097:大司教ローデリヒ
案内を受け、大神殿の奥へと足を踏み入れていく。
最初に入った大聖堂はかなり荘厳な造りだったが、内部についてはそれほど華美な装飾はされていない。
とはいえ、人を迎える場所でもあるためなのか、質素に見えない程度には整えられていた。
必要なものを、必要な分だけ取り揃えている――そんな印象を受ける場所だ。
(教会っていうのは、そういうものなのかな)
正直、精霊教会は謎の多い組織だ。
その運営方針そのものがあまり理解できないと、裕也はそうぼやいていた。
それが『天眼の聖女』の意向であるとするならば、こういったところにも彼女の思想が現れているのかもしれない。
そんなことを考察しながら奥へ奥へと足を勧め――案内されたのは、一つの大きな部屋だった。
「皆様をお連れしました」
「どうぞ、お入りなさい」
部屋の中から聞こえたのは、少しゆっくりとした口調の男性の声。
そして案内されるままに部屋の中に入ると――中にあったのは、応接間を思わせる机と椅子。
そして、その先にいたのは、精緻な刺繍の施された法衣を身に纏う、壮年の男性だった。
白くなった髭を蓄えた彼は、俺たちが部屋に入ると共にゆっくりと立ち上がり、こちらへと歩いて来る。
「おお……よくぞ、お越しくださいました。異世界よりの、訪問者の方々……そして、ファレンジア王国の方も。精霊教会は、貴方がたを歓迎いたします」
「ご無沙汰しております、ローデリヒ大司教」
「よろしくお願いします、大司教閣下」
リーベルさんは恭しく頭を下げ、箱崎先生もそれに続く。
俺たちもそれに倣う形で頭を下げたが、男性――ローデリヒ大司教は、柔和な笑みのままに俺たちへと声をかけてきた。
「そう畏まる必要はありませぬ。こちらからお呼び立てした立場なのですからな……さあ、立ち話もなんです。どうぞ、おかけください」
「ありがとうございます、失礼します」
ローデリヒ大司教に促され、俺たちもまた応接間の椅子に座る。
対面側に腰を降ろしたローデリヒ大司教は、穏やかな表情のままぐるりと俺たちのことを見渡してきた。
その視線の中には、特に何かの悪意を見出すことはできない。
ただただ柔和な、好々爺然とした表情だった。
(理想的な聖職者、って評価だったか)
ここに来るまでに聞いた、クロエルさんの言葉を思い返す。
ローデリヒ大司教は、聖人とすら呼ばれる理想的な聖職者であると。
果たして、その評価に相応しい人物であるのかどうか――こうして対面した第一印象では、噂通りの人物のように思えた。
「ご要望に与りました通り、我がファレンジア王国にてお預かりしている召喚者の方々をお連れしました」
「ええ、ええ。要望に応えて下さり、感謝しておりますよ。しかも此度は、数多くの方々がこの世界に訪れて下さった……本当に、喜ばしいことです。私も老い先短い身……一目、貴方がたにお会いしたかった」
その言葉に、少しだけ違和感を覚える。
ローデリヒ大司教の目的は、あくまでも顕霊そのもの――つまりミカに会うことだと思っていた。
けれど、今の話しぶりでは、どちらかというと召喚者そのものの方が大きな目的であるように思える。
それと同じ違和感を感じていたのか、先生も疑問を込めて口を開いた。
「すみません、よろしいでしょうか? 霊峰オルトスクの方々は、何故ここまで我々召喚者を歓迎してくださるのですか?」
「ふむ……疑問に思うことも、無理はありませんな」
その質問に、ローデリヒ大司教は当然のこととばかりに首肯する。
口を挟まれたことも全く気にしていない様子の彼は、笑みを絶やさずに先生の質問に答えてくれた。
「我々は、聖女様――『天眼の聖女』より、こう伝え聞いているのです。『この世界が保たれているのは、異世界よりの訪問者がいるからだ』と」
「やはり、聖女様の……」
「その真意までは、私にもわかりませぬ。以前に、聖女様に問うたこともありますが……その言葉は、私には理解することはできませんでした。どうやら、神域に秘された情報であるようですな」
