第198話 外縁防衛線
帝国外縁防衛線は、静かに開いた。
ドレッドノート級殲滅艦『グラトン』を中心に、複数の艦影が横へ広がっていく。
護衛艦。
GD輸送艦。
ドールキャリア級。
それらは無秩序に並んでいるわけではなかった。
主砲を向ける艦。
機動兵器を吐き出す艦。
通信と索敵を補う艦。
退路を塞ぐために後方へ回る艦。
それぞれが役割を持ち、巨大な網のようにルクス・ヴァルキュリアの進路へ展開していく。
ルクス・ヴァルキュリアの管制室では、次々に増える敵影を前に、警告表示が並んでいた。
『敵艦隊、横列展開』
『GD輸送艦より機動兵器発進』
『ドールキャリア級二隻、展開ハッチ開放』
『敵機動兵器、第一波接近』
ミオが管制席で表示を整理する。
「敵はNBを出していません。全てGD反応です」
カイトが顔を上げた。
「NBなし?」
「はい。ネメシス・ビーストの生体反応は確認されません。出ているのは、通常GDと、その改修機と思われる機体です」
イリスが別画面に敵機の輪郭を表示した。
「形状差分、複数確認。通常型ではありません。外装、推進器、妨害装備に変更あり」
ジンが戦術表示を見ながら言う。
「怪獣を前に出して崩す戦いではなく、最初からGDで防衛線を作ってきたか」
「帝国も、こちらをただの地球側艦隊とは見ていないということですね」
三島の声は硬かった。
黒瀬は端末を確認しながら、低く言う。
「ルクス・ヴァルキュリア、クロウヴェイル・ノア、複数のPT専用機、ノクス・レクイエム。相手が本気で防衛線を張るには十分です」
カイトは正面の表示を見つめた。
今までの帝国は、NBの圧力で都市や防衛線を崩し、その後でGDが補うことが多かった。
けれど今回は違う。
最初から、人型機動兵器同士の戦場を作ってきている。
帝国が、GDで来る。
それは、今までよりもずっと戦術的で、組織的な圧力だった。
「第一迎撃隊、出ます」
レイの声が通信に乗る。
『ヴァナルガンド、出る』
続いて、セラの声。
『フェンリオン・リサイト、射撃支援位置へ移動する』
レータが、いつもの調子より少し真面目な声で続けた。
『ヴァルクレイド、前衛指揮に入ります。帝国のGD隊列なら、私の方が読みやすいですしね』
カイルの通信が重なる。
『レイヴン・ハウル、側面へ回る。正面は任せた』
ミオは一瞬だけ息を整え、支援リンクを開いた。
「ルナ・スケイル・リフレクト、支援管制に入ります。索敵、通信補助、防御支援を開始」
ジンが頷く。
「各機、出撃を許可する。ノクス・レクイエムは待機。アルタイル・ノヴァ・ブレイスも出撃待機。カイト、ユイ、今はまだ出るな」
「了解」
カイトは答えた。
隣でユイも静かに頷く。
「分かっています」
今はまだ、自分達の出番ではない。
ノクス・レクイエムを出すには早すぎる。
まず見るべきは、帝国が何を出してきたのかだった。
ルクス・ヴァルキュリアの格納庫から、味方機が次々に発進していく。
白と淡い青の光を残すルナ・スケイル・リフレクト。
獣のような力強さを持つヴァナルガンド。
砂白と橙のラインを持つフェンリオン・リサイト。
暗赤と黒鉄のヴァルクレイド。
濡れた黒羽のようなレイヴン・ハウル。
それに対して、帝国艦隊から発進したGD部隊は、冷たい秩序を持っていた。
先頭に出たのは、突撃型の改修機。
GD-05C『グラディウス・ブレイク』。
通常のグラディウスよりも装甲が厚く、肩部と脚部に追加ブースターを備えている。
鉄灰の機体に赤橙のラインが走り、槍状の実体兵装を構えていた。
防衛線を守るというより、敵の前衛を押し返すための機体だった。
その後方から、高速型の集団が左右へ散る。
GD-08S『ヴェス・シュトルム』。
黒灰の細身の機体に、青白いスラスター光。
単機で重い一撃を放つ機体ではない。
