表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
210/412

第208話 分類記録

 ルクス・ヴァルキュリアが太陽系を離れてから、艦内の空気は少しずつ変わっていた。

 補給と休息の時間は終わった。

 格納庫には、再固定された機体と、急ぎで運び込まれた回収物が並んでいる。

 帝国GDの破損部品。

 ネメシス・ビースト由来と思われる装甲片。

 アミィとの戦闘で記録された、セレスティアの反応断片。

 そして、ユイが妙に楽しそうに回収艇で拾ってきた、用途不明の帝国製ユニット群。

 格納庫の一角で、リクトは頭を抱えていた。

「……だから、拾ってくるなとは言わない。言わないが、せめて拾った順番と場所は記録してくれ」

「記録はあります」

 ユイは平然と答えた。

 端末には、回収艇から送られた簡易リストが表示されている。

 破損GD腕部。

 半壊した照準補助ユニット。

 識別不能な帝国式接続コア。

 用途不明の黒い箱。

 まだ使えそうなケーブル類。

 何かに使えそうな装甲片。

 リクトはその最後の項目を指差した。

「この“何かに使えそう”は記録じゃない」

「でも、使えそうでした」

「判断基準がユイの目利きだけなんだよ」

「ユイの目利きは、割と当たります」

 ミオが小さく補足する。

 リクトは否定できずに黙った。

 その横で、黒瀬が端末を確認していた。

 表情はいつも通り硬い。

 だが、以前のように、即座に危険物として封印しろと言う空気ではなかった。

「回収物の使用可否は後で判断します」

 黒瀬は淡々と言った。

「その前に、帝国兵器の分類を更新する必要があります。これまで地球側は、戦闘記録と外部観測をもとに、GD、NB、特殊機の分類を行ってきました。しかし現在、この艦には元帝国側の人員が複数います」

 三島が記録端末を開く。

「正式分類の照合ですね」

「はい。帝国外縁方面へ進む以上、今後遭遇する戦力は、地球戦線初期のものより複雑になる可能性があります。型式番号、用途、危険度を可能な範囲で確認します」

 リクトはため息をつきながらも、すぐに別の画面を開いた。

「まあ、必要だな。実際、こっちの分類はかなり荒い。見た目と戦闘結果から分けただけのものも多い」

 カイトは表示された一覧を見た。

 GD。

 NB。

 GD-PT。

 GD-NM。

 通常GDカスタム。

 レクイエム級。

 分類外。

 文字だけなら整理されている。

 だが、それぞれが何を意味するのかまでは、まだ分かりにくかった。

「前に説明された時は、GDが帝国の人型兵器で、NBが怪獣みたいな兵器って感じでしたよね」

「初期説明としては、それで間違いではありません」

 ユイが答えた。

 彼女の声は落ち着いている。

 けれど、どこか慎重でもあった。

「GDは、グレイブ・ドール。帝国の主力機動兵器です。有人機、半自律機、命令網接続機、特殊運用機があります。地球側のLFに近い存在ですが、帝国式認証網と命令系統が深く組み込まれている点が違います」

