表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
218/412

第216話 姉妹の記録

 解析室の照明は、いつもより少し落とされていた。

 中央の大型表示には、パルスティア各タイプの初期記録が並んでいる。

 PT-Y。

 PT-M。

 PT-R。

 PT-S。

 PT-L。

 PT-I。

 そして、PT-A。

 それは機体の性能表でも、戦闘記録でもなかった。

 反応傾向。

 適性。

 負荷の出方。

 命令系統との相性。

 初期接触記録。

 環境適応の変化。

 ユイ達が、ただの型式番号ではなく、それぞれ別の人格を持つ存在として形になっていった記録だった。

 画面の前に立つアルベルトは、しばらく黙っていた。

 その沈黙には、研究者としてのためらいがあった。

 そして、かつて帝国側にいた者としての重さもあった。

「まず、前提から確認する」

 アルベルトは静かに口を開いた。

「パルスティアの性格は、設計だけでは決まらない」

 カイトは、壁際でその言葉を聞いていた。

 戦闘後の疲れはまだ残っている。

 だが、この話を聞かないという選択肢はなかった。

 アルベルトは続ける。

「設計で決められるのは、反応傾向、得意な処理、負荷の出方、適性、命令系統との相性。そこまでだ。誰を大切にするか、何を怖がるか、どう振る舞うかまでは、設計だけでは決まらない」

 カナデがその隣で頷く。

「人間と同じです。気質はあっても、性格は関係の中で形になります。誰にどう接されたか。何を求められたか。失敗した時にどう扱われたか。誰のそばにいたか。そういう積み重ねで変わっていきます」

 レイが少しだけ眉を寄せた。

「つまり、昔話をするってことか」

「必要な範囲で」

 カナデが答える。

「嫌なら言わなくても構いません。ただ、アミィの反応を切り分けるには、あなた達自身がどう形成されたのかを確認する必要があります」

 レータが肩をすくめた。

「自分の性格の説明なんて、面倒ね」

 それでも、彼女は席を立たなかった。

 ミオも、セラも、イリスも、ユイも。

 誰も画面から目を逸らしてはいなかった。

 最初に表示されたのは、PT-Yの記録だった。

 ユイ。

 初期成功個体。

 最初に作られ、最初に会話記録が多く残されたパルスティア。

 まだ帝国側も、パルスティアをどう扱うべきか完全には定めていなかった時期の個体。

 アルベルトが言う。

「ユイは、最初に作られた。だから、最初から姉だったわけではない」

 ユイは静かに画面を見ていた。

「初期の君は、今よりもずっと質問が多かった。研究者や技術者とよく話していた。命令に対する反応だけでなく、なぜそうするのかを聞く記録もある」

「……覚えています」

 ユイは小さく言った。

「当時は、知らないことが多かったので」

 レータが少しだけ笑う。

「今も知らないもの見ると拾ってくるけどね」

「それは回収です」

「言い方を変えただけじゃない?」

 ほんの少しだけ空気が緩んだ。

 アルベルトは続ける。

「後続個体が作られるにつれて、ユイは自然と基準にされた。PT-M、PT-R、PT-S。新しいタイプが増えるたびに、君は比較対象になり、時には説明役にもされた」

 ユイの視線が少し下がる。

「妹ができるたびに、ちゃんとしなければと思いました」

 その言葉は、静かだった。

 だが、そこには長い時間が詰まっていた。

「最初から、そう思っていたわけではありません。最初は、ただ話しかけられることに答えていました。でも、ミオができて、レイができて、セラができて……私より後に生まれた子達が増えるたびに、失敗してはいけないと思うようになりました」

 カナデが確認する。

「失敗してはいけない、ですか」

「はい。私が間違えれば、後の子達も危険だと思われるかもしれない。私が乱れれば、パルスティア全体が不安定だと判断されるかもしれない。そう考えていました」

 カイトは黙って聞いていた。

 ユイの真面目さ。

 責任感。

 自分より他のPT達を気にする姿勢。

 それは、最初から与えられた性格ではなかった。

 妹達が増えていく中で、そうならざるを得なかったものでもあった。

 次に、PT-Mの記録が表示される。

 ミオ。

 支援型。

 通信、索敵、反応調整に適性。

 他個体との接触記録が多く、特にPT-Yとの会話記録が目立つ。

 ミオは少しだけ困ったように微笑んだ。

「私の番ですね」

 アルベルトが言う。

「ミオは、支援型として作られた。だが、今の穏やかさは支援型だから、というだけでは説明できない」

 ユイが画面を見た。

「私は、ミオとよく話しました」

「はい」

 ミオは頷く。

「ユイは、私を命令対象や後続個体としてではなく、話し相手として扱ってくれました。たぶん、友達に近かったのだと思います」

「友達……」

 ユイはその言葉を繰り返す。

「私は、そうしたかったのかもしれません」

 ミオは穏やかに続けた。

「私は、ユイが落ち着ける場所になりたかっただけです」

 その言葉に、ユイは少しだけ目を伏せた。

「支援は、命令でも役割でもあります。でも、私にとっては、誰かが乱れた時に戻れる場所を作ることでもありました。ユイがそうしてくれたから、私は支えることを、関係として覚えたのだと思います」

