、さっきの一瞬だけ、確かに届いた。
私はレータ。
命令じゃない。
そこまでしか言えなかった。
でも、届いた。
「次は……」
レータは小さく呟く。
「次は、ちゃんと最後まで言う」
グラトン観測室で、オルフェンは通信記録を見ていた。
ルクス側の通信路。
ミオの分散支援網。
イリスの本人反応抽出。
セラの支援端末狙撃。
カイトの前衛維持。
レータの呼びかけ。
そして、命令層の奥で一瞬だけ通信路に触れた、アミィ本人反応。
「なるほど」
オルフェンは楽しげに呟いた。
「保護通信路は、短時間なら有効。支援端末二基破壊時、本人反応露出時間が前回より延長。PT-L呼びかけに対し、明確な方向性あり」
部下が確認する。
「本人反応は会話に至っていません」
「それで十分です」
オルフェンは記録を保存した。
「次は、もう少し深く入ってくるでしょう。彼女達は、届いたと分かってしまった」
画面には、レータの声が文字化されている。
『私はレータ』
『命令じゃない』
オルフェンはその文を見て、薄く笑った。
「命令ではない声、ですか」
彼は新しい指示を入力する。
「次回、PT-A01の本人反応が再浮上した場合、命令層を段階的に強化。完全遮断ではなく、応答直前で負荷を上げる」
部下がわずかに眉をひそめる。
「応答直前、ですか」
「はい。最も揺れる瞬間です」
オルフェンは平然と答えた。
「そこが、最もよく観測できる」
ルクス・ヴァルキュリアに戻った各機の整備が始まる中、管制室では短い記録が再生されていた。
『アミィ。聞こえますか』
ユイの声。
『私はレータ』
レータの声。
『命令じゃない』
その直後、波形の奥に生まれた微弱な反応。
声ではない。
言葉でもない。
だが、イリスは断言した。
「届いています」
ミオも頷く。
「会話にはなっていません。でも、本人反応が通信路に触れました」
リクトが表示を確認する。
「保護通信路は有効。ただし、維持時間が短い。セレスティア端末をさらに絞る必要がある」
黒瀬が記録する。
「第221接触記録。アミィ本人反応、再確認。短時間会話は未成立。ただし、レータさんの呼びかけに対して本人反応が通信路へ接触。次回、呼びかけ継続を検討」
三島が頷く。
「記録しました」
レータは、画面を見つめていた。
自分の言葉は、最後まで言えなかった。
あなたの代わりじゃない。
あなたも、私の代わりじゃない。
そこまでは届かなかった。
だが、命令じゃないという言葉には反応があった。
レータは拳を握る。
「次は、届かせる」
ユイが隣で頷いた。
「はい」
カイトは二人の後ろで、黙って波形を見ていた。
自分が守ったのは、ほんの数秒だった。
それでも、その数秒で声は届いた。
次はもっと長く守らなければならない。
ミオの支援網。
イリスの抽出。
セラの狙撃。
レータとユイの声。
その全部が繋がる時間を、作らなければならない。
カイトは静かに息を吐いた。
「次は、もう少し持たせます」
黒瀬がすぐに言う。
「無茶をするという意味なら却下します」
「違います」
カイトは真面目に答えた。
「守り方を、もう少し考えます」
黒瀬は少しだけ間を置き、頷いた。
「それなら認めます」
管制室に、わずかに緊張の緩む空気が流れた。
だが、安心はできない。
セレスティア支援波は前回より複雑になっていた。
端末には囮が混じっていた。
オルフェンは、こちらの呼びかけを観測している。
それでも、確かに届いた。
命令層の奥にいる誰かへ。
名前を答えるための声が、ほんの一瞬だけ届いたのだ。