「命令系統……」

 カイトが呟く。

 その言葉に、セラが少しだけ目を伏せた。

 フェンリオン。

 命令に従って撃つために作られた機体。

 今は再調整され、フェンリオン・リサイトとして、セラ本人の判断に従う形へ変わりつつある。

 だが、作られた理由まで消えたわけではない。

 レータが腕を組んだ。

「GDにも種類があるのよ。雑に言うと、普通の兵隊、隊長機、特殊任務用、パルスティア用。全部まとめてGDって言っても、中身はかなり違うわ」

「地球側のLFでいう、ヴァンガードとアルテミスとヘイムダルが全部LFなのと同じようなものか」

 リクトが言う。

「そう考えると分かりやすい。型式番号は用途と基本設計で分かれる。帝国側では、GD-01からGD-17までの主要系列が確認されている」

 画面に一覧が展開された。

 GD-01 モルテム。

 GD-02 セレネ。

 GD-03 ラメント。

 GD-04 リリス。

 GD-05 グラディウス。

 GD-06 バリスタ。

 GD-07 ヴェイル。

 GD-08 ヴェス。

 GD-09 カタコンベ。

 GD-10 ノクターン。

 GD-11 ファランクス。

 GD-12 エレジア。

 GD-13 オブスクラ。

 GD-14 カロン。

 GD-15 オルトロス。

 GD-16 アビス。

 GD-17 ノワール。

 カイトは思わず眉を寄せた。

「多いな……」

「帝国の戦線は広いですから」

 ミオが静かに言った。

「前衛、砲撃、電子戦、防衛、狙撃、浸透、暗殺。役割ごとに系列化されています。地球で見かけたものは、その一部です」

 レイが画面を見ながら言う。

「モルテムは雑兵。グラディウスは突っ込んでくる。ヴェスは速い。エレジアは遠くから撃つ。ノワールは嫌な位置から来る」

「すごく分かりやすいけど、だいぶ雑だな」

 カイトが苦笑する。

「戦って覚えた分類だからな」

 レイは平然と答えた。

 その言葉に、空気が少しだけ重くなる。

 彼女達にとって、それは資料ではない。

 戦場で生き残るために覚えた敵の形だった。

 カナデが静かに口を開いた。

「分類は必要です。ただし、ここで整理しているのは、あなた達自身を兵器分類へ戻すためではありません」

 ユイ、セラ、レータ、ミオ、レイ、イリス。

 その場にいたPT達が、わずかに視線を動かす。

「今後、敵が何を使ってくるのかを知るためです。あなた達を、もう一度そこへ押し込むためではありません」

 レータは少しだけ笑った。

「先生、そういうところ本当に抜かりないわね」

「必要な確認です」

「うん。助かる」

 軽い言い方だった。

 けれど、そこには本音があった。

 黒瀬は、少し間を置いてから続けた。

「次に、通常GDのカスタム機について確認します」

 画面が切り替わる。

 GD-05C グラディウス・ブレイク。

 GD-08S ヴェス・シュトルム。

 GD-10C ノクターン・ジャマー。

 GD-12R エレジア・レイヴン。

 GD-13C オブスクラ・ヴェイル。

 GD-17X ノワール・ファントム。

 リクトが説明を引き継いだ。

「通常GDをベースに、前線隊長機や特殊任務用に調整したものだ。GD-NMほど特別じゃないが、量産型よりは厄介だ」

 アシュが短く補足する。

「外縁なら出る」

 黒瀬が視線を向ける。

「断定できますか」

「できる。外縁部隊は本国より物資が限られる。だから、量産機をその場で強くする。新品の特殊機より、既存機のカスタムの方が回しやすい」

 リンが工具を片手に頷く。

「壊れた機体を直し続ける部隊ほど、そういう改造をします。性能表より、現場の癖が強く出る」

「なるほど」

 三島が記録する。

「地球側記録では、通常GDカスタムを準特殊機として扱います」

「次が本命です」

 ユイが言った。

 その声に、カイトは顔を上げた。

 画面に、別の分類が表示される。

