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第192話 機体再編成

 地球統合軍への監査報告が終わった翌日、ルクス・ヴァルキュリアの格納区画には、普段より多くの人員が集まっていた。

 ルクス側の整備班。

 地球統合軍から派遣された技術士官。

 工廠技術者。

 術式層解析班。

 監査担当者。

 そして、主要機体の搭乗者達。

 ノクス・レクイエム初期型。

 アルタイル・ノヴァ。

 レイヴン・ハウル。

 この三機を中心に、今後の戦力再編成が行われる。

 単なる強化ではない。

 火力を上げるだけでもない。

 ノクス・レクイエムが起動したことで、ルクス・ヴァルキュリアの戦い方そのものを見直す必要が出ていた。

 格納区画の中央では、ノクス・レクイエム初期型が固定フレームに収まっている。

 黒灰の外殻。

 紫の細いライン。

 白銀の負荷分散層。

 背部中央に収められたレクイエム・ベント。

 その姿は、地球側技術者達にとっても強い印象を与えていた。

 帝国製兵器の残骸を基にした機体。

 だが、帝国式命令で動く機体ではない。

 ユイ本人意思認証を主制御とし、危険出力をレクイエム・ベントで外へ逃がす、制限付き完成機。

 それが、この機体の現在の位置づけだった。

 リクトが説明台の前に立つ。

「本日の議題は、ノクス・レクイエム初期型を中心とした機体再編成です」

 彼の後ろに、三機の図面が表示される。

「まず、ノクス・レクイエム初期型について再確認します」

 画面に、機体の運用制限が並んだ。

 全出力禁止。

 長時間戦闘禁止。

 レクイエム・アンカー未完成。

 レクイエム・ベントは緊急排出機構として限定運用。

 ノクス・リリス旧データは隔離参照。

 帝国式命令層は常時監視。

 ユイ本人意思認証を主制御とする。

 リクトは言った。

「ノクス・レクイエム初期型は、強大な力を振るうための機体ではありません。現段階での役割は、危険な出力を抱えながらも、自分で止まることです」

 三島がそれを受けて記録する。

「役割分類、止まる機体」

 地球側の技術士官が眉を寄せる。

「止まる機体、ですか。兵器分類としては少々特殊ですね」

 アシュが低く言った。

「特殊でなければ危ない」

 リンも短く続ける。

「普通に扱うと、帝国式に戻る」

 グリッドが腕を組む。

「こいつは全力を出すための機体じゃない。全力を出さないための機体だ。そこを間違えると、全部壊れる」

 ユイはその説明を静かに聞いていた。

 自分の機体が危険だと言われることには、まだ胸が痛む。

 だが、今は少しだけ違う。

 危険だから拒絶されているのではない。

 危険だから、止める条件を増やしている。

 それが分かるようになっていた。

 カナデが補足する。

「精神負荷面でも同じです。ユイさん本人の停止判断が最優先です。機体が動けるかどうかではなく、ユイさんが戻ってこられるかどうかが運用基準になります」

 地球側の整備主任が頷いた。

「了解しました。ノクス・レクイエムは単独戦力としてではなく、停止条件込みの制限機として扱うわけですね」

 三島が記録する。

「その通りです」

 次に表示されたのは、アルタイル・ノヴァだった。

 カイトの機体。

 これまで前線で戦い、何度もルクス側を支えてきた機体だ。

 だが、ノクス・レクイエムの隣に立つには、役割の見直しが必要になっていた。

 リクトが説明を続ける。

「アルタイル・ノヴァについては、強化案としてアルタイル・ノヴァ・ブレイスを提案します」

 画面上の機体図に、背部支援パック、腕部補助ユニット、外部誘導フレームが追加される。

「役割は、支える機体です」

 三島が記録する。

「役割分類、支える機体」

 カイトはその言葉を静かに聞いていた。

 リクトは説明を続ける。

「主な機能は三つです。ノクス・レクイエムのレクイエム・ベント排出方向補正。外部停止補助。姿勢制御支援。そして、ハーモニア式負荷分散を応用した支援リンクです」

 地球側技術者の一人が手を上げる。

「つまり、ノクス・レクイエムが高負荷状態に入った場合、アルタイル側から出力を抑えるのですか?」

 リクトは首を横に振った。

「いいえ。抑え込むのではありません」

 カイトが口を開いた。

「ユイを止めるんじゃない。ユイが止まるのを支えるんだ」

 格納区画が少し静かになった。

 その言葉は、機体説明としては感情的だったかもしれない。

 だが、今のアルタイル・ノヴァ・ブレイスの役割を、最も正確に表していた。

 カイトは少し照れたように続ける。

「ノクス・レクイエムを外から押さえつけるんじゃなくて、ユイが止めるって決めた時に、その道を作る。ベントの方向を整えたり、姿勢を支えたり、戻れるようにする。それが俺の役割だと思います」

