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第191話 監査報告

 翌日、ルクス・ヴァルキュリアの会議区画は、通常時とは違う緊張に包まれていた。

 戦闘前の緊張ではない。

 敵艦隊が迫っているわけでもない。

 だが、そこに集められた資料の量は、一度の作戦報告としては異常なほど多かった。

 アース・デッドエンド。

 アース・ヴェルデ。

 アース・フォージ。

 アース・ネオジェネシス。

 アース・カタストロフ。

 アース・ネメシス。

 アース・エデン。

 アース・アンノウン。

 そして、ルクス・ヴァルキュリアの改造記録、クロウヴェイル・ノアの運用記録、ノクス・レクイエム初期型の起動記録、アルタイル・ノヴァ・ブレイス案、レイヴン・ハウル・リコール案。

 それらすべてが、地球統合軍への正式報告対象だった。

 会議室中央の席に、三島が立っていた。

 彼女の前には監査端末が置かれている。

 ジン艦長は横の席に座り、地球統合軍本部から接続された上層部の面々が大型モニター越しに並んでいた。

 カイト、ユイ、カナデ、リクトも同席している。

 必要に応じて、グリッド、アシュ、リン、イリス、カイルも別回線で参加できるようになっていた。

 三島は一度だけ資料を確認し、顔を上げた。

「これより、ルクス・ヴァルキュリア帰還に伴う監査報告を開始します」

 声は落ち着いていた。

 だが、その場にいる全員が分かっている。

 これは単なる報告ではない。

 ルクス・ヴァルキュリアがこれまで何を見て、何を持ち帰り、何を危険と判断し、何を使うと決めたのか。

 それを太陽系の地球側へ正式に示す場だった。

 三島は続けた。

「本報告は、直近のアース・ネメシス、アース・エデン、アース・アンノウンに限りません。これまでルクス・ヴァルキュリアが接触、観測、または情報取得した各“地球”文明すべてを対象とします」

 画面に一覧が表示される。

 八つの“地球”名が並んだ。

 地球統合軍側の一人が、眉を寄せる。

『報告範囲が広すぎるな』

「広いです」

 三島は即答した。

「ですが、分けて扱うと危険です。各“地球”で得た情報は、現在の艦改造、機体再編成、帝国対応方針、そしてノクス・レクイエムの安全条件に接続しています」

 彼女は最初の資料を開いた。

「まず、アース・デッドエンド」

 画面に荒廃した大地、汚染記録、破棄兵器の推定データが表示される。

「文明崩壊後の世界です。帝国が過去に使用した可能性がある危険NB、特にNB-14 テュポーン、NB-16 ヒュドラとの関連が疑われます。大気汚染、自己再生、毒性粒子、生物・機械双方へのウイルス散布。これらは、太陽系地球が今後絶対に警戒すべき兵器運用例です」

 地球側の軍人が低く言った。

『つまり、帝国は自分達でも制御できない兵器を実戦投入した可能性があると?』

「はい」

 三島は頷いた。

「さらに重要なのは、制御不能となった兵器が破棄扱いになっても、残骸や汚染領域が残り続ける可能性です」

 次に、アース・ヴェルデ。

 緑の多い地形、生態観測データ、環境復元記録が映る。

「アース・ヴェルデからは、環境維持、生態系観測、汚染対策に関する知見を得ています。直接戦力ではありませんが、デッドエンド型汚染やNB由来環境被害への対処に応用可能です」

 リクトが補足する。

「ヴェルデ由来の環境観測手法は、ルクス艦内の汚染検出にも一部応用済みです」

 三島は続ける。

「アース・フォージ」

 画面に自動工廠、無人製造ライン、重機械文明の映像が表示される。

「機械文明、工業文明の地球です。高い生産能力と自動工廠AIを持ちますが、止まらない工場という危険性も確認されました。ルクス・ヴァルキュリアの改造、ノア・ドック整備、機体再編成には、フォージ由来の工廠管理思想を限定的に応用しています」

