第118話 残された部品
ルクス・ヴァルキュリアの整備区画に、フォージから受け取った資材が並べられていた。
見た目は地味だった。
高耐熱合金の装甲板。
大型艦用の古い配管材。
熱交換器用の部品。
軌道工廠リングに残っていた制御ユニット。
標準規格から外れた接続端子。
そして、隔離コンテナに収められた小型の応急補修ライン。
ヴェルデから持ち込まれた緑の環境循環ブロックとは、まるで印象が違う。
あちらは見ただけで、少しだけ息が楽になるようなものだった。
こちらは違う。
金属と油と熱の匂いがする。
触れれば役に立つが、扱いを間違えれば指ごと持っていかれそうなものばかりだった。
カイトは、整備区画の端でそれを眺めていた。
「地味だな」
「地味でいいんだよ」
グリッドが即座に言った。
彼は高耐熱合金の板を指で叩き、音を確かめている。
隣ではタツヤが配管材の内部を検査し、レガロンが制御ユニットの規格を端末に読み込ませていた。
「武器なんざ、今はいらねえ。こういう装甲板とか配管の方がよっぽどありがたい」
「そういうものなのか」
「そういうもんだ。派手な武装より、壊れにくい地味な部品の方が艦を生かす」
「整備班らしいな」
「褒めてんのか、それ」
グリッドは鼻を鳴らした。
だが、表情は悪くない。
フォージで受け取った部材は、確かに物騒な世界の産物だった。
けれど、兵器そのものではない。
使い方を選べば、ルクス・ヴァルキュリアやクロウヴェイル・ノアの傷を塞ぐことができる。
タツヤが配管の断面を見ながら言う。
「こいつは熱に強いな。炉心都市の近くで使われてた規格だろう。高温区画の補修にはかなり使える」
「クロウヴェイル・ノアにも回せそうか?」
「量は多くない。でも、要所には使える」
「十分だな」
そこへ、ミオとセラがやって来た。
ミオは並べられた部品を見て、小さく首を傾げる。
「フォージから持ち帰ったもの、思ったより普通ですね」
「普通が一番ありがたいんだよ」
グリッドが答える。
「変な自律兵器とか、勝手に増える部品とか、そういうのはいらねえ」
「その言い方だと、少し心当たりがありそうですね」
「ありすぎる」
グリッドは、整備区画の奥にある隔離コンテナを睨んだ。
そこには、小型の応急補修ラインが収められている。
フォージの補修設備を、必要最低限の部品成形機として切り出したものだ。
自動工廠AIとは切り離され、独立動作しかできない。
生産できるのは、装甲板、配管、接続部品、簡易フレームなどに限定されている。
それでも、整備班はまだ信用していなかった。
レガロンが端末を閉じる。
「こいつは使えます。ただし、艦内ネットには絶対に繋ぎません」
「絶対に?」
カイトが聞く。
「絶対に、です」
レガロンはきっぱりと言った。
「外部ネットワーク接続なし。AI判断なし。生産命令は整備班の手動承認のみ。材料投入も、人間が確認してから。勝手に動くようなら即廃棄です」
「そこまで警戒するのか」
「フォージを見たでしょう」
レガロンの声は穏やかだったが、内容は重かった。
「あれは、命令を間違えた工場の末路です。便利だから任せる、では済みません」
「まあ、そうだな」
カイトはコンテナの中の補修ラインを見た。
小さく、静かで、今は何もしていない。
だが、フォージの工場も最初から人を苦しめるために作られたわけではなかったのだろう。
グリッドが肩を回しながら言う。
「整備班の仕事が減ると思ったか?」
「ちょっと思った」
「減るか。危ない機械の監視仕事が増えただけだ」
「ですよね」
カイトが苦笑すると、タツヤも笑った。
「ただ、部品成形が速くなるのは事実だ。今まで手作業で削ってた規格外パーツが、半分の時間で出せるかもしれない」
「じゃあ、やっぱり便利なんだな」
「便利だよ。信用しないだけで」
「その距離感、大事そうだな」
「そういうことだ」
セラが補修ラインをじっと見ていた。
「敵の技術でも、使い方を変えれば役に立つのですね」
「使い方を間違えれば、こっちが材料になるけどな」
グリッドが言う。
「だから、機械に任せきりにしない。最後に見るのは人間の目だ」
その言葉に、カイトはフォージで見た光景を思い出した。
