第207話 回収処分艦
戦闘が終わった後の宙域は、静かだった。
少し前までGDの光跡と干渉波が交差していた空間に、今は壊れた装甲片と推進器の残骸だけが漂っている。
帝国側の小規模艦隊は後退した。
セレスティアも消えた。
だが、戦場の痕跡はまだ残っている。
そして、そこにはそれを拾う者達がいた。
『ラスト・オーダー回収班、作業開始。使えそうなものは全部拾え』
カイルの声が、回収艇の通信に流れる。
クロウヴェイル・ノアから出た小型回収艇が、戦場跡に散っていく。
装甲片、推進器部品、破損したセンサーユニット、帝国GDの関節部品。
どれも、普通の軍なら廃棄物として処理するものだ。
だが、ラスト・オーダーにとっては違う。
壊れたものは、直せる。
直せなくても、何かに使える。
何かに使えなくても、分解すれば別の何かになる。
それが、彼らの生き方だった。
『GD-05Cの追加装甲片、回収』
『ヴェス・シュトルム系の推進器残骸を確認』
『ノクターン・ジャマーの干渉ユニットらしき破片あり。注意して拾え』
『不用意に触ると、通信系が狂うぞ』
グリッドの荒い声が通信に混じる。
『おい、そこの回収艇。そっちはうちの担当だ。勝手に持ってくな』
返ってきたのは、いつもの淡々とした声だった。
『必要な資材回収です』
通信に、一瞬だけ沈黙が落ちた。
カイルが低く言う。
『……ユイ?』
『はい』
『何をしている』
『戦闘後の資材回収です』
『それは分かる。なぜ、お前が回収艇に乗っている』
『効率的だからです』
クロウヴェイル・ノアの回収艇に混じって、ルクス・ヴァルキュリア側の小型回収艇が一隻、当然のように戦場跡を移動していた。
その操縦席にはユイがいた。
真顔だった。
だが、管制室に表示される彼女の作業速度は、明らかに普段より少し速い。
カイトは通信を聞いて、額を押さえた。
「ユイ、何してるんだ」
『資材回収です』
「それは聞いた」
『帝国規格の部品は、今後の解析と改修に有用です。特に、今回の敵機は通常GDのカスタム機が多く、比較対象として価値があります』
「言ってることは正しいんだけど」
カイトは、表示の中でユイの回収艇が器用に残骸へ近づくのを見た。
「楽しんでないか?」
『楽しんでいません』
「今、グラディウス・ブレイクの装甲片に回収アーム伸ばすの早かったぞ」
『必要な作業です』
ミオが苦笑する。
「ユイさん、ノクターン・ジャマーの破片も回収リストに入っていますね」
『はい。ミオの支援に干渉した機体です。解析する価値があります』
イリスが表示を見ながら言う。
「回収優先度、妥当」
「イリス、そこは冷静に認めるんだ」
カイトが呟く。
三島は、管制席で少し困ったような顔をしていた。
「監査官、あれは許可されているんですか」
黒瀬は端末を確認する。
「戦闘後資材回収申請は出ています。内容は、帝国GD残骸および干渉ユニット破片の解析目的回収」
「では問題なしですか」
「申請書類上は」
黒瀬は少しだけ目を細めた。
「ただし、申請者が明らかに楽しんでいるように見える点は、記録しておきます」
『楽しんでいません』
ユイの声が即座に返ってきた。
通信を聞いていたナユが、別回線で静かに言った。
『ユイ、楽しそうです』
『ナユ』
『声が少し速いです』
『照明の反射です』
『声に照明は反射しません』
リンが短く続ける。
『楽しんでいる』
『リンまで』
レータの声も入った。
『ユイさん、こういう時だけ手際いいですね』
『こういう時だけではありません』
重い戦闘の後だった。
アミィのことで沈んでいた空気も、ほんの少しだけ緩んだ。
だが、その緩さは長くは続かなかった。
ユイの回収艇が、戦場の端で別の破片を拾い上げる。
『これは……』
カイトが画面を見る。
「何か見つけたのか」