 GD-NM系列。

 リクトの表情も少し硬くなった。

「これは、通常GDとは別枠だな」

「はい」

 ユイは頷く。

「GD-NMは、ネメシス帝国の特殊任務機です。通常GDの上位互換ではありません。特定の戦場、特定の任務、特定の操縦者に合わせて作られる機体です」

 アシュが画面を見ながら言った。

「戦場を変える機体だ」

 カイトが聞き返す。

「戦場を変える?」

「速い機体が一機いるだけで、こっちの支援位置は変わる。通信を潰す機体がいるだけで、指揮が遅れる。盾になる機体がいるだけで、防衛線は抜けなくなる」

 アシュは短く続けた。

「そういう機体だ」

 画面に、六つの機体名が並ぶ。

 GD-NM-01 ヘルメス。

 高速撹乱・偵察・追撃機。

 GD-NM-02 タナトス。

 格闘型特殊GD。回収処分部隊用近接殲滅機。

 GD-NM-03 エリシオン。

 指揮防御型特殊GD。帝国外縁方面軍指揮官機。

 GD-NM-04 モルス。

 重砲撃・拠点破壊型特殊GD。

 GD-NM-05 オルクス。

 電子戦・封鎖領域形成型特殊GD。

 GD-NM-06 ヴァルハラ。

 皇帝直属親衛隊用高性能汎用特殊GD。

 カイトは、その一覧から目を離せなかった。

「名前だけで嫌な感じがするな」

「実際、嫌な機体ばかりです」

 ミオが淡々と言う。

「ヘルメスは速いです。正面から戦うより、こちらの出撃順や支援リンクを崩すために動きます。ミオの支援網や、カイトとユイの接続補助を狙われると厄介です」

「エリシオンは?」

 カイトが聞く。

 答えたのはレータだった。

「盾よ。ただ硬いだけじゃない。周囲のGDの動きまで変える。エリシオンがいる戦場は、敵全体が一つの盾みたいになる」

 セラが静かに補足した。

「指揮防御型。攻撃よりも、戦線維持と防御指示に優れます。狙撃で崩す場合も、周囲の防御を先に剥がす必要があります」

「つまり、正面突破しにくい相手か」

「はい」

 ユイは画面のエリシオン表示を見つめた。

「ノクス・レクイエムの初期型と相性が悪いです」

 カイトは、思わずユイを見る。

「相性が悪い?」

「ノクス・レクイエムは、まだ長時間戦えません。強引に押し切ることも、レクイエム級出力を全開放することもできません。エリシオンのように、戦線を固定して耐える相手は苦手です」

「……無理に出せば、長引く」

「はい」

 ユイは静かに頷いた。

「そして、長引けば危険になります」

 黒瀬が記録に目を落とす。

「ノクス・レクイエム初期型の運用範囲は、短時間の限定戦闘までです。エリシオンとの接触時は、出撃判断を慎重に行う必要があります」

「慎重に、か」

 カイトは小さく呟いた。

 外縁防衛線へ進む。

 敵は、こちらがノクス・レクイエムを持っていることを知っている。

 ならば、出させるための戦い方をしてくるかもしれない。

 その可能性に、管制室の空気が少し重くなった。

 黒瀬は次の資料を開いた。

「続いて、NB系列です」

 表示が切り替わる。

 人型ではない。

 巨大な輪郭、歪な骨格、有機的な装甲、機械化された獣の記録。

 カイトは、画面を見た瞬間、以前の戦場を思い出した。

 巨大な影。

 地上を踏み砕く音。

 人型機とは違う、戦場そのものを押し潰すような圧力。

「NB、ネメシス・ビースト」

 アルベルトが口を開いた。

 その声は、先ほどまでより低かった。

「帝国分類では、戦略生体兵器だ。だが、私はあれを兵器と呼ぶべきではなかったと思っている」

 黒瀬が視線を向ける。

「理由は」

「GDは、まだ戦場で制御することを前提としている。命令し、運用し、撤退させる。失敗することはあっても、設計思想は兵器だ」

 アルベルトは画面を見つめたまま続けた。

「NBは違う。あれは、戦場そのものを壊すために作られた。地形、空気、水、地下施設、生体反応、通信系統。敵を倒すだけではない。敵が立っている場所を、敵が生きる条件ごと破壊する」

