091:霊峰の内情
その日の夜、俺と先生はクロエルさんに呼ばれ、探索者四人組の面々と会議をすることとなった。
当然だけど、このメンバーはクロエルさんたちの内情を知る者だけ。
それはつまり、裕也に関連する話をするということに間違いないだろう。
「そんじゃ……フォルト、遮音の結界をお願いねー」
「了解っす」
フォルトさんは頷くと共に、ささっと術式を構築して俺たちの周囲を結界で包み込む。
単純な、音を遮るための魔法。これにより、俺たちの会話が周囲に漏れることは無くなった。
それはつまり、周囲に聞かれては困るような話をするということを示している。
「さてと……あ、ディーク、あんたはどうせ会話には参加しないだろうから、周りで魔物の警戒でもしてて。結果はあとで教えるからさ」
「ぬ……承知した」
それで話し合いを始めるのかと思ったけど、クロエルさんは軽く肩を竦めながらディークさんを結界の外に追い出してしまった。
確かに、音を遮断していると魔物の接近にも気付きづらいだろうけど――
「あの、いいんですか?」
「いいのいいの、実際ディークは意見出す気なんてサラサラ無いからさぁ。心配しなくても、後で伝えればちゃんと仕事はするし」
どうなのかとは思うが、それもある種の信頼なのだろう。
一抹の不安は感じつつも、あまり話題がそれてしまっても仕方がない。
とりあえず、今は本題の話を聞くこととしよう。
「じゃ、改めて。霊峰オルトスクに関して、ボスから連絡があったよ。今の内情について、少しだけ調べてきたみたい」
「内情、ですか。とりあえず、今判明している範囲で教えてくれますか?」
先生の言葉に、クロエルさんはこくりと頷く。
果たして、精霊教会はどのような思惑を持って栗原先生のことを呼び出したのか。
それが知りたいところではあるけど、そこまで調べは付いているのだろうか。
「まず、オルトスク内のことだけど……どうやら、『召喚者が来る』って形で一般的な聖職者たちにも周知されてるみたいだね。かなりの歓迎ムードみたいだよ?」
「……召喚者が、ですか。顕霊がではなく?」
「勿論顕霊のことも話題になってるし、そちらが大歓迎されていることも間違いない。けど、歓迎されてるのは顕霊だけではなく、貴方たち召喚者もってこと」
思わず疑問符を頭に浮かべながら、俺と先生は顔を見合わせる。
精霊教会の性質から、顕霊であるミカが――ひいては、それを宿す栗原先生が特別扱いされるであろうことは予想していた。
けれど、まさか顕霊そのものとは無関係の召喚者まで歓迎されることになるとは思わなかったのだ。
その理由がわからず、困惑を隠せないままに俺はクロエルさんへと問いかける。
「それは……いったいどうして?」
「さあ、それはわからない。ただ、この感性は霊峰オルトスク内部特有のものだと思うよー? そうだよね、エルセナ?」
「はい。確かに、異世界の召喚術式は精霊教会の所有ではありますが……その管理、および召喚者の扱いについてはファレンジア王国に一任している状態です。召喚者に関しては確かに関心は持っていますが、そんな無条件に好意的な反応を示す、というのは一般的な精霊教会の考え方にはありません――いえ、これはわたくしが未熟であるが故なのでしょう」
「はいはい、本気で反省しなくていいから。現地に行くんだから、聞いてみりゃいいでしょ」
顕霊人形なる存在でありながら精霊教会への信仰を示すという、何とも変わった人物であるエルセナさんだが、そんな彼女でもオルトスク内の信徒の反応には心当たりがないらしい。
しかし、クロエルさんがその理由について言及しなかったということは、裕也自身まだその情報を手に入れられていないのだろう。
果たして、どのような理由で俺たちのことを歓迎してくれているのか。
とはいえクロエルさんの言う通り、オルトスク内の一般的な信徒にまでその考え方が浸透しているのなら、聞けばその情報は手に入れることができるだろう。
