095:聖職者たちの町
霊峰オルトスクを登る道は、想像以上に穏やかだった。
出かけるたびにトラブルに遭遇していた俺としては、こうも穏やかなハイキングというのは中々経験した記憶がない。
ただ景色を楽しみながら山を登るというのも、思っていた以上に楽しいものだった。
特に、俺や鏡花ちゃんは光のマナによって魔力の回復が早く、身体強化も高い水準で維持できている。
そのおかげで、ほとんど疲れることもなく、山の上の方まで昇ってくることができたのだった。
「見えてきましたね。あれが、霊峰オルトスクの大神殿です」
視線を上げ、リーベルさんはそう告げる。
山の上部を切り開いて造られたかのような、壁に囲われた神殿。
一体どうやって作ったのかと疑問を覚える程の規模だけど、やはり山の上であるため大きいと言えるほどではない。
けれど、大昔からここに存在しているというだけでも、かなり驚きだった。
「リーベルさん、貴方は前にもここに来たことが?」
「ええ、ですから私が補佐として選ばれたのです。軽くであれば紹介できますが……観光するような場所はありませんがね」
文官のリーベルさんは、箱崎先生の問いに肩を竦めながらそう答える。
海外の観光地をイメージするとあれこれとありそうなものだけど、ここはあくまでも聖職者たちが巡礼に訪れるような場所だ。
一般的な観光客が足を運ぶ場所ではないし、観光目的のエリアも作られてはいないのだろう。
少し残念ではあるけど、仕方のないことだ。
「あの地は基本的に、中央の大神殿があって、その周囲で聖職者たちが生活をしているだけの場所です」
「修行してるとか、そういう感じですか?」
「確か……精霊に祈りを捧げ、世界と同化する、でしたか。聖職者たちの修行の場という面も、確かにあるでしょう」
メモ帳を取り出した六錠さんの質問には、リーベルさんも頷いて返す。
そう言われると、何となく寺のようなイメージが結びついて来た。
そこで生活を送ることそのものが修行へと繋がる、そんな場所なのではないかと。
「精霊教会の機関としては……内情までは王国としても踏み込めないため、彼らが普段どのような活動をしているのかは詳しく知らないのですが。聖女様の固有魔法で見た内容を周囲に伝え、周囲がそれに対応する。それが基本の体制だったかと」
「へぇ、案外実務的な感じなんですねぇ」
「大昔から聖女様が居続けている場所という点が何よりも大きいようで……結果的に、そのような形になったのでしょうね」
『天眼の聖女』は、裕也曰く間違いなく千年以上前から存在していた人物だ。
あらゆるものを見通すというその固有魔法で知り得た情報を周囲に伝え、各国に伝達することで起こりうる問題に対処している。
そういう意味だと、その聖女様本人が信仰の対象になりそうなものだけど――あくまでも、信仰しているのは精霊であることは変わっていないらしい。
「そう聞くと、本当に不思議な組織ですね」
「大きな声では言えませんが……どこの国も、そう思っているとは思いますよ。それでも、回っているし大きな利益をもたらしてくれているのですが」
リーベルさん自身、納得はできていないのだろう。
だがその言葉の通り、今の状態で上手く行っているため、そのまま運用しているということだろう。
何というか、裕也が聞いたら不機嫌になりそうな話だった。
「ともあれ……そういう場所ですので、中央の大神殿以外には特に目立ったものはないと考えてください」
「なるほど……とりあえず、わかりました。残念ですけど、あんまり見て回ることはできなさそうですね」
「普通に生活してるだけなら、じろじろ見るのも迷惑だろうからね」
残念そうな様子で呟く六錠さんに対し、箱崎先生は苦笑交じりにそう返す。
まあ、一応今回は仕事で来ているのだから、観光は二の次だろう。
その仕事というのも、果たしてどういう内容なのかはわからないのだが。
「それで……町に入る時、何か気を付ける点なんかはありますか?」
「教会側の案内に従って大神殿に入り、そこで面会する流れになるでしょう。基本的には、相手側の案内に従っていれば問題ありません」
