099:タイムラグ
「巫女、ねぇ」
「にひひ、先生に結構似合いそうじゃない、巫女さん?」
「まあ、それについてはノーコメントだけど……正直、あまり意図が読めないな」
クロエルたちから送信されてきた情報を確認し、僕はそう呟く。
大司教ローデリヒが栗原先生に対して提案してきた内容。
ただ単純に、その存在の価値という意味で考えれば、精霊教会にとっては確かに大きなものであると言えるだろう。
条件を満たせば、更なる顕霊を生み出すことができるかもしれないのだ。確かに、彼らにとって無視できる存在ではない。
尤も、仮に成功したとしても箱崎先生に執着する顕霊が増えるだけだろうけど。
「ユウ君は、あの人が人材として栗原先生を欲しがっていたわけじゃないって思ってるんだ?」
「そうだとするには、あまりにもあっさり引き下がったからね。生徒を無事に帰すっていう目的が明確な以上、精霊教会側は妥協点を見出すこともできたはずだ」
しかし、大司教ローデリヒは栗原先生に食い下がるようなことはしなかった。
あっさりと要求を引っ込めて、あの身分証を差し出してきたのだから。
交渉として、断りづらい状況を生み出してからのあの要求――やはり、あの身分証の方が彼らの目的だったと見るべきだろうか。
「魔法が仕掛けられていた形跡もない……本当に、ただ名目通りの品としか思えない、けど」
「私の記録からでは、同種のアイテムに関する情報は見つけ出せません。精霊教会内で調べる必要があるかと」
「やっぱり、珍しい代物か。そこはクロエルに追加調査を頼むしかないね」
流石に、大神殿の中ならばそれに関する情報も眠っていることだろう。
まあ、クロエルならば自分から調べていたとしてもおかしくは無いし、そこは次の報告に期待してもいい。
ともあれ、あの身分証そのものの正体は現状不明――仮に言葉の通り、本当に身分証であったと仮定すると、それを渡すことによる精霊教会のメリットは何だろうか。
「アイ、仮にあれを身分証として使用した場合、どれぐらいの効力を持つ?」
「非常に強力であると判断できます。裏側に大司教ローデリヒの名が刻まれていることから、その権威を活用できると言えるでしょう。そのため、精霊教会の権威が及ぶ範囲であれば、かなり強力なバックアップになります」
「基本的に、この大陸では精霊教会の権威はかなり高い……効力もそれだけ強力ってことか」
そう考えると、身分保障としては絶大な効力を有している。
かなり無茶な行動をしたとしても、あの身分証を使ってごり押すことは可能だろう。
まあ、栗原先生がそんな真似をするかどうかという疑問はあるのだけれど。
「それだと、精霊教会は栗原先生がそうやって身分証を使うことを期待してるってこと?」
「ありえなくはない、かな。それによる成果がプラスの物であれば精霊教会としても自分たちの手柄を主張できるし、マイナスの物であったとしても栗原先生に大きな貸しを作れる。どちらに転んでも、精霊教会にはメリットがあるんだから」
そしてそのまま無茶を重ねれば、今度こそ精霊教会からの要求を跳ねのけることは難しくなる。
彼らが主張する巫女という役割も、強引に押し付けられてしまう可能性は否定できない。
長期的に見て、精霊教会にはメリットが大きい――そう判断しての行動という可能性は、確かにあるだろう。
「栗原先生の固有魔法の力は、召喚者の中では最も派手で強力だと言えなくもない。顕霊を抜きにして目を付けられた可能性も、十分にあるだろうね」
「ふーん……でも、それだけじゃないって考えてるんだよね?」
「あはは、お見通しだね」
「にひひっ、ユウ君のことだからね」
ぐいぐいと体を押し付けてくるエリちゃんの様子には苦笑しつつ、僕はその言葉を肯定する。
正直、それだけだったら霊峰オルトスクまで呼び出す必要性は薄いと考えているのだ。
勿論、それに意味が無いわけではないけど、余分な手間と時間がかかることは間違いない。
何か、他の思惑が絡んでいると考えた方がいいだろう。
「今回の招待は、ローデリヒ大司教の主動だったという話は事実だろうね。ただ、そこに複数の思惑が絡んでるように思える」
「それじゃあ、聖女様も?」
「大司教の動きを止めなかったということは、黙認する程度には招く理由はあるんだろうね。けど、それだけだとちょっと弱い。まだ何かありそうな気もするけど……」
残念ながら、今現在送られてきている情報からそれを判断することは難しい。
もう少し、情報量を増やす必要があるだろう。
こうなると、こちらでゴーレムを動かせないことが痛くなってくる。
自分の手でこれを調べられないことは、何とももどかしい思いだった。
「とりあえず、クロエルたちには調べて欲しいことをまとめて送っておくか……」
「今こっちから働きかけられるのはそれぐらいだもんね。でも、どこを調べるの?」
「さっきの話だけど、まずはあの身分証について。どういうものなのか、確認する必要がある……これは、エルセナを栗原先生に接触させた方がいいかな」
まず、あの身分証がどの程度周知されたものなのかを確かめておきたい。
一般的な信徒たちの反応を見れば、その効果は明らかになるだろう。
ひょっとしたらエルセナ自身が何かしら知識を持っている可能性もあるけど――まあ、それはそれで手間が省けるから問題ない。
「それから、ローデリヒ大司教の周囲について」
「本人じゃなくて?」
「本人への調べは既に行っているだろうからね。それに加えて、周囲の人間についても調べておきたい」
クロエルも、重要人物への探りは言われずとも行っていることだろう。
まあ、『天眼の聖女』という例外はあるものの、他の人間についてもできるだけ探っておきたい。
持ち込むことができたゴーレムの数に限りがあるため、そこまで大量に調べることは難しいだろうけど……あまり、本丸に集中しすぎるべきではないだろう。
「それと……いや、これは優先度が下がるから、今はいいか。複数人を調べるので手一杯だろうし」
「え、なになに? 何を調べたいの?」
「例の、召喚者が世界を救った云々の話だよ。ただ、さっきの話しぶりからして、詳細を知ってるのは『天眼の聖女』だけ。しかも、神域検閲に引っかかるような知識だ。調べたところで、情報が出てくるかどうかは微妙だからね」
正直、気になるかと問われれば、非常に気になる内容ではある。
何しろ、神域検閲に引っかかるような内容なのだ。
それは即ち、この世界の根幹に関わるような情報であると言える。
けれど、その情報が書かれた資料があったとして、神域検閲によって内容を読み取ることはできない。
リスクに対し、リターンが少ないことは間違いないだろう。
「とにかく、今優先して調べるべきは、ローデリヒ大司教の思惑が何なのかという点についてだ。そこが読めないと、何か起こった時に対処が難しいからね」
「うーん……ま、そうだよね。できるだけ先回りしないとだし」
「エリちゃんも慣れてきたね」
「にひひっ、でしょ?」
得意げな様子のエリちゃんに笑みを返しつつ、僕はゴーレム越しにクロエルたちへと指示を出す。
さて、果たして精霊教会の思惑は何なのか――このタイムラグがある中では難しい対応だけど、何とか情報を探り出してみせるとしよう。