だが、複数機で散開し、射線をずらし、敵の支援網を切り裂くように動く。
そしてさらに後方。
通常のGDとは明らかに違う、黒紺の機体群が展開した。
GD-10C『ノクターン・ジャマー』。
武装は目立たない。
しかし、その機体の周囲に薄い緑と紫の干渉光が揺らめいた瞬間、ルクス側の通信表示に細かなノイズが走った。
「通信に干渉」
ミオがすぐに補正を入れる。
「大規模な遮断ではありません。けれど、味方機間の支援情報に細かい遅延が出ています」
イリスが続ける。
「敵の目的、通信切断ではなく、支援精度の低下。ミオの補助計算、セラの射撃補正、レータの前衛指揮に影響」
『面倒なことしてくるね』
レータの声に、いつもの軽さが少しだけ戻った。
『でも、嫌いじゃないです。こういうの、帝国らしくて分かりやすい』
『分かりやすいなら対処しろ』
レイが短く言う。
『もちろんです』
ヴァルクレイドが前へ出る。
暗赤の機体が、グラディウス・ブレイクの突撃を正面から受けず、斜めに流した。
槍の軌道がずれ、後続の敵機が一瞬詰まる。
そこへ、ヴァナルガンドが踏み込んだ。
『邪魔』
レイの声と同時に、ヴァナルガンドの近接兵装が振るわれる。
グラディウス・ブレイクの腕部装甲が弾け、敵機が後方へ弾き飛ばされた。
だが、倒れた敵機の背後から、別のグラディウス・ブレイクが突っ込んでくる。
『数が多い』
セラが冷静に呟いた。
『でも、軌道は直線的』
フェンリオン・リサイトが射撃位置を取る。
砂白の機体が、橙色の照準光を走らせた。
セラは一発で撃ち抜くのではなく、敵の膝関節部を狙った。
突撃中のグラディウス・ブレイクが姿勢を崩し、後続の進路を塞ぐ。
『撃破ではなく、止めた?』
ミオが確認する。
『今は数を減らすより、隊列を崩した方がいい』
セラは短く答えた。
『命令で撃つんじゃない。必要なところを撃つ』
その言葉に、カイトは管制室でわずかに目を見開いた。
セラが自然に言ったその一言は、彼女自身が変わってきた証でもあった。
だが、帝国側も簡単には崩れない。
ヴェス・シュトルム隊が左右から回り込み、レイヴン・ハウルの進路へ散る。
カイルは機体を反転させ、敵の高速機動を紙一重でかわした。
『速いな。だが、軽い』
レイヴン・ハウルが黒い軌跡を残して機体を滑らせる。
敵の一機が背後を取ろうとした瞬間、カイルは機体を縦に落とした。
ヴェス・シュトルムの射撃が空を切る。
『この手の連中は、追わせると面倒だ。追うな。線を切れ』
「了解。支援線を再構成します」
ミオが即座に防御支援を張り直した。
しかし、ノクターン・ジャマーの干渉がそこへ重なる。
ミオの支援表示が、わずかに遅れる。
「……細かいですね」
ミオの声が、少しだけ険しくなる。
「完全に妨害するのではなく、こちらが補正した瞬間にずらしてきます。普通の電子戦機ではありません。支援型を相手にする前提で調整されています」
イリスが敵配置を読み取る。
「帝国側、ミオの存在を前提にしている可能性」
「私対策ですか?」
「ミオ、ユイ、PT系支援リンク。どれか一つではなく、ルクス側の連携全体を見ている」
黒瀬が表情を変えずに言った。
「相手も記録を取っています。これまでの戦闘が、敵の対策に使われていると見るべきです」
ジンは頷いた。
「こちらも同じだ。敵の新型を記録しろ。通常GDの強化版なら、今後も出てくる」
グラトン艦橋でも、戦況は細かく記録されていた。
「第一波、接触。グラディウス・ブレイク三機損傷、撃墜なし。ヴェス・シュトルム隊、側面撹乱中。ノクターン・ジャマー、敵支援リンクへ干渉継続」
クラウスが報告する。
「ルクス側の対応は速いです。特にミオ機の支援再構成、レータ機の隊列読み、セラ機の関節狙いが厄介です」
「予想通りだ」
レオンは戦術表示から目を離さない。
