第199話 エリシオン
帝国外縁防衛線の中央で、ドレッドノート級殲滅艦『グラトン』は動かなかった。
主砲はまだ撃たない。
艦隊も、前へ押し込みすぎない。
だが、その存在だけでルクス・ヴァルキュリアの進路に重い影を落としていた。
その前方では、帝国GD部隊とルクス側の機動兵器隊がぶつかり合っている。
GD-05C『グラディウス・ブレイク』が、槍状兵装を構えて突進する。
GD-08S『ヴェス・シュトルム』が左右へ散り、射線をずらす。
GD-10C『ノクターン・ジャマー』が薄い干渉波を広げ、支援リンクへ細かな遅延を混ぜていく。
それでも、ルクス側は崩れなかった。
『ヴァナルガンド、前に出る』
レイの機体が突撃機を斜めから押し返す。
ヴァナルガンドの重い一撃が、グラディウス・ブレイクの盾を弾き、敵機の姿勢を崩した。
『撃つ』
セラのフェンリオン・リサイトが、敵の関節部を狙う。
破壊ではなく停止。
正確な射撃が、突撃の速度だけを削っていく。
『そこ、詰まりますよ』
レータのヴァルクレイドが、敵の隊列の歪みを読んで動く。
暗赤の機体が一歩前へ出るだけで、帝国側の進路がずれた。
その隙間を、レイヴン・ハウルが黒い羽のような軌跡を残して抜けていく。
『側面の高速機、追うな。誘われる』
カイルの声が通信に乗る。
遠くでは、GD-NM-01『ヘルメス』が戦場の外縁をかすめていた。
攻撃しない。
だが、常に見える位置にいる。
その存在が、ルクス側に余計な警戒を強いていた。
ミオは支援管制席で息を詰める。
「敵の妨害が細かいです。ノクターン・ジャマー、こちらの補正タイミングに合わせて干渉を入れてきます」
イリスが敵の動きを記録する。
「帝国側、ルクス側の連携を観測済み。過去戦闘データを反映している可能性が高い」
「つまり、こちらの戦い方を覚えてきているということか」
ジンが低く言った。
「はい」
ミオは画面を切り替えながら頷く。
「でも、まだ押し返せます。敵の隊列は整っていますが、完全ではありません」
その言葉が終わる前に、グラトンから新たな反応が上がった。
『敵旗艦より高出力GD反応』
『識別不能。通常GDではありません』
『指揮リンク増大』
イリスの瞳がわずかに揺れる。
「特殊GD反応。GD-NM系統の可能性」
ユイが、管制室の端で静かに顔を上げた。
「来ます」
グラトンの格納庫。
白灰と金、黒鉄の装甲を持つ機体が、固定アームから解放されていく。
GD-NM-03『エリシオン』。
指揮防御型特殊GD。
その胸部に、淡い金色の認証光が灯る。
搭乗席に座ったレオンは、機体との接続を確認しながら、正面の表示を見つめた。
『搭乗者認証、完了』
『指揮リンク、正常』
『防御フィールド発生器、正常』
『統制翼、展開準備』
『エリシオン、出撃可能』
クラウスの声が通信に入る。
『閣下、第一波の損耗は軽微。ただし、ルクス側の対応速度が想定以上です。このままでは防衛線の外側を削られます』
「分かっている」
『メルクリウス隊は外周で撹乱中。リュカより、突入許可を求める通信が入っています』
「却下だ。ヘルメスは外側に置け。今は俺が出る」
『了解しました』
レオンは短く息を吐いた。
エリシオンの手が、大型防盾を掴む。
背部の統制翼が、重い音を立てて開いた。
格納庫ハッチが開く。
星のない外縁宙域へ、白灰と金の機体が静かに踏み出した。
『GD-NM-03、エリシオン。出る』
エリシオンが戦場へ出た瞬間、帝国側の表示が一斉に変化した。
前線にいたGD部隊の動きが、乱れたまま修正されていく。
グラディウス・ブレイクの突撃角度が変わる。
ヴェス・シュトルム隊の散開幅が広がる。
ノクターン・ジャマーの干渉タイミングが、ミオの支援補正へさらに正確に重なる。
それは、一機の強い機体が出てきたというより、戦場全体に別の指揮系統が通ったような変化だった。
「敵GD部隊、再編」
ミオがすぐに表示を追う。