 リクトが画面を見ながら呟く。

「だからルナ・スケイル系の支援も、単なる補助じゃなくて、位置を戻す感じが強いのか」

 ミオは少しだけ首を傾げる。

「そうかもしれません」

 次に、PT-Rの記録。

 レイ。

 反応速度、近接戦闘、瞬間判断。

 早期から高い機動適性を示した個体。

 レイは腕を組んだ。

「私は単純だろ」

「単純ではありません」

 カナデが即答する。

「早いだけです」

 レイが少し不満そうな顔をする。

「それ、褒めてるのか?」

「一部は」

「一部か」

 アルベルトが説明を続ける。

「レイは、早く動けることを評価された。反応速度が高く、近接戦闘に向いていた。だから、前に出る役割を求められた」

 レイは画面を見ながら言った。

「速く動けるなら、先に行けって言われる。そうしてるうちに、考える前に動く癖がついた」

 それは軽い言い方だった。

 けれど、内容は軽くなかった。

「前に敵がいるなら、先に行く。危ないものがあるなら、先に触る。誰かが遅れてるなら、先に道を開ける。そうしてると、考えるより身体が動く」

 カイトは、戦場でのレイを思い出した。

 ヴァナルガンドで、誰よりも早く敵の隙間へ飛び込む姿。

 危険を嫌っていないわけではない。

 危険より先に、仲間の道を考えてしまうのだ。

 ミオが静かに言う。

「レイは、置いていくように見えて、誰よりも置いていかないようにしています」

 レイは少し顔を逸らした。

「余計なこと言うな」

「事実です」

「ミオはそういうところがある」

 次は、PT-S。

 セラ。

 精密射撃。

 命令遂行精度。

 高い集中力。

 命令系統との同期安定。

 その記録が表示された時、セラの表情は少し硬くなった。

 アルベルトは慎重に言葉を選ぶ。

「セラは、命令を正確にこなすほど評価された。精密射撃に向いていたこともあり、失敗しないこと、命令を乱さないことを求められた」

 セラは静かに頷いた。

「命令通りに撃てば、褒められました。だから、命令がない時に撃つことが、怖くなったのだと思います」

 部屋が静かになる。

 セラの声は落ち着いていた。

 だが、その言葉は、フェンリオン・リサイトの意味そのものだった。

「命令があれば、撃つ場所が分かります。撃つ理由も、撃った後の責任も、命令の中にあります。でも、自分で判断する時は、理由も責任も自分の中に置かなければなりません」

 カナデが優しく聞く。

「今は、どうですか」

「怖くないわけではありません」

 セラは答えた。

「でも、前よりは分かります。撃たない判断も、撃つ判断も、命令ではなく私のものにしなければいけないと」

 カイトは、ヘルメス戦でのセラの言葉を思い出した。

 命令ではありません。

 今、撃つべきだと、私が判断しました。

 あれは、ただの戦闘中の台詞ではなかった。

 セラが取り戻しているものの一部だった。

 次に表示されたのは、PT-L。

 レータ。

 重装。

 統率。

 高い広域支援適性。

 ただし、突発的判断ミスの記録あり。

 L系列凍結。

 後続計画停止。

 レータは、画面を見て大きく息を吐いた。

「出たわね。問題児記録」

「問題児とは言っていません」

 アルベルトが言う。

「書いてあるようなものじゃない」

 レータは笑った。

 だが、その笑いには少しだけ苦さが混じる。

「私は重かったのよ」

 彼女は、画面を見たまま言った。

「重装とか統率とか、支えるとか、まとめるとか。そういうのを期待されると、全部乗ってくるじゃない。皆を見ろ。前を見ろ。後ろも見ろ。失敗するな。崩れるな。指示を出せ」