 ユイはカイトを見ていた。

 カナデが静かに頷く。

「その方が、本人意思認証にも合っています」

 アシュが補足した。

「外部から命令で止める構造にすると、帝国式と同じになる。支援は必要だが、主制御を奪うな」

 地球側技術者は、少し考えてから頷いた。

「了解しました。外部制圧ではなく、外部支援ですね」

 グリッドが図面を拡大する。

「アルタイル・ノヴァを重くしすぎると、カイトの機動戦が死ぬ。だからブレイス装備は追加パック式にする。必要に応じて着脱可能。通常戦闘時は機動性を維持する」

 リクトが続ける。

「ただし、ノクス・レクイエム支援時は近距離に入るため、ベント排出の余波を受ける可能性があります。そのため、支援パックには短時間防護用の負荷分散シールドを組み込みます」

 三島が記録する。

「アルタイル・ノヴァ・ブレイス。火力増強ではなく、停止支援、排出方向補正、姿勢制御支援を目的とする」

 カイトはアルタイル・ノヴァを見上げた。

 自分の機体が、ただ敵を倒すためではなく、ユイを支えるために変わっていく。

 そのことに、少しだけ責任の重さを感じた。

 だが、不思議と嫌ではなかった。

 続いて表示されたのは、レイヴン・ハウルだった。

 クロウヴェイル・ノア側の格納区画から送られてきた立体映像。

 カイルの機体。

 これまで先行、強襲、突破を担ってきた機体だ。

 だが、アース・アンノウン境界での経験により、その役割も変わろうとしていた。

 イリスが説明を始める。

「レイヴン・ハウルについては、強化案としてレイヴン・ハウル・リコールを提案します」

 画面に追加装備が表示される。

 高速離脱用ブースター。

 記録ブイ展開・回収補助ユニット。

 分岐記録検知センサー。

 クロウヴェイル・ノアとの帰還リンク強化装置。

 損傷機体保持用の拘束フィールド。

 イリスは続ける。

「役割は、戻る機体です」

 三島が記録する。

「役割分類、戻る機体」

 通信画面の向こうで、カイルが少し笑った。

『戻る機体、か。俺には似合わないと思っていたんだがな』

 カイトが言う。

「今は似合ってますよ」

『それは褒めてるのか?』

「もちろんです」

 カイルは軽く笑い、すぐに真面目な顔に戻った。

『前に出るためじゃない。戻るために強くする』

 その言葉に、格納区画の空気が引き締まる。

 カイルは続けた。

『アンノウン境界で分かった。行ける場所へ行くことと、帰れる場所から戻ることは違う。レイヴン・ハウルは、これから先も先行する。だが、先に行くなら戻る機能が必要だ』

 イリスが頷く。

「リコール装備では、クロウヴェイル・ノアとの帰還リンクを強化します。機体側記録、母艦側記録、外部ブイ記録を分離保存し、記録分岐が起きた場合でも、帰還基準を失わないようにします」

