102:狂信
世も更けてきた時間帯。
あれこれと慌ただしく、色々な人と話をし続けて――パーティはようやく、終わりの時間を迎えることとなった。
このオルトスクに宿泊施設のようなものはないけれど、客人である俺たちは大神殿に部屋を用意して貰っている。
幸い、護衛であるクロエルさんたちにも部屋は用意して貰っていたので、部屋に関しての懸念点はなかった。
そんな部屋へと向かう中で、満足そうに腹を叩く剛志が声を上げる。
「いやぁ、食った食った」
「あの状況でよくそれだけ食べられたもんだね」
「何言ってんだ、食える時に食っとかなきゃ損だろ? それに、飯を持ってりゃそうそう話しかけても来ないさ」
「……地味に一理あるね」
こちらの行動を尊重してくれる精霊教会の人々なら、こちらが食事中ならあまり話しかけてはこないだろう。
素直に応じてしまっていたから、人が増えてしまっていたということか。
俺もそうしていればよかっただろうかと嘆息しつつも、必要そうな話を聞けたことも事実。
決して、無駄な時間ではなかっただろう。
「ところで天堂君! ちょっと気になった話なんですが!」
「えーと、六錠さんは精霊教会の人から色々話を聞いてたんだっけ?」
「……結構重要そうな話もあったんで、止めるに止めれなかったんだ」
いつものメモ帳を片手に発言する六錠さんの様子に、蓮杖君は深々と溜息を零しながらそう告げる。
彼女は普段のノリで取材をしていたのだろう。相手が相手だし、蓮杖君としても発言には注意していたのだろうけど――その話が気になることも事実だった。
果たして、何か新たな情報を引き出すことができたのだろうか。
「いろんな人に話を聞いてきた感じですけど、どうもこの大神殿内も二つの派閥があるみたいですね」
「いわゆる、聖女派と大司教派ってやつ?」
「そうです! まあ、明確に住み分けしてるわけでもなくて、どちらも尊敬してるって人が大半みたいなんですけど」
「……逆に言えば、一部はそれぞれどちらかにのみ敬意を持っている人もいるってことか」
古の時代から生き続け、世界を見守り続けてきた『天眼の聖女』。
その支配力は盤石なのかと思いきや、意外とそうでもない部分もあるということらしい。
まあ、人間の心理である以上はそれも仕方のないことなのだろうけど。
「特に大司教派の人たちなんて、今回栗原先生に紋章を渡したことに大絶賛でしたね。『流石はローデリヒ様!』みたいな感じでした」
「隣で聞いていた印象だけど、彼らは精霊よりも大司教を崇めているように聞こえた。それだけ、あの人に求心力があるということかもしれないけど――」
「……それは、危ういね」
六錠さんの調査内容、そして蓮杖君の補足。
つまるところ、この大神殿の中には精霊教会の信徒というより、『ローデリヒ大司教の信者』が存在しているということだろう。
勿論、それはごく一部のみの話なのだろうけど――彼らは果たして、どんな考えで俺たちのことを迎えているのか。
(召喚者に対して敬意を払うというのは、『天眼の聖女』から由来している考え方だ。ローデリヒ大司教の信者たちにとっては、それに従う道理はない)
ただ、一方でローデリヒ大司教自体は、俺たちに敬意と感謝を抱いてくれていた。
彼自身は、聖女様の言葉を信じているということなのだろう。
もし、その一部の人間がローデリヒ大司教を担ぎ上げようとしているのであれば、その考え自体は大司教当人の考え方とは合っていないのかもしれない。
それはつまり――
(……一部の感情が、暴走しつつある?)