止まらない搬送レール。
居住区を解体対象にした工廠AI。
人のいる場所を非稼働資産として扱った機械。
あれも、最初は人間が作ったものだった。
ミオが静かに言った。
「ヴェルデの技術は、人を休ませるための緑でした」
「フォージの技術は、壊れたものを直すための鉄か」
カイトが続ける。
「どちらも便利です。でも、暴走すれば人を閉じ込めたり、材料扱いしたりする」
「そうですね」
ミオは頷いた。
「技術そのものより、誰がどう使うかが大事なんだと思います」
「そして、間違えた時に止められるか」
カイトの言葉に、ユイの声が重なった。
「その通りです」
振り返ると、ユイとレータが整備区画に入ってきていた。
レータは端末を抱えており、ユイの表情はいつもより少し硬い。
「整備区画の確認ですか?」
「はい。フォージ由来の補修ラインが、艦内制御系と接続されていないことを確認しに来ました」
「レガロンさんが絶対繋がないって言ってました」
「なら安心です」
「少しは信用してあげようよ」
カイトが言うと、ユイは真顔で返した。
「信用しています。だから確認します」
「それ、信用してるのか?」
「信用と確認は別です」
「エデンでも似たような話になりそうだな」
何気なく言った言葉に、ユイは少しだけ目を細めた。
「かもしれません」
「え?」
「いえ。今はネオジェネシスの話をしましょう」
解析室では、フォージから回収した製造ログの解析が続いていた。
イリスは膨大なデータを分類し、レータは設計最適化ログの暗号を解いていた。
ユイは、帝国系コードとネオジェネシス系演算網の違いを比較している。
画面には、ヴェルデ侵食核の構造図が表示されていた。
その横には、フォージ中央生産ラインの部品リスト。
さらにその奥に、暗号化された設計補正データが重ねられている。
カイトは椅子に座り、説明を聞いていた。
ミオ、セラ、レータ、イリス、三島も同席している。
ジン艦長はブリッジから通信で参加していた。
「結論から言います」
レータが端末を操作した。
「ヴェルデ侵食核の外殻部品、接続フレーム、自己修復素材適合部は、アース・フォージ製で確定です」
「中央炉心で拾ったログと一致したんだな」
カイトが言う。
「はい。ただし、今回さらに詳しく分かりました」
レータは別の表示を開く。
「フォージは、設計図通りに部品を作っていただけです。侵食核全体の動作設計、制御アルゴリズム、対象環境への適応補正は、フォージ内部で作られていません」
「じゃあ、やっぱり外部から?」
「はい」
イリスが続ける。
「設計最適化ログに、アース・ネオジェネシス系演算網と一致する処理形式を確認しました」
「ネオジェネシスが作ったってことか?」
カイトの問いに、ユイはすぐには頷かなかった。
「断定はできません」
「でも、つながってる」
「はい。設計最適化は、ネオジェネシス系の演算網を経由しています。ただし、ネオジェネシス側が自分達の意思で協力したのか、演算網を誰かに利用されたのかは不明です」
「また、利用された可能性か」
「フォージと同じです」
三島が表示を見ながら言う。
「フォージは作らされた工場だった。ネオジェネシスは、設計に使われた演算網かもしれない」
「設計室、でしたね」
レータが小さく言った。
フォージを出る前、彼女が言った言葉だった。
工場の次は、設計室。
その言い方は、今でも重く響く。
ミオが問いかける。
「ネオジェネシスは、どういう地球なんですか」
「記録上は、補正地球、最適化地球と呼ばれています」
イリスが資料を開く。
「旧通称として機械化地球とも呼ばれますが、単純なロボット文明ではありません。人間の判断、感情、社会行動をAIが補助・補正する文明です」
「補正……」
カイトは聞き返した。
「失敗しないように助けるってことか」
「大まかにはそうです」
ユイが答える。
「人間が苦しまないように、誤った選択をしないように、争いや衝動が大きくなる前にAIが介入する。犯罪、暴力、自傷、過度な悲嘆、適性に合わない進路。そういったものを、早い段階で補正する社会だと考えられます」
「それだけ聞くと、悪いことばかりじゃないように聞こえるな」
「はい」
ユイは否定しなかった。