 地球側の技術士官が尋ねる。

『限定的、というのは?』

「自動化に任せきらないという意味です」

 三島は答えた。

「フォージの教訓は、生産能力そのものではなく、生産を止める権限の重要性です」

 グリッドが別回線から短く言った。

『作れるから作る、では駄目だ。止める人間が必要になる』

 三島は頷き、次の資料を開く。

「アース・ネオジェネシス」

 補正管理AI、セイン・オルティス、補助AI同期に関する記録が表示される。

「ネオジェネシスでは、補正AIと人間判断の関係を確認しました。人の判断を補助する技術は有用ですが、補正しすぎれば本人意思を上書きする危険があります」

 カナデが静かに補足する。

「この知見は、ノクス・レクイエムの本人意思認証、精神負荷監視、診断補助に関係しています。外部AIがユイさんの判断を代行しないことが重要です」

 ユイは少しだけ目を伏せた。

 カイトは隣で、そっと彼女を見る。

 三島は続ける。

「アース・カタストロフ」

 災害記録、避難民、崩壊した都市、防衛線の記録が表示される。

「大規模災害と社会崩壊への対応記録を得ています。太陽系地球が今後、NB災害、帝国侵攻、広域避難を強いられた場合の参考資料になります。ルクス・ヴァルキュリアの避難民収容、医療区画、艦内生活維持にも関連します」

 地球側の一人が重く頷いた。

『戦闘だけではなく、避難と復興の報告でもあるということか』

「はい」

 三島は答えた。

「戦いに勝っても、住民を守れなければ意味がありません」

 ここまでが横断報告の前半だった。

 三島は一度、画面を切り替えた。

「ここからは、現在の戦力再編成に直接関わる重点項目です」

 表示されたのは、アース・ネメシス。

 帝国標語。

 統合記念碑。

 パルスティア識別網。

 ノクス・リリス旧データ。

 エルマ・ディクセン。

 グラウス・ヴェルナー。

 リゼル・オルブライト。

「アース・ネメシスでは、帝国統治の完成形を確認しました。清潔で安定した街、犯罪率の低下、医療と配給の維持。その一方で、帝国標語、住民認証、教育放送、歴史の再分類が存在していました」

 地球側の上層部が難しい顔をする。

『つまり、帝国支配は単なる破壊ではない、と?』

「はい」

 三島ははっきり答えた。

「帝国は、世界を滅ぼすだけではありません。安定させ、統一し、選択肢を狭めます。これがアース・ネメシスで確認された危険です」

 画面が切り替わる。

「同地では、パルスティア識別網、帝国式認証・管理網、ノクス・リリス旧データ、レクイエム級制御構造の断片を取得しました。これらはノクス・レクイエム計画に関係していますが、そのまま使用してはいません」

 リクトが補足する。

「帝国式命令系統は主制御から切り離しています。取得したのは構造理解と遮断方法です」

 次に、アース・エデン。

 ハーモニアの記録が映る。

「アース・エデンでは、社会維持機構ハーモニアと、ハーモニア式術式安定化技術を確認しました。帝国式のように出力を命令で押さえ込むのではなく、流れの衝突を和らげ、余剰を外部へ逃がす技術です」

 地球側の技術士官が言う。

『それがレクイエム・ベントに使われている?』

「はい」

 三島は頷いた。

「ただし、エデン側の技術提供条件があります。破壊のためだけに使わないこと。レクイエム級出力を無制限に扱わないこと。ユイ本人の意思確認を必ず行うこと。レクイエム・ベントを優先すること。ハーモニア式技術を帝国式命令系統へ直結しないこと」

