表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
213/412

第211話 出さない選択

 ノクス・レクイエムは出ない。

 その判断は、戦場にすぐ伝わった。

 前線の機体にとって、それは楽な知らせではなかった。

 白灰と金のエリシオンは、なお防衛線の中心に立っている。

 グラディウス・ブレイクは突撃の角度を変え、ヴェス・シュトルムは横から支援線を乱し、ノクターン・ジャマーはミオの支援リンクを鈍らせている。

 ルクス側は押されていた。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスの肩装甲は砕け、右腕部にも負荷が出ている。

 ヴァナルガンドの脚部装甲には浅い損傷。

 ルナ・スケイル・リフレクトの防御支援パネルも、連続展開で熱を持ち始めていた。

 それでも、カイトは操縦桿を握り直した。

「出ない、か」

 口に出すと、不思議と焦りが少しだけ形を変えた。

 ユイが出ない。

 ノクス・レクイエムを使わない。

 それは、戦力を温存するというだけではない。

 こちらが、敵の誘導に乗らないということだった。

『カイト』

 通信にユイの声が入る。

「聞こえてる」

『エリシオンは、防衛線を固定する機体です。ですが、固定を維持するには、必ず基準点が必要です』

「基準点?」

『はい。盾の中心。指示の起点。動かない場所です』

 ユイの声は落ち着いていた。

 前線に出ていないからこそ、戦場全体を見ようとしている声だった。

『エリシオン本体を崩す必要はありません。まず、エリシオンが動かざるを得ない状況を作ってください』

 カイトは正面の防衛線を見た。

 敵は動かない。

 いや、動かないように見せている。

 実際には、周囲のGDや砲台を細かく動かし、防衛線の形を維持している。

 ならば。

「盾を壊すんじゃなくて、盾を動かす」

『はい』

 カイトは小さく息を吐いた。

「分かった。やってみる」

 ミオがすぐに支援表示を組み替える。

『正面突破案を破棄します。新しい目標は、敵防衛線の再配置負荷を上げること。エリシオンの防御指示を引き出し、その指示経路を可視化します』

『つまり、ちょっかい出して困らせるってことか』

 レイが言う。

『乱暴ですが、近いです』

『なら得意だ』

『レイ、単独で突っ込むのは違います』

『分かってる。たぶん』

『たぶんは困ります』

 緊張の中に、わずかなやり取りが戻る。

 カイトはそれを聞きながら、機体を横へ流した。

 今度は正面を目指さない。

 エリシオンに向かって突っ込まない。

 防衛線の端へ、浅く斜めに入る。

 すぐにヴェス・シュトルムが反応した。

 黒灰の高速機が二機、カイトの進路を遮るように走る。

 カイトは撃たなかった。

 さらに内側へ入ると見せて、すぐに外へ逃げる。

 ヴェス・シュトルムが追う。

 その動きに合わせて、後方の固定砲台が照準をずらす。

『照準変化を確認』

 ミオが言う。

『セラ、今の砲台群の同期点、見えますか』

『見えます』

 セラの声が返る。

『ですが、撃ち抜いてもすぐに代替されます』

『撃ち抜かなくて構いません。少しだけ角度を変えてください』

『了解』

 フェンリオン・リサイトが砲身を向ける。

 狙いは砲台本体ではない。

 砲台の前に浮かぶ小型の誘導中継機。

 セラは呼吸を整えた。

 命令されたから撃つのではない。

 自分で、必要な場所を判断して撃つ。

『撃ちます』

 一射。

 弾体は中継機の中心を貫かず、端をかすめた。

 破壊ではない。

 姿勢制御だけを狂わせる。

 中継機がわずかに傾き、砲台の照準補助に誤差が生じる。

 すぐにエリシオンから補正指示が走った。

 ミオの画面に、その流れが映る。

『見えました。エリシオンから第三防衛群へ補正指示。指示経路、記録します』

 管制室で、リクトが声を上げた。

