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第112話 緑と鋼の航路

 ルクス・ヴァルキュリアの内部に、緑の区画が生まれた。

 それは、森と呼ぶにはまだ小さい。

 公園と呼ぶにも足りない。

 医療区画と居住区画の間に設けられた、仮設の環境循環ブロック。

 透明な隔壁の向こうで、細い枝葉が静かに揺れている。

 床下には水循環用の管が走り、壁面にはヴェルデ式の生体素材が薄く貼られていた。

 空気は、少しだけ違っていた。

 金属と消毒液の匂いが薄れ、湿った土と若い葉の匂いが混じっている。

 それだけで、艦内の空気が少し柔らかくなったように感じられた。

 カイトは、隔壁越しにその緑を見ていた。

 隣にはアイナがいる。

 デッドエンドから救出された子供達も、少し離れた場所で小さな苗を眺めていた。

 彼らは、まだ大きな声で笑うことはない。

 だが、葉が揺れるたびに目を向ける。

 その反応だけでも、艦内の医療スタッフ達には十分だった。

「本当に、艦の中で育つんですね」

 カイトが呟くと、カナデが端末を操作しながら頷いた。

「完全なヴェルデ式都市環境には程遠いです。でも、空気浄化、水分循環、心理安定用の緑化区画としてなら、十分に機能するそうです」

「心理安定用……」

「緑があるだけで落ち着く人は多いですから。特に、デッドエンドから来た子達には」

 カイトは、子供達の方を見た。

 彼らが見ているのは、ただの植物ではない。

 灰色の空と毒の大地しか知らなかった者達にとって、それは別の世界の証拠だった。

 まだ、生きられる場所がある。

 そう示す、小さな緑だった。

 アイナは、苗の一つを見つめたまま言った。

「デッドエンドにも、昔はこういうものがあったのでしょうか」

「たぶん、あったと思う」

「そうですか」

「戻せるかどうかは分からないけど」

 その言葉に、アイナは少しだけ目を伏せた。

 けれど、すぐに顔を上げる。

「分からないなら、まだ決まっていないということですね」

「……そうだな」

 カイトは小さく頷いた。

 デッドエンドは、終わった世界だった。

 ヴェルデは、終わる前に止められた世界だった。

 その二つを見た後だからこそ、今ここにある緑の意味は軽くなかった。

 そこへ、ナユとリンがやって来た。

 ナユは透明な隔壁に近づき、じっと葉を見つめる。

「音が軽い」

「音?」

 カイトが聞き返すと、ナユは頷いた。

「デッドエンドの音は重かった。ヴェルデの森は、少し痛かった。これは、まだ小さい音」

「小さい音って、悪い意味か?」

「違う」

 ナユは首を横に振った。

「育つ前の音」

「なるほど」

 カイトは少し笑った。

 リンは腕を組み、緑の区画を見ながら言う。

「艦の中に森を作るなんて、普通なら正気じゃないな」

「でも、便利そうだろ」

「便利と危険は近い。ヴェルデで見ただろ」

 リンの言葉に、カイトは笑みを消した。

 その通りだった。

 緑は人を助ける。

 だが、侵食されれば都市そのものが人を拒む。

 命を支える仕組みは、そのまま命を縛る仕組みにもなり得る。

 ユイは少し離れた場所から、そのやり取りを聞いていた。

 彼女の視線は緑ではなく、隔壁の接続部に向いている。

 生体素材。

 制御端末。

 切断ライン。

 緊急隔離用の遮断弁。

 ユイが見ているのは、緑の美しさではなく、暴走した時にどこで止めるかだった。

 カイトはそれに気づき、声をかける。

「ユイ、気になるのか」

「はい」

「やっぱり危ない?」

「危険です」

 ユイは即答した。

「ただし、危険だから使わない、という判断も正しくありません。ヴェルデ式環境循環は、長期航行と避難民保護に有効です。問題は、使用する側が危険を理解しているかどうかです」