 誰も、すぐには口を挟まなかった。

 デッドエンドで見たものが、その言葉の意味を物語っていた。

 リクトが画面を操作する。

「地球側では、NBを広域災害兵器として再分類する案が出ている」

「妥当です」

 アルベルトは短く答えた。

「特に後期型は、兵器というより災害に近い」

 画面に、型式番号が表示される。

 NB-01 ドールビースト。

 NB-02 ベヒモス。

 NB-03 ケルベロス。

 NB-04 マンティコア。

 NB-05 キマイラ。

 NB-06 バジリスク。

 NB-07 グリフォン。

 NB-08 レヴィアタン。

 NB-09 クラーケン。

 NB-10 ミノタウロス。

 NB-11 アバドン。

 NB-12 サラマンダー。

 NB-13 タルタロス。

 NB-14 テュポーン。

 NB-15 エキドナ。

 NB-16 ヒュドラ。

 三島が眉を寄せる。

「初期型から、かなり種類がありますね」

「帝国は、戦場に合わせてNBを作った」

 アルベルトが答える。

「陸上拠点にはベヒモス。空中戦力にはグリフォン。水域にはレヴィアタンやクラーケン。都市や地下にはミノタウロス、タルタロス。単体性能だけではなく、戦場環境を変えることを重視していた」

 カイトは画面の中の一つを指差した。

「NB-02、ベヒモス……これ、地球でも戦ったやつですよね」

「通常個体は、地球戦線でも複数確認されています」

 ユイが答えた。

「大型陸戦型。高耐久、高出力、低速。拠点破壊と重装突撃を目的とした初期系列です」

「じゃあ、ベヒモス事件の個体も同じ?」

 カイトが聞いた瞬間、空気が変わった。

 ユイの表情が、わずかに硬くなる。

 レータも、軽い口調を消した。

 アルベルトは一度目を閉じ、それから答えた。

「あれは違う」

 短い言葉だった。

「ベヒモス事件で確認された個体は、通常のNB-02ではない。ヴァイス・クロムウェルの干渉、そして人格ノイズ実験の暴走によって変質した異常個体だ」

 リクトが新しい項目を表示する。

 NB-02B ベヒモス暴走体。

 分類、NB-02変異個体。

 発生、ベヒモス事件。

 原因、ヴァイス・クロムウェルの干渉および人格ノイズ実験の暴走。

 特徴、攻撃性、再生性、侵食性の異常上昇。命令系統無視。周辺兵器・施設への悪影響。

 カイトは、画面の文字を見つめた。

「つまり、ベヒモス自体が全部ああなるわけじゃない」

「はい」

 ユイが答える。

「通常のベヒモスは危険ですが、まだ兵器としての範囲にあります。ベヒモス事件の個体は、兵器としての範囲から外れていました」

 アルベルトが続ける。

「正式な帝国量産型ではない。事故と実験暴走による例外個体だ。だが、例外だから軽いという意味ではない。むしろ、帝国の兵器運用がどこまで壊れ得るかを示した例だった」

 ヴァイス・クロムウェル。

 その名が出るだけで、場の温度が下がる。

 人格ノイズ。

 人の意思を、兵器運用の材料として扱う思想。

 それは、ノクス・レクイエムにも、セレスティアにも、別の形で影を落としている。

 黒瀬が静かに言った。

「地球側記録を更新します。NB-02ベヒモスは通常個体として分類。ベヒモス事件の個体は、NB-02B ベヒモス暴走体として別分類。原因欄にヴァイス・クロムウェルの干渉を記録します」