「よし、取れた。エリシオンの補助指示は階層化されてる。本体から直接全部を動かしてるんじゃない。いくつかの中継点を通して、防衛群をまとめている」

 黒瀬が端末を見る。

「中継点を狙えば、エリシオンの防衛指揮を鈍らせられる可能性がありますか」

「可能性はある。ただし破壊しすぎると、エリシオンが別経路へ切り替える。今は壊すより、揺らす方がいい」

 アシュが短く言った。

『盾持ちは、片側を押すと反対側で支える。全部押すな。少しずつずらせ』

 カイルが笑う。

『珍しく分かりやすいな』

『いつも分かりやすい』

『そうか?』

『お前が分かってないだけだ』

 レイヴン・ハウルが戦域の端を滑る。

 カイルは敵の防衛線へ深く踏み込まず、外周をなぞるように動いた。

 その動きに、ヴェス・シュトルムの一部が釣られる。

 すぐにエリシオンが再配置指示を出す。

 防衛線の端がわずかに動く。

『今』

 ミオの声。

 レイが動いた。

 ヴァナルガンドは、さきほどのように正面の穴へ飛び込まなかった。

 敵が塞ぎたくなる位置へ、あえて浅く踏み込む。

 グラディウス・ブレイクが反応し、前へ出る。

 その瞬間、レイは横へ抜けた。

『引っかかった』

 グラディウス・ブレイクの突撃角度がずれる。

 前衛の一角に隙間ができる。

 カイトはそこへ撃ち込んだ。

 敵を落とすためではない。

 さらに動かすために。

 ビームがグラディウス・ブレイクの足元をかすめる。

 敵機は踏みとどまり、後方のファランクス系防衛GDが前へ出る。

 それを見て、セラが二射目を放った。

 ファランクスの盾ではなく、盾を支える腕部関節。

 破壊ではない。

 動作を遅らせる。

 防衛線が、ほんの少しだけ歪んだ。

「押せる!」

 カイトが前へ出ようとした瞬間、カイルの声が飛ぶ。

『押すな! 今押したら戻される!』

 カイトは機体を止めた。

「でも、今なら――」

『今なら、向こうが待ってる場所に入るだけだ。焦るな』

 カイトは歯を食いしばった。

 まただった。

 突破できそうに見えると、身体が前に出ようとする。

 その癖を、エリシオンは利用してくる。

 カイトは息を吐いた。

「……了解。押さない」

 その判断を見て、管制室のユイは小さく頷いた。

「カイトが止まりました」

 カナデが言う。

「はい」

「あなたも、少し呼吸が落ち着きましたね」

 ユイは自分の手を見る。

 知らないうちに、指先に力が入っていた。

「出ないと決めても、見ているだけなのは難しいです」

「見ているだけではありません」

 カナデは静かに言った。

「今、あなたは前線へ情報を渡しています。ノクス・レクイエムを使わずに、戦場を支えています」

 ユイは少しだけ目を伏せた。

「支える……」

「はい。出撃だけが戦うことではありません」

 黒瀬がその言葉を記録していた。

 以前なら、ただの情緒的な表現として流していたかもしれない。

 だが今は違う。

 ノクス・レクイエムを出さないこと。

 ユイが後方から敵の癖を読み、味方へ伝えること。

 それは安全管理であり、戦術判断でもある。

「記録します」

 黒瀬は言った。

「ノクス・レクイエム非出撃下におけるPT-Y個体の戦術支援。危険出力を用いず、敵防衛構造解析に寄与」

 三島が少しだけ黒瀬を見る。

「監査官、ずいぶん言い方が変わりましたね」

「事実を書いているだけです」

「そうですね」

 三島は小さく頷いた。

 前線では、ルクス側の動きが少しずつ変わり始めていた。

 最初のように、正面から突破しようとはしない。

 レイが敵を釣る。

 セラが動きをずらす。

 ミオが支援網を細かく組み替える。

 カイルが外周から敵の再配置を誘導する。

 カイトはその中心で、前に出たい衝動を抑えながら、味方の動きに合わせて位置を変える。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスは、ノクス・レクイエムを支えるための機体として作られ始めた。