 レータは肩をすくめる。

「重かったのよ。だから軽くしたの。全部真面目に持ったら、潰れるでしょ」

 その言葉を聞いて、カナデが静かに言った。

「それは逃げではなく、負荷の処理です」

 レータは少しだけ目を丸くした。

「そう言われると、ちょっと救われるわね」

「実際に、そうです。軽口や天然に見える振る舞いは、責任から完全に逃げるためではなく、責任を抱え続けるための緩衝材だった可能性があります」

 レータは視線を落とした。

「でも、帝国はそう見なかった」

 アルベルトは否定しなかった。

「帝国は、指揮型に突発的な判断ミスを許容しなかった。L系列は優秀だったが、危険視された。そして、君が帝国から消えた後、凍結された」

 レータの表情が沈む。

「その空いた場所に、A系列」

「はい」

 アルベルトは静かに答えた。

 次に、PT-I。

 イリス。

 観測。

 反応差異検出。

 周辺個体の変化記録。

 感応波形の微細な揺らぎへの適性。

 イリスは、画面を見上げた。

「私は、あまり前に出ませんでした」

「そうですね」

 カナデが頷く。

「でも、皆の変化を見ていた」

 イリスは静かに言った。

「ユイが真面目になっていくのも、ミオが誰かを落ち着かせようとするのも、レイが考える前に動くのも、セラが命令を待つのも、レータが軽く振る舞うのも、見ていました」

 レータが少し照れたように言う。

「そんなに見られてたのね」

「はい」

「恥ずかしいわね」

「でも、必要でした」

 イリスは画面に表示されたセレスティア反応の波形へ視線を移す。

「同じ命令反応でも、全部同じではありません。少しだけ、揺れ方が違います」

 その声は、いつもよりはっきりしていた。

「だから、アミィの反応も探せると思います。命令に隠れていても、全部同じではないなら」

 ミオが頷く。

「イリスの観測は、次の接触で重要になります」

 そして最後に、PT-A。

 アミィ。

 画面に映された記録は、ユイ達のものとは雰囲気が違った。

 接触記録が少ない。

 自由な会話記録も少ない。

 代わりに多いのは、支援同期、命令補助、セレスティア適合試験、戦域反応補正。

 アルベルトの声が低くなる。

「アミィは、レータ不在後に作られたA系列だ」

 レータは、黙って画面を見ている。

「L系列の空白を埋めるために作られた。ただし、レータの完全コピーではない。重装・統率ではなく、感応、支援、命令補助に寄せられている」

 カイトが小さく言う。

「最初から、役割が決まっていた」

「はい」

 アルベルトは頷いた。

「性格が育つ前に、役割を固定された可能性が高い。誰かの代わりとして扱われた」

 レータが唇を噛む。

「私が逃げたから、あの子が作られた」

 カナデがすぐに言った。

「あなたが逃げたからではありません。帝国がそう作ったのです」

「でも、私がいなかった場所に、あの子が置かれた」

「それは事実かもしれません」

 カナデは否定しなかった。

「でも、事実と責任は同じではありません」

 レータは黙った。

 ユイが静かに口を開く。

「アミィは、誰かの代わりではありません」

 その言葉に、レータが顔を上げる。

「帝国がそう作ったとしても、アミィ本人が誰かの代わりで終わる必要はありません」

 アルベルトも頷いた。

「帝国はそう作った。だが、それで終わるかどうかは、まだ分からない」

 部屋の中に、重い沈黙が落ちた。

 アミィは敵として現れた。

 セレスティアは危険な機体だ。

 命令層と本人反応の区別もつかない。

 救える保証など、どこにもない。

 それでも、完全な命令だけではない揺れが見えた。

 ならば、探す価値はある。

 ミオが表示を切り替えた。

「次回接触時、切り分けるべきものは三つです」

 画面に三層の波形が並ぶ。

「一つ目、A系列の基本反応」

 薄い基準線が表示される。

「二つ目、セレスティアの感応支援・命令補助」

 その上に、淡い干渉層が重なる。

「三つ目、アミィ本人の反応」

 最も細く、不安定な揺れが表示される。

「この三つを混ぜないことが重要です」

 リクトが役割分担をまとめる。

「ミオは支援リンク解析。イリスは本人反応の揺らぎ観測。レータはL系列との比較。ユイは呼びかけ役。カイトは戦場で時間を稼ぐ。俺は命令層分離。カナデ先生は精神負荷監視。アシュは帝国式命令系統の危険箇所警戒」

 アシュが短く頷く。

「見る。危ないところは止める」

 カイトはユイを見る。

「呼びかける時間は作る」

 ユイは頷いた。

「お願いします」

 レータは画面に映るアミィの記録を見つめていた。

「私の代わりじゃないって、言わなきゃね」

 カナデが言う。

「言うだけで届くとは限りません」

「分かってる」

 レータは少しだけ笑った。

「でも、言わないと届かないでしょ」

 その言葉に、ユイも小さく頷いた。

 命令に隠れているかもしれない。

 セレスティアの支援波に覆われているかもしれない。

 帝国が作った役割の奥で、本人の反応はとても小さいかもしれない。

 それでも、次に戦場で会う時、彼女達は敵を見るのではない。

 命令の奥に残っているかもしれない、一人の少女を探す。

 そのために、姉妹の記録は静かに閉じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