『エリシオンの防盾片です』
ユイの声が、ほんの少しだけ明るくなった。
『ノクス・レクイエムの出力を正面から受け止めた防御材です。非常に貴重です』
「やっぱり楽しんでるだろ」
『楽しんでいません。研究価値が高いだけです』
カイルが通信越しにため息をつく。
『お前、うちの回収班に混じるなら取り分の話をするぞ』
『必要なら交渉します』
『本気で混じる気か』
『ラスト・オーダーの回収効率は高いです』
グリッドが笑う。
『嬢ちゃん、目利きは悪くねえな。だが、そいつはうちでも欲しい』
『では、共同解析を提案します』
『乗った』
「勝手に話をまとめるな」
カイトが突っ込む。
それでも、誰も本気で止めなかった。
使えるものは使う。
拾えるものは拾う。
壊れたものを、次につなげる。
それはラスト・オーダーだけではなく、今のルクス側にも必要なことだった。
回収作業が一段落した後、解析室にはいくつもの残骸が並べられた。
グラディウス・ブレイクの追加装甲。
ヴェス・シュトルムの推進器片。
ノクターン・ジャマーの干渉ユニット破片。
そして、エリシオンの防盾片。
ミオとイリスは、セレスティアの残留干渉データを照合していた。
「やっぱり、セレスティアの干渉はノクターン・ジャマーとは違います」
ミオが言う。
「ノクターン・ジャマーは電子戦です。通信や支援情報にノイズを入れる。でも、セレスティアはもっと手前に触れていました」
イリスが続ける。
「支援を受け取る側の判断、PT感応、補助回線の接続前段階。つまり、誰かを支えようとする瞬間の入り口」
カイトは顔をしかめた。
「それ、かなり嫌な能力だな」
「はい」
ミオは素直に頷いた。
「支援が信用できなくなります。私が何かを送るほど、逆に迷わせる可能性が出る」
ユイは、回収した防盾片を見ながら静かに言う。
「ノクス・レクイエムとは別方向の危険です。ノクスは力が大きすぎる。セレスティアは、味方同士のつながりをずらす」
レータは、少し離れた場所で腕を組んでいた。
いつものような軽い言葉は少ない。
「アミィは、私の代わりじゃない」
ぽつりと、彼女は言った。
カイトが振り返る。
「レータ」
「分かってます。私が作ったわけじゃない。帝国が勝手に作った。それは分かってるんです」
レータは小さく笑おうとした。
だが、うまくいかなかった。
「でも、私が逃げた後に、あの子が作られた。私の系列が凍結されて、その穴を埋めるためにA系列が作られた。それは、たぶん事実です」
ユイはレータを見る。
「レータのせいではありません」
「はい。理屈では」
レータは目を伏せる。
「でも、あの子は自分を欠損補完だと思っていました。私がいなかった場所を埋めるものだと説明されていた。なら、次に会った時、私はちゃんと言わないといけません」
「何を?」
カイトが尋ねる。
レータは少しだけ顔を上げた。
「あなたは私の代わりじゃないって。もう一度」
ユイが静かに頷く。
「私も、話します」
カイトはユイを見る。
「救えると思うか?」
その問いに、ユイはすぐに答えなかった。
解析室の光が、防盾片の傷に反射している。
その傷は、ノクス・レクイエムが撃ち切らなかった証でもあった。
「分かりません」
ユイは正直に言った。
「アミィは帝国に長く残っていました。皇帝思想に近い場所にいて、役割で自分を見ています。私の言葉だけで変わるとは思えません」
「でも、反応してた」
「はい」
ユイは頷いた。
「だから、何も届かないとも思えません」
カナデが静かに言う。
「アミィの反応は、完全な命令駆動ではありませんでした。ユイの声、レータの言葉、それに『再教育』という言葉へ明確に遅れが出ています。命令だけで動いているなら、あの遅れは出にくい」
リクトも表示を見ながら言う。
