090:内部の探索
第二の結界内に入ることは、苦労はしたものの不可能ではなかった。
単純に中に入るだけであれば、通る人々に便乗する形で侵入すれば問題はなかったからだ。
とはいえ、それが可能なのは小型の虫ゴーレムだけ。
獣型は勿論、鳥型についてもその方法を使用することはできなかった。
しかし――
「いや……何が役に立つかわからないもんだね」
思わぬ結果に、僕は思わずそう呟く。
今回、思わぬ形で役に立ったのは、何とモグラ型のゴーレムだった。
半分冗談半分期待で作ったゴーレムだったのだけど、コイツで掘った穴が思わぬ形で役に立ったのだ。
勿論、そこまで大きな機体ではないため、穴を通れるのはネズミや小鳥程度の大きさのゴーレムたちだけだ。
けれど、人の目に付かない形で、人間が通るタイミングに同期させながら小動物ゴーレムを内部へと輸送することができる。
人間が暮らしている場所に中型以上のゴーレムは必要ないし、十分な成果であると言えるだろう。
それにより、ようやく見えてきた霊峰オルトスクの内部は――ある種、イメージ通りの光景が広がっていた。
「何だか、不思議な場所だね」
「そうだね。俗世から離れた聖職者たちの街、か」
霊峰オルトスクの内部にあったのは、ほとんどが自給自足で成り立っている生活の様子だった。
内部で暮らす人々は、生活に必要なもののほとんどを自分たちで生産し、完結した生活を送っている。
勿論、完全に外部と切り離すことができるわけではないが――この生活に満足できる人々ならば、外界のことを一切知らずにこの中で生きることができるだろう。
まるで箱庭のような場所。ここがマナ偏重地帯であることを忘れてしまうような、平和な光景だった。
「マナの割合は相変わらず異常ですが……それによる現象も発生していません。他のマナ偏重地帯の例とは比較できない場