表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
207/412

第205話 レータとアミィ

 レータは、セレスティアを見ていた。

 白金の装甲。

 淡桃と淡金の発光。

 背部に浮かぶような支援ユニット。

 直接敵を撃ち抜くための機体ではない。

 前に出て部隊を引っ張るための機体でもない。

 けれど、戦場に触れている。

 味方の動きを少し整える。

 敵の支援を少し乱す。

 判断の入口に、薄く指を置く。

 それは、レータが知っている指揮の形とは違っていた。

 だが、完全に無関係ではない。

『あの子……私に近い』

 自分でそう言った後、レータはその言葉の意味を考えた。

 似ている。

 でも、同じではない。

 自分が前へ出て、重装の圧と状況判断で味方をまとめるなら。

 あの子は後方から、感応と支援で戦場全体を調整する。

 レータ型ではない。

 けれど、レータ型を知っている。

 そんな気配だった。

「レータ、無理に近づかないでください」

 ミオの声が通信に入る。

「セレスティアの干渉はまだ続いています。支援を切っていても、近づくほど感応層に触れられる可能性があります」

『分かってます』

 レータは短く答えた。

 しかし、ヴァルクレイドは前へ出る。

 敵GDが進路を塞ごうとした。

 通常GD二機。

 後方支援を受けた動きで、レータの接近を止める位置に入る。

『邪魔です』

 ヴァルクレイドが斜めに踏み込む。

 暗赤の機体が、重装とは思えない角度で進路を変えた。

 一機目の盾を受け流し、二機目の射線を利用して、逆に敵同士の距離を詰まらせる。

 その隙間を、レータは抜けた。

 セレスティアとの距離が縮まる。

 白金の機体が、わずかにこちらを向いた。

『接近個体、識別』

 アミィの声が通信に入った。

 冷たく、平坦な声だった。

 だが、ユイへ向けた時とは違う、わずかな処理の遅れがあった。

『L系列、現存確認』

 その言葉に、レータの胸が少しだけ詰まった。

「……L系列」

『対象名、レータ・ヴェルクス。PT-Lオリジナル。状態、生存。所属、ルクス・ヴァルキュリア側。搭乗機、RVN-PT-L01『ヴァルクレイド』』

 アミィは、記録を読むように続ける。

『確認内容、帝国記録と不一致』

「不一致?」

『PT-Lオリジナルは、逃亡後、行方不明。以後、帝国側では未回収個体として扱われています』

「まあ、そうですね。逃げてましたから」

 レータは苦笑しかけた。

 だが、うまく笑えなかった。

 セレスティアの干渉光が淡く揺れている。

 アミィは、こちらを責めているようには聞こえない。

 ただ、事実を並べているだけだった。

 それが、かえって痛かった。

「あなたが、アミィですね」

『はい。PT-A01、アミィ』

「ユイから聞きました。帝国に残っていた、私達の妹」

『妹という分類は、帝国運用上の正式分類ではありません』

「でも、ユイはそう言ってました」

 アミィの返答が、一瞬だけ遅れた。

『ユイ個体の認識は、帝国分類と一致しない場合があります』

「それでも、ユイにとってはそうなんですよ」

 レータは、セレスティアの正面に近づく。

 距離はまだある。

 けれど、互いの機体がはっきり見える位置だった。

 その間にも、戦場は続いている。

 セラが敵GDの足を止め、レイが前衛を押し返し、カイルが側面を抑える。

 ミオとイリスは、セレスティアの干渉を少しでも薄めようと解析を続けている。

 だが、この瞬間だけ、レータの意識はアミィへ向いていた。

「あなたは、私の後に作られたんですか」

『はい』

 アミィは即答した。

『PT-Lオリジナルの逃亡・行方不明後、帝国はコマンダータイプの空白を確認しました』

 レータは黙る。

『PT-L系列は、重装運用と統率能力に優れていました。しかし、指揮個体として許容しがたい突発的判断逸脱が確認されました』

「……それ、私のことですか」

『原型個体の記録を含みます』

「あー……」

 レータは思わず頭を抱えそうになった。

 操縦中なので、実際には操縦桿を握ったままだったが。

「そんなに記録に残るほどでしたか」

『はい』

「即答しないでほしかったですね」

 アミィは沈黙した。

 冗談として処理するべきか、本気の抗議として処理するべきか、判断に迷っているようだった。

 レータは、少しだけ息を吐く。

「それで、帝国はL系列をやめた」

『はい。レータ逃亡以降、PT-L系列の新規生産は完全凍結されました』

 その言葉は、静かに重かった。

 完全凍結。

 少数生産でも、様子見でもない。

 帝国は、レータ型を続けなかった。

 自分が逃げたから。

 自分が不安定だったから。

 自分の系列が、指揮型として危険視されたから。

 それらが一つになって、アミィを作った。

 レータは、しばらく言葉を失った。

 アミィは続ける。

『その後、L系列の統率能力を補正し、支援・制御・感応干渉・戦域補助へ再設計した個体として、A系列が作られました』

「それが、あなた」

『はい』

「私の代わり?」

『正確には異なります』

 アミィは、淡々と答えた。

『私は、あなたの欠損を補うために作られたと説明されています』

 レータの目がわずかに見開かれた。

「欠損……」

『帝国戦力上の欠損です。PT-Lオリジナルの不在、L系列凍結に伴うコマンダータイプ空白。その補完が、PT-A01の設計目的です』