 カナデが続ける。

「これは精神面でも重要です。支援技術は、本人意思を上書きしてはいけません」

 三島は次へ進む。

「アース・アンノウン」

 画面には、境界外縁の記録ブイ、分岐ログ、帰還できない記録が表示される。

 地球統合軍側がざわついた。

 三島は淡々と説明する。

「アース・アンノウンでは、境界内への侵入は行っていません。接触もしていません。境界外縁での観測に留めました」

『なぜ接触しなかった?』

 上層部の一人が問う。

 三島はすぐに答えた。

「記録分岐が発生したためです。クロウヴェイル・ノアは実体として帰還しましたが、一部記録上では境界側に残留していました。これを受け、接触ではなく撤退を選択しました」

 カイルの通信が一瞬だけ開く。

『入れなかったわけじゃない。入らなかった。戻れる条件が不十分だったからだ』

 三島はその言葉を記録済みのものとして表示した。

「アンノウン由来の成果は、非固定保存方式です。最新記録を正解と決めつけず、矛盾記録を削除せず、隔離して保持する方式です」

 地球側から疑問が出る。

『それは安全なのか? 矛盾した記録を残せば、混乱の元になる』

「混乱の元になります」

 三島は否定しなかった。

「ですが、削除すれば何が起きたか分からなくなります。アンノウン記録に関しては、統一より隔離保存が安全と判断しました」

 会議室に重い沈黙が落ちる。

 三島は、そこで画面を切り替えた。

 ノクス・レクイエム初期型。

 黒灰の外殻、白銀のフレーム、紅紫の制御光。

 ユイは、画面に映る自分の機体を見つめた。

 三島が言う。

「次に、ノクス・レクイエム初期型について報告します」

 地球側の空気が明らかに変わった。

 最初に発言したのは、地球統合軍の軍務担当者だった。

『確認する。これは、ネメシス・レクイエムの残骸を使用した機体だな』

「はい」

『さらに、ノクス・リリス旧データを参照している』

「はい。ただし、直接接続ではありません。隔離参照です」

『帝国製巨大GDの改修機を、地球側戦力として認めるということか』

「制限付き完成機として扱います」

 三島は怯まなかった。

「全出力運用は禁止。レクイエム級出力の全開放禁止。レクイエム・アンカーは未完成。レクイエム・ベントを安全機構として優先。ユイ本人意思認証を主制御に置き、ノクス・リリス旧データは隔離参照。帝国式命令層は常時監視対象です」

 別の上層部が問う。

『ユイ本人への負担は?』

 カナデが答えた。

「負荷はあります。ないとは言えません。ただし、本人が中断判断をできていること、停止申告が有効に機能していること、試験後に回復できていることを確認しています」

『それでも、ユイ一人に負担が集中しているのではないか』

 その指摘に、ユイの肩がわずかに強張る。

 カイトが何か言おうとしたが、三島が先に答えた。

「その懸念は正当です」

 全員が三島を見る。

「そのため、ノクス・レクイエムは単独運用を認めていません。カナデによる精神負荷監視、アシュによる安全装置、リンによる命令層監視、リクトによる術式層解析、三島による監査記録を必須条件とします。また、今後アルタイル・ノヴァ・ブレイス、およびレイヴン・ハウル・リコールの再編成により、支援と帰還能力を強化します」

 地球側の一人が眉をひそめる。

『ルクス・ヴァルキュリアの独断が大きくなりすぎていないか』

 ジンが口を開く前に、三島が答えた。

「大きくなっています」

 はっきりした言葉だった。

 会議室の空気が一瞬止まる。

 三島は続けた。

「だからこそ、今回の帰還報告を行っています。独断で進めた部分があることは否定しません。しかし、現場で判断しなければ、失われていた情報と人員があります。重要なのは、事後に隠さないこと、危険を記録すること、運用制限を明確にすることです」