 三島が入力する。

「了解しました」

 リクトは次の項目を開いた。

「問題は、後期型だ」

 表示されたのは、三つの番号だった。

 NB-14 テュポーン。

 NB-15 エキドナ。

 NB-16 ヒュドラ。

 カイトは、その名前を見ただけで、デッドエンドの空気を思い出した。

 汚れた空。

 腐った地下。

 毒と電子汚染。

 生存者の少なさ。

 冷却区画で助けを待っていた人々。

 アルベルトの声が、さらに重くなる。

「NB-14、テュポーン。大気汚染型。高耐久、高攻撃力。だが、運用後の環境汚染が激しすぎた」

 画面に、黒煙をまとった巨大な影が映る。

「NB-15、エキドナ。自己増殖・生体工廠型。周辺環境を侵食し、小型NBや汚染端末を生成する。帝国でも禁止兵器扱いになった」

 次の画面には、地下施設を肉と機械が覆うような記録が映った。

 ミオが小さく息を呑む。

 イリスは、画面から目を逸らさなかった。

「NB-16、ヒュドラ。自己再生、毒性散布、生物・電子系統への感染能力を持つ。制御不能となり、敵味方の区別を失った。公式には、全機破棄されたことになっている」

「公式には、ですか」

 黒瀬が言った。

「はい」

 アルベルトは否定しなかった。

「帝国の公式記録ほど、信用できないものはありません。破棄されたはずのものが残っている可能性はあります。残骸、汚染株、研究データ、凍結された卵殻状ユニット。形を変えて残るものはいくらでもある」

 管制室に、沈黙が落ちた。

 デッドエンドは終わった世界だった。

 だが、終わった原因が完全に消えたとは限らない。

 カイルが腕を組んだ。

「つまり、今後もNBが出る可能性はある。特に帝国が追い詰められた場合」

「可能性はあります」

 アルベルトが頷く。

「ただし、外縁防衛線ではGDが主になるはずです。NBは広域被害が大きすぎる。自国の防衛線で安易に使う兵器ではありません」

 アシュが短く言った。

「出したら、その宙域を捨てる気だ」

 ジンが低く唸る。

「なら、外縁で警戒すべきはGD-NM系か」

「はい」

 ユイが答えた。

「それと、もう一つ」

 画面が切り替わった。

 白金。

 淡桃。

 淡金。

 柔らかい発光。

 戦闘兵器というより、祈りの像のようにも見える機体。

 GD-PT-A01 セレスティア。

 カイトは、その名を見た瞬間、前の戦闘を思い出した。

 アミィ。

 完全な命令だけで動いているようには見えなかった少女。

 けれど、自分達の前に敵として現れた存在。

 レータの表情が変わった。

「……これ」

 彼女は画面を見つめたまま、言葉を止めた。

 アルベルトが静かに言う。

「GD-PT-A01 セレスティア。PT-A01、アミィ専用機。分類は、精神感応・支援型特殊機」

 黒瀬が確認する。

「正面火力機ではない?」

「はい。セレスティアは、敵を直接破壊する機体ではありません。戦域支援、精神感応、GD部隊の反応補助、PT反応検出、支援リンク干渉。戦場の判断を遅らせ、味方の反応を底上げする機体です」

 ミオが画面を見て言った。

「支援機……ですが、こちらの支援にも干渉する」

「はい」

 アルベルトは頷く。

「特に危険なのは、PT系機体への感応干渉です。ユイのノクス・レクイエム、レータのヴァルクレイド、セラのフェンリオン・リサイト、ミオのルナ・スケイル。完全ではなくとも、影響を受ける可能性があります」

 レータは画面から目を離さなかった。

「私に、近い」

 誰も否定しなかった。

 アルベルトは、少しだけ言葉を選ぶ。

「A系列は、L系列の欠落を埋めるために作られた可能性が高い。レータ、君が帝国から消えた後、指揮と支援の空白を埋めるために設計された」

 レータは笑わなかった。

「私が逃げたから?」

 カナデがすぐに口を開いた。

「違います」

 その声は、静かだが強かった。

「あなたが逃げたことと、帝国がアミィを作ったことは、直接つながって見えるかもしれません。でも、責任はあなたにありません。作ったのは帝国です。利用しようとしたのも帝国です」