 だが今は、仲間全体の動きの継ぎ目を支えている。

『カイト、三秒後に右へ』

 ミオの指示。

「了解」

『レイ、敵前衛を一機だけ引き出してください』

『一機だけか。面倒だな』

『二機出したら戻ってください』

『じゃあ一機にする』

『セラ、誘導砲台の補正だけを撃ってください』

『了解。撃ち抜きません』

 言葉が短くなっていく。

 それは余裕がなくなっているからではない。

 やることが明確になっているからだった。

 防衛線はまだ崩れない。

 エリシオンは動かない。

 だが、周囲のGDは動かされている。


 グラトン艦橋で、クラウスが報告した。

「防衛線再配置負荷、上昇。第三、第五防衛群の指示経路に遅延。エリシオンの補正範囲内ですが、ルクス側が中継点を狙っています」

 レオンは静かに頷いた。

「気づいたか」

 オルフェンが不快そうに言う。

「ノクス・レクイエムを出さないまま、こちらの防衛線を解析しています」

「そうだ」

「不愉快ですね。観測対象が観測を拒否している」

「戦場では当然の判断だ」

 レオンの声は変わらない。

「出せば勝てるかもしれない機体を、あえて出さない。あの個体は、自分の力がどう見られているか理解している」

「恐れているだけでは?」

「恐れを理解した上で、選んでいる。恐れがないより厄介だ」

 オルフェンは薄く笑った。

「では、その判断を崩しましょう」

 レオンの視線がわずかに動く。

「何をする気だ」

「こちらも、分類された通りの戦力を使うだけです」

 オルフェンは端末を操作する。

 クラウスがその通信経路に気づき、表情を硬くした。

「監察官、その回線は――」

「本国監察権限による補助指令です。外縁高速機動試験隊に待機命令の解除準備を通達します」

 レオンの声が低くなる。

「ヘルメスはまだ動かすなと言った」

「正式な出撃命令ではありません。準備命令です」

「詭弁だ」

「観測記録が取れないまま防衛線を揺らされる方が問題です」

 オルフェンは笑みを消さない。

「エリシオンは盾です。ならば、横から揺らす手も必要でしょう。ルクス側もそれを始めたのですから」

 レオンはオルフェンを見据えた。

「戦場を乱しすぎるな」

「乱れなければ、本質は出ません」

 その言葉に、レオンの目がわずかに冷えた。

 だが、前線からの報告が割り込む。

「第三防衛群、再配置。ルクス側前衛、側面へ移動」

 クラウスが報告する。

「エリシオン、補正を継続しますか」

 レオンは一瞬だけ黙った後、前線へ視線を戻した。

「継続。だが、押し潰すな。進路封鎖を維持しろ」

「了解」

 オルフェンは、小さく息を吐いた。

「本当に甘い」

 その声は、レオンに聞こえる程度の大きさだった。

 レオンは答えなかった。


 前線で、カイト達は防衛線を動かし続けていた。

 突破はできていない。

 だが、戦場の主導権を少しずつ取り返している。

 ミオの支援網が、ノクターン・ジャマーの干渉を避けるように細く分岐する。

 イリスが管制側で、わずかな通信ノイズの差を拾う。

「ノクターン・ジャマーの干渉波、一定ではありません」

 イリスが言った。

「エリシオンの指示経路が強くなる瞬間だけ、干渉が薄くなります」

 リクトが画面を見る。

「つまり、向こうも同時に全部はできない。防御指示を強めると、ジャマーの嫌がらせが薄くなる」

「はい」

 ユイが前線表示を見た。

「カイト、次にエリシオンが防御指示を強めた瞬間、ノクターン・ジャマーの干渉が薄くなります。その時だけ、ミオの支援を深く通せます」

『了解。ミオ、聞こえた?』

『聞こえています。三秒だけ支援を深く入れます』

