第20話 帰還者 ~side Yui~
暗い通路だった。
白い照明。金属床。無機質な壁。
懐かしい。そう思った瞬間、ユイは自分で少しだけ嫌になった。
「……帰ってきちゃったか」
小さく呟く。返事はない。レヴァンから降りたユイは、静かに帝国側格納区画を歩いていた。
整備兵達が視線を向ける。好奇。警戒。
恐怖。いくつもの感情が混ざっている。
だが、誰も話しかけてこない。
“PT-Y01”。その番号だけで、空気が変わる。
昔からそうだった。
「ユイ」
後ろから声がする。振り返ると、セラがいた。
軍服姿。以前より少しだけ痩せて見える。
フェンリオンの戦闘負荷だろうか。
「……久しぶり」
「そうでもない」
セラは素っ気なく返す。でも、その視線はどこか落ち着いていなかった。
ユイは少しだけ苦笑する。
「変わってないね」
「そっちこそ」
短い沈黙が響いた。やがてセラが小さく言った。
「本当に戻ってくるとは思わなかった」
「私も」
本音だった。
地球へ行って、名前をもらって、日常を知った。
もう戻れないと思っていた。
しかし、アルタイルを見てしまった。
ネヴァを見てしまった。だから来るしかなかった。
「……アシュが待ってる」
セラが歩き出す。ユイも黙って後ろをついていった。
通路を進む。研究区画。ここへ来るのは何年ぶりだろう。
その瞬間だった。視界の端に、小さな部屋が映る。
それは、まだ地球へ逃げる前の記憶だった。
透明ガラス。白い椅子。検査装置。そして。
小さな少女。
『痛い?』
『平気』
『ほんと?』
幼いミオが心配そうに覗き込んでいた。
その向こうでは、レイが不機嫌そうに壁へ寄りかかっている。
『ユイはすぐ無理する』
『レイに言われたくない』
『それはそう』
レイが真顔で頷く。そこで、誰かが笑った。
『仲良いわねぇ』
白衣姿の女性。篠宮カナデだった。隣には鷹宮リクトもいる。
『今日はここまでにしましょう』
『でもまだ同期試験が』
『駄目』
カナデが即答する。
『壊れたら意味ないでしょ』
その言葉に、昔のユイは少しだけ嬉しかった。――そこで視界が戻る。
「……ユイ?」
セラの声で現実へ引き戻された。
「なんでもない」
嘘だった。思い出したくなかった。しかし、戻ってきた以上、避けられない。
やがて二人は巨大な隔壁前へ辿り着く。
セキュリティ認証。重い音を立てて扉が開いた。
そこは研究中枢区画だった。
大型モニターに無数のデータ。
そして中央に黒い機体。ネヴァ。拘束状態のまま沈黙している。
その前に、アシュが立っていた。
「……来たか」
「呼んだのはそっち」
ユイが返す。アシュは静かにモニターを操作する。
空中へデータが展開された。そこに映るのは。
アルタイル。そして十年前の記録。ユイの目が細くなる。
「まだ残ってたんだ」
「当然だ」
アシュの声は淡々としていた。
「PT脱走事件は帝国史上最大級の損失だ」
その言葉に、セラの空気が僅かに変わる。
ユイは気づいていた。でも触れない。触れてはいけない。
「……で?」
「何が目的?」
アシュがユイを見る。その視線だけで空気が冷える。
「X04」
「アルタイルを確保する」
「そのために、お前が必要だ」
即答だった。ユイは小さく息を吐く。
やっぱり。そういう話になる。
「断るって言ったら?」
「無意味だ」
アシュは感情なく答える。
「お前も理解しているはずだ」
「Xシリーズは未完成のままでは危険すぎる」
その瞬間。ユイの脳裏に、戦闘中のカイトが浮かぶ。
暴走寸前だったアルタイル。苦しそうだった表情。
拳を握る。
「……だから来た」
小さく呟く。アシュが僅かに目を細めた。
「なら話は早い」
その時だった。研究区画奥。閉ざされていた巨大隔壁がゆっくり開く。
重い音。冷気。そして、その奥に並ぶ無数のカプセル。
ユイの表情が止まる。そこに眠っていたのは、“量産型”だった。
PT-M。PT-R。PT-S。
番号だけを与えられた少女達。
静かに眠っている。
「……まだ続けてたの」
声が低くなる。アシュは答える。
「止める理由がない」
その瞬間。ユイの中で、何かが静かに軋んだ。




