第12話 レヴァン
戦闘終了後。
アーク・ノア格納庫は、勝利の余韻よりも修理の喧騒に包まれていた。
整備班の怒鳴り声が響いていた。
「またフレーム歪んでるぞ!」
「右腕駆動系死んでる!」
「ガルム冷却限界超えてるだろこれ!」
タツヤが頭を抱えていた。
その横のガルムの右腕部が焼けている。装甲にも亀裂。
かなり無理をしていた。カイトは少し驚く。
「そんなヤバかったのか……」
「ヤバいなんてもんじゃねぇ」
タツヤが即答する。
「普通なら腕ごと吹っ飛んでる」
その時。エルが静かに端末を見つめる。
「機体側限界値超過」
「操縦者側出力追従率が高すぎる」
「LF-02では不足」
カイトが首を傾げる。
「不足?」
カイトにはすぐには分からなかった。
ガルムは強い機体だ。少なくとも、これまで自分が乗ってきたバスティオンよりずっと高性能に見える。
だが、ユイにとっては違うのだろう。
機体が弱いのではない。ユイの反応に、機体が追いついていない。
その事実だけが、格納庫の空気を重くしていた。
その時。格納庫奥。大型搬入口が開く。
重低音とともに、白い大型搬送コンテナが姿を現す。
ただの予備機を運ぶには、あまりにも厳重な扱いだった。
整備班の空気が変わる。
「来たか……」
タツヤが小さく呟く。カイトが困惑する。
「何が?」
返答より先。コンテナ固定解除。白い蒸気。
白い装甲に、淡い翡翠色のラインを走らせた細身の機体。しかし、異様な存在感。
LF-PT-Y01 レヴァン。
格納庫が静まり返る。カイトは言葉を失っていた。
「……綺麗だな」
思わず漏れる。ガルムとは違う。量産機とも違う。
洗練された細い輪郭。過剰な装飾はない。
それでも、最初から“特別”として作られた機体だと分かる存在感があった。
カイトは、これがガルムの代替機ではないのだと直感した。
レヴァンはユイのための機体だ。
そして、格納庫奥で眠るアルタイルは、自分に反応している。
同じ白い系統の機体でも、二機はまったく別の意味を持っていた。
その時。ユイが止まる。完全に。動きが止まった。
「……」
ミオが静かに隣へ来る。
「戻ってきたね」
小さい声。ユイは答えない。
しかし、その目だけが揺れていた。
その時。整備員達がざわつく。
「Yシリーズってマジか」
「資料でしか見たことねぇぞ」
「地球軍に現存してたのか……」
タツヤがカイトへ言う。
「元々は羽崎用の試験機だ」
「え?」
「高適性特化型」
「普通のパイロットじゃ扱えねぇ」
その時。ユイがゆっくり前へ出る。
レヴァンの白い装甲へ触れる。静かだった。まるで再会みたいだった。
その瞬間。
《SYNC CONFIRMED》
機体が起動した。
格納庫照明が白く反射する。候補生達がざわつく。
「勝手に起動した!?」
「認証反応!?」
エルが端末を見る。
「操縦者認識一致」
「Y01起動正常」
タツヤが苦笑する。
「どうやら機体側は最初から決めてたらしい」
カイトがレヴァンを見る。
そして少しだけ格納庫奥を見る。白いシートに覆われたアルタイル。
静かに眠るXシリーズ。その時。《SYNC SIGNAL DETECTED》
小さな反応が、アルタイル側モニターに走った。カイトが止まる。
「……また?」
誰も気づいていない。
いや、一人だけユイが気づいていた。
その視線がほんの少しだけアルタイルへ向く。まるで。
「次はお前だ」
そう言われたみたいに。
アーク・ノア格納庫。
重い沈黙に包まれていた。
格納庫中央。LF-X04 アルタイル。
白いシートは外されている。露わになった機体。
細身。鋭いシルエット。現行LFと違う。
どこか。GDに近い。カイトはその姿を見上げていた。
「……これがアルタイル」
「正確には試験停止機」
エルが淡々と補足する。
「正式運用記録なし」
「同期事故複数」
「現在まで適合者不在」
怖い情報しかない。その時。タツヤが工具を肩へ担ぐ。
「だがまぁ」
「お前来てから露骨に反応してんだよな」
カイトが嫌そうな顔をする。
「嬉しくねぇ……」
ミオが少し笑う。
「機体に好かれてる」
「それ絶対良い意味じゃないだろ」
その時。格納庫上層モニター起動。
艦長、それに技術士官達。
完全に、実験を始める空気だった。
『LF-X04起動実験を開始する』
空気が静まる。
『霧島カイト』
『搭乗』
「はい……」
カイトが深呼吸する。
隣にはレヴァン。
新しい専用機の前で。ユイが静かに立っていた。
白い専用機。そしてアルタイル。二機が並ぶ。
まるで何か対照的だった。ユイが小さく言う。
「無理だと思ったら切って」
「え?」
「アルタイルは普通じゃない」
静かな声だった。しかし、少しだけ心配そうだった。
カイトは少し驚く。
「……お前でもそういう顔するんだな」
ユイが少しだけ視線を逸らす。
「別に」
その返答が。逆に分かりやすかった。
コックピットのハッチ閉鎖。暗転。
《LF-X04 SYSTEM START》《PILOT CONFIRM》 そして光が灯る。
神経接続。その瞬間、以前より遥かに強い感覚。
「っ……!」
頭痛。浮遊感。
そして、視界が切り替わる。
機体視点。違う。“自分”が動く感覚。《SYNC RATE:42》《58》《71》 異常な上昇速度。
格納庫がざわつく。
「またか……!」
「速すぎる!」
エルが端末を見る。
「X04側反応増大」
「機体出力同期開始」
その時。アルタイルの目が光る。白いカメラアイ。
ゆっくりと機体が立ち上がる。格納庫空気が変わる。
重い。なのに異様に滑らか。カイトが息を呑む。
「動いた……」
《SYNC RATE:83》《85》警報が響く。
《神経負荷上昇》《LIMIT APPROACH》 しかし、止まらない。
その瞬間。カイトの視界へ何かが流れ込む。
知らない戦場。燃える空。白いGD。
そして黒い巨大な影。
「っ!?」
ノイズ。悲鳴。誰かの声。
《ERROR》《UNKNOWN MEMORY FRAGMENT》
アルタイルが突然加速する。
「うおっ!?」
一歩、踏み込み、床へ衝撃。固定アームが軋む。
タツヤが叫ぶ。
「抑えろ!」
「出力上がりすぎてる!」
ミオが即座にビット展開。防御フィールド形成。
その時。レヴァン。ユイ機が起動する。
白い機体がアルタイル前へ出る。ユイの声。
『カイト!』
その声。一瞬。ノイズを裂いた。カイトの意識が戻る。
《SYNC RATE DOWN》《72》《55》
アルタイル停止。
静寂が響いた。誰もすぐ動けなかった。
コックピット内部。カイトが荒く息をする。
汗。頭痛。しかし、一つだけはっきり分かった。
アルタイルはただの試験機じゃない。
あれは。
何かを知っている。




