第205話 レータとアミィ
レータは、セレスティアを見ていた。
白金の装甲。
淡桃と淡金の発光。
背部に浮かぶような支援ユニット。
直接敵を撃ち抜くための機体ではない。
前に出て部隊を引っ張るための機体でもない。
けれど、戦場に触れている。
味方の動きを少し整える。
敵の支援を少し乱す。
判断の入口に、薄く指を置く。
それは、レータが知っている指揮の形とは違っていた。
だが、完全に無関係ではない。
『あの子……私に近い』
自分でそう言った後、レータはその言葉の意味を考えた。
似ている。
でも、同じではない。
自分が前へ出て、重装の圧と状況判断で味方をまとめるなら。
あの子は後方から、感応と支援で戦場全体を調整する。
レータ型ではない。
けれど、レータ型を知っている。
そんな気配だった。
「レータ、無理に近づかないでください」
ミオの声が通信に入る。
「セレスティアの干渉はまだ続いています。支援を切っていても、近づくほど感応層に触れられる可能性があります」
『分かってます』
レータは短く答えた。
しかし、ヴァルクレイドは前へ出る。
敵GDが進路を塞ごうとした。
通常GD二機。
後方支援を受けた動きで、レータの接近を止める位置に入る。
『邪魔です』
ヴァルクレイドが斜めに踏み込む。
暗赤の機体が、重装とは思えない角度で進路を変えた。
一機目の盾を受け流し、二機目の射線を利用して、逆に敵同士の距離を詰まらせる。
その隙間を、レータは抜けた。
セレスティアとの距離が縮まる。
白金の機体が、わずかにこちらを向いた。
『接近個体、識別』
アミィの声が通信に入った。
冷たく、平坦な声だった。
だが、ユイへ向けた時とは違う、わずかな処理の遅れがあった。
『L系列、現存確認』
その言葉に、レータの胸が少しだけ詰まった。
「……L系列」
『対象名、レータ・ヴェルクス。PT-Lオリジナル。状態、生存。所属、ルクス・ヴァルキュリア側。搭乗機、RVN-PT-L01『ヴァルクレイド』』
アミィは、記録を読むように続ける。
『確認内容、帝国記録と不一致』
「不一致?」
『PT-Lオリジナルは、逃亡後、行方不明。以後、帝国側では未回収個体として扱われています』
「まあ、そうですね。逃げてましたから」
レータは苦笑しかけた。
だが、うまく笑えなかった。
セレスティアの干渉光が淡く揺れている。
アミィは、こちらを責めているようには聞こえない。
ただ、事実を並べているだけだった。
それが、かえって痛かった。
「あなたが、アミィですね」
『はい。PT-A01、アミィ』
「ユイから聞きました。帝国に残っていた、私達の妹」
『妹という分類は、帝国運用上の正式分類ではありません』
「でも、ユイはそう言ってました」
アミィの返答が、一瞬だけ遅れた。
『ユイ個体の認識は、帝国分類と一致しない場合があります』
「それでも、ユイにとってはそうなんですよ」
レータは、セレスティアの正面に近づく。
距離はまだある。
けれど、互いの機体がはっきり見える位置だった。
その間にも、戦場は続いている。
セラが敵GDの足を止め、レイが前衛を押し返し、カイルが側面を抑える。
ミオとイリスは、セレスティアの干渉を少しでも薄めようと解析を続けている。
だが、この瞬間だけ、レータの意識はアミィへ向いていた。
「あなたは、私の後に作られたんですか」
『はい』
アミィは即答した。
『PT-Lオリジナルの逃亡・行方不明後、帝国はコマンダータイプの空白を確認しました』
レータは黙る。
『PT-L系列は、重装運用と統率能力に優れていました。しかし、指揮個体として許容しがたい突発的判断逸脱が確認されました』
「……それ、私のことですか」
『原型個体の記録を含みます』
「あー……」
レータは思わず頭を抱えそうになった。
操縦中なので、実際には操縦桿を握ったままだったが。
「そんなに記録に残るほどでしたか」
『はい』
「即答しないでほしかったですね」
アミィは沈黙した。
冗談として処理するべきか、本気の抗議として処理するべきか、判断に迷っているようだった。
レータは、少しだけ息を吐く。
「それで、帝国はL系列をやめた」
『はい。レータ逃亡以降、PT-L系列の新規生産は完全凍結されました』
その言葉は、静かに重かった。
完全凍結。
少数生産でも、様子見でもない。
帝国は、レータ型を続けなかった。
自分が逃げたから。
自分が不安定だったから。
自分の系列が、指揮型として危険視されたから。
それらが一つになって、アミィを作った。
レータは、しばらく言葉を失った。
アミィは続ける。
『その後、L系列の統率能力を補正し、支援・制御・感応干渉・戦域補助へ再設計した個体として、A系列が作られました』
「それが、あなた」
『はい』
「私の代わり?」
『正確には異なります』
アミィは、淡々と答えた。
『私は、あなたの欠損を補うために作られたと説明されています』
レータの目がわずかに見開かれた。
「欠損……」
『帝国戦力上の欠損です。PT-Lオリジナルの不在、L系列凍結に伴うコマンダータイプ空白。その補完が、PT-A01の設計目的です』
