101:進む対話
宴が進むにつれて、栗原先生も徐々にだけど解放されるようになってきた。
祈りを捧げていた人は大勢だったけれど、やはりその当人をあまり困らせてはならないという考えもあったようだ。
安堵したらしい栗原先生は、箱崎先生と共にパーティ会場の中を巡っている。
とりあえず、先生たちが一息吐けたことは何よりだった。
その一方で――
「成程、何故帯剣しているのかと思いましたが……まさか、剣に顕霊が宿っておいでだとは」
「すみません、鞘から抜かないようにはしておきますので」
「いえ、顕霊のなさることを我々が否定することはありません。是非、その剣は貴方の傍に」
こっちはこっちで、精霊教会の信徒の人に話を聞かれることとなっていた。
俺に声をかけてきたのは、背の高い女性の神殿騎士。
フローエと名乗った彼女は、どうやら『天眼の聖女』に仕える女性騎士の一人であるらしい。
聖女様というだけあって、周囲は女性で固めているということだろうか。
まあ、その体制自体はともかくとして、聖女に近しい位置にいる彼女は、やはり俺たちに好意的だった。
「とはいえ、その剣が顕霊を宿していることが周知されると、混乱が生じるでしょう。必要な者にのみ周知しておくべきでしょうね」
「たぶん、ある程度はそういう話になっていたんだとは思いますが……対応はお願いできますか?」
「ええ、勿論です。召喚者である貴方がたの手を煩わせるわけにはいきません」
相変わらず、精霊教会の信徒たちは俺たちへの反応が好意的だ。
『天眼の聖女』と直接話ができる立ち位置にいる彼女は、その傾向もより強いように思える。
一体、彼女はどのような話を聞いているのだろうか。
そんな疑問を元に、俺はフローエさんへと問いかけていた。
「どうして、そんなにも俺たち召喚者のことを尊重してくれているんですか?」
「召喚者は、我々の世界を救ってくださった存在。そのご恩を忘れてはならないと、聖女様は仰っていました」
「具体的に、どう救ったというのは? 俺たちは、特にこの世界のために何かをしたってわけではないですし、昔の召喚者なんだと思うんですが」
「詳細な内容については、私は存じ上げておりません。しかし、古き時代より世界を見通してきた聖女様が仰ることですので」
やはり、具体的なところはわからないらしい。
神域検閲に引っかかる話であるとも言っていたし、やはり詳細については聖女様本人にしかわからないということか。
ただ――フローエさんは、そこに一つだけ言葉を付け加えてくれた。
「ただ……聖女様は、こうも仰っていました。貴方たちがこの世界に来訪すること、それ自体が重要なのだと」
「それは……?」
「いえ、私もそれ以上は。しかし、あの口調からは……為したことより、召喚者の存在そのものについて、話をしていたように思えました」
その言葉に、思わず沈黙する。
召喚された人間がしたことではなく、召喚されたことそのものについて話をしている?