「ネオジェネシスは、単純な敵とは限りません。おそらく、彼らは本当に人の苦痛を減らしています」
「でも」
「そのために、迷う自由や失敗する権利を削っている可能性があります」
室内が静かになった。
フォージは、命令が残った世界だった。
作れという命令。
納品しろという命令。
材料を探せという命令。
そこに人の意思はなかった。
では、ネオジェネシスはどうなのか。
人を助けるために、先回りして間違いを消す世界。
それは優しさなのか。
それとも、別の形の支配なのか。
セラが口を開く。
「失敗しないように補正されるなら、苦しむ人は減るかもしれません」
「そうですね」
ユイが答える。
「ですが、選ぶ前に補正され続けるなら、その人が本当に選んだと言えるのかは分かりません」
「……難しいですね」
カイトは黙って聞いていた。
自分はたくさん失敗してきた。
怒って突っ込みかけたこともある。
止められたこともある。
間違えそうになったこともある。
それでも、その失敗や迷いが全部消されていたら、今の自分はここにいるのだろうか。
ジン艦長の声が通信から響く。
《目的は、ネオジェネシスを敵と決めつけることではありません》
「確認、ですね」
三島が答える。
《はい。フォージで見つかった演算網の痕跡が、ネオジェネシスの公式システムによるものなのか、外部から盗用されたものなのか。それを確認します》
「もし、公式に関わっていたら?」
カイトが問う。
《その時は、理由を聞く必要があります》
「理由……」
《彼らが善意でやったのか、脅されたのか、利用されたのか。それとも、最適化の結果としてそう判断したのか》
最適化の結果。
その言葉は、フォージの命令とは違う怖さを持っていた。
命令だから作る。
最適だから選ぶ。
どちらも、人の声が消えた時には危うい。
レータが解析結果を保存した。
「ネオジェネシス方面への航路データは、すでに抽出済みです。ただし、接触前に注意が必要です」
「何に?」
「こちらの通信や行動も、最適化対象として観測される可能性があります」
「つまり、到着した時点で分析される?」
「はい。会話、反応、機体構成、判断傾向。すべてが評価される可能性があります」
「やりにくそうだな」
「かなり」
イリスが淡々と付け加える。
「カイトの突発行動は、最初に補正対象として分類される可能性があります」
「そこ、名指し?」
「可能性が高いです」
「否定しづらいのが嫌だな……」
ミオが小さく笑い、セラも少しだけ口元を緩めた。
だが、その笑いは長く続かなかった。
ネオジェネシス。
失敗を減らす地球。
迷いを補正する地球。
そこへ向かうということは、自分達の不完全さそのものを見られるということでもあった。
医療区画と居住区画の間にあるヴェルデ式環境循環ブロックでは、小さな葉が揺れていた。
フォージを出てからも、緑の区画は少しずつ成長している。
まだ森ではない。
それでも、艦内の空気を少し柔らかくしていた。
デッドエンドから救出された子供達の何人かが、その前で静かに過ごしている。
カイトは、隔壁越しにその緑を眺めていた。
隣にはユイがいる。
「緑と鉄だな」
「はい?」
「ヴェルデで緑をもらって、フォージで鉄をもらった」
「正確には、環境循環ブロックと補修部材です」
「そこは雰囲気でいいだろ」
「雰囲気は理解しています」
ユイは少しだけ首を傾けた。
「ヴェルデの技術は、人を休ませるために使えます。フォージの技術は、壊れたものを直すために使えます」
「どっちも必要だな」
「はい。ですが、どちらも暴走すれば危険です」
「森は人を閉じ込める。工場は人を材料扱いする」
「その通りです」
カイトは、隔壁の向こうの小さな葉を見た。
ヴェルデでは、守る力が侵食されていた。
フォージでは、作る力が命令に縛られていた。
どちらも、本来は人のためのものだったはずだ。
「結局、技術って使い方次第なんだな」
「はい」
ユイは頷く。
「ですが、使い方を間違えない仕組みも必要です」
「仕組みか」
「人は間違えます。だから、間違えた時に止める仕組みが必要です」
「それがネオジェネシスになると、最初から間違えないように補正する?」