責めているわけではない。
アミィの声には怒りがなかった。
恨みもなかった。
ただ、そう説明されていることを言っているだけだった。
だからこそ、レータは苦しかった。
自分が逃げたから。
自分がいなくなったから。
その穴を埋めるために、この子は作られた。
その事実は、誰かに責められるよりも重かった。
「アミィ」
『はい』
「あなたは、それをどう思っているんですか」
『質問の意味が不明瞭です』
「自分が誰かの欠損補完として作られたことです」
アミィの返答が遅れた。
セレスティアの背部ユニットの光が、不規則に揺れる。
ミオが管制室で小さく声を上げた。
「干渉波形、また乱れました」
イリスが頷く。
「レータの問いに反応しています」
アミィは、ようやく答えた。
『それが、私の役割です』
「役割じゃなくて、あなたがどう思っているかを聞いてます」
『私の思考は、役割に基づいて構成されています』
「本当に?」
レータの声は、いつもの軽さを少し失っていた。
「ユイの声に反応しましたよね。再教育という言葉に、返事が遅れましたよね。今も、私の言葉でセレスティアの干渉が乱れています」
『戦闘中の同期揺らぎです』
「それだけですか?」
『……』
アミィは答えなかった。
代わりに、セレスティアの干渉が一瞬だけ強くなる。
周囲の敵GDが、レータへ向けて射線を作った。
レータはヴァルクレイドを動かし、それをぎりぎりで避ける。
『レータ、下がれ!』
カイルの声が飛ぶ。
『敵の射線に誘導されてる!』
「分かってます。でも、もう少しだけ」
『おい』
「すみません、カイルさん。あと少しだけです」
レータはセレスティアへ通信を戻す。
「アミィ。あなたは私の代わりじゃありません」
『事実と異なります。私は、PT-L系列凍結後のコマンダータイプ空白を補うために作られました』
「それは帝国が決めた役割です」
『設計目的です』
「設計目的と、あなた自身は同じじゃない」
セレスティアの光が強く揺れた。
アミィの声に、初めてわずかな乱れが混じる。
『私自身、とは』
「あなたはアミィです。PT-A01でも、欠損補完でも、L系列の修正版でもあるかもしれません。でも、それだけじゃありません」
『根拠がありません』
「あります」
『提示してください』
「今、あなたは迷ってます」
沈黙。
戦場の中で、セレスティアの干渉が大きく乱れた。
ミオの支援表示から、重くまとわりついていた違和感が一瞬だけ消える。
「今!」
ミオが叫ぶ。
セラが敵GDの推進器を撃ち抜く。
レイが前衛を押し返す。
カイルが敵支援機の退路を塞ぐ。
ルクス側の動きが、一気に戻った。
アミィの声が、遅れて入る。
『迷いは、任務効率を低下させます』
「そうですね」
レータは少しだけ笑った。
「でも、迷わない子なら、そんなこと言いません」
『……』
「あなたは、私の代わりじゃない。欠損を埋めるための道具でもない。私が逃げた後に作られたからって、あなたが私の責任そのものになるわけじゃない」
レータの声が、少しだけ震えた。
「でも、知らなかったとは言えません。私がいなくなった後、あなたが作られた。それは、たぶん本当です」
アミィは何も言わない。
「だから、次は逃げません」
レータは言った。
「あなたと話します。ちゃんと」
その時、帝国側の通信が強制的に割り込んだ。
『PT-A01、同期乱れを確認。任務継続リスク上昇』
冷たい本国側の声。
『セレスティア、後退。戦域干渉を解除し、帰投せよ』
アミィは一瞬、応答しなかった。
『PT-A01、応答』
セレスティアの光が、揺れる。
そして、アミィの声が戻った。
『命令を確認。セレスティア、撤退します』
「アミィ!」
ユイの声が入る。
セレスティアは、わずかに動きを止めた。
しかし、振り返らなかった。
『Y-01。L系列。記録を継続します』
それだけを残し、白金の機体は後退を始めた。
敵GD部隊が撤退支援に回る。
ルクス側は追撃しようとしたが、ジンが止めた。
「追うな。深追いすれば罠に入る」
カイルも同意した。
『あの引き方は、用意してるな。追えば囲まれる』
セレスティアは戦場の後方へ下がっていく。
淡金の光が薄れ、支援干渉が少しずつ消えていった。
レータは、ヴァルクレイドの操縦席でそれを見送った。
胸の奥に、重いものが残っている。
自分がいなかった時間。
自分が逃げた後に作られた妹。
自分の系列が凍結され、その欠損を埋めるために生まれた存在。
アミィは責めなかった。
だからこそ、レータは逃げられなかった。
通信に、ユイの声が静かに入る。
『レータ』
「はい」
『大丈夫ですか』
レータは少しだけ黙った。
それから、いつものように軽く返そうとして、失敗した。
「……大丈夫、とは言いにくいですね」
そして、セレスティアが消えた方向を見つめる。
「でも、次はちゃんと話します」
白金の光は、もう見えない。
それでも、レータには確かに分かっていた。
あの子は、ただの欠損補完ではない。
まだ、自分を知らないだけだ。