慣れた様子で告げるリーベルさんの言葉に、俺たちは揃って頷く。
結局のところ、教会側の意図がわからないことに変わりはない。
けれど、敵対すべき相手ではないことも間違いなく事実であるし、まずは大人しく従っておくべきだろう。
果たして、精霊教会はどんな思惑で栗原先生を呼び出したのか、それを明らかにしなくてはならない。
どのように動くべきなのかは、それを知った上で決めるべきだ。
内心でそんな決意を固めながらも、巡礼の山道を登っていく。
目的地は徐々に近づき、オルトスクを囲む外壁の人々がこちらを指差して何かを言っている姿も見て取れる。
慌ただしい動きから、既に俺たちがファレンジア王国から来た人間であることは伝わっている様子だった。
(……召喚者自体を歓迎する動き、か)
裕也から伝えられた、オルトスクの奇妙な動き。
その理由自体も、未だに判明してはいない状況だ。
果たして、彼らは何故俺たちのことをそうも歓迎してくれるのか――それもわからないままに、歓待を受けることになりそうだ。
どうしてもすっきりとした答えの見えない、この状況。
困惑を抱いたそのままに、俺たちは街へと入るための門へと接近し、そこで門を守る神官兵から声をかけられた。
「お待ちしておりました、ファレンジア王国の召喚者の方々! どうぞ、こちらへお入りください!」
「……手続きなどは、よろしいのですか?」
「ええ、それはもう済ませてありますので、どうぞこちらへ!」
問答無用の歓迎に、ここに来た経験のあるリーベルさんが困惑の声を零す。
どうやら、彼にとってもこの対応は異常事態であったようだ。
全員揃って困惑しつつも、それに応じないという手もない状況。
俺たちは、様々な疑問を残しつつも、霊峰オルトスクの内部へと到着したのだった。
* * * * *
「……わからないことだらけだな」
晃司たちがオルトスクの町へと到着した際の様子を確認して、僕は思わずそう呟いていた。
内部での、召喚者を歓迎する動き自体は既に把握していたから、それ自体は驚いてはいない。
けれど、何故そのような動きが出ているのかについては、結局納得するに足るほどの理由を発見できてはいなかったのだ。
それに加えて――
「アイ、ここまでの観測結果は?」
「はい、相変わらず異常は発見できません」
霊峰オルトスクは、光属性のマナ偏重地帯。
観測結果そのものは間違いない。あらゆる数値が、それが事実であることを示している。
その上で――観測を始めてからここに至るまで、一切の異常現象が発見できないのだ。
マナ偏重地帯の観測データそのものが少ないため断言はできないのだが、やはりどう考えても異常が起きないこと自体が異常だった。
「精霊教会が、『天眼の聖女』がマナ偏重地帯のことについて気付いていないわけがない。意図してそこに居を構えていることもまず間違いない……まさか、精霊教会はマナ収束による現象を制御する方法を有しているのか? 本当に?」
生憎とだけれども、それについて僕は、技術的なレベルで無理だと結論付けていた。
それは人の手で台風を発生させ、その動きを制御しようとしているようなものだ。
小さいモデル内での確認検証ができたとしても、それを自然環境内で再現することなどできるはずがない。
けれど事実として、異常現象が起きていないことは紛れもなく事実だった。
「光属性特有の性質なのか? それとも……いや、結論は出しようがないか」
仮説はいくつか出せるけれど、それを証明する手立てがない。
今はそれよりも、晃司たちの動向に注目するべきだろう。
大神殿に入ってしまえば、直接的に内部の様子を中継するのは困難になってしまう。
一応、いくつか手立ては考えているけれど、結局のところはクロエルたちに頼ることになるだろう。
「さて、ここからが正念場だ……何とかして、思惑を見通してやらないとね」
気を引き締め直して、モニターに向かい合う。
現状は、情報量で負けている。その事実そのものが認めがたい。
何としてでも情報を丸裸にしてみせる――その決意と共に、僕もまた作戦を開始したのだった。




