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第215話 セレスティア反応

 外縁防衛線の手前で、ルクス・ヴァルキュリアは停止していた。

 停止線。

 レオン・グレイスナーが提示した、外縁方面軍の境界。

 それを越えれば、再び防衛行動が始まる。

 だが今この瞬間、グラトンは追撃してこない。

 エリシオンも、防衛線の中心で盾を構えたまま動かない。

 ヘルメス隊も外側航路へ下がり、露骨な撹乱は止まっていた。

 戦闘は終わっていない。

 ただ、止まっているだけだった。

 その猶予の中で、ルクス側は解析を進めていた。

 解析室の中央には、戦闘記録が何層にも重ねて表示されている。

 エリシオンの防衛指示。

 ヘルメスの高速軌道。

 ノクターン・ジャマーの干渉波。

 ミオの支援リンク。

 そして、そのどれとも完全には一致しない、微弱な波形。

 セレスティア反応。

 ミオは、ルナ・スケイル・リフレクトから転送した支援ログを確認していた。

 戦闘中、ヘルメスの撹乱で支援線が乱された瞬間、わずかに引っかかった反応。

 通常通信ではない。

 敵味方の識別信号でもない。

 支援リンクに似ているが、ルクス側の規格ではない。

「通常通信ではありません」

 ミオは静かに言った。

「信号というより、反応を重ねる波に近いです。私の支援網が乱された瞬間、外側から薄く重なりました」

 リクトが表示を拡大する。

「通信じゃないなら、命令波か?」

「完全な命令波とも違います」

 イリスが答えた。

 彼女は、波形の一部を指先でなぞる。

「命令反応に近い層はあります。でも、全部が命令ではありません。ここだけ、揺れ方が違います」

「揺れ方、か」

 リクトが腕を組む。

「機械的に見ると、ノイズに近い。だが、イリスには違って見えるんだな」

「はい」

 イリスは頷いた。

「同じ命令反応なら、もっと均一になります。でもこれは、一瞬だけ遅れています。誰かが反応して、それを上から別の反応が覆ったように見えます」

 部屋の空気が少し重くなった。

 レータは、表示された波形から目を離せずにいた。

「……私に近い」

 その声は小さかった。

 だが、部屋にいた全員が聞いた。

 ユイがレータを見る。

「レータ」

「近い。でも、私じゃない」

 レータは波形を見つめたまま続ける。

「ヴァルクレイドの指揮補助に似てる。重ね方とか、周りの反応を拾う感じとか。でも、違う。もっと……薄いというか、誰かに形を整えられてる感じがする」

 アルベルトが静かに頷いた。

「それが、セレスティアの厄介なところだ」

 彼が画面の前に立つと、セレスティアの機体図が表示された。

 白金と淡桃、淡金の柔らかな発光を持つ機体。

 見た目だけなら、戦場に立つ兵器というより、祈りのための像のようにも見える。

 だが、そこに記された分類は違う。

 GD-PT-A01 セレスティア。

 精神感応・支援型特殊機。

 PT-A01専用GD。

「セレスティアは、PT-A01を戦場支援の中核に置くための機体だ」

 アルベルトは言った。

「通信ではなく、反応を重ねる。命令をただ送るのではなく、周囲のGD部隊、支援系統、PT反応へ薄く干渉し、判断の流れを整える」

 黒瀬が確認する。

「つまり、操縦者の意思と命令反応が混ざるということですか」

「はい」

 アルベルトは頷く。

「命令と本人反応の区別が難しくなる。本人が何かを感じたとしても、セレスティアがそれを命令補助として整えてしまう。逆に、命令を本人の反応のように見せることも可能だ」

 カナデの表情が硬くなる。

「それは、心理的にも危険です」

「分かっている」

 アルベルトの声は低かった。

「だから、アミィ本人の反応を確認するには、セレスティアの支援波と命令層を切り分ける必要がある」

 カイトは壁際で話を聞いていた。

 戦闘後の整備確認を終え、まだパイロットスーツのままだ。

 肩には疲れが残っている。

 だが、視線は画面から離れない。

「アミィ本人の反応って、今の波形にあるんですか」

 イリスが少しだけ迷ってから答える。

「ある、とは言い切れません」

「でも、ないとも言えない?」

「はい」

 カイトは息を吐いた。

「それが一番困るやつだな」

 レータが、小さく笑った。

「本当ね」

 笑ったが、すぐに表情は沈む。

「私がいなかったから、あの子が作られた」

 誰もすぐには返せなかった。

 レータは画面を見つめたまま続ける。

「L系列が凍結されて、私が帝国から消えて、指揮とか支援とか、そういう空いた場所を埋めるためにA系列が作られた。なら、アミィは……私が空けた場所に置かれた子ってことになる」