 地球側技術士官が質問する。

「記録ブイ展開機能は、戦闘中にも使う想定ですか?」

「はい」

 イリスは答える。

「ただし、戦闘記録のためだけではありません。異常空間、通信妨害、分岐記録、帝国式情報改ざんへの対策です」

 グリッドが追加する。

「高速離脱用ブースターは、戦闘継続のためじゃなく撤退判断を実行するための装備だ。逃げるための強化、と言ってもいい」

 カイルは頷いた。

『逃げるのも艦長の仕事だ。生きて戻らなければ、持ち帰るものもなくなる』

 三島が記録する。

「レイヴン・ハウル・リコール。先行偵察、帰還支援、記録保全、回収補助、高速離脱を目的とする」

 会議の流れを見ていた地球側整備班の一人が、静かに言った。

「三機とも、単純な強化ではないんですね」

 三島が答える。

「はい」

 彼女は全体を見渡した。

「この再編成は火力増強ではなく、帰還と停止の条件を増やすためのものです」

 その言葉が、格納区画に静かに響いた。

 ノクス・レクイエムは、止まる機体。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスは、支える機体。

 レイヴン・ハウル・リコールは、戻る機体。

 撃つためではない。

 勝つためだけでもない。

 危険な力を使うなら、止まる条件がいる。

 未知へ向かうなら、戻る条件がいる。

 仲間を支えるなら、奪わずに支援する条件がいる。

 それが、今回の機体再編成の本質だった。

 リクトが地球側技術者へ向き直る。

「地球側工廠には、アルタイル・ノヴァ・ブレイスの支援パック製造、レイヴン・ハウル・リコールのブースターと記録ブイ関連装備の製作協力をお願いしたいです」

 地球側整備主任が頷く。

「了解しました。ただし、ノクス・レクイエムとの連携試験は、地球近傍では制限を設けます」

 三島がすぐに記録する。

「地球近傍での高負荷連携試験は禁止。低出力通信、姿勢制御、模擬ベント誘導まで」

 グリッドが頷く。

「当然だ。地球の近くでレクイエム・ベントなんぞ本格稼働させられるか」

 カナデも続ける。

「ユイさんの負荷確認も、地球滞在中は短時間に留めます。報告と再編成だけでも負担がありますから」

 ユイは素直に頷いた。

「はい」

 カイトが少しだけユイを見る。

 今はもう、ユイだけが重いものを背負う流れではなくなっている。

 ノクス・レクイエムのために、アルタイル・ノヴァも変わる。

 レイヴン・ハウルも変わる。

 地球側の技術者も参加する。

 それは、ユイにとっても救いだった。

 地球側の技術士官が、少し慎重に言った。

「一つ確認したい。ノクス・レクイエムは、あくまでユイ本人の機体であり、地球統合軍が直接制御するものではない、という理解でいいですか?」

 三島が答える。

「はい。地球統合軍がノクス・レクイエムを直接制御することは認められません」

 地球側が少しざわつく。

 三島は続けた。

「その代わり、運用条件、監査条件、停止条件は共有します。地球側が知るべき危険は全て記録します。ただし、本人意思認証を外部指揮権で上書きすることは、帝国式命令系統と同じ危険を持ちます」

 カナデが補足する。

「ユイさんの意思を主制御に置くことが、安全条件そのものです。そこを外せば、ノクス・レクイエムはむしろ危険になります」

 地球側技術士官は、しばらく黙った後、頷いた。

「理解しました。危険だからこそ、外部から奪わない。そういう機体なのですね」

「その通りです」

 三島は記録する。

 その後、会議は実務段階へ移った。

 地球側整備班は、アルタイル・ノヴァの背部支援パックの製造工程を確認する。

 グリッドは、ルクス側の規格と地球側工廠の接続差異を洗い出す。

 リクトは、ハーモニア式負荷分散層を地球側素材でどこまで再現できるかを説明する。

 イリスは、レイヴン・ハウル・リコールに必要な記録ブイ展開ユニットの仕様を提示する。

 リンは帝国式反応の有無を監視し、アシュは安全装置の追加条件を指摘する。

 それぞれが、別々の作業をしながらも、一つの方向を向いていた。

 止まる。

 支える。

 戻る。

 その三つを成立させるために。

 会議後、カイトはアルタイル・ノヴァの前に立っていた。

 まだブレイス装備は取り付けられていない。

 だが、図面上ではすでに新しい姿が見えている。

 ユイが隣に来る。

「カイトの機体も、変わりますね」

「ああ」

「不安ですか?」

「少し」

 カイトは正直に答えた。

「支える機体って言うと、聞こえはいいけど、実際には危ない距離に入るってことだからな」

「はい」

「でも、やるよ」

 ユイは静かに彼を見る。

 カイトはアルタイル・ノヴァを見上げたまま言った。

「ユイが止まるための道を作る。俺には、それが合ってる気がする」

「カイトらしいです」

「それ、褒めてる?」

「もちろんです」

 二人は少しだけ笑った。

 一方、通信画面の向こうでは、カイルがレイヴン・ハウルを見上げていた。

 クロウヴェイル・ノアの格納区画。

 黒い機体は、まだリコール装備を持たない。

 だが、カイルにはその姿が少し違って見えていた。

『戻る機体、か』

 彼は小さく呟く。

『前に出るだけじゃ、足りないんだな』

 レイヴン・ハウルは答えない。

 だが、その沈黙は悪くなかった。

 カイルは笑う。

『なら、次は戻るために強くなるか』

 ルクス・ヴァルキュリアと太陽系地球の工廠は、正式に機体再編成へ入った。

 ノクス・レクイエム初期型は、止まるために。

 アルタイル・ノヴァ・ブレイスは、支えるために。

 レイヴン・ハウル・リコールは、戻るために。

 戦力は、ただ強くなるのではない。

 危険な力を扱うために、止める条件と帰る条件を増やしていく。

 帝国本国方面へ向かう前に、ルクス・ヴァルキュリアはようやく、自分達の戦い方を組み直し始めていた。

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