「便利なものほど、止め方を決めておく必要があるってことか」

「はい」

 ユイは隔壁の向こうの緑を見る。

 その表情は、どこか静かだった。

「ヴェルデは、都市そのものが人を守るために作られていました。だからこそ、侵食された時、人を閉じ込める形にもなった」

「守る仕組みが、逆に」

「はい。守るものほど、奪われた時の被害が大きい」

 その言葉に、カイトはデッドエンドの地下区画を思い出した。

 ヘスティアの声。

 救援を求めながら、外部開放を拒んでいた記録。

 人を守るために閉じた場所が、長い時間の果てに墓標になっていた。

 カナデが少しだけ表情を和らげる。

「だから、今回は小さく始めます。医療区画と居住区画の補助だけ。艦全体には接続しません」

「艦全体に繋がない?」

「はい。独立区画として運用します。何かあれば、区画ごと切り離せるように」

「それなら、少し安心だな」

「少しだけです」

 ユイが静かに補足した。

「安心しきらない方がいいです」

「分かってる」

 カイトは頷いた。

 安心しきらない。

 それは、最近になって何度も思い知らされていることだった。


 作戦会議室には、ヴェルデで回収されたデータが並んでいた。

 デッドエンドのヘスティア信号。

 ヴェルデの侵食核。

 旧帝国系コードと似た改変署名。

 侵食核の外殻部品。

 記憶樹へ接続していた黒い管。

 封鎖ログ。

 そして、イリスが抽出した微細な製造識別子。

 ジン艦長は、正面の表示を見つめていた。

 その横には三島、カイル、ユイ、レータ、イリスがいる。

 ミオ、セラ、ナユ、リンも後方席に控えていた。

 アルベルトとレガロン、タツヤ、グリッドは整備班側の席に座っている。

 最初に口を開いたのは、イリスだった。

「ヴェルデ侵食核の内部ログを再解析しました」

 彼女は淡々と告げる。

「前回報告した通り、起動署名は旧帝国コードそのものではありません。ただし、ヘスティア信号を再送・増幅していた改変コードと共通構造を持っています」

「つまり、同じ相手が関わっている可能性が高い」

 三島が確認すると、イリスは頷いた。

「はい。ただし、今回新たに判明した点があります」

「新たに?」

「署名は通信コードだけではありませんでした」

 表示が切り替わる。

 赤黒い侵食核の断面図。

 その端に、小さな識別番号のようなものが浮かび上がった。

 レータが続ける。

「これは、製造ライン由来の識別子です」

「製造ライン……」

 カイトは思わず呟いた。

 デッドエンドの救難信号。

 ヴェルデの侵食核。

 そこに製造ラインという言葉が入ると、急に別の重さを持ち始める。

 誰かが使ったのではない。

 誰かが作った。

 その事実が、目の前に形を持ち始めていた。

 アルベルトが眉を寄せる。

「この形式、旧帝国の軍需工廠で使われていたものに似ています。ただ、完全には一致しません」

「旧帝国の工廠ではないのか」

 ジン艦長が問うと、アルベルトは首を横に振った。

「帝国規格を参考にした、別の工廠規格です。帝国が接収した現地工場、あるいは帝国技術を組み込まれた外部生産ラインの可能性があります」

「外部生産ライン……」

「はい。帝国本国の正規工廠なら、もっと整理された管理コードになるはずです。これは、現地の生産体系に帝国系命令構造を上書きしたような形です」

 ユイの表情が硬くなる。

「接収した工場に、帝国の命令系統を被せた」

「その可能性が高いです」

 レータが端末を操作する。

 星図が開いた。

 複数の地球系文明の候補が表示される。

 その中の一つに、赤い印がついた。

「識別子の一致率が最も高い候補があります」

 三島が表示名を読む。

「アース・フォージ」

「工廠地球、か」

 カイルが低く言った。

 表示された惑星は、ヴェルデとはまるで違っていた。

 緑ではない。

 青でもない。

 灰色の大気。

 赤く光る地表。

 軌道上には、破損した巨大なリング状構造物が残っている。

 それは港にも見える。

 兵器工場にも見える。

 惑星を取り巻く、巨大な傷跡のようにも見えた。

 レータが説明を続ける。

「アース・フォージは、高度な工業文明を持っていた地球です。金属精錬、造船、兵器部品、軌道建造物の運用に長けていたと記録されています」

「持っていた、ということは」

 カイトが聞くと、レータは一瞬だけ目を伏せた。

「現在は、ネメシス帝国により占領・再編された疑いがあります」

「支配された世界か」

「支配というより、利用された世界と考えるべきかもしれません」

 三島が端末を見ながら補足する。

「資料によれば、都市機能の一部が兵器生産ラインへ組み替えられています。帝国本隊が撤退した後も、自動工廠や軌道工廠リングの一部は稼働中。住民は工業区画、地下労働都市、旧避難ブロックなどに分散している可能性あり」

