096:大神殿
オルトスクの町の中に入った際、まず目についたのは巨大な神殿だった。
陽の光を浴び、煌めいているようにすら見える荘厳な神殿。
一方で、その周囲で広がっている人々の住まいは、貧相とまでは言わないが、質素と呼んでも過言ではない印象だった。
けれど、町は十分に清潔で、荒れているような様子は一切見えない。
そのちぐはぐさが、何とも言えない違和感を醸し出していた。
そして――
「おお、あれが――」
「ああ、精霊よ、感謝を捧げます……!」
更に異様なのが、俺たちの姿を認めた住人たちが、揃いも揃ってその場に跪き、手を組んで祈りを捧げている点だ。
漏れ聞こえてくる声から、祈っている対象は精霊であるようだけれど――結局のところ、何故俺たちに対してそんな反応を示しているのかがわからなかった。
当初は得意げな様子だった和久井や六錠さんも、流石に不気味さが勝って来たのか気まずげな様子だ。
俺としても不可解極まりなく、近くにいたクロエルさんへと囁き声で問いかけた。
「……クロエルさん」
「いや、あーしもここまでとは思ってなかった……理由はわかんないよ」
裕也の調査でも、やはりその点は発見できなかったらしい。
果たして、何故彼らはこのような反応を示しているのか。
ここまで来たのなら、もう直球で問いかけてしまった方がいいだろう。
そう判断し、俺は案内してくれている神官兵の人へと根本的な疑問を投げかけた。
「あの、すみません。何故皆さんは、俺たちを見てあんな風に祈っているんですか?」
「ははは、困惑させてしまいましたね、申し訳ありません。しかしご容赦ください、我々は聖女様から伺っているのです」
聖女――『天眼の聖女』。
彼女が伝えた話によって、町の聖職者たちはこのような反応を示しているということか。
精霊教会の体制的には納得できる話ではあるけれど、果たしてどのような内容を伝えているのか。
その疑問に、神官兵の人はにこやかな笑みのままに回答した。
「異世界からの召喚者は、我らの世界を救った救世主であると。故にオルトスクの者たちは、召喚者の皆様への感謝を忘れないのです」
「世界を、救った? それは、過去の召喚者がですか?」
「申し訳ありません、詳しい経緯までは存じ上げていないのです。我々が知っているのは、皆様のおかげで我らが救われたという、そのお言葉だけです」
一切の疑いを持っていない、純粋極まりない感謝の念。
俺たち自身が何かをした覚えがないだけに、それを向けられることに困惑せずにはいられなかった。
けれど、『天眼の聖女』がそう言ったことは紛れもない事実なのだろう。
「……リーベルさん、そう言った話に心当たりは?」
「いえ……確かに、過去の召喚者が偉業を為したという記録は存在しますが、世界を救うという表現に当てはまるかというと……」
一方で、召喚者を擁していたファレンジア王国のリーベルさんは、その言葉に心当たりがないようだった。
先生の質問に対しても、ただ首を傾げているだけだ。
果たして、『天眼の聖女』は何を指して世界を救ったと表現しているのか。
本人に聞いてみなければわからないかもしれないが、面会する機会はあるのかどうかもわからない。
とりあえず、今はそういった話があったのだと、心の隅に留めておくべきだろう。
そうこうしているうちに、俺たちはこの町の中央にある大神殿の前へと到着していた。
「到着いたしました。どうぞ、お入りください」
「はい、ありがとうございます」
案内に従い、大神殿の中へと足を踏み入れる。
どうやら、まず大きな聖堂となっているようで、何かの際には聖職者たちがこの場所に集まるのだろう。
とはいえ、面会するにはあまりにも広い。ここで精霊教会のお偉いさんと話をするということは無いだろう。
「この後ですが、まずは皆様にローデリヒ様と面会をしていただきます。これはご挨拶ということですので……そののち、顕霊様に関するお話をされるとのことです」
その言葉に、皆が視線を栗原先生の方へと向ける。
何だかんだあったものの、今回の本題となるのは栗原先生――そして、彼女に宿っているミカだ。
一体、どのような話がされるのか。気にはなるけど、覚悟を決めた表情の栗原先生を見ていると、口を挟むことははばかられた。
「そんじゃ、あーしたちは一旦ここで待ってりゃいいかな?」
「……護衛の探索者ですか。ええ、貴方たちはこちらで待機を」
露骨に扱いが違うものの、クロエルさんは気にした様子もなく手をひらひらと振る。
そして、彼女はちらりとこちらに視線を合わせ、何も言わないままに小さく頷いた。
どうやら、クロエルさんたちは独自に動くつもりのようだ。
(……彼女だちが顕霊だって知ったら、教会の人たちはどんな反応をするんだろうな)
恐縮し、崇めるのか。或いは、顕霊という存在を人工的に生み出す技術に憤るのか。
どちらにしても裕也は気にしないのだろうけど――そんな裏事情を知ってしまっていること自体に、俺は内心で苦笑してしまっていた。
* * * * *
「……とりあえず、クロエルたちは無事に中まで侵入できたみたいだね」
「皆、問題なく動けてる感じ?」
「こちらからは反応は追えないけど、外から観察している限りは問題なさそうだね」
細かく精査することはできないが、一応外から監視すること自体は可能だ。
晃司たちが大神殿内に入ってからの動きに緊急性のあるものは見受けられないし、中に入ったクロエルたちが突然停止するような事態にはなっていない。
それは問題ないと踏んでいたとはいえ、やはり少しは綱渡りの部分があったことも事実。
とりあえず、問題が発生しなくて一安心といったところだ。
「ところで、アイ。さっき、大神殿に入る前に出ていた話だけど」
「召喚者が世界を救った、という話ですか」
「アイの蓄積した情報に、それに関連する話は?」
「……否定します。そう表現するに足るような事例は、確認しておりません」
アイの返答に、僕は眉根を寄せつつ椅子の背もたれへと体を沈めた。
召喚者たちは全員が固有魔法を手に入れる。
魔法使いとして優秀な能力を手に入れることができる、それは間違いないだろう。
しかし、世界を救うと呼べるほど事件を解決するとなると――
「それこそ魔族や、灼血の悪魔のような事例ぐらいじゃないと、世界を救うとまでは言えないか」
「基本的に、召喚者の活動はファレンジア王国内で完結するものがほとんどでした。大きな成果を残したものも存在しますが――世界を救った、とまで表現できるレベルではないと考えます」
「そうか……一応、技術や思想による影響という可能性も考えられるけど、今のところそこまで極端な事例は見えないしね。一応、これまでの召喚者のデータをくれるかい?」
「はい、承知いたしました」
まあ、この情報が今回の件に関連してくるかと問われれば、それは否だとは思うのだけど。
とはいえ、『天眼の聖女』の思惑に繋がる情報という可能性も否定はできない。
今は、少しでも情報が欲しい状況だ。僅かなヒントであろうとも、手に入るものは手に入れておきたい。
「けど、しばらく暇だよね。クロちゃんたちが外に出て来てくれないと受信できないんでしょ?」
「まあ、ね。そこの運搬はディークやフォルトに任せるつもりみたいだけど……」
「じゃあ、後の二人は?」
「エルセナは精霊教会の信徒だから、他の聖職者に紛れて行動できる。クロエルは隠密技術も身に着けてるし、ゴーレムの扱いも十分だ。必要な情報を集めてくれると思うよ」
今から情報を集めねばならず、しかもリアルタイムでは対応できない状況。
中々に難しい事例ではあるけれど――クロエルたちの手腕に、期待することとしよう。