「んでもって、誰が貴方たちを呼び出したのかについてだけど……どうやら、大司教ローデリヒの主動であったみたいだねぇ」
「『天眼の聖女』ではなく、ということですか」
「そゆこと。ま、遮断結界が張られている関係上、大神殿内部までは調査が及んでないから、それ以上の詳細な情報までは手に入ってないんだけどね」
先生の言葉に、クロエルさんは頷きながらそう答える。
大司教ローデリヒ氏――その人物から連絡があり、栗原先生が呼び出されることになったとは知っていた。
その動きそのものが、精霊教会全体としての動きではなく、大司教ローデリヒ氏の派閥の動きである可能性が高いということなのだろう。
トップである『天眼の聖女』はそれに賛同したのか、あるいは黙認したのか。
どちらにしても、そこまで調査の手は及んでいないということなんだろう。
「裕也でも、そこから先は調べられませんでしたか」
「大神殿に張られてる結界は、魔力による干渉が遮断されちゃうからねぇ。外部からの遠隔的なゴーレム操作は不可能だし、今の段階じゃどうしようもないかな。あーしらが現地に着けばその限りじゃないけど」
「……ウチらが結界内に入って、そこからゴーレムを操作するってことっすか」
「そうなるね。そういうことだから、あーしらもできる限り護衛として皆には付いて行きたいところではある――けど、全員が行ったらそれはそれでリスクが高い。内部まで付いて行くとしたら、あーしとエルセナかな」
確かに、エルセナさんは精霊教会の信徒でもある。
護衛という形で内部まで入り込むのも、比較的やり易いだろう。
しかし、その言葉に対してフォルトさんは不満げな様子だった。
「ウチとディークは留守番っすか」
「仕方ないっしょ、二人とも見た目から目立つし、隠密行動には向かないし。それに口下手なディークだけ残すのもねぇ」
不満はあるものの、論理としては納得せざるを得ないのか、フォルトさんはそこで口を噤んでしまった。
それに対して謝罪のゼスチャーをしつつも、クロエルさんは俺たちへと向けて言葉を続ける。
「というわけで、教会上層部の内情についてはまだ不明確。どんな思惑があるかもわからないから、警戒は続けないとダメだろうねぇ」
「そうですか……とりあえず、そちらについては了解です」
「……あの、クロエルさん。調べていたらでいいですが、一つ聞いてもいいですか?」
「お、なになに?」
一つ、確認しておきたいことがあり、クロエルさんへと問いかける。
俺からの質問に何故か目を輝かせた彼女は、すぐさまこちらに先を促してきた。
不思議な反応に疑問を覚えつつも、俺は一つ確認したいと思っていた内容を口にする。
それは――
「大司教ローデリヒ氏は、どんな人物なんでしょうか?」
「それは、今調べられている範囲で、ってことだよね?」
「はい、それは勿論。つまり……一般的な信徒たちの話題に上がるローデリヒ氏が、どんな人物像なのかを知りたいんです」
勿論、それが当人の性格と完全に一致するかどうかはわからない。
何かを隠している可能性も、非常に高いだろう。
けれどその上で、一般的にどんな人物だと思われているのかについては、知っておくべきだろう。
クロエルさんは、そんな俺の疑問に対し、にやりと笑みを浮かべながら声を上げた。
「あくまでも、一般的な信徒たちの目線だけど――かなり、理想的な聖職者だねぇ。聖人だと呼ぶ人もいるみたいだよ」
「つまり、純粋に聖職者として能力が高く、相応の地位を有している人物ってことですか」
「現状の情報から判断できるのは、そういう評価になるだろうねぇ」
その言葉に、俺は思わず沈黙する。
理想的な聖職者。そんな人物が、果たしてどのような目的で栗原先生を呼び出したのか。
その思惑を知ることこそが、最も重要な課題になることだろう。
「霊峰オルトスクへの到着まで、そう遠くはない。あーしらも、調査と準備はきっちり続けておかないとね」
そう締めくくるクロエルさんの言葉に、俺もまた深く首肯していたのだった。