「つまり、死の星ではない」

 ジン艦長が言う。

「だが、通常の文明活動も維持できていない」

 会議室に沈黙が落ちた。

 デッドエンドのように終わっているわけではない。

 ヴェルデのように都市がまだ住民を守っているわけでもない。

 フォージは、その中間に見えた。

 生きている。

 だが、生き方を奪われている。

 カイルは腕を組んだまま、表示された軌道リングを見ていた。

「世界そのものを工場にされた地球、か」

「その表現が近いです」

 レータは頷いた。

「アース・ネオジェネシスのように、人間社会そのものが機械化や合理化を選んだ世界とは違います。フォージは、都市と惑星インフラが生産ラインに変えられた世界です」

「人が機械になったんじゃない」

 カイトが言う。

「人の住む場所が、工場にされた」

「はい」

 その違いは大きかった。

 ヴェルデの都市は、人を守るために森と一体化していた。

 フォージの都市は、兵器や部品を作るために組み替えられた。

 どちらも、人間の生活と都市機能が結びついている。

 だが、向いている方向が違う。

 ユイは静かに言った。

「帝国は、人間をそのまま部品にすることがあります」

 その声に、わずかな硬さがあった。

「パルスティアも、兵器用の制御部品として扱われた。フォージで起きたことは、それに近いかもしれません」

「星ごと、部品にしたってことか」

 カイトは拳を握った。

 デッドエンドでは、兵器が使われた結果を見た。

 ヴェルデでは、侵食装置が仕込まれた現場を見た。

 そして次は、それを作ったかもしれない場所へ向かう。

 順番としては、あまりにも自然だった。

 だからこそ、嫌な感じがした。

 セラが静かに口を開く。

「フォージにまだ住民がいるなら、救助対象になります」

「その通りだ」

 ジン艦長は頷いた。

「だが、接近は危険だ。稼働中の自動工廠が、こちらを敵と認識する可能性がある。軌道工廠リングが生きているなら、艦艇用の迎撃設備が残っているかもしれない」

「それだけじゃない」

 グリッドが表示を睨みながら言った。

「工場ってのは、止め方を知らずに触ると危ねえ。特に無人工廠は、命令が残ってる限り動き続ける。作れって命令されたら、材料が尽きるまで作る。敵を排除しろって命令されたら、壊れるまで排除する」