「さっきまでの乱れが消えています。動きが、一段整いました」
イリスが解析する。
「エリシオンを中心に、帝国GD部隊の指揮リンクが再構成されています。単独戦闘機ではなく、戦場管制機能を持つ特殊GD」
黒瀬が静かに言った。
「指揮防御型、というわけですか」
ジンは画面の中のエリシオンを見据えた。
「厄介だな。単純に倒せば終わりという相手ではない」
エリシオンは、まずミオの支援線へ割り込んだ。
ミオがセラへ射撃補正を送る。
その瞬間、帝国側のGDがわずかに移動し、射線を盾役のグラディウス・ブレイクへ逃がした。
「読まれました」
ミオが息を呑む。
『撃ち直す』
セラはすぐに照準を補正した。
フェンリオン・リサイトの狙撃光が伸びる。
だが、その先へエリシオンが割り込んだ。
大型防盾が展開する。
金色の防御光が盾面に走り、セラの狙撃を受け止めた。
『……止めた?』
セラの声が低くなる。
『避けたんじゃない。受けた』
盾の向こうで、エリシオンは揺らがない。
レオンの声が通信に乗る。
『良い射撃だ。だが、見えている』
セラは一瞬だけ歯を食いしばった。
『なら、見えないところを撃つ』
セラが次の射線を取ろうとする。
しかし、その動きに合わせてヴェス・シュトルム隊が散開し、フェンリオン・リサイトの周囲へ牽制射撃をばらまいた。
『セラ、下がって』
ミオが防御支援を送る。
しかし、ノクターン・ジャマーの干渉がまた重なった。
支援が遅れる。
そこへレータのヴァルクレイドが割り込んだ。
『こっちです』
暗赤の機体が盾代わりに前へ出る。
敵の牽制射撃を受け流しながら、レータはエリシオンへ向かって突っ込んだ。
『指揮型なら、近づかれると嫌ですよね』
レータはそう言いながら、ヴァルクレイドを斜めに滑り込ませた。
普通なら、これで指揮機の側面を取れる。
だが、エリシオンは退かなかった。
大型防盾をわずかに傾け、ヴァルクレイドの突撃角度を変える。
さらに背部の統制翼から出た指示で、周囲のグラディウス・ブレイクが一斉に踏み込んだ。
レータの進路が塞がれる。
『あ、これ読まれてますね』
軽い言い方とは裏腹に、レータの声には緊張が混じっていた。
エリシオンの肩部センサーが、淡く光る。
『コマンダータイプか』
レオンが呟く。
『ならば、読み合いになるな』
『初対面で当てないでほしいんですけど』
レータはヴァルクレイドを反転させ、強引に包囲から抜ける。
だが、その動きさえ、エリシオンは追いすぎなかった。
深追いしない。
崩しに来た相手を弾き返し、防衛線へ戻る。
それが、レオンのエリシオンだった。
外側では、レイヴン・ハウルがヘルメスの影を警戒していた。
『あの高速機、まだ来ないのか』
カイルが呟く。
遠くから、軽い通信が割り込む。
『いやいや、俺はまだ見学ですよ。レオン閣下が怖いんでね』
リュカ・ヴァレンの声だった。
ヘルメスは、戦場の外縁を走っている。
攻撃しない。
だが、カイルが側面へ回ろうとするたび、絶妙な位置に姿を見せる。
進路を塞ぐほどではない。
しかし、自由には動かせない。
『見学にしては邪魔だな』
カイルが言う。
『褒め言葉として受け取っておきます』
ヘルメスが一瞬だけ加速する。
レイヴン・ハウルの索敵表示から、機影が薄れる。
次の瞬間、別角度に現れた。
『速いだけじゃないな』
カイルはレイヴン・ハウルを反転させる。
『こっちの動く先を見ている』
『そこは企業秘密で』
リュカは軽く返す。
だが、ヘルメスは突っ込んでこなかった。
あくまで周辺を撹乱し、ルクス側の機動戦力を自由に動かさないための位置取りを続けている。
主役は、正面のエリシオンだった。
エリシオンは戦場の中央で盾を構え、帝国GD部隊の再編を支えている。
そこへ、レイのヴァナルガンドが突っ込んだ。
『正面から行く』
レイらしい短い宣言だった。
ヴァナルガンドが加速する。
近接戦闘に持ち込めば、指揮型でも崩せる。
