104:全体像
クロエルから送られてきた情報を精査して、僕は眉根を寄せつつ溜息を零す。
状況を理解したうえで言わせて貰えば、中々に下らない真相であった。
「つまり……精霊教会の権力争いに巻き込まれたってこと?」
「ファレンジア王国内の争いを解決したかと思えばこれだ。本当に、僕たちを巻き込まないでやって欲しいものだね」
エリちゃんも呆れ気味ではあったものの、今回は表情も曇っている。
相変わらず、僕ら自身は向こうに干渉できない状態なのだ。
色々と仕込みは行っているものの、直接的に手出しする手段がないことは、僕たちとしても不安の残る状況だった。
「基本的に、精霊教会は事前に調べてあった通り、世界の均衡を保つために活動する組織だ。『天眼の聖女』の力をありきにして、その立場を作り上げてきた」
「ローデリヒ大司教って、実際にはどういう仕事をしてたの?」
「実質的な司令官だね。実際のところ、調停役として主に活動していたのは彼の方だ。実際にかなり優秀な人物で、実績も非常に多い。ただ……決して野心的ではない。評価されている通り、聖職者としてかなり勤勉な人物だ」
事前に疑っていた内容とは異なり、ローデリヒ大司教は評判通りの人物だった。
まだ巧妙に隠されているという可能性も否定はし切れないが、そこは周囲から隔絶された霊峰オルトスクという環境。
よほど病的で偏執的な人物でもない限り、そんな場所でまで巧妙に隠し続けるということは無いだろう。
そしてそんな人物であるならば、直接相対した晃司がそれに気づいていない筈がない。
彼自身は、ほぼ間違いなく白だと判断できる。
「問題なのは、彼の周囲の人物。それも、ごくごく側近に近い側の人間だ」
「大司教のことを操ってたりとか?」
「さて、判断は難しいけど、僕としてはそのパターンではないんじゃないかと思ってる」
「それはどうして?」
「それはね、彼らがローデリヒ大司教の信者だからさ」
今回、召喚者の招待をローデリヒ大司教に提案したのは、恐らく二人。
一人は、神殿騎士の中でも高位に属している、グレゴール・マクスという人物。
武力という面では精霊教会でもトップクラスで、それはつまり世界でも通用するほどの戦力だということだ。
正面からの戦闘となれば、不利であることは否めないだろう。
そしてもう一人が、ヘンディ・グレイス。
こちらは参謀という側面が強く、今回の件で主に動いていたのはこちらであると思われる。
両者とも、精霊教会内ではかなり高い地位を持っていながら、精霊教会という組織そのものに対しての忠誠心はそれほど高くない。
どちらの信仰も、ただローデリヒ大司教ただ一人に対して注がれているのだ。
「彼らはあくまでも、ローデリヒ大司教を信仰している。言葉巧みに操り、大司教を意のままにしようと思っているわけじゃないのさ」
「えーと、つまり……大司教がもっと偉くなって欲しい、ってこと?」
「端的に言えばそういうことだね。自分自身ではなく、忠誠を捧げた相手をより高めるという意図での野心。まあ、狂信者と呼んで差し支えないだろうね」
軽く肩を竦めつつ、エリちゃんの言葉にそう返す。
この手の類は、敵対する立場からの説得はまず不可能だ。
どちらも、大司教による支配こそが素晴らしいものだと信じ切った上で行動している。
少なくとも晃司が何か言ったところで――そして、顕霊であるミカが拒否したところで、微塵も揺らぐようなことは無いだろう。
信仰心というものは、良くも悪くも実に厄介なものだ。
「でもそれ、大司教が拒否したらそれで終わりだよね?」
「勿論、彼らは大司教の意に背くことは無い。だからあくまでも、召喚者たちに自主的に協力させようとしている。或いは、協力せざるを得ない状況に追い込もうとしている。今の動きはそういうことさ」
正直、霊峰オルトスクという特殊な環境でなければ、とっくにその構造を把握できていただろう。
彼らを抑え込む方法などいくらでも思いつくが、それはあくまでも彼らが行動を起こす前の話だ。
今、既に実行に移している状況では、僕が打つような手は遅きに失している。
かなり面倒な状況になってしまったけれども――それでも、まだやりようはある筈だ。
そう、エリちゃんが今言った言葉こそ、その直接的な解決方法だと言えるだろう。
「つまりユウ君は、その二人の動きを抑えている間に、大司教に状況を収めて欲しいってことだよね?」
「そう、二人の人物を止められるのはローデリヒ大司教だけだ。そして彼らの暴走は、大司教とて望むところではない。彼らの行動が明らかになれば、それを止めることは容易だ」
問題は、相手も当然それを秘密裏に進めようとしているところだけど。
正直、誰か一人を人質に取られた時点で、晃司たちはみんな動けなくなってしまうだろう。
そういう意味で、クロエルが先にリーベルさんの確保に動いてくれたことは幸いだった。
人質としては少々弱いかもしれないが、それでも晃司が動けなくなってしまうことには変わりないだろうし。
「つまり、こちらの勝利条件は、何とかして二人の暴走をローデリヒ大司教に伝えること。しかし――」
「……かなりしっかり、護衛はいるみたいだね」
当然と言えば当然だけど、ローデリヒ大司教の周囲は多数の護衛によって囲まれている。
普通に接触しようとしたところで、門前払いされるのが関の山だろう。
そして、隠れて接触しようにも護衛の数はかなり多い。
正直、エリちゃんでもなければそれを掻い潜って大司教の元に辿り着くことは不可能だろう。
つまり、まともな方法では大司教に状況を伝えるのは不可能ということだ。
「あともうちょっと情報が集まるのが早ければ、打てる手もあったんだけど……まあ、仕方ない」
「じゃあ、どうするの?」
「今、僕らから打てる有効打は何もない。まあ、できることはやってるけどね……ともあれ、今はクロエルの活躍に期待するしかないかな」
前回の情報交換をしたタイミングで、クロエルには可能な限りの情報を伝えてある。
今の状況に対する対処、その方針。後は、クロエルがどのようにしてその勝利条件を達成するかだ。
幸い、クロエルたちはただの探索者であると思われているため、そのマークは薄い。
光属性に満ちた環境とはいえ、夜の闇の中は彼女の得意分野だ。
その働きには、十分に期待することができるだろう。
「うーん……何か、歯痒いね、色々と」
「仕方ないさ、そういうこともある。むしろ、見ているだけで直接手出しができないのは、地球にいた頃はしょっちゅうだったからね」
あの頃は、むしろ直接的に手出しをする方法は殆どなかった。
状況は晃司任せで、僕はただ見ているばかりだったのだ。
それに比べれば、今はまだできることは多い方だと言えるだろう。
「今の状況でも、晃司なら打破することができる。僕はそう信じているから、こうして見守っているんだよ」
「むー……」
僕の言葉に、エリちゃんは不満げな表情で頬を膨らませている。
その様子には、生憎と苦笑を返すしかなかったけれど――迫ってくるエリちゃんに構いつつも、僕は晃司たちの様子を見守り続けることとしたのだった。