 その言葉には、責任というより痛みがあった。

 自分が逃げたから。

 自分がいなかったから。

 だから、別の誰かが作られた。

 そう考えたくなるほど、レータはアミィの反応を自分に近いものとして感じていた。

 カナデが、すぐに首を横に振った。

「あなたがいなかったからではありません」

 レータが顔を上げる。

「でも」

「帝国が、空いた場所を埋めるために作ったのです」

 カナデの声は静かだった。

 しかし、逃げ道を作るような優しさではなかった。

「レータ。あなたが帝国から離れたことと、帝国がアミィを作ったことは、時系列としては繋がっているかもしれません。ですが、責任はあなたにありません。作ったのは帝国です。役割を先に押しつけたのも帝国です」

 レータは黙る。

「あなたが責任を感じることは自然です。でも、その責任感だけで動くと、アミィ本人ではなく、帝国が作った役割を見てしまいます」

 レータの指が、わずかに震えた。

「じゃあ、どう見ればいいのよ」

「まだ、分かりません」

 カナデは正直に言った。

「だから確認します。アミィが、命令の奥で何を感じているのかを」

 ユイが静かに口を開いた。

「救えるかは分かりません」

 全員の視線が、ユイへ向く。

 ユイは画面のセレスティア反応を見ていた。

「アミィがどこまで本人の意思を残しているのか、セレスティアがどこまで命令層を重ねているのか、今の段階では分かりません。偽反応の可能性もあります。こちらを誘導するために、わざと揺れを見せた可能性もあります」

