表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
208/412

第206話 揺らぎの記録

 セレスティアが撤退した後も、ルクス・ヴァルキュリアの管制室には重い沈黙が残っていた。

 戦闘そのものは終わった。

 敵小規模艦隊は後退し、残ったGD部隊も回収されていった。

 ルクス側に大きな損害はない。

 だが、誰も軽い勝利とは受け取っていなかった。

 ミオは支援管制席で、セレスティアの干渉記録を何度も再生していた。

 画面には、ミオの支援リンク、カイトとユイの補助回線、PT感応反応、各機の判断補助系統が重ねて表示されている。

 そこに、白金の光のような干渉波形が薄く入り込んでいた。

「やっぱり、普通の電子戦ではありません」

 ミオが静かに言った。

「通信を切られたわけでも、データを壊されたわけでもありません。支援が届く前に、意味を少しずつずらされています」

 イリスが頷く。

「セレスティアの干渉は、支援情報そのものより、支援を受け取る直前の判断領域に近い場所へ触れている。戦場で言えば、命令や通信ではなく、呼吸をずらす妨害」

 ジンが腕を組む。

「ノクス・レクイエムとは別方向の危険性だな」

「はい」

 イリスは即答した。

「ノクス・レクイエムは、出力そのものが危険です。暴走すれば周囲を破壊する。セレスティアは逆です。直接の火力は低い。しかし、味方同士の連携を信用できない状態にします」

 黒瀬が端末へ記録を入れる。

「味方の支援を、味方にとっての危険要素へ変える。防衛上、非常に厄介です」

 三島は、表示を見ながら顔を曇らせた。

「でも、あれに乗っていたのは……ユイさん達と同じ、パルスティアなんですよね」

 その言葉に、カイトは黙った。

 アミィ。

 その名前を、彼は初めて知った。

 これまでカイトにとって、アミィは存在しない相手だった。

 ユイ達の妹でありながら、ルクスにはいない。

 グラン・ネメシスでユイが会い、帝国側に残されていたPT-A01。

 感情を抑えられ、皇帝思想に近い位置に置かれた子。

 敵として現れた。

 セレスティアでルクス側を乱した。

 けれど、ただの敵ではなかった。

「アミィも、ユイ達と同じように作られたんだよな」

 カイトが言う。

 ユイは、少しだけ目を伏せた。

「はい」

「でも、帝国に残っている」

「はい」

「……なら、敵ってだけじゃないんだな」

 カイトの声は、どこか迷っていた。

「戦ってきた相手なのに、そう言うのは甘いのかもしれないけど」

 黒瀬は何も言わなかった。

 否定もしない。

 ただ、記録を続けている。

 ユイはゆっくりと答えた。

「甘いかどうかは、分かりません」

 カイトがユイを見る。

「でも、アミィは敵として出てきました。私達の支援を乱し、戦場を支配しようとしました。それは事実です」

「うん」

「それでも、あの子は命令だけではありませんでした」

 ユイの声は静かだった。

「私の声に反応しました。レータの言葉に迷いました。再教育という言葉に、答えが遅れました」

 カナデが頷く。

「完全な命令駆動なら、あの揺らぎは出ません」

 ミオが表示を切り替える。

「ここですね。ユイさんが呼びかけた時と、レータさんが『あなたは私の代わりじゃない』と言った時。セレスティアの干渉波形が大きく乱れています」

 イリスも続ける。

「アミィは、戦闘能力としては非常に危険。でも、完全な制御状態ではない。むしろ、帝国側の命令と本人の反応が噛み合っていない」

「それは、救えるということですか」

 三島が思わず聞いた。

 ユイは、すぐには答えなかった。

 管制室の視線が、彼女へ集まる。

「分かりません」

 ユイは正直に言った。

「アミィは、帝国に残り続けました。私よりもずっと長く、皇帝思想に近い位置にいました。私が知っているアミィは、任務を疑わず、感情を抑え、自分を役割として見ていた子です」

「でも、揺らいでいた」

 カイトが言う。

「はい」

 ユイは頷く。

「だから、分かりません。救えると断言はできません。でも、もう何も届かないとも言えません」

 それが、今のユイの答えだった。

 レータは、少し離れた場所で通信記録を見ていた。

 セレスティアとの会話。

 アミィの声。

 L系列、現存確認。

 PT-L系列の完全凍結。

 欠損補完。

 再設計個体。

 その言葉の一つ一つが、まだ胸の中に残っている。

「私が逃げた後に、あの子が作られたんですよね」

 レータは、いつもより小さな声で言った。

 カイルが壁に寄りかかったまま、彼女を見た。

「お前が作ったわけじゃない」

「それは分かってます」

 レータは苦笑した。

 けれど、その笑みは弱かった。

「でも、関係ないとは言えません。私がいなくなって、L系列が凍結されて、その穴を埋めるためにアミィが作られた。帝国が勝手にやったことでも、私の不在が理由の一つになっているのは本当です」