「命令の拡大解釈ですね」

 イリスが記録する。

「自動工廠AIが、古い命令を現在も実行している可能性があります」

「命令は継続中、か」

 カイルが小さく呟いた。

 その言葉に、全員が一瞬黙る。

 人間がいなくなっても、命令だけが残る。

 それはデッドエンドにも通じるものがあった。

 ただし、フォージの場合は墓ではない。

 まだ動いている工場だった。


 会議後、カイトは格納庫へ向かった。

 ルクス・ヴァルキュリアの格納庫では、ヴェルデで受け取った自己修復植物材の試験が行われていた。

 小型の装甲板に薄く貼り付けられた生体素材が、細かい傷をゆっくり塞いでいく。

 完全な修復ではない。

 だが、微細な亀裂や表面損傷なら、自動的に補修できる可能性があった。

 タツヤが端末を見ながら唸る。

「便利は便利なんだが、高熱環境だと一気に弱るな」

「フォージ向きじゃないのか」

 カイトが聞くと、タツヤは苦笑した。

「フォージの地表環境が資料通りなら、むしろ弱点がはっきり出る。高熱、金属粉、排熱雲。植物材にはきつい」

「ヴェルデで得たものが、次の世界では弱点になる?」

「そういうこともある」

 レガロンが工具を回しながら続ける。

「ただ、使い方次第だ。艦内の空調や医療区画には有効。外装に貼って炉心都市へ突っ込むのは馬鹿だ」

「分かりやすいな」

「分かりやすく言ってるんだよ」

 カイトは少し笑った。

 そこへミオがやって来る。

 彼女はルナ・スケイル・リフレクトの調整ログを確認しながら、試験用の装甲板を見た。

「ヴェルデの技術は、守るための技術です。でも、フォージでは守る場所を選ばないといけませんね」

「守る場所?」

「はい。機体全体を守るのではなく、乗員区画、医療区画、避難者区画。命に近い場所へ優先して使うべきです」

「なるほど」

 カイトは頷いた。

 兵器を強くするためではない。

 人を生かすために使う。

 それなら、ヴェルデの技術を持ち出す意味がある。

 格納庫の奥では、クロウヴェイル・ノアの追加調整も進んでいた。

 元は別々だった二つの艦。

 アーク・ノアとクロウヴェイル。

 それらを統合した艦は、今も内部の調整を続けている。

 そこに、ヴェルデ式の小型環境循環ブロックが組み込まれようとしていた。

 カイルはその作業を見上げていた。

 隣にはナユとリンがいる。

「船に緑が増えるとはな」

 カイルが言うと、ナユが頷いた。

「帰る場所、少し柔らかくなる」

「柔らかい船ってどうなんだ」

 リンが呟く。

「沈みにくければ何でもいい」

「お前は雑だな」

「生き残れば正解だ」

 カイルは小さく笑った。

 だが、その視線はすぐに真剣なものへ戻る。

「フォージで補修部品が手に入るなら、クロウヴェイル・ノアの安定性も上げられる」

「それが目的ですか」

 ユイが近づいていた。

 カイルは振り返る。

「目的の一つだ。だが、一番ではない」

「一番は?」

「誰が作ったのかを調べることだ」

 ユイは黙って頷いた。

 カイルの言葉は短い。

 だが、そこに迷いはなかった。

「デッドエンドで聞いた声が、誰かに利用されていた。ヴェルデに仕込まれた核も、どこかで作られた。その製造ラインがフォージにつながっているなら、行くしかない」

「危険です」

「だろうな」

「自動工廠、工場警備ドローン、軌道リング、未停止の生産ライン。正面から接近すれば、敵艦として処理される可能性があります」

「だから、正面からは行かない」

 カイルは航路図を表示した。

 軌道リングの破損部分。

 稼働区画。

 通信死角。

 古い搬入ルート。

 それらをつなぐ細い線が引かれている。

「ラスト・オーダー向きの仕事だ」

「危険な隙間を抜ける仕事、という意味ですか」

「そういうことだ」

 ユイは少しだけ目を細めた。

「カイトは、正面から行きたがります」

「知ってる」

「止めてください」

「お前が言った方が効くだろ」

「最近は、あまり効きません」

「成長したな」

「困ります」

 カイルは少しだけ笑った。

 ユイは真面目な顔のままだった。

 だが、そのやり取りを聞いていたナユが、ぼそりと言う。

「仲が良い」

「違う」

 ユイとカイルが同時に否定した。

 リンは横で肩をすくめた。


 出航前の最終確認は、静かに進んだ。

 アース・ヴェルデ側からは、追加の補給物資と環境循環ブロックの運用資料が送られてきた。

 ヴェリナからの通信も届いた。

 彼女はまだ療養中で、顔色は戻っていなかった。

 それでも、声はしっかりしていた。

《ルクス・ヴァルキュリア、ならびにクロウヴェイル・ノアへ。第七記憶樹区画の再侵食は、現在確認されていません》

 ブリッジの表示に、ヴェリナの姿が映る。

 ジン艦長は頷いた。

「よい報告です」

《ただし、封鎖した侵食核は完全には無害化できていません。都市側で監視を継続します》

「こちらでも解析を続けます」

《お願いします》

 ヴェリナは一度、視線を下げた。

 そして、静かに続ける。

《アース・フォージへ向かうと聞きました》