「ただの寄せ集めではない。あれだけ違う出自の機体を、戦場で噛み合わせている」
オルフェンが端末に記録を入れながら言う。
「ノクス・レクイエムはまだ出ませんね」
「出す必要がないからだ」
「なら、必要にすればよい」
レオンは横目でオルフェンを見た。
「まだだ」
「閣下は慎重すぎる」
「お前は急ぎすぎる」
レオンは短く返した。
正面戦闘は始まったばかりだ。
今出すべきなのは、エリシオンでも、ノクス・レクイエムでもない。
まず、帝国前線のGD部隊が、ルクス側とどこまで戦えるかを見る。
それが防衛線の基本だった。
「第二波は」
「待機中です。カスタムGD部隊、追加投入可能」
「まだ温存する」
「了解」
クラウスが指示を送る。
グラトンは撃たない。
エリシオンもまだ出ない。
だが、帝国艦隊は確実に圧力をかけていた。
ルクス側から見れば、それは今までとは違う戦いだった。
NBの巨大な暴力ではない。
特殊機だけに頼った一点突破でもない。
艦隊、GD輸送、カスタム機、妨害機、突撃機、高速機。
帝国が、軍として前線を張っている。
その事実が、戦場に重くのしかかっていた。
『カイト』
通信越しに、ユイが静かに呼んだ。
「どうした?」
『帝国は、これまでより本気です』
「分かるのか?」
『はい。NBを出していないのに、戦場が崩れていません。GDだけで戦線を作れる部隊です』
ユイの声には、どこか過去を見ているような響きがあった。
『これは、侵攻の第一波ではありません。帝国の前線軍です』
カイトは、正面表示を見つめた。
戦場では、レイ、セラ、レータ、ミオ、カイルが必死に敵の隊列を崩している。
それでも、帝国の線は完全には切れない。
強い個体ではなく、強い組織。
それが、今回の敵だった。
その時、イリスの表示に新たな反応が走った。
「別方向より高速艦反応」
ミオが画面を切り替える。
「帝国艦隊主列とは別角度です。速度が速い。こちらの外周を回り込む軌道」
艦橋の表示に、一隻の艦影が映る。
細長く、黒灰の船体。
主砲の圧力ではなく、速度を形にしたような艦。
艦体後部に複数の高出力推進器を持ち、外縁防衛線の端を滑るように進んでくる。
高速巡航母艦『メルクリウス』。
グラトン艦橋に、通信が入った。
『こちらメルクリウス隊。外周航路に到達。いやあ、正面の皆さん、真面目にやってますね』
軽い声。
戦場の緊張に似合わない、少し笑ったような声だった。
クラウスが表示を見る。
「リュカ・ヴァレンより通信です」
レオンは短く答えた。
「予定位置で待機。まだ突っ込むな」
『はいはい、レオン閣下は相変わらず堅いですね。こっちは軽く顔を見せるだけにしておきますよ』
メルクリウスの格納庫から、一機のGDが前へ出る。
黒灰の細身の機体。
青緑のライン。
通常の高速型GDよりもさらに薄く、鋭いシルエット。
GD-NM-01『ヘルメス』。
その機体は、まだ戦場へ突入しなかった。
ただ、遠くからルクス側の外周をなぞるように進み、センサー範囲の端で一瞬だけ加速した。
その一瞬で、ルクス側の索敵表示がわずかに遅れる。
「速い」
カイトが思わず言った。
アシュが別席から表示を見て、低く呟く。
「あれは面倒だな」
ミオも頷く。
「まだ攻撃していません。でも、こちらの索敵反応を試しています」
ユイが目を細めた。
「ヘルメス……」
「知ってるのか?」
「名前だけは。帝国の高速型特殊GDです」
ヘルメスは、戦場の外縁を一度だけ横切ると、メルクリウスの進路へ戻った。
攻撃はしない。
撃墜も狙わない。
ただ、自分達がそこにいることだけを見せる。
それだけで、ルクス側の防衛線は一つ余分な警戒を強いられた。
グラトンを中心とした正面の重い防衛線。
その外側を回る、メルクリウスとヘルメス。
帝国は、まだ全力ではない。
だが、確実に戦場を広げ始めていた。