 レータは黙っていた。

 カナデは続ける。

「あなたが自分を責めても、アミィは救えません。必要なのは、責任を背負い込むことではなく、次に何ができるかを考えることです」

「……先生って、優しいけど逃がしてくれないわね」

「必要なら逃がします。でも、今は違います」

 レータは小さく息を吐いた。

「うん。分かってる」

 ユイが静かに言った。

「アミィは、完全な命令だけで動いていませんでした」

 カイトは頷いた。

「俺も、そう思う」

「でも、セレスティアの支援がある限り、アミィ本人の意思と命令の境界は見えにくくなります。戦場で救うには、まず干渉を切り分ける必要があります」

 リクトが画面へ新しい項目を追加する。

「セレスティア対策。ミオ、イリス、カナデ、俺、アシュで検討する。レータも入ってくれ。近いなら、違いも分かるはずだ」

 レータは少しだけ目を伏せた後、頷いた。

「分かった。逃げない」

 黒瀬は記録を確認し、最後にまとめた。

「地球側分類を更新します」

 三島が端末を構える。

「GD系列。帝国機動兵器。通常型、カスタム型、PT対応型、特殊任務型に細分化」

 黒瀬の声が、管制室に淡々と響く。

「通常GDカスタム。準特殊機として記録」

「GD-NM系列。戦場条件変化型特殊GD。高危険度対象」

「NB系列。広域災害兵器。後期型および暴走体は、戦域放棄級危険対象」

「GD-PT-A01 セレスティア。精神感応・支援型特殊機。PT系機体および支援リンクへの干渉対象として警戒」

「ノクス・レクイエム。通常分類外。制限付き運用対象」

 ユイは、その最後の言葉を黙って聞いていた。

 通常分類外。

 制限付き運用対象。

 兵器として見れば、そうなる。

 危険物として扱えば、そう記録される。

 けれど、それだけではない。

 ノクス・レクイエムは、撃つためだけの機体ではない。

 撃たないと決めた時に、止まるための機体でもある。

 カイトは、ユイの横顔を見た。

「分類されるの、嫌か?」

 ユイは少し考えた。

「嫌ではありません。必要なことです」

「そっか」

「でも」

 ユイは、画面の文字を見つめる。

「分類だけで終わりたくはありません」

 カイトは小さく頷いた。

「うん」

 その時だった。

 警告音が鳴った。

 管制室の照明が、淡い警戒色へ変わる。

『前方宙域に艦隊反応』

 オペレーターの声が響く。

『大型艦一。高出力機動兵器反応複数。防衛線展開中』

 ジンが顔を上げた。

「識別は」

『照合中……帝国艦。ドレッドノート級殲滅艦と推定』

 別の表示が開く。

 深い黒を基調とした巨大艦影。

 艦首は、まるで巨大な砲口のように前へ伸びている。

 リクトが低く呟いた。

「グラトンか」

 続けて、機動兵器反応が表示される。

『高出力GD反応。識別、GD-NM系列』

 アシュが画面を見た。

 ほんの一瞬だけ、彼の目が細くなる。

「……エリシオンだ」

 ユイの表情が、わずかに硬くなった。

「GD-NM-03。指揮防御型特殊GD」

 レータが続ける。

「帝国外縁方面軍の盾ね」

 黒瀬は記録端末を閉じた。

「分類記録、暫定更新完了。ここから先は、実戦記録に移行します」

 ジンが正面の表示を見据える。

「全艦、第一警戒態勢。機体各員、出撃準備」

『了解。第一警戒態勢へ移行』

 格納庫では、アルタイル・ノヴァ・ブレイスが固定アームから解放され始めていた。

 ルナ・スケイル・リフレクトの鱗状パネルが淡く起動する。

 ヴァナルガンドの赤い眼光が灯る。

 フェンリオン・リサイトの青緑センサーが静かに開く。

 レイヴン・ハウルの黒紫の装甲が、艦内灯を濡れた羽根のように返した。

 そして、隔離区画の奥。

 ノクス・レクイエムは、まだ眠っていた。

 黒灰の外殻。

 白銀のフレーム。

 紅紫の制御光。

 薄紫白の本人意思認証光。

 その光は、命令を待っているのではない。

 ユイ自身が選ぶ時を、静かに待っていた。

 帝国外縁防衛線。

 分類されたばかりの敵が、現実の戦場としてルクス・ヴァルキュリアの前に現れようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