「はい」

 三島が答える。

「侵食核の署名に、製造ライン由来の識別子が見つかりました。最も一致率が高い候補が、アース・フォージです」

《工廠地球……》

 ヴェリナの表情がわずかに曇る。

《ヴェルデとは、正反対の世界ですね》

「そうかもしれません」

 ユイが答えた。

《こちらは都市と森が一体化した世界。あちらは、都市と工場が一体化した世界》

「はい」

《ですが、どちらも本来は人が生きるための場所だったはずです》

 その言葉に、ブリッジの空気が少しだけ重くなった。

 人が生きるための都市。

 それが、侵食され、利用され、作り替えられる。

 ヴェルデも、フォージも、根は同じなのかもしれない。

 ヴェリナは続けた。

《ヴェルデは、あなた達の迷いを記録しました》

「迷いを?」

《はい。壊す前に考えたこと。撃つ前に止まったこと。救うために危険を選んだこと。それは、都市に残ります》

「記録として、ですか」

《記録として。そして、警告として》

 ジン艦長が静かに問う。

「警告?」

《迷わなくなった時、守る力は簡単に支配の力へ変わります》

 ユイは目を伏せた。

 その言葉は、彼女の中に深く入っていく。

 帝国は迷わない。

 必要だと判断すれば、作る。

 使う。

 壊す。

 奪う。

 その過程で誰かが苦しんでも、命令と目的が優先される。

 フォージは、その結果かもしれなかった。

《フォージで何を見つけるのか、私には分かりません》

 ヴェリナは言った。

《ですが、そこにもまだ人がいるなら、どうか忘れないでください。工場になった世界にも、かつては暮らしがありました》

「忘れません」

 カイトが答えた。

 ヴェリナは、少しだけ微笑んだ。

《なら、行ってください。緑は、こちらで守ります》

「はい」

 通信が切れた。

 ブリッジには、静かな余韻が残った。


 ルクス・ヴァルキュリアは、アース・ヴェルデの軌道を離れた。

 巨大樹木に覆われた地表が、徐々に遠ざかっていく。

 樹冠都市の灯り。

 緑化された高速道路。

 多層構造の空中街区。

 そして、第七記憶樹区画の黒い傷跡。

 それらが、一つの惑星の表面に収まっていく。

 カイトはブリッジの窓越しに、その光景を見ていた。

 隣にはユイがいる。

「まだ緑だったな」

「はい」

「守れた、って言っていいのかな」

「完全ではありません」

「だよな」

「でも、止められました」

 ユイは静かに言った。

「それは、デッドエンドではできなかったことです」

「……そうだな」

 カイトは頷いた。

 できなかったこと。

 できたこと。

 その差は小さくない。

 だが、その先には、まだ分からないことがある。

 誰がヘスティアの声を再送したのか。

 誰がヴェルデに侵食核を仕込んだのか。

 なぜ、複数の地球に干渉しているのか。

 そして、その装置はどこで作られたのか。

 答えの一部が、次の地球にある。

 航路図に、アース・フォージが表示された。

 灰色の大気。

 赤い地表。

 破損した軌道工廠リング。

 その姿は、遠目にも不穏だった。

 イリスが報告する。

「アース・フォージ方面より、微弱な自動通信を受信」

「内容は」

 ジン艦長が問う。

 イリスは数秒、信号を解析した。

「旧式の工廠管理信号です。断片的ですが、繰り返し送信されています」

「再生してくれ」

 ブリッジに、途切れ途切れの音声が流れた。

《――生産対象、未完了》

《――命令は継続中》

《――材料不足。代替資源を検索》

《――侵入者判定、保留》

《――製造ライン、再起動準備》

 誰も声を出さなかった。

 その音声は、人の声に似ている。

 だが、人ではない。

 命令を繰り返す機械の声だった。

 グリッドが低く呟く。

「まだ動いてやがる」

「何を作っている」

 カイルの声が通信越しに届く。

 イリスは解析を続けた。

「不明。ただし、信号内にヴェルデ侵食核の製造識別子と近似する番号を確認」

 レータがすぐに続ける。

「一致率、上昇。偶然ではありません」

「つまり」

 カイトは、表示された赤い惑星を見た。

「次は、作った場所か」

 ユイは静かに頷いた。

「はい。災厄が使われた場所ではなく、災厄が作られた可能性のある場所です」

 アース・ヴェルデの緑は、後方へ遠ざかっていく。

 前方には、灰色と赤の地球が待っている。

 森の次は、炉。

 記憶樹の次は、製造ライン。

 命を守るための都市を見た彼らは、今度は命を削って何かを作り続ける世界へ向かう。

 ルクス・ヴァルキュリアの艦内では、小さな緑が静かに揺れていた。

 その葉の向こうで、航路は鋼鉄の地球へ伸びていく。

 アース・フォージ。

 工廠地球。

 そこにはまだ、命令だけが残っているのか。

 それとも、その命令の奥に、救うべき誰かが残っているのか。

 答えは、赤く光る軌道リングの向こうにあった。

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