『三秒で何しろって?』

 レイが言う。

『三秒あれば、あなたは十分動けます』

『よく分かってる』

 セラが静かに言う。

『私も合わせます』

 カイルが笑った。

『よし、三秒勝負だ。カイト、今度は前に出るなよ』

「分かってます」

『本当か?』

「たぶん」

『お前もたぶん族か』

 通信の中に、ほんの少し笑いが戻った。

 だが次の瞬間、戦場は再び鋭くなる。

 カイトが浅く前に出る。

 敵防衛線が反応する。

 エリシオンの盾がわずかに角度を変え、防御指示が強まる。

 その瞬間、ノクターン・ジャマーの干渉が薄くなった。

『今です』

 ミオのルナ・スケイル・リフレクトから、細い支援ラインが伸びる。

 それはカイトではなく、レイとセラへ同時に繋がった。

 レイが加速する。

 ヴァナルガンドが、防衛線の端を切るように走る。

 セラの狙撃が、その進路を塞ごうとした中継機の姿勢を崩す。

 一秒。

 二秒。

 カイトは前へ出たい衝動を抑えた。

 自分が突破するのではない。

 今は、味方が動く場所を作る。

 三秒。

 レイの刃が、ノクターン・ジャマーの肩部ユニットを裂いた。

 完全破壊ではない。

 だが、干渉波が乱れる。

『ジャマー出力低下』

 ミオの声。

『支援リンク、回復します』

 セラが続ける。

『敵中継点、二基後退。防衛線の外縁が下がります』

 カイトは画面を見た。

 エリシオンはまだそこにいる。

 防衛線も崩れていない。

 けれど、今初めて、敵の一部が後ろへ下がった。

「……動いた」

 それは突破ではなかった。

 勝利でもなかった。

 だが、エリシオンの盾が、ほんの少しだけ動かされた瞬間だった。

 管制室に、小さな息が漏れる。

 ジンが頷く。

「いい。無理に押すな。このまま再配置を誘い続けろ」

 黒瀬が記録する。

「通常戦力により、エリシオン防衛線の外縁再配置を誘発。ノクス・レクイエム非出撃のまま、敵支援機能一部低下を確認」

 ユイは前線を見つめた。

 出なかった。

 けれど、何もできなかったわけではない。

 カイト達は戦っている。

 ミオも、レイも、セラも、カイルも、それぞれの役割で戦場を動かしている。

 ユイは小さく言った。

「出ない選択も、戦いになるんですね」

 カナデが頷く。

「はい。選択したなら、それは戦いです」


 その時だった。

 警告音が、別系統で鳴った。

 リクトが顔を上げる。

「外側航路に高機動反応。速い……かなり速い!」

 アシュの声が通信に入る。

『来るぞ』

 カイルが反応する。

『何がだ』

『ヘルメスだ』

 表示に、新たな機体反応が浮かび上がる。

 GD-NM-01 ヘルメス。

 高速撹乱・偵察・追撃機。

 まだ戦域へ突入してはいない。

 だが、その反応は外縁防衛線の横から、鋭くこちらを狙っていた。

 ユイの表情が硬くなる。


「ヘルメス隊……」

 レオンの艦橋で、クラウスが報告する。

「高速機動試験隊、出撃準備に移行。監察官権限による補助指令です」

 レオンはオルフェンを見た。

「出すなと言ったはずだ」

 オルフェンは涼しい顔で答える。

「まだ出していません。ですが、準備は必要でしょう」

 前線表示の端で、ヘルメスの反応が加速準備に入る。

 エリシオンの盾は、まだ崩れていない。

 だが、ルクス側はそれを動かし始めた。

 だからこそ、帝国側は次の手を出そうとしている。

 盾の横から、風が来る。

 外縁防衛線の戦いは、正面の押し合いから、戦場全体を揺らす段階へ移ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