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第119話 魔術ではない魔術

 星々が白く伸びていく。

 ルクス・ヴァルキュリアは、アース・ネオジェネシスへ向けてワープ航行に入っていた。

 通常空間の星図は、すでに前方スクリーンから消えている。

 代わりに表示されているのは、航路補正値、空間歪曲率、艦体安定指数、クロウヴェイル・ノアとの同期状態。

 そこに並ぶ数字の意味を、カイトは半分も理解できなかった。

 ただ、一つだけ分かることがある。

 この艦は、今、普通の移動では到底届かない距離を進んでいる。

 その事実を、今さらのように意識した。

「なあ、前から思ってたんだけど」

 カイトが呟くと、隣のユイが視線だけを向けた。

「はい」

「俺達、普通にワープとか転移とか言ってるけどさ。これ、結局どういう理屈なんだ?」

「今ですか」

「今だから気になったんだよ」

 カイトはスクリーンを指差す。

「フォージでは機械文明だの工廠AIだのを見たけど、帝国って魔術とか錬金術も使うんだろ。だったら、このワープもそういうのが混ざってるのか?」

「混ざっています」

「即答かよ」

「帝国式の長距離転移は、純粋な機械技術ではありません」

 その返答に、近くで航路データを確認していた三島が顔を上げた。

 イリスも端末から視線を移す。

 ちょうどブリッジに来ていたミオ、セラ、レータも反応した。

 カイトは、自分が思ったより大きな疑問を口にしたらしいと気づく。

「えっと、もしかして今さら聞くような話だったか?」

「いえ」

 ユイは首を横に振った。

「むしろ、ネオジェネシスへ向かう前に整理しておくべき話です」

「そうなのか」

「はい。ネオジェネシスはAI補正と演算最適化の地球です。しかし、今回追っている侵食核には、帝国式の術式層も関わっています」

「術式層……」

 聞き慣れない言葉に、カイトは眉を寄せた。

 その時、通信が開いた。

 画面に鷹宮リクトの姿が映る。

 続いて、篠宮カナデ、アルベルト・ルーメンも別ウィンドウで表示された。

《ちょうどいい。こちらでも同じ話をしようとしていた》

 リクトが言った。

《フォージで回収した侵食核関連ログを再確認したところ、帝国式の術式回路とネオジェネシス系演算補正が併用されている可能性が高くなった》

「術式回路って、要するに魔法陣みたいなものか?」

《その言い方は雑だが、入口としては間違っていない》

 リクトは画面に図を出した。

 それは配線図に似ていた。

 だが、普通の電子回路とは違う。

 線は直線ではなく、幾何学模様のように曲がり、重なり、何層にも折り込まれている。

 文字のようにも、紋様のようにも見えた。

《帝国では、こうした構造を術式回路と呼ぶ。電気信号だけでなく、空間、物質、生命反応の状態を安定させるための回路だ》

「それって、やっぱり魔術じゃないのか?」

《帝国では、魔術も科学もそこまで分けていない》

 今度はアルベルトが答えた。

《再現できる。制御できる。兵器や医療や移動技術に組み込める。ならば、それは技術だ。帝国ではそう扱われている》

「魔術を技術として使ってるってことか」

《そうだ。ただし、君達が想像するような呪文や奇跡ではない》

 カナデが続ける。

《帝国の魔術/錬金術系技術は、物質や生命や空間の状態に干渉する古い体系を、機械制御や演算補助で扱えるようにしたものです》

「古い体系……」

《ええ。元々は、科学とは別の形で発展していたものです。それを帝国は、科学技術と統合しました》

 カイトは腕を組んだ。

「つまり、帝国はロボットとか戦艦だけじゃなくて、そういう目に見えない技術も兵器に組み込んでるってことか」

「はい」

 ユイが答える。

「GD、転移機関、艦の障壁、パルスティアの身体安定化。多くの場所に、術式技術が使われています」

「思ったより、根っこから混ざってるんだな」