 責めているわけではない。

 アミィの声には怒りがなかった。

 恨みもなかった。

 ただ、そう説明されていることを言っているだけだった。

 だからこそ、レータは苦しかった。

 自分が逃げたから。

 自分がいなくなったから。

 その穴を埋めるために、この子は作られた。

 その事実は、誰かに責められるよりも重かった。

「アミィ」

『はい』

「あなたは、それをどう思っているんですか」

『質問の意味が不明瞭です』

「自分が誰かの欠損補完として作られたことです」

 アミィの返答が遅れた。

 セレスティアの背部ユニットの光が、不規則に揺れる。

 ミオが管制室で小さく声を上げた。

「干渉波形、また乱れました」

 イリスが頷く。

「レータの問いに反応しています」

 アミィは、ようやく答えた。

『それが、私の役割です』

「役割じゃなくて、あなたがどう思っているかを聞いてます」

『私の思考は、役割に基づいて構成されています』

「本当に?」

 レータの声は、いつもの軽さを少し失っていた。

「ユイの声に反応しましたよね。再教育という言葉に、返事が遅れましたよね。今も、私の言葉でセレスティアの干渉が乱れています」

『戦闘中の同期揺らぎです』

「それだけですか?」

『……』

 アミィは答えなかった。

 代わりに、セレスティアの干渉が一瞬だけ強くなる。

 周囲の敵GDが、レータへ向けて射線を作った。

 レータはヴァルクレイドを動かし、それをぎりぎりで避ける。

『レータ、下がれ!』

 カイルの声が飛ぶ。

『敵の射線に誘導されてる!』

「分かってます。でも、もう少しだけ」

『おい』

「すみません、カイルさん。あと少しだけです」

 レータはセレスティアへ通信を戻す。

「アミィ。あなたは私の代わりじゃありません」

『事実と異なります。私は、PT-L系列凍結後のコマンダータイプ空白を補うために作られました』

「それは帝国が決めた役割です」

『設計目的です』

「設計目的と、あなた自身は同じじゃない」

 セレスティアの光が強く揺れた。

 アミィの声に、初めてわずかな乱れが混じる。

『私自身、とは』

「あなたはアミィです。PT-A01でも、欠損補完でも、L系列の修正版でもあるかもしれません。でも、それだけじゃありません」

『根拠がありません』

「あります」

『提示してください』

「今、あなたは迷ってます」

 沈黙。

 戦場の中で、セレスティアの干渉が大きく乱れた。

 ミオの支援表示から、重くまとわりついていた違和感が一瞬だけ消える。

「今!」

 ミオが叫ぶ。

 セラが敵GDの推進器を撃ち抜く。

 レイが前衛を押し返す。

 カイルが敵支援機の退路を塞ぐ。

 ルクス側の動きが、一気に戻った。

 アミィの声が、遅れて入る。

『迷いは、任務効率を低下させます』

「そうですね」

 レータは少しだけ笑った。

「でも、迷わない子なら、そんなこと言いません」

『……』

「あなたは、私の代わりじゃない。欠損を埋めるための道具でもない。私が逃げた後に作られたからって、あなたが私の責任そのものになるわけじゃない」

 レータの声が、少しだけ震えた。

「でも、知らなかったとは言えません。私がいなくなった後、あなたが作られた。それは、たぶん本当です」

 アミィは何も言わない。

「だから、次は逃げません」

 レータは言った。

「あなたと話します。ちゃんと」

 その時、帝国側の通信が強制的に割り込んだ。

『PT-A01、同期乱れを確認。任務継続リスク上昇』

 冷たい本国側の声。

『セレスティア、後退。戦域干渉を解除し、帰投せよ』

 アミィは一瞬、応答しなかった。

『PT-A01、応答』

 セレスティアの光が、揺れる。

 そして、アミィの声が戻った。

『命令を確認。セレスティア、撤退します』

「アミィ!」

 ユイの声が入る。

 セレスティアは、わずかに動きを止めた。

 しかし、振り返らなかった。

『Y-01。L系列。記録を継続します』

 それだけを残し、白金の機体は後退を始めた。

 敵GD部隊が撤退支援に回る。

 ルクス側は追撃しようとしたが、ジンが止めた。

「追うな。深追いすれば罠に入る」

 カイルも同意した。

『あの引き方は、用意してるな。追えば囲まれる』

 セレスティアは戦場の後方へ下がっていく。

 淡金の光が薄れ、支援干渉が少しずつ消えていった。

 レータは、ヴァルクレイドの操縦席でそれを見送った。

 胸の奥に、重いものが残っている。

 自分がいなかった時間。

 自分が逃げた後に作られた妹。

 自分の系列が凍結され、その欠損を埋めるために生まれた存在。

 アミィは責めなかった。

 だからこそ、レータは逃げられなかった。

 通信に、ユイの声が静かに入る。

『レータ』

「はい」

『大丈夫ですか』

 レータは少しだけ黙った。

 それから、いつものように軽く返そうとして、失敗した。

「……大丈夫、とは言いにくいですね」

 そして、セレスティアが消えた方向を見つめる。

「でも、次はちゃんと話します」

 白金の光は、もう見えない。

 それでも、レータには確かに分かっていた。

 あの子は、ただの欠損補完ではない。

 まだ、自分を知らないだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