103:結界の力
蓮杖君の持つ固有魔法、結界術。
その名前からしても効果はわかりやすく、結界を張ることに特化した術式だ。
攻めるにはあまり向いていないものの、守りに関しては非常に優秀。
単純に頑丈な防御結界を張るだけではなく、様々な効果を付与することも可能であり、その応用性は非常に高い。
蓮杖君が魔法について積極的に勉強していることもあり、術式を組み合わせて効果を広げているのだ。
そのおかげで、今の状況でも取れる選択肢は十分に多かった。
「成程、防御と認識阻害の結界。あんまり組み合わせないような術式っすね」
「それぞれの術式は知ってますから。術式を分解して組み合わせる……この間教えて貰ったことです」
「それをそんなにすぐ可能なことも、驚きなんすけどね」
先日フォルトさんから教えて貰った、術式の解釈拡大。
蓮杖君はどうやら、その話だけで術式の組み合わせ範囲を広げることに成功したらしい。
今回組み合わせたのは、オーソドックスな防御に加え、認識阻害の効果を付与したもの。
その結界を、この部屋全体を包み込むようにして展開して貰った。
「扉を開けようとしても、防御結界があるから開くことは難しい。そして、そもそも認識阻害によってこの部屋に対して意識を向けづらくなっている。とりあえず、これでしばらくの間は時間が稼げるかと」
「そうっすね。君は、魔力の方は大丈夫っすか?」
「結界は、一度展開すれば維持にはそれほど魔力を使いません。まあ、修復し続けるとなるとそれだけ魔力を消費してしまいますが……」
「今は攻撃を受ける前提じゃないっすから、それはいいと思うっすよ。そうなったら、さっさと逃げればいいっすから」
その言葉を聞きつつ、窓の外を確認する。
ここは二階、少々高く見えるものの、身体強化をしておけば窓から飛び降りるのは簡単だ。
この場にいるメンバーなら、問題なく窓から逃げることができるだろう。
「ここで一晩隠れ続けるのも難しい。見つかる前提でおいた方がいいとは思う」
「そうっすね。結界が優秀でも、完全に隠れ続けることは困難だ。見つかった後のことについては、考えておいた方がいいっすよ」
「まあ、ここでいつまでも待ってるのも性に合わんしな。いざとなったら窓から逃げて、外で戦うのか?」
「この部屋も手狭だからね。ここで乱闘するわけにもいかないだろ」
剛志の言葉にそう返し、この場にいるメンバーを確認する。
探索者であり、裕也の派遣した戦力であるフォルトさんたちは問題ないだろう。
俺たちの方は、鏡花ちゃん、蓮杖君、六錠さん、箱崎先生の四人は戦闘能力は低いけど、他のメンバーは十分に戦える。
それに、鏡花ちゃんたちも支援能力は高いし、集団が相手になったとしても十分に戦えるレベルだろう。
問題は、戦闘になった場合に、どうやってそれを収めるかということだ。
「先生、仮に戦いになった場合、戦いの規模を広げすぎない方がいいんですよね?」
「……そうだね。王国側としても、精霊教会と事を構えたいわけじゃない。教会側が引き下がれなくなるような状況にはしない方がいいだろう」
「でも、それってどうすりゃいいすかね?」
箱崎先生の言葉に対し、剛志は首を傾げながらそう返す。
正直、難しい対処であることは事実だろう。
あまり派手に反撃してしまえば、その状況は避けられなくなってしまうのだから。
「具体的には、要人に大きな怪我を負わせたり、この建物を大きく破壊したりすることは避けるべきだ。私たちが召喚者ということで、多少の無茶は利くだろうけど……聖女様が庇いきれなくなるようなことをすれば、こちらにとっては失敗だ」
「つまり、あまり怪我させずに制圧しろってことですよね」
「そうだね、私たちだけで制圧できることがベストだろう」