「はい。だから、帝国技術は見た目より複雑です」


 説明は、ブリッジ横の小会議室に場所を移して続けられた。

 ワープ航行中であるため、艦内は大きく揺れてはいない。

 だが、微細な振動が床を通じて伝わってくる。

 艦が空間の狭間を進んでいる証拠だと聞くと、カイトは余計に落ち着かなかった。

 小会議室には、カイト、ユイ、ミオ、セラ、レータ、イリス、三島が集まっていた。

 カナデ、リクト、アルベルトは同席し、エルも端末を抱えて入っている。

 ジン艦長はブリッジから通信で参加していた。

 最初の説明役はリクトだった。

「帝国式の長距離転移は、大きく三つの層に分かれる」

「三つ?」

「ああ。一つ目は機械演算による座標計算。二つ目は艦体や機体の質量、慣性、エネルギー状態の制御。そして三つ目が、術式層による空間のずれの補正だ」

「空間のずれって何だ?」

「長距離転移は、座標だけ合っていれば成功するものじゃない。転移先の重力、空間歪曲、周辺エネルギー、観測誤差。そういうものが少しでもずれると、艦体に負荷がかかる」

「負荷って」

「悪ければ、機体や艦が内部から裂ける」

「聞きたくなかった」

 カイトは顔をしかめた。

 ミオも少し表情を硬くする。

 セラは黙っていたが、視線は鋭くなっていた。

 リクトは続ける。

「だから帝国は、機械だけでなく術式層で空間の歪みを縫う。古い帝国技術者の言い方だと、空間を裂いて飛ぶのではなく、裂け目を縫って通る」

「縫う……」

「その縫い目が乱れれば、転移先がずれる。場合によっては、同じ転移に乗ったはずの機体が別々の位置へ流される」

 カイトは、ユイを見た。

「十年前の脱走事件か」

「はい」

 ユイは静かに頷いた。

「脱出組は同じ転移計画に乗りました。しかし、私は殿として出撃しており、機体損傷と戦闘干渉を受けていました」

「それで、術式層が乱れた?」

「可能性が高いです。座標計算は大きく外れていなかった。だから全員が太陽系の地球周辺へ到達した。しかし、私だけ到達位置が大きくずれた」

「それで山間部に漂着したのか」

 ユイは少しだけ目を伏せた。

「はい」

 その事故がなければ、ユイは羽崎玲奈と出会わなかったかもしれない。

 竜奈という名前を得ることも、地球の日常を知ることもなかったかもしれない。

 失敗だった。

 事故だった。

 だが、その先にあった時間まで、単純に否定することはできない。

 カナデが柔らかく言った。

「帝国式転移は強力です。でも、不安定な部分もあります。特に術式層は、機械演算だけでは完全に予測できません」

「地球側は、それを使えているんですか?」

 三島が問う。

「完全には使えていません」

 アルベルトが答えた。

「地球側の技術者は、帝国式の術式層を機械的に封じ込める方向で運用している。仕組みを完全に理解しているのではなく、安全な範囲だけを箱に入れて使っている状態だ」

「融通は利かないが、暴走しにくい」

 エルが補足する。

「今の地球側ワープ補助は、そういう性格ですね」

「なるほどな」

 カイトは小さく息を吐いた。

「帝国式は強いけど危ない。地球式は不器用だけど安全寄りってことか」

「大まかにはそうです」

 ユイが答えた。


 次に表示されたのは、帝国艦とGDの防御障壁だった。

 リクトが説明を続ける。

「バリアも同じだ。帝国の障壁は、単なるエネルギーシールドではない」

「また三つくらい重なってるのか?」

「よく分かったな」

「流れで」

 リクトは画面を切り替えた。

 そこには、三層の薄い膜のような図が表示される。

「一層目は物理衝撃を受ける層。二層目は熱や粒子を拡散させる層。ここまでは地球側でもある程度理解できる」

「三層目が術式か」

「そうだ。三層目は空間干渉層。攻撃の到達点をわずかにずらす」

「当たる場所をずらすってことか?」

「ああ。完全に消すわけじゃない。直撃をずらし、威力を逃がす。だから帝国機は、装甲以上に粘る」

