092:術式の解釈
「術式の解釈拡大っすか? 何で、固有魔法を使えないウチに聞くんすか?」
日中の移動時間。俺は、珍しく馬車の中にいたフォルトさんへと話しかけていた。
当然、皆がいる場所であるため、裕也に関することを話題に挙げるわけにはいかない。
俺が聞きたかったのは、魔法に関する事柄だった。
「クロエルさんに聞いたところ、フォルトさんは色々な魔法の術式に詳しいということだったので。使えなくても、調べてはいるんですよね?」
「そうっすけど……まあいいか、どうせ移動中は暇っすからね」
「あ、それなら私もお話聞いていいですか!?」
「……ぼくも、聞かせていただきたい」
と、フォルトさんから許可が下りたところで、近くにいた六錠さんと蓮杖君が話に乗ってきた。
二人とも、お互いをライバル視しているだけあって、魔法の強化には余念がない。
そのヒントになりそうなことであれば、聞き逃せないということなのだろう。
「まあ、ウチも君たちの魔法には興味があったんで、そういう話なら全然いいっすけどね。で、術式の解釈拡大でしたっけ?」
「はい。正直、俺にはまだどういう感覚なのかがわからなくて。フォルトさんが知っている、解釈拡大のパターンを聞ければなと」
「んー、そうっすねぇ……」
俺の質問に、フォルトさんは杖を抱えたまま、ぼんやりと空中を見上げながら思考を巡らせている。
俺は彼の出自を知っているため、その知識の大部分がどこにあるのかは何となく想像は付いている。
とはいえ、その上で集められた知識は間違いなく本物で、参考になる可能性はかなり高いだろう。
やがて考えもまとまったのか、フォルトさんは小さく頷きつつ続けた。
「ウチの知る優秀な魔法使いを思い返すと、術式の解釈拡大には二通りのパターンがあるように思えるっす」
「二通り、というと?」
「理論派か感覚派か、ってことっすね。まあ、これはそもそもの術式の組み方にも言えることっすけど」
フォルトさんの言葉に、俺を始めとしてこの場の面々は頷いた。
六錠さんと蓮杖君はわかりやすいパターンだろう。六錠さんは感覚派で、蓮杖君は理論派だ。
俺は、感覚派に近いけれど、術式の理論そのものも意識するようにしているから、その中間のような存在だろうか。
「まず理論派の方っすけど、彼らは術式を細かく解析、理解することで解釈を広げているっす。術式っていうのは、平たく言えば魔力を入力、変換、出力する仕組みっすから……要所要所を組み替えてやれば、多彩な効果を発揮できるってわけっすね」
そう告げつつ、フォルトさんは右手の上に水の塊を、左手の上には氷の塊を出現させた。
ほぼ変わらないモーション、魔力の発露で発生した、異なる結果。
これが、術式を理解して組み替えるということなのだろうか。
「自分の術式に対する理解が深まれば深まるほど、その応用範囲も広がっていく……ウチの尊敬する人のやり方っすね」
「成程……単純に効果を理解するだけじゃなくて、術式の詳細を知ることが重要なんですね」
感心したように、蓮杖君はそう呟く。
理論派の彼にとっては、その方がとっつきやすいやり方だったのだろう。
一方で、感覚で術式を組んでいるであろう六錠さんはあまりピンと来なかったのか、首を傾げていた。
「えっと……それじゃあ、感覚派ってどんな感じなんですか!?」
「ウチが感覚派じゃないんで、そこは受け売りっすけど……文字通り、自分の直感に従うのが重要らしいっすよ?」
先を促した六錠さんの言葉に、フォルトさんはそう返す。
直感に従う――自分の直感を信じている俺にとっては、何となく理解はできる話だ。
けれど、魔法を組むという状況において、果たしてどう直感を働かせるべきなのか。
そんな俺たちの疑問は、彼自身も抱いていたのか。フォルトさんは、軽く肩を竦めながら話を続けた。
「まず、自分の術式が何を操っているものなのか、それを考えるべきらしいっす。君たちは光であったり、結界であったりっすけど――それなら、その光やら結界っていうのは、いったい何なのかって話っすね」