 カイトは、少しだけ眉を寄せる。

「でも、完全な命令だけで動いていないかもしれない」

「はい」

 ユイは頷いた。

「完全な命令だけで動いていないなら、確認する価値はあります」

 カイトは画面を見た。

 セレスティア。

 アミィ。

 命令と本人反応の境界が曖昧な存在。

 それを、ただ敵として撃つのか。

 それとも、声をかけるのか。

「確認するだけじゃなくて、声をかけるんだろ」

 カイトが言うと、ユイは少しだけ目を伏せた。

「……はい」

「なら、俺はその時間を作る」

 カイトは当たり前のように言った。

「アミィが返事できるかどうか分からなくても、呼びかける時間は必要だろ」

 レータがカイトを見る。

「簡単に言うわね」

「簡単じゃないのは分かってます」

 カイトは苦笑した。

「でも、難しいからやらないって話じゃないですよね」

 レータは少しだけ目を細めた。

「本当に、そういうところがカイトよね」

「どういう意味ですか」

「いい意味」

「本当に?」

「たぶん」

「そのたぶん、最近多くないですか」

 わずかなやり取りに、少しだけ空気が緩む。

 だが、黒瀬はその間も記録を続けていた。

 端末には、アミィの項目が作られている。

 PT-A01 アミィ。

 GD-PT-A01 セレスティア。

 現時点分類、敵性戦力。

 補足、本人反応の可能性あり。

 黒瀬は、文字を確認してから口を開いた。

「PT-A01アミィ。現時点では敵性戦力。ただし、本人反応の可能性あり」

 三島が記録を確認する。

「救出対象とはしないのですね」

「現時点では情報不足です」

 黒瀬は答えた。

「救出対象と断定すれば、こちらの判断が甘くなる可能性があります。一方で、撃破対象と断定すれば、本人反応の確認機会を失う可能性があります」

 黒瀬は少しだけ間を置いた。

「次回接触時、命令層と本人反応の切り分けを優先記録対象とします」

 ユイはその言葉を聞いて、静かに黒瀬を見た。

 敵性戦力。

 けれど、本人反応の可能性あり。

 確認対象。

 冷たい言葉ではある。

 だが、そこには扉が閉じられていない。

「ありがとうございます」

「礼は不要です」

 黒瀬はいつもの声で返す。

「不確定要素を不確定のまま記録しているだけです」

 アシュが短く言う。

「それが大事だ」

 全員が彼を見る。

 アシュは画面の波形を見ていた。

「帝国は、不確定を嫌う。使えるなら命令にする。危険なら封じる。邪魔なら壊す。分からないまま置くのが下手だ」

 リクトが頷く。

「アンノウンでやったことと逆だな。分からないものを一つにまとめず、分からないまま隔離保存する」

 ユイは小さく息を吸う。

「アミィ本人の反応と、セレスティアの命令層を混ぜない」

「そうです」

 ミオが言った。

「だから、次に接触した時は、三つに分けて見ます」

 彼女は画面に三つの層を表示した。

 一つ目。

 A系列の基本反応。

 二つ目。

 セレスティアの感応支援・命令補助。

 三つ目。

 アミィ本人の可能性がある揺れ。

「この三つを混ぜると、アミィ本人が見えなくなります」

 イリスが続ける。

「本人反応は、とても小さいかもしれません。命令に隠れているかもしれません。でも、揺れ方が違えば拾えます」

 レータが画面を見る。

「私に近い部分と、違う部分を見ればいいのね」

「はい」

 ミオは頷いた。

「レータの反応記録と比較します。ただし、アミィをレータの代わりとして見るためではありません。違いを見るためです」

 レータは苦笑した。

「そこ、間違えそうだったから助かるわ」

 カナデが静かに言う。

「間違えそうになったら、その都度止めます」

「先生、容赦ない」

「必要です」

 アルベルトは、しばらく黙っていた。

 それから、セレスティアの機体図を消し、別の古い記録を開いた。

 そこには、パルスティア各タイプの初期記録が並んでいた。

 PT-Y。

 PT-M。

 PT-R。

 PT-S。

 PT-L。

 PT-I。

 そして、PT-A。

 ユイの表情が少しだけ変わる。

 ミオも、レイも、セラも、レータも、イリスも、画面を見た。

「A系列だけを見ても分からない」

 アルベルトは言った。

「アミィが何を奪われたのかを知るには、比較が必要だ。ユイ、ミオ、レイ、セラ、レータ、イリス。君達がどう形成されたかを見なければならない」

 カイトが聞く。

「形成って、性格の話ですか」

「そうだ」

 アルベルトは頷く。

「パルスティアの性格は、設計だけでは決まらない。反応しやすい傾向、得意な処理、負荷の出方、命令系統との相性。そうしたものは設計できる。だが、誰を大切にするか、何を怖がるか、どう振る舞うかは、環境で変わる」

 カナデが静かに補足する。

「人間と同じです。気質はあっても、性格は関係の中で形になります」

 ユイは画面に並ぶ初期記録を見つめていた。

 最初に作られた自分。

 その後に続いたミオ達。

 そして、レータが消えた後に作られたアミィ。

 アルベルトは続ける。

「A系列は、L系列の空白を埋めるために作られた。だが、レータの完全な代替ではない。感応、支援、命令補助。役割を先に固定された個体だ」

 レータの表情が沈む。

「性格が育つ前に、役割を決められた子」

「その可能性が高い」

 アルベルトは否定しなかった。

「だから、アミィ本人の反応を探すなら、まず君達がどうやって今の君達になったのかを確認する必要がある」

 部屋の空気が、また少し変わった。

 それは戦術解析ではなかった。

 機体性能の話でも、命令層の数値でもない。

 ユイ達自身の記録。

 作られた理由ではなく、どう形になっていったかの記録。

 レイが少し嫌そうな顔をする。

「自分達の昔の話を掘るのか」

「必要なら」

 リクトが言う。

「アミィのために?」

 セラが静かに聞く。

 アルベルトは頷いた。

「アミィのためでもあり、君達自身のためでもある」

 ユイはしばらく黙っていた。

 そして、静かに言った。

「分かりました」

 ミオが頷く。

「私も」

 レータは少しだけ息を吐いた。

「逃げたいけど、逃げない」

 カナデが言う。

「逃げたくなったら、休憩を挟みます」

「そこは優しいのね」

「無理に進めても、正確な記録になりません」

 イリスは画面の波形を見ながら言った。

「アミィの揺れ方を探すには、私達の揺れ方も知らないといけません」

 その言葉で、全員が静かになった。

 次に行うのは、敵の解析だけではない。

 自分達自身の解析でもある。

 セレスティア反応は小さかった。

 アミィ本人の声かどうかも分からない。

 けれど、そのわずかな揺れを拾うために、彼女達は過去の記録を見る必要があった。

 命令と本人反応。

 設計と性格。

 役割と関係。

 それを切り分けるための作業が、始まろうとしていた。

 次に見るべきものは、A系列だけではない。

 パルスティアという姉妹達が、それぞれどう形になったのか。

 その記録だった。

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