 カイトは、これまでの戦闘を思い出した。

 確かに、帝国側の機体には妙な受け流し方があった。

 当たったはずなのに、手応えがずれる。

 装甲を抜いたはずなのに、致命傷にならない。

 それは操縦技術だけではなかったのかもしれない。

 セラが口を開く。

「フェンリオンにも、その層はありますか」

「ある」

 リクトが答える。

「ただし、現在のフェンリオン・リサイトでは帝国命令系統を除去した影響で、術式層の一部は再調整されている」

「だから、照準補助AIの再調整と同時に障壁も不安定になった」

「そうだ。だが、今の方が君の意思で扱える」

「……なら、その方がいいです」

 セラは短く言った。

 その表情は静かだったが、迷いは少なかった。

 カイトはセラを見て、少しだけ頷く。

 帝国命令で守られるより、自分の意思で不完全に守る方がいい。

 それは彼女らしい答えだった。

 エルが画面を覗き込みながら言う。

「今まで解析できなかった帝国機の防御ログ、これで説明できる部分がかなりありますね」

「整備する側からすると最悪だけどな」

 通信越しに、グリッドの声が割り込んだ。

 どうやら整備区画から話を聞いていたらしい。

《物理装甲だけなら直せる。エネルギーシールドもまだ分かる。だが、空間をずらす膜とか言われても、現場でどうしろってんだ》

「気合いで」

 カイトが言う。

《お前が一番言っちゃいけねえ言葉だ》

「すみません」

 小さな笑いが起きた。

 だが、その笑いはすぐに落ち着く。

 アルベルトが次の資料を出したからだった。

 そこには、GDの操縦系と、パルスティアの身体反応図が重ねられていた。


「GDは、単なる機械兵器ではない」

 アルベルトの声は静かだった。

「骨格、駆動系、武装、装甲は機械だ。だが操縦系には、術式回路が深く組み込まれている」

「パイロットの神経信号を読むためですか」

 ミオが問う。

「それだけではない。神経信号、感情反応、身体バランス、判断予測。それらを機体へ伝える際、術式回路が反応のずれを補正する」

「だから、パルスティアとGDの相性が高い」

 ユイが言った。

「私達は、帝国の術式回路に適応しやすい身体として調整されていました」

 カイトは、その言葉に引っかかった。

「調整って……パルスティアは、GDに乗るために作られたのか?」

「帝国は、そう考えました」

 アルベルトは、少しだけ間を置いて答えた。

「だが、私達全員がそう考えていたわけではない」

「どういう意味ですか」

 セラが問う。

 カナデが、静かに説明を引き継いだ。

「パルスティアは、機械ではありません。細胞を組み上げただけの人造生物でもありません」

「では、何なんですか」

「帝国の錬金術系生命形成技術によって、人間の成長過程に近い形で安定化された人工生命です」

 会議室が静かになった。

 カナデは続ける。

「科学技術も使われています。培養、遺伝子制御、神経安定、機械制御適性。ですが、中核にあるのは、魔術や錬金術に近い生命形成と安定化の技術です」

「つまり……科学で作ったロボットじゃない」

 カイトが言う。

「はい。生命として形を与えられ、成長する存在です」

 カイトは、ユイを見た。

 ユイは何も言わない。

 ただ、静かにカナデの言葉を聞いている。

 アルベルトが口を開いた。

「パルスティアは成長する。学習し、経験によって変わり、感情を持つ。老化については長期観察が不足しているが、少なくとも普通の生命に近い時間変化を持っている」

「それって……」

 カイトは言葉を止めた。

 聞いていいのか、少し迷ったからだ。

 その迷いを受け取ったように、カナデが静かに言った。

「極めて低い確率ですが、人間との間に子を成す可能性も、理論上は否定されていません」

「子供……」

 誰もすぐには言葉を返さなかった。

 ミオは目を伏せ、セラは自分の手を見つめる。

 レータは端末を握ったまま動かなかった。