「だからって背負い込むな、とは言わない」

 カイルは静かに言った。

「どうせお前は背負う。なら、潰れるな」

 レータは少しだけ目を丸くした。

「優しいんだか乱暴なんだか分かりませんね」

「両方だ」

 レータは小さく息を吐いた。

「次は、ちゃんと話します。アミィが私の代わりじゃないって、もう一度言います」

 ユイが通信越しに言った。

「私も話します」

 レータは頷く。

「はい。今度は、二人で」

 管制室の空気は、まだ重かった。

 しかし、ただ沈んでいるわけではなかった。

 アミィは敵として現れた。

 セレスティアは危険だった。

 それでも、何かが届いた。

 その事実だけは、確かに残っていた。


 一方、帝国側。

 セレスティアは、帰投用格納区画へ収容されていた。

 白金の機体が固定アームに繋がれ、背部ユニットの光が一つずつ消えていく。

 周囲には、医療管理官、技術要員、監察記録官が並んでいる。

 アミィは搭乗席の中で、まだ目を開けていた。

『セレスティア、帰投確認』

『機体損傷、軽微』

『感応支援層、過負荷なし』

『戦域干渉試験、有効』

『PT-A01、精神反応に揺らぎあり』

 管理官の声が、淡々と響く。

『PT-A01、自己識別』

 アミィは少し遅れて答えた。

「PT-A01。アミィ」

『応答遅延、〇・九秒』

「修正します」

『任務評価』

 アミィは答えようとした。

 任務は、ルクス所属PT群およびノクス・レクイエム支援リンクの反応確認。

 セレスティアによる戦域支援干渉は有効。

 ミオの支援、カイトとユイの支援リンク、レータの指揮判断に対し干渉成功。

 撤退命令に従い帰投。

 記録上は、それでよい。

 だが、レータの声が残っている。

 あなたは私の代わりじゃない。

 ユイの声も残っている。

 アミィ。

 その名前を呼ばれた時、セレスティアの波形が乱れた。

 再教育という言葉に、答えが遅れた。

 欠損補完という説明に、レータが痛そうな声を出した。

 それらは任務評価に必要ない。

 必要ないはずだった。

『PT-A01、任務評価』

 管理官の声が強くなる。

 アミィは、わずかに遅れて言った。

「戦域干渉は有効。ルクス側支援系統に対し、限定的な混乱を発生させました。ノクス・レクイエムは未出撃。支援リンクへの間接干渉は反応あり」

『続けろ』

「ユイ個体、レータ個体からの呼びかけに対し、同期波形に乱れが発生。原因は……」

 アミィは止まった。

 原因。

 その言葉に、すぐ答えられない。

『原因は』

「分類中です」

『分類不能ではなく、分類中か』

「はい」

 管理官は記録端末へ入力する。

『PT-A01、戦闘中に自律判断遅延および同期乱れを確認。ユイ個体、L系列個体との接触により反応が変動。セレスティアの戦域干渉能力は有効。ただし、搭乗者の精神反応に不安定要素あり』

 別回線に、本国側の声が入る。

『セレスティアの有効性は確認された』

『ルクス側支援網に対して効果あり』

『ノクス・レクイエム未出撃時でも支援リンクへ触れられるなら、次回以降の運用価値は高い』

『問題はPT-A01の揺らぎだ』

 アミィは、その会話を黙って聞いている。

『L系列との接触で干渉波形が乱れた』

『ユイ個体の呼びかけにも反応している』

『このまま前線に出し続ければ、離反リスクが上がる』

『しかし、セレスティアは有効だ。捨てるには惜しい』

 別の声が冷たく言った。

『ならば、監視を強化すればいい』

『監視だけで足りるか?』

『必要なら回収する』

 管理官が、少しだけ声を低くした。

「PT-A01の反応に揺らぎを確認」

 通信の向こうで、短い沈黙があった。

 それから、別の声が返る。

『ならば、回収処分部隊を動かせ』

 アミィは、その言葉にわずかに目を動かした。

 回収処分部隊。

 その名称は、帝国本国直属の中でも、特に冷たい意味を持つ。

 危険個体。

 裏切り者。

 制御不能機。

 鹵獲不能兵器。

 それらを、回収する。

 回収できなければ、処分する。

 アミィは、まだ何も言わない。

 管理官は命令を受信する。

『回収処分艦『モルグ』へ出撃準備を通達』

『対象は現時点で未確定。ただし、PT-A01の監視支援、ルクス所属PT群の回収可能性、ノクス・レクイエムの制圧補助を想定する』

 さらに、別の声が命じた。

『タナトスの起動準備を』

 遠い格納区画で、黒と血赤の重装機体に照明が灯る。

 GD-NM-02『タナトス』。

 まだ戦場には出ていない。

 だが、その名が記録上で起動待機へ移された。

 アミィは、セレスティアの操縦席で静かに目を伏せる。

 レータの声が、まだ消えない。

 あなたは私の代わりじゃない。

 その言葉は、命令ではなかった。

 分類でも、任務でも、評価でもなかった。

 だから、アミィにはまだ処理できない。

 帝国の記録には、揺らぎと書かれる。

 本国は、それを危険と判断する。

 回収処分部隊が動き出す。

 そして、白金の機体が沈黙する奥で、アミィは小さく呟いた。

「私は……何を補うためにいるのでしょうか」

 その問いに答える者はいなかった。

 ただ、回収処分艦『モルグ』の出撃準備を告げる警告灯だけが、帝国の暗い格納区画に灯り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