「そもそも、俺たちが魔法で操っているものが何なのか……」
「それを感覚的に理解することで、術式をより解釈しやすくなる。その上で……『できそうだ』と思った直感を信じる、ってのが重要らしいっすよ」
フォルトさんとしてはあまり納得できない方法なのか、ちょっと不満げではあった。
しかしながら、その内容は俺も何となく理解できるものでもあった。
できると思った時に、直感に従う。固有魔法は、それで成功することが確かに多いように感じられた。
それは、固有魔法という魔法そのものの特殊性が故なのか――けれど、とにかく感覚に従うこと自体も重要ということなのだろう。
「けど、前半が結構難しいですね。自分が何を操っているのか、か」
「まあ、それは拡大というより、むしろ範囲を狭めているようにも思えるんすけどね。たとえば……光であっても、何の光なのか、ってことっすよね」
フォルトさんが何気なしに告げた、その言葉。
けれどその内容は、俺の胸の内側で、何かに触れたような感覚を生じさせた。
そう、これだ。これが直感に従うということだ。
俺に宿る固有魔法、天光術。それが操る光は、いったい何なのか――それを突き詰めることこそが、重要なんだ。
「……ありがとうございます、フォルトさん。すごく、参考になりました」
「ありがとうございます! 私にも、何かやれそうな気がしてきました!」
「ぼくも、色々と考えてみます。ありがとうございました!」
参考になったこともあって、六錠さんと蓮杖君は晴れやかな顔で礼をしつつ、再び馬車の奥へと戻っていく。
恐らく、それぞれで魔法の検証をするつもりなのだろう。
俺自身、先程感じた感覚を突き詰めたいところだ。
もっともっと、己自身の固有魔法に向き合う必要があるだろう。
改めて気合を入れたところで――じっとこちらを見ていたフォルトさんから、声がかかった。
「一つ、聞いていいっすか?」
「あ、はい。何ですか?」
「なぜ、君は今回の旅に付いて来たんすか? 今回の件は、君自身にはあまり関係ないっすよね?」
その言葉に、俺は思わず眼を瞬かせる。
確かに、今回の件は栗原先生が主題であり、俺自身にはあまり関係のない内容だった。
前回は精霊剣を手に入れるという手前、俺にも深く関係している旅だったけれど――確かに、今回の件は俺が深くかかわるような理由はない。
しかし、それでも俺には、これに関わらないという選択はなかった。
「俺自身、向かうべきだと思ったんです。この旅には付いて行くべきだと、俺自身の目で確かめるべきだと」
「それは直感っすか?」
「はい。けど勿論、理由が無いってわけじゃないんです。何か問題が起きた時、先生たちを助けられる場所にいたいって気持ちも強かったですから」
栗原先生はともかく、箱崎先生にはほとんど戦闘能力はない。
何かの問題が起こった時、戦える人間が傍にいることは重要だった。
それは勿論大切なことだけれども、それに加えて――
「そして……『天眼の聖女』には会うべきだと、直感的にそう感じました」
「『天眼の聖女』に……?」
「これに関しては本当に直感なので、理由を聞かれても答えられないんですけど……『天眼の聖女』には会っていおいた方がいい。いや、会わないといけない。俺はそう感じるんです」
俺の言葉に、フォルトさんはしばし黙考する。
『天眼の聖女』、精霊教会のトップ。
そんな人物と果たして会うことができるのかはわからないけれど――その存在に、俺は強い興味を抱いていたのだ。
「……了解っす。固有魔法使いの直感だし、頭ごなしに否定できるもんでもないっすね」
「ごめんなさい、上手く説明できず」
「いや、いいっすよ。それだけでも、気を付けるには値する情報っすから。君も、くれぐれも注意は怠らないように、お願いするっすよ」
そう告げて、フォルトさんは再び馬車の外へと向かっていく。
注意を怠らないようにする――その言葉の真意がどこにあるのかはわからない。
けれど、漠然とした感覚で、俺はその言葉に頷いていたのだった。