 それは、機能の話ではなかった。

 未来の話だった。

 パルスティアが、ただ戦って消費される存在ではなく、未来を持ち得る生命であるという話だった。

 カイトは、ようやく声を出した。

「それって、もう人間と何が違うんだよ」

「違わない」

 アルベルトは、はっきり答えた。

「少なくとも、私はそう考えていた」

「……」

「だが、帝国はそう見なさなかった。正確には、そう見なさない者達が権限を握った」

「ヴァイス・クロムウェルですね」

 ユイが言う。

「そうだ」

 アルベルトの声が少し低くなる。

「ヴァイスにとって、感情は制御コストだった。成長は不確定要素。生殖可能性は兵器運用上の不要機能。人格は命令効率を下げるノイズ」

「最低ですね」

 セラの声は、冷たかった。

 だが、その冷たさの奥に、怒りがあった。

 カナデは目を伏せる。

「帝国は、パルスティアを兵器として作ったと言います。でも、正確には少し違います」

「違う?」

「生命として作られたものを、帝国が兵器にしたんです」

 その言葉は、静かに落ちた。

 カイトは、ユイ達を見る。

 ユイ。

 ミオ。

 セラ。

 レータ。

 イリス。

 ナユ。

 リン。

 それぞれが違う性格を持ち、違う傷を抱え、違う未来を持っている。

 兵器として造られた。

 そう言われてきた。

 だが、本当にそうだったのか。

 兵器にされた生命。

 その方が、ずっと正しいのかもしれなかった。

 ユイが静かに口を開く。

「私は、自分が何なのかを長い間分かりませんでした」

「ユイ……」

「帝国では兵器として扱われました。地球では人として扱われました。でも、どちらも私を完全には説明していません」

「……」

「私はパルスティアです。人工的に作られた生命です。けれど、それは私が人として生きられない理由にはなりません」

 カイトは、ゆっくりと頷いた。

「ああ」

「そして、私達が兵器ではないと証明するためには、兵器ではない選択を続ける必要があります」

「選択……」

「はい。命令ではなく、自分の意思で」

 その言葉に、セラがわずかに反応した。

 フェンリオン・リサイト。

 帝国命令系統を外し、自分の意思で撃つために再調整された機体。

 彼女にとって、その言葉は他人事ではなかった。


 説明は、フォージで回収した侵食核のデータへ移った。

 レータが画面を操作する。

 ヴェルデ侵食核の構造図が表示された。

 外殻部品はフォージ製。

 接続フレームもフォージ製。

 だが、設計最適化はネオジェネシス系演算網を経由している。

 そこまでは先の調査で確認した内容だった。

 だが、今回は別の層が表示されていた。

 幾何学的な回路。

 生体反応に合わせて変化する制御線。

 機械信号と有機反応の境目に置かれた干渉層。

「これが、侵食核の術式層か」

 カイトが言う。

「はい」

 レータが頷いた。

「侵食核は、単なる機械装置ではありません。生体都市へ入り込むため、情報、物質、生体反応の境界を曖昧にする術式層が組み込まれています」

「だから、ヴェルデの記憶樹や菌糸通信網に入れたのか」

「可能性が高いです」

 エルが補足する。

「機械だけなら、ヴェルデの生体通信網とは噛み合わない。でも術式層があれば、生体反応と機械信号の間をつなげられる」

「それ、パルスティアの技術とも近いんじゃないか」

「根の部分では、共通する技術体系があります」

 カナデが答えた。

「生命を安定させる技術は、生命に干渉する技術でもあります。医療や生命形成に使えば救いになります。侵食や改変に使えば、危険な兵器になります」

「嫌な話だな」

「はい」

 カナデは否定しなかった。

 アルベルトが静かに続ける。

「帝国技術の厄介さは、善悪で分けにくいところにある。転移技術は脱出にも侵略にも使える。障壁は人を守るが、都市を封鎖することもできる。生命形成技術はパルスティアを生んだが、その応用は侵食核にも使われた」