「問題は、帝国側もそれを記録しているってことだ。向こうが揺らぎを見逃すとは思えない」
黒瀬が短く言った。
「危険個体として扱われる可能性があります」
その言葉で、室内の空気が少し冷えた。
ユイは、黙って画面の中のセレスティア干渉波形を見つめた。
「帝国は、揺らぎを不具合として扱います」
その声は低かった。
「私達にとっては、届いた証でも。帝国にとっては、制御できていない記録です」
カイトは、拳を握った。
「じゃあ、次はもっと危ない相手が来るかもしれない」
「はい」
ユイは頷いた。
「アミィを回収するためか、私達を処分するためか。どちらにしても、帝国は次を出します」
その予感は、遠い帝国側で現実になっていた。
帝国本国直属、回収処分部隊。
その母艦である回収処分艦『モルグ』は、暗い格納宙域に停泊していた。
艦体は黒く、丸みが少ない。
輸送艦のような広い格納区画を持ちながら、医療艦のような温かさはない。
内部には、拘束アーム、封鎖ケージ、隔離室、機体分解用の固定台、精神反応遮断室が並んでいる。
救うための艦ではない。
戻すための艦でもない。
対象を回収し、制御し、必要なら処分するための艦だった。
その艦橋に、マルク・ゼルファーは立っていた。
黒い軍服。
無駄のない姿勢。
目つきは鋭いが、怒りはない。
彼は怒りで動く男ではなかった。
記録画面には、ユイ、レータ、アミィ、ノクス・レクイエム、セレスティアの戦闘データが並んでいる。
部下が報告する。
「PT-A01の反応乱れ、確認済み。ユイ個体およびL系列個体との接触時、セレスティアの干渉波形に不安定化が見られます」
「離反兆候は」
「断定はできません。ただし、命令応答遅延が増加しています」
マルクは画面を見たまま言った。
「断定できないなら、断定できる状態にする」
「はっ」
「ユイ個体は帝国から離反。L系列は逃亡後、敵側所属。PT-A01は接触で揺らぎを示した。どれも同じだ」
部下は無言で待つ。
マルクは淡々と続けた。
「人格があるなら、裏切りの責任もある」
その声に、迷いはなかった。
「レオン閣下は、相手を戦場に立つ者として見た。それは彼の流儀だ。だが、我々の任務は違う」
彼は別の画面を開く。
そこには、白金のセレスティアではなく、黒と血赤の機体が映っていた。
GD-NM-02『タナトス』。
重装関節。
大型格闘兵装。
拘束用クロー。
装甲を砕くための腕部機構。
その姿は、エリシオンのような盾でも、セレスティアのような支援でもない。
近づき、掴み、砕くための機体だった。
「対象は、回収可能なら回収する」
マルクは言う。
「回収不能なら、破壊する。それだけだ」
艦内放送が流れる。
『回収処分艦『モルグ』、出撃準備』
『拘束ケージ、稼働確認』
『PT反応遮断室、起動』
『GD-NM-02『タナトス』、起動前診断開始』
暗い格納庫で、タナトスの胸部に血赤の光が灯る。
整備アームが機体から離れていく。
黒い装甲が、格納庫の赤い警告灯を鈍く反射した。
部下が報告する。
「タナトス、起動準備に入ります」
「目標は」
「ルクス・ヴァルキュリア所属PT群。ユイ個体、L系列個体、PT-A01の監視。ノクス・レクイエムは、回収不能時の破壊候補に指定されています」
マルクは短く頷いた。
「十分だ」
彼は画面の中のアミィの記録を見る。
PT-A01。
揺らぎあり。
運用価値あり。
離反リスクあり。
マルクの目に、感情は浮かばない。
「揺らぐなら、固定する」
そして、タナトスの画面へ視線を移した。
「固定できないなら、処分する」
回収処分艦『モルグ』の推進器に火が入る。
暗い帝国宙域の中で、黒い艦がゆっくりと動き出した。
その格納庫で、GD-NM-02『タナトス』の瞳が、血のような赤に染まっていく。