思わず、息を飲む。それは、あまりよくない状況だ。
特に、明日には俺たちと聖女様の面会がある。
それは、彼らにとってはあまり歓迎はできないイベントだと言えるだろう。
正直、こうなると動きが予測できなくて困るんだけど――
「……剛志」
「おう、どうした? ……ん、緊急か?」
「わからない。でも……先生たちの様子を見に行こう。和久井も、頼めるかい?」
「いいけど、何かヤバそうな感じ?」
俺は精霊剣を手放せなかったため、常に手元に持っている状態だ。防具は用意できていないけど、それは仕方ない。
剛志はもとより武器無しでも強いし、和久井の場合は固有魔法を使えば武装を呼び出すことができる。
俺たちならば、今この状態でも戦闘を行うことが可能だろう。
「晃司君、私たちは?」
「部屋で待っていて欲しい――と言いたいところだけど、相手がどう動いてくるかわからない。できるだけ、一緒に動こう」
正直、この精霊教会の人間の、大半は信用しても構わないとは思う。
けれど、その信用できるかできないかの判別を行うことが不可能なのだ。
そういった状況である以上、可能な限り一緒に動いた方が安心できるはずだ。
「装備を持ってない鏡花ちゃんたちは、いざとなったら魔法で防御してほしい。さあ、行こう」
一度、来た道を戻る。
先生たちは、明日の聖女様との面会に向けて、少し調整のために残っていた。
もし、先生たちに何か干渉しようとするなら、今が最大のチャンスのはずだ。
足早にパーティ会場となっていた部屋の方へと戻って――その途中で、横合いから声をかけられた。
「おーい、こっち、こっちすよ! 早く入って」
「え、フォルトさん!?」
聞き覚えのある声に振り向けば、そこには横にあった部屋から顔だけ出して呼び掛けているフォルトさんの姿があった。
状況はわからないけれど、彼らは味方だ。その声を無視することもできない。
いったんその言葉に従って、俺たちはフォルトさんのいた部屋へと駆け込むこととなった。
そして――その中の様子を確認して、思わず目を剥く。
「先生! 良かった、無事でしたか!」
「ああ、彼らのおかげでね。しかし……天堂君たちも状況に気付いたんだね」
そこには、ディークさんに守られるような形で座っている先生たちの姿があった。
どうやら、彼らは先んじて先生たちを保護してくれていたようだ。
「すみません、俺たちも状況を確認したいんですが……やっぱり、大司教派閥の人たちから接触があったんですか?」
「まあ、そんなところっすね。詳しいことはクロエルが調べてるところっすけど」
姿が見えないクロエルさんは、大司教派閥の動きを調べているところらしい。
果たして、彼らはどのような行動を取ろうとしていたのだろうか。
俺たちの視線に、フォルトさんは軽く嘆息しながら弧を上げる。
「顕霊を自分たちの派閥に引き込もうとする動き。彼らはそれを強めてきた感じっすね。目的は……まあ知らないっすけど、大方ローデリヒ大司教を教会のトップにするとか、そういう感じっすかね」
「そのために栗原先生を捕まえようとしたってことか?」
「まあ、本当にところは説得するつもりだったんでしょうけど、いざとなったら誰か人質に取ることもあり得たっすから」
ミカは、そういう意味では箱崎先生に執着している。
もしも先生を人質に取られてしまえば、従ってしまっていた可能性も否めない。
「下手をするとその顕霊が暴れ出す可能性も高かったし……この建物をぶっ壊すのは流石に拙いっすよね」
「いくら精霊教会の本拠地とはいえ、ミカが全力で暴れたら大変なことになりますから……」
ファレンジア王国的にも、教会の本拠地を派手に破壊するわけにはいかない。
そのため、大きな騒ぎになるよりも早く、先生たちを救助してきたのだろう。
「ここに来るまでにトラブルは?」
「この二人を救出するときに強引な手段に出てきそうだったんで、ディークがのしちゃいました。殺してはいないっすけど、向こうにも大義名分を与えちゃったところがあるので、ちょっとまずいっすね」
「……すまん」
「いやまあ、あの状況なら仕方ないっすけどね。今にも暴れ出しそうだったし」
流石に責任を感じているらしいディークさんだが、ミカが暴れる寸前だったなら仕方ないだろう。
それで魔法を使わせてしまう方が危険な状況になっていた筈だ。
「こっちの勝利条件は?」
「……そういうところ、あの方との経験っすかね。クロエルが調査した内容を聖女派に伝えられればいいんで、時間を稼げれば何とか。しばらくはここで籠城してればいいっすけど、向こうにも実力者はいましたから、油断はできないっすね」
とりあえず、状況は把握した。
要するに、暴走した大司教派閥の信者たちによる追跡を防ぎきれれば勝ちということだ。
それなら、いくつかやりようはあるだろう。
「よし、わかりました。蓮杖君、一つ頼めるかな?」
「っ、ぼくに、できることなら」
しっかりと頷く彼に、笑みを返す。
やることがわかったなら、こちらもこちらで動くまで。
直接的に裕也の手は借りられないけれど――何とかしてみるとしよう。