 地球側の上層部は黙った。

 三島は、少しだけ声を強めた。

「記録は責任を押しつけるためだけのものではありません。危険を見落とさず、止める条件を残すためのものです」

 その言葉は、会議室に静かに響いた。

 ユイは、三島を見ていた。

 彼女は自分をかばっているわけではない。

 危険は危険だと言っている。

 ノクス・レクイエムが危険であることも、ユイに負担があることも、ルクスの判断が重くなっていることも、隠していない。

 それでも、止めるための条件を示している。

 カイトは、そこでようやく三島が監査官としてここにいる意味を強く感じた。

 ただ止めるためではない。

 ただ責任を追及するためでもない。

 進むなら、どう止めるかを残すためだ。

 地球側の一人が、画面越しにユイを見る。

『ユイ。君自身は、この機体をどう見ている』

 突然の問いに、ユイは少しだけ息を詰めた。

 カナデが横目で様子を見る。

 カイトも、彼女を見た。

 ユイは静かに立ち上がった。

「怖い機体です」

 最初の言葉は、はっきりしていた。

「ノクス・レクイエムは危険です。ノクス・リリス旧データも、ネメシス・レクイエムの外殻も、帝国式命令層も、まだ完全には消えていません」

 彼女は一度、胸元に手を置いた。

「でも、私はこの機体を、帝国の命令で動く機体にはしません。私を動かす機体ではなく、私が止められる機体にします」

 地球側は黙って聞いている。

「だから、全出力はいりません。今は制限付きでいいです。撃つためではなく、撃たない選択を成立させるために使います」

 ユイの声は大きくない。

 だが、逃げてはいなかった。

 三島はその発言をそのまま監査記録へ残した。

 地球側の上層部の一人が、深く息を吐いた。

『危険性は理解した。安全条件も理解した。ただし、地球統合軍として、無制限運用は認められない』

「こちらも求めていません」

 ジンが答えた。

「ノクス・レクイエムは制限付き完成機として扱う。実戦投入も、条件を満たした場合のみだ」

『では、次回会議で機体再編成案を審議する。アルタイル・ノヴァ・ブレイス、レイヴン・ハウル・リコールについても正式資料を提出せよ』

「了解した」

 三島が記録する。

「次回議題、機体再編成。ノクス・レクイエム支援体制、アルタイル・ノヴァ・ブレイス案、レイヴン・ハウル・リコール案」

 会議はそこで一度締められた。

 通信が切れると、会議室の空気が少しだけ緩む。

 だが、疲労も大きかった。

 カイトは椅子に深く座り込む。

「……長かった」

 リクトが苦笑する。

「報告対象が多すぎますからね」

 カナデがユイを見る。

「大丈夫ですか」

「はい。少し疲れました。でも、大丈夫です」

 三島は端末を閉じる前に、最後の一文を入力した。

 危険を認めた上で、制限付き運用を継続。

 次回、機体再編成案を正式審議。

 ジンは三島を見る。

「よくまとめた」

「必要なことを言っただけです」

 三島はいつも通りに答えた。

 だが、カイトには、その言葉が少しだけ頼もしく聞こえた。

 その後、ユイは会議室を出て、通路の窓から地球を見た。

 カイトも隣に来る。

「言えたな」

「はい」

「怖かった?」

「怖かったです」

 ユイは正直に答えた。

「でも、危険だと言われても、私まで否定されたわけではありませんでした」

「うん」

「それが、少し嬉しかったです」

 カイトは頷いた。

 ノクス・レクイエムは危険だ。

 それは誰も否定しない。

 けれど、ユイ自身を危険そのものとして扱うことは違う。

 今日の監査報告は、その線引きを正式に残した。

 地球は、まだ簡単にすべてを受け入れたわけではない。

 疑問も不安も残っている。

 それでも、報告は終わった。

 隠さず、誤魔化さず、危険を記録した。

 そして、止める条件を示した。

 それは、次へ進むために必要な一歩だった。

 次に待つのは、機体再編成。

 ノクス・レクイエムを一機だけの危険な力にしないために。

 カイトのアルタイル・ノヴァを支える機体へ。

 カイルのレイヴン・ハウルを戻る機体へ。

 ルクス・ヴァルキュリアの戦い方を、正式に組み直す時が来ていた。

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