100:歓迎の宴
その日の夜、大神殿の中で泊めて貰えることになった俺たちは、歓迎と銘打たれたパーティに参加していた。
立食パーティの形式で、色々な料理を取りながら楽しめるようになっている。
規模としてはそこまで極端に大きいわけではないのだけど、大神殿内で働いている聖職者の人たちは、こぞって参加している様子だった。
まあ、彼らに関しては、その目的は栗原先生――というより、先生に宿っているミカの方だったようだけど。
「霊峰オルトスクの大神殿に住まう方々といえど、顕霊と対面する機会などまずありませんから。無理からぬ反応ではありましょう」
「エルセナさん」
栗原先生に群がっている人たちのことをぼんやりと眺めていた俺に、隣から声がかかる。
裕也が派遣した四人の探索者にして、顕霊人形の一人――エルセナさん。
精霊教会の法衣に身を包んでいる彼女は、驚くほどこの場に馴染んでいた。
俺たちをここに連れてきたということで、今回は彼女たちもパーティの参加を許可されている。
とはいえ、当然ながら彼女たちについてはほぼ無視されているような状況だったけど……事情を知っている側からすると、何とも皮肉な光景だった。
「エルセナさんからすると、どうなんですか? その……顕霊に対する、ああいう反応って」
せっかくの機会なので、以前から気にしていたことを問いかけてみる。
精霊教会は、精霊や顕霊を信仰の対象にしているけれど――その顕霊当人であるエルセナさんは、それに対してどう考えているのか。
そんな俺の問いに対し、彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま、迷いなく続けた。
「無論、信ずるものへの祈りとは、尊いものです。わたくしは、その行為そのものが素晴らしいものだと、そう信じているのですよ」
「祈り……ですか?」
「ええ。祈りを捧げるという行為――そこには、様々な想いが交錯します。救いを求めるものであったり、日々の感謝を捧げるものであったり。その真摯な想いを、届くと信じて捧げる。その行為こそ、尊きものであると思うのです」
祈りを捧げられる側の存在である筈のエルセナさんは、それでも捧げる側の立場になろうとした。
その理由こそがこれなのだろう。彼女はただ、祈るという行為そのものを重要視している。
誰に対して祈るとか、自分に対しての祈りがないとか――そういったことは関係がないのだ。
だからこそ、ミカに対して祈っている聖職者たちを、眩しそうに見つめているのだろう。
「オルトスクの方々は、より世界の根幹に近い人々。それでも、ああして真摯に祈ってくださっている。それが、わたくしには何よりも嬉しいのです」
「成程、エルセナさんとしては、全然問題ないんですね」
「ええ、むしろ顕霊を前にして、信仰を示していない方々の方が気になります」
そう口にして、エルセナさんはぐるりと周囲を見渡す。
多くの聖職者たちが栗原先生の周りに集まっている中、それを遠巻きに眺めているような人々もある程度存在していた。
既に栗原先生と話をできた人々については問題ないだろう。
気にするべきなのは、最初から先生に接触しようともしていない人々だった。
「話ができる顕霊を目の前にして、精霊教会の信徒がああいう反応なのは……やっぱりおかしいですよね?」
「ええ、これはまたとないような機会の筈です。あの方々は、教会の運営のために所属していて、信仰を持っているわけではないのでしょうか……」
「それを調べるのがあーしらの仕事でしょ。ま、ああやってわかりやすく分かれてくれるのは助かるけどね」
「……クロエルさん」
皿に料理を盛った状態で現れたのは、同じくパーティに参加していたクロエルさんだ。
普段通り笑いながら、彼女はパーティ会場全体を眺めている。
まるで、何かを警戒しているかのように。
「まあ実際、これだけ大きな組織なんだし、信仰心じゃなくて仕事として所属してる人もそりゃいるでしょ。問題は、それで全部なのかどうかって点だよ」
「……信仰ではなく組織運営が主目的なら、他の信徒には無いような行動もとってくると?」
「しっしっし、そういうこと。ま、それだけじゃなさそうでもあるけどねぇ」
それは予想か、或いは既に何かを掴んでいるのか。
笑いながらも、その目の中にある光は鋭い色を宿していた。
恐らく今も、裕也からの指示で様々な調査を続けているのだろう。
「それにあんなのも受け取っちゃったからねぇ」
「栗原先生が受け取った、あの身分証ですよね? 何かまずいものなんですか?」
「いや、別にそういうわけじゃないよ。魔法もかかってないし、言葉の通り身分証であることも事実っぽい。過去に発行された記録も確認できたし、それそのものが問題ってわけじゃないんだ」
「それじゃあ、何が?」
「発行したのが誰か、ってところが問題――いや、まだ問題は起こってないから、その可能性があるって程度だけど。まあ要するにあの身分証は『精霊教会の大司教ローデリヒがこの者の身分を保証する』って証なわけよ」
その説明に、俺はしばし黙考する。
つまり、あれを付けている状況では、ローデリヒ大司教が栗原先生の身元保証人になっているということか。
それはつまり――
「……栗原先生が、ローデリヒ大司教の配下のような扱いに?」
「そこまで極端ではないけどね。ただ、あれを持ってる限りは紐づけて考えられるのは間違いないよ――その功績もね」
これから栗原先生が成し遂げる成果を、自分自身に紐づけさせる――それが、ローデリヒ大司教の目的なのだろうか。
顕霊の強力な力を操れることは事実だし、仮に大きな活躍をしなかったとしても、顕霊を宿しているというだけで大きなアピールになる。
そのために使った労力は、ただ身分証を渡したというだけ。
それは確かに、最小限のコストで大きなリターンを得られる方策だと言えるだろう。
ただ、それには少しだけ違和感があった。
「あのローデリヒ大司教が、そんなことを考えていたんでしょうか?」
「それはあーしも疑問なところだけどね」
「わたくしは、あの方は真に聖職者としてご支援くださっているように思えます」
「あーしは、信仰と打算の両方、どっちもありって意見。ただ……その方針を進めたのが当人なのか、って疑問はあるんだけどね」
直に対面したローデリヒ大司教からは、少なくとも悪意を感じ取ることはできなかった。
その信仰心に基づくような感謝が、言葉の根幹に根付いているように聞こえたのだ。
一方で、精霊教会という大きな組織を運営する側の立場のようなものも感じた。
クロエルさんの言う通り、ローデリヒ大司教の中には信仰と打算、その両方があるのかもしれない。
「クロエルさんは……誰かの提案で、その方針を進めたと思ってますか?」
「結構、可能性は高いかなって。あれで結構、大きな派閥の長だ。配下の人間は結構多いだろうからね」
周囲を見渡しながら、クロエルさんはそう告げる。
今回の依頼、その裏側を見通そうとしているかのように。
自然、俺は腰にある精霊剣に触れながら、彼女へと小声で告げていた。
「俺に手伝えることがあったら、言ってください。たぶん、必要になると思うので」
「しっしっし、いい覚悟だね。まあ、動く必要が出てきたらすぐに言うよ――ボスも、きっとそう願ってるだろうからね」
そう告げて、クロエルさんは笑う。
その表情は、どこか裕也を思わせるような、そんな笑みだった。