神域検閲――どうやら、聖女様が俺たちを歓迎してくれる理由は、それほどまでの重要な情報であるらしい。
けれど逆に、それほどの情報であるということは、『世界が保たれている』という言葉の真実性が増していた。
過去に何かをしたというより、現在でも何かの役に立っているようにも聞こえる言葉。
果たして、聖女様は俺たちに何を期待しているというのだろうか。
「そして何よりも喜ばしいことは、そんな召喚者の方々から、顕霊を身に宿す方が現れたことです」
「……!」
ローデリヒ大司教の視線が、栗原先生へと向けられる。
雰囲気は変わらず、柔らかく穏やかなまま。
どこまでも優しげな視線で、ローデリヒ大司教は栗原先生のことを見つめていた。
「一つ、お願いをさせていただいてもよろしいですかな?」
「はい、何でしょうか?」
「顕霊、ミカ様と話をさせていただきたいのです」
予想できていた依頼に、目を細める。
精霊教会の人間として、話ができる顕霊を前にすれば、言葉を交わしたいと思うことは当然だろう。
その要求についても、来るであろうことは全員が予想していた。
だからこそ、特に動揺するようなこともなく、栗原先生はローデリヒ大司教へと告げる。
「わたしとしては、構わないのですが……彼女は自我を持ったばかりで、まだ情緒が育っていません。失礼なことを言ってしまうかもしれませんが」
「ははは、我ら精霊教会にとって、顕霊は信仰と感謝を捧げる相手です。むしろ、こちらが礼を失してしまわないかを気にするべきでしょう」
栗原先生の言葉に対し、ローデリヒ大司教はまるで気にした様子もなく笑う。
その反応に、栗原先生は箱崎先生と視線を合わせつつ頷いて、目を閉じて意識を集中させた。
そして次の瞬間、彼女の体を桃色の光が包む。背中に収束した光は翼を形成し――そして開いた瞳の中には、輝く光輪が浮かび上がる。
「ん……穂美香を、呼んだ?」
「おお……ミカ様、私はローデリヒと申します。ご足労いただき、ありがとうございます」
「ん……? うん」
ミカは状況をよくわかっていないものの、ローデリヒ大司教に対して悪い印象を持ってはいない様子だった。
特に気にした様子もなくローデリヒ大司教の言葉を受け止め、茫洋とした表情のまま頷いている。
そして、対する大司教もそんな態度をまるで気にもせず、朗らかな笑顔で彼女へと問いかけていた。
「何か、お困りのことなどはございませんか? 何かあれば、是非お力添えをさせていただきたいのですが」
「んー? 別に、特に何も? 穂美香は、特に困ってない」
何かこう、変に言質を取られるようなことを言ってしまわないか不安はあったものの、ミカは率直にローデリヒ大司教の言葉を否定した。
しかし、彼は本当に、ただミカと話をするためだけにこのような場を設けたのだろうか。
そんな疑問を抱くものの、大司教の言葉には特に裏側の意図を読み取ることはできない。
彼はただ、顕霊と話ができたことを喜ぶばかりだった。
「喜ばしいことです。このような機会に恵まれるとは思いもしませんでした……お二方とも、ありがとうございます」
「ん、終わり? じゃあ戻る――あ、ええと。その、大変失礼しました……」
ローデリヒ大司教は満足した様子だったものの、栗原先生は恐縮してばかりだ。
まあ、ミカがあの調子で話していたのだから、無理もないだろうけれど。
しかし、ローデリヒ大司教は相変わらず気にした様子もないまま、穏やかな笑みを絶やさずに続ける。
「このような機会をいただき、感謝を申し上げましょう。その上で、一つご提案があります」
「……何でしょうか?」
僅かに、空気が固くなる。
しかし、それをおくびにも出さず――ローデリヒ大司教は、ただ朗らかな表情のままに、それを告げた。
今回の本題であろうと思われる、その言葉を。
「ホミカ様――貴方に、我が精霊教会の、巫女となっていただきたいのです」