そう判断した動きだった。
だが、エリシオンは、ヴァナルガンドの突撃を受ける前に半歩だけ下がった。
その一歩で、レイの踏み込みがわずかに伸びる。
そこへ、防盾の縁が合わせられた。
衝突。
ヴァナルガンドの一撃が、エリシオンの盾を叩く。
金色の防御光が弾けた。
『硬い』
レイが低く言う。
『だが、止めきれていない』
ヴァナルガンドがさらに押し込む。
エリシオンの機体がわずかに後退した。
だが、レオンは無理に押し返さなかった。
受ける。
流す。
そして、周囲のGD部隊に射線を作らせる。
レイが舌打ちする。
『こいつ、機体だけじゃない』
エリシオンの後方から、グラディウス・ブレイクが迫る。
レイはヴァナルガンドを横へ逃がし、包囲を避けた。
その動きに合わせて、ミオが支援を送る。
「レイ、右後方に逃げ道を作ります」
『助かる』
だが、ミオの補正が通る前に、エリシオンがその逃げ道へ別のGDを配置した。
完全に塞がれたわけではない。
ただ、ミオが作ろうとした最も安全なルートだけが消されていた。
「また読まれた……」
ミオの声に、焦りが混じる。
ユイが静かに見つめていた。
「レオンです」
カイトが振り返る。
「分かるのか?」
「はい。機体の性能だけではありません。あの人は、こちらの誰が何を守ろうとしているかを見ています」
戦場の中央で、エリシオンが盾を構える。
レオンの声が、広域通信ではなく、限定された回線でルクス側へ届いた。
『ユイ』
その声に、管制室の空気が止まった。
ユイは無言で通信表示を見る。
カイトも、思わず息を止めた。
『聞こえているな』
レオンの声は、挑発ではなかった。
怒りでもない。
嘲りでもない。
ただ、戦場の向こうから、正面に立つ者として呼びかける声だった。
『ユイ。出てこい』
ユイは何も言わない。
レオンは続けた。
『その機体が、お前の選んだ答えなら、俺が確かめる』
カイトはユイを見る。
ユイの表情は変わらなかった。
だが、指先がわずかに動いていた。
黒瀬が端末を確認する。
「ノクス・レクイエムの出撃は、規定上可能です。ただし、短時間限定。支援リンク必須。戦闘範囲制限あり」
カナデがすぐに言う。
「精神負荷確認。現時点で異常上昇はありません。ただし、レオンとの通信で反応が動いています」
リクトが機体状態を確認する。
「ノクス・レクイエム、低出力起動可能。ベント待機排出準備完了。ただし、アンカー使用は禁止のままだ」
アシュが短く言う。
「出すなら、今だ。遅いと戦場が崩れる」
リンの声も入る。
「中核部固定、問題なし。離脱機構、待機」
ジンはカイトとユイを見た。
「ユイ。出られるか」
ユイは静かに頷いた。
「出ます」
カイトが一歩前に出る。
「俺も行きます。アルタイル・ノヴァ・ブレイスで支援リンクに入る」
黒瀬が確認する。
「支援リンク試験段階です。接近しすぎれば、ノクス・レクイエムの排出に巻き込まれる危険があります」
「分かっています」
カイトは答えた。
「前に出て押さえるんじゃありません。ユイが止まれるように支えます」
ユイがカイトを見る。
「カイト」
「行こう」
短い言葉だった。
ユイは、ほんの少しだけ頷いた。
ルクス・ヴァルキュリアの隔離格納庫に、青い出撃灯が灯る。
黒灰の外殻を持つ巨機が、静かに起動を始めた。
LF-GD-YR01『ノクス・レクイエム』。
紅紫の制御光が走る。
それに重なるように、薄紫白の本人意思認証光が灯った。
『本人意思認証、確認』
『命令層反応、隔離』
『レクイエム・ベント、低出力待機』
『ノクス・レクイエム、限定出撃許可』
アルタイル・ノヴァ・ブレイスの支援ラインにも光が入る。
白と蒼青の機体が、ノクス・レクイエムの横で起動した。
カイトは操縦席で深く息を吸った。
「支援リンク、接続」
ユイの声が続く。
『ノクス・レクイエム、出ます』
隔離格納庫のハッチが開く。
その先には、エリシオンが待つ戦場が広がっていた。