それがどのように世界を救うことに繋がるのか、俺には全く理解することができなかった。
けれど、フローエさんもどうやら、それ以上の話は聞いていないらしい。
その言葉の意味を詳細に知ることは、どうやら難しい様子だった。
「ありがとうございます、参考になりました」
「いえ……では、パーティを楽しんでください」
軽く会釈をして、フローエさんは去っていく。
参考になったけど、謎はむしろ深まったとも言える状況。
とはいえ、今の段階では詳細に知ることは難しいだろうし、仕方ないか。
俺は軽く嘆息しつつも、再び周囲を見渡し――人の波の途切れた栗原先生たちの方へと近づいた。
疲労した様子の栗原先生に、箱崎先生が付き添っているような状況。
何かしないといけないことがあったわけではないだろうけど、多くの人たちと接するというのは、やはりそれだけ負担も大きかっただろう。
「先生、大丈夫ですか?」
「天堂君、ええ、何とか。ちょっと疲れましたけど」
「彼らも、こちらに負担をかけたいわけではないからね。顕霊の……ミカの不興を買うような真似は避けているようだよ」
自我の境界が曖昧ではあるけれど、ミカは栗原先生のことを大切にしている。
そんな彼女に大きな負担がかかるような真似を続ければ、ミカがその相手を敵視する可能性も否めない。
そういう意味では、精霊教会の信徒たちも距離感を弁えていたということだろうか。
「それで、どうでした? 何かわかりましたか?」
「いや、これと言って新しい情報はなかったよ。彼らはあくまでも普通の信徒で、顕霊であるミカと話をできたことを喜んでいただけだった。ただ……」
ちらりと、箱崎先生は栗原先生の方へと視線を向ける。
胸にかけられた、大きいペンダント。精霊教会の紋章が刻まれたそれは、先程ローデリヒ大司教から渡された身分証だった。
どうやら、それを身に着けてくることを要求されていたらしい。
「これを目にした時の反応は、少し気になったかな」
「そうですよね。何ていうか、ミカとの対面とは別の方向で喜んでいたような……」
「喜んでいた、ですか。別に、栗原先生が精霊教会の所属になるようなものではないって、さっき言ってましたよね?」
「それは間違いない。そういう意味のものではないことも、きちんと確認は取っているよ」
あの身分証は、身に着けた者の身分を保証するというだけの物であり、所属を明らかにするような効果はない。
確かに、栗原先生が教会の所属になったなら、彼らは手放しで喜んでいたことだろう。
でも、あの身分証はそういったものではない。なら、彼らは何に喜んでいたのだろうか。
「話は聞いてみなかったんですか?」
「一応、訳は聞いてみたけどね。ただ、それに対する返答が基本的にローデリヒ大司教への賛辞だったから」
「これを渡したローデリヒ大司教の判断を讃えていたというか……そんな感じの反応でしたね」
先生たちの感想に、思わず首を傾げてしまう。
今の言葉の通りであるなら、彼らが喜んでいたのは顕霊の存在に対してではなく、ローデリヒ大司教に対してということになるだろう。
話に聞いた限り、ローデリヒ大司教は確かにかなり多くの支持を集めている人物だ。
それだけ尊敬している人も多いだろうし、大司教にとって喜ばしい出来事があれば一緒になって喜ぶ人も多いとは思う。
けれど――
(……流石に、反応が過剰すぎじゃないか?)
顕霊という存在を前にして、信徒たちがなぜか顕霊に対してではなく、ローデリヒ大司教が行ったことに対して喜んでいる。
正直、俺にとってはよくわからない反応ではあるのだけど――精霊教会の信徒たちにとっては普通なのだろうか。
ここにきて、異世界以上の異文化交流に身を置いているような気がしてならない。
「よくわからない反応ではあったんですけど……ただ、それで何かをしてくるとか、何か要求があるとか、そういうわけでもなくて。ただ喜んでいるだけ、という感じでしたよ」
「何も要求がない以上、こちらから何かができるわけでもない。とりあえず、様子見をしておくしかないね」
「……そうですか」
奇妙には感じるけど、特に何かできることがあるわけではない。
言い知れぬ不気味さを感じながら――俺はふと、こちらに近づいてくる気配に気が付いた。
振り返れば、先程別れたばかりのフローエさんがこちらへとやって来ている姿が目に入る。
どうやら、こちらに用事がある様子だった。
「度々失礼します、貴方が召喚者の代表の方でしたね」
「ええ。確か、神殿騎士のフローエさんでしたか」
「覚えていただけたとは、光栄です。ぶしつけで申し訳ありません、用件なのですが……聖女様が、皆様にお会いしたいと仰られています」
「……聖女様が」
面会の機会があるのではないかと、予想していたことは事実。
けれど、実際にこうして話が来ると、俺も驚きを隠せなかった。
先生は息を飲みつつも、その言葉にしっかりと頷く。
「わかりました。それは、いつからでしょう?」
「明日、午後の時間で。詳細な予定が決まりましたら、またお声がけいたします」
今日はもう遅い時間だから、いきなり面会とはならなかったらしい。
とりあえずは安心しつつも、そのイベントには緊張を隠せなかった。
果たして、どんな話をするつもりなのか――その考えが、脳裏を占める。
だからこそ――俺たちの会話の様子を見つめている視線に、気づくことができなかった。