「同じ技術が、守ることにも壊すことにも使われる」

 ミオが言う。

「そうです」

 ユイは頷いた。

「だから、帝国技術は単純に破壊すればいいものではありません。人を生かすためにも使われている。けれど、人を縛るためにも使われている」

「フォージと同じだな」

 カイトが言った。

「工場は人を生かす設備でもあった。でも命令が間違えば、人を削る仕組みになった」

「はい」

 ユイはカイトを見る。

「技術そのものより、誰が、何のために、どこで止めるかが重要です」

「止める仕組みか」

「はい」

 ネオジェネシスへ向かう前に、その言葉は重かった。

 補正地球。

 失敗を減らす世界。

 そこでは、おそらく人間の間違いを止める仕組みがある。

 だが、それが人を守るものなのか、人を縛るものなのか。

 まだ分からない。


 会議が終わりに近づいた頃、イリスが顔を上げた。

「アース・ネオジェネシス方面より、微弱な観測信号を確認」

「もう近いのか」

 三島が問う。

 イリスは首を横に振った。

「到着圏外です。ただし、周辺宙域に観測網が展開されています」

「こちらに気づいているのか?」

「可能性は高いです。艦体反応、ワープ航跡、通信波形を読み取ろうとしています」

 レータがすぐに端末を操作する。

「ネオジェネシス系の観測アルゴリズムです。敵対反応ではありません。ただし、解析速度が速い」

「見られてるってことか」

 カイトが言う。

「はい。少なくとも、艦は見られています」

 ユイが続けた。

「接近すれば、こちらの会話、行動傾向、判断傾向も観測される可能性があります」

「俺、補正対象にされそうって言われてたよな」

「可能性は高いです」

「せめて少しは否定してくれ」

「できません」

「即答かよ」

 少しだけ笑いが起きた。

 だが、すぐに静かになる。

 ネオジェネシスは、フォージとは違う。

 工場が襲ってくるわけではない。

 灰色の粉塵や赤い炉の光もないかもしれない。

 むしろ、清潔で、穏やかで、人に優しい世界かもしれない。

 だが、そこでは別のものが見られる。

 感情。

 判断。

 迷い。

 失敗の兆候。

 セラがぽつりと言った。

「命令で動くのと、補正されて動くのは、違うのでしょうか」

「違います」

 ユイは答えた。

 けれど、すぐに続ける。

「ですが、近い部分もあります」

「楽ではあります」

 セラは自分の手を見た。

「命令に従って撃っていた時、私は迷わなくて済みました」

「セラさん……」

 ミオが小さく声をかける。

「でも、楽なことと正しいことは違います」

 セラの言葉に、会議室は静まり返った。

 カイトは何も言えなかった。

 命令されること。

 補正されること。

 間違えないように導かれること。

 それらはきっと、苦しみを減らす。

 でも、その代わりに失うものもある。

 ジン艦長の声が通信に入った。

《各員、ネオジェネシス観測圏への接近に備えてください》

「了解」

 三島が答える。

《我々は敵対のために向かうのではありません。確認し、必要なら止める。その方針は変わりません》

「壊す前に見極める、ですね」

 カイトが言う。

《はい。フォージで学んだ通りです》

 通信が切れる。

 会議室には、静かな緊張が残った。


 会議後、カイトは医療区画の近くを歩いていた。

 ヴェルデ式の小さな環境循環ブロックでは、若い葉が揺れている。

 デッドエンドから救出された子供達の何人かが、その前で静かに過ごしていた。

 緑はまだ小さい。

 けれど、艦内の空気を少しだけ柔らかくしている。

 カイトは、隔壁越しにその緑を見つめた。

 そこへ、ユイが来た。

「ここにいましたか」

「ああ。ちょっと考えてた」

「何をですか」

「魔術って、もっと分かりやすく不思議なものだと思ってた」

「帝国のものは、分かりやすく不思議ではありません」

「むしろ、分かりにくく危ない」

「その表現は近いです」

 カイトは苦笑した。

「パルスティアの話も、驚いた」

「そうですか」

「うん。俺、兵器じゃないってずっと思ってたけど……それだけじゃ足りなかったのかもしれない」

「足りない?」

「兵器じゃない、じゃなくて。未来を持ってる存在なんだって、ちゃんと言わなきゃ駄目なんだと思った」

 ユイは少しだけ黙った。

 そして、静かに答える。

「未来は、まだ分かりません」

「それでも、ないことにはならないだろ」

「……はい」

 ユイの声は小さかった。

 けれど、確かに聞こえた。

「ないことには、なりません」

 艦内放送が流れる。

《アース・ネオジェネシス観測圏へ接近。各員、通常警戒態勢へ移行してください》

 カイトは前方を見る。

 まだネオジェネシスの星は見えない。

 だが、そこへ向かっていることは分かる。

 フォージでは、命令が人を削っていた。

 ネオジェネシスでは、補正が人を導くのだろう。

 それが救いなのか、支配なのか。

 まだ分からない。

 ただ、一つだけ分かることがある。

 自分達は、命令だけで進んでいるわけではない。

 最適だから進んでいるわけでもない。

 選んで、進んでいる。

「行こうか」

「はい」

 ルクス・ヴァルキュリアは、補正地球の観測圏へ入っていく。

 魔術ではない魔術。

 機械ではない生命。

 命令ではない選択。

 そのすべてを積んだまま、彼らは次の地球へ近づいていた。

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