変身術で姿を変え、いつでも剣を取り出せる状態になりつつ、和久井はそう声を上げる。
剣術に限って言えば、今の和久井は間違いなくトップクラスの実力者だ。
大概の相手であれば、制圧することは可能だろう。
とはいえ――
「和久井、ここは精霊教会の最重要拠点だ。それだけ、彼らにも強力な戦力がいると考えた方がいい」
「油断はするな、ってことでしょ。わかってるさ」
俺の言葉に、和久井は調子を変えることなく頷く。
果たして本当にわかっているのかどうか、不安はあるものの……それでも、実力は紛れもなく本物だ。
その力は、戦いになった際には頼りにさせて貰うこととしよう。
「それで、制圧できたとして……その後は、どうすれば?」
「それは私たちの仕事さ。公にできないとて、彼らが私たちに無体を働こうとしたことは事実。それを証拠として押さえられるなら、いくらでもやりようはある」
「クロエルがそのために動いてるっすからね。後のことなら気にしなくてもいいっすよ。とにかく、自分たちの身の安全を最優先にするべきっす」
「単純だな、そう言って貰えるのはありがてぇ」
クロエルさんのおかげで、後々のことはあまり考えなくても済む。
恐らく、彼女は裕也の動きを代行するような作業をしてくれているのだろう。
そのバックアップがあるなら、こちらも安心して動くことができる。
「でも、戦わないで済むならベストなんですよね? なら、こういうのはどうですか?」
「ん、んん? 六錠、君はまたぼくの魔法に干渉を……!」
「ふふん、この間のでちょっとコツを掴みましたからね」
部屋を覆い尽くしていた、薄い青色の結界。
それに対し、六錠さんは手を触れさせながら固有魔法を発動した様子だった。
正直なところ、彼女の固有魔法である封印術は非常に複雑な魔法であると言える。
その効果は、ロワン先生ですら把握しきれない程複雑で――それ故に、六錠さんはとにかく直感的にそれを扱っていた。
「君の術式は基本的に弱体化だろう、結界の性能を落とすつもりか!」
「そこをわからずに手出しするわけ無いじゃないですか! 結界に封印を施すんじゃなくて、結界に干渉した相手に対して仕掛けるんですよ!」
その言葉に、俺と鏡花ちゃんは思わず顔を見合わせた。
条件を指定して発動する類の魔法は、確かに存在する。
けれど、それを他の人間の魔法に組み合わせて設置しておくなど、聞いたことがなかった。
どうやらフォルトさんも初耳らしく、目を剥いて六錠さんの様子を見つめている。
「ほら、認識阻害の効果に合わせて、相手の意識レベルの低下! こっちを見ようとしたら少しぼんやりする感じにしてみたり!」
「……術式の発動は阻害していないか。本当に、意味が分からないところで器用だな君は」
驚きを通り越して呆れすら抱いてしまったのか、蓮杖君は半眼で六錠さんのことを見つめている。
そんな様子を知ってか知らずか、彼女は楽しそうに他の魔法の仕込みも行っていた。
「せっかくだから、無理やり破壊したら思いっきり封印を仕掛けることにしちゃいましょう。デバフ盛り盛りで」
「え、マジでどうやってるんすかそれ、え?」
恐らく六錠さんは、『できそうだから』という理由でやってみたのだろう。
これもまた、術式の解釈拡大の一つだ。
彼女は、直感的にそれが可能であると判断して、他の魔法に対する仕込みという異様な魔法を完成させたのである。
(二人とも、本当に凄いな……)
確かに、ここに来るまでや、この大神殿の中でも、様々な魔法に関する情報を手に入れてきた。
けれど、まさかそれをあっさりと応用して見せるとは。
本当に――
「……俺も、負けてはいられないか」
窓の外、夜の空を見上げる。
降り注ぐ月と星の光――その瞬きの中で、少しずつ何かを見出し始めていることを、直感的に感じていた。