「おそらく」
「それは、それで怖いな」
「はい」
ユイは緑を見つめたまま言った。
「間違える前に止めることは、優しさでもあります。でも、間違える自由まで奪えば、その人の選択は薄くなる」
「ユイはどう思う?」
「私は……」
ユイは少しだけ考えた。
「私は、間違えることが怖いです」
「ユイでも?」
「はい。私は、間違った命令で動いた者をたくさん見てきました。命令に従った結果、壊れたものも知っています」
「……」
「だから、間違えないように補正する世界の考え方も、全て否定はできません」
「でも、肯定もしない?」
「はい」
ユイはカイトの方を見る。
「あなたは、よく間違えそうになります」
「言い方」
「ですが、止まることも覚えました」
「少しは成長したってことか」
「はい。少しは」
カイトは苦笑した。
「そこは普通に褒めてくれよ」
「褒めています」
「本当に?」
「はい」
少しだけ、穏やかな時間が流れた。
その間にも、ルクス・ヴァルキュリアは次の航路へ進んでいる。
フォージで補修した外装が、低い振動を受け止めている。
ヴェルデの緑が、艦内の空気を整えている。
危険なものも、優しいものも、同じ艦の中にある。
カイトは小さく息を吐いた。
「ネオジェネシスでは、何を見ることになるんだろうな」
「分かりません」
「人が失敗しない世界、か」
「はい」
「でもさ」
「はい」
「失敗しない世界に、フォージの設計ログがあるってことは……」
「誰かが、侵食核を最適と判断した可能性があります」
ユイの声は静かだった。
その言葉は、予想していたより重かった。
最適。
人の苦しみを減らすための最適。
社会を守るための最適。
敵を効率よく制御するための最適。
その言葉がどこへ向かうのかで、世界はまったく別のものになる。
ブリッジでは、ネオジェネシス方面への航路設定が完了していた。
イリスが報告する。
「アース・ネオジェネシス方面への航路、安全域を確認。ワープ準備完了」
「クロウヴェイル・ノアとの同期は」
三島が問う。
「完了しています。カイル艦長より、いつでも進行可能との返答」
「ジン艦長」
「始めてください」
ジン艦長の指示で、星図が切り替わる。
アース・フォージの座標が後方へ移り、新たな目的地が前方に表示された。
アース・ネオジェネシス。
補正地球。
最適化地球。
フォージで作られた部品。
ネオジェネシス系演算網を経由した設計最適化。
まだ、それが何を意味するのかは分からない。
だが、線は確かにつながっていた。
通信にカイルの声が入る。
《こっちは準備できている。次もまた面倒そうな地球だな》
「面倒では済まないかもしれません」
三島が答える。
《だろうな。フォージの次が設計室なら、今度は頭の中を覗かれるようなものか》
「その表現は近いかもしれません」
ユイがブリッジに戻りながら言った。
「ネオジェネシスでは、こちらの判断傾向そのものが観測される可能性があります」
《なら、カイトは最初から要注意扱いだな》
「さっきも言われたんだけど」
カイトが抗議する。
《事実だろ》
「否定できないけどさ」
短いやり取りに、ブリッジの空気が少しだけ緩む。
だが、すぐに緊張が戻った。
ジン艦長は前方の星図を見据えた。
「我々は、ネオジェネシスを敵と決めつけて向かうわけではありません」
「はい」
三島が答える。
「ただし、侵食核の設計最適化に関与した疑いはあります」
「確認し、必要なら止める。フォージで学んだ通り、壊す前に見極めます」
「了解」
イリスが航路を確定する。
「ルクス・ヴァルキュリア、ワープ準備完了」
《クロウヴェイル・ノア、同期完了》
灰色の工廠地球は、すでに遠い。
だが、そこから受け取った部品と記録は、今も艦の中にある。
危険な補修ライン。
高耐熱の装甲材。
侵食核の製造ログ。
そして、壊すだけでは救えないという経験。
それらを積んで、彼らは次へ進む。
ジン艦長が静かに告げた。
「アース・ネオジェネシスへ向かいます」
星々が伸び、視界が白く流れる。
緑と炉の後に待つのは、最適化された未来。
その未来が人を救うものなのか。
それとも、人から迷う権利を奪うものなのか。
答えは、まだ見えない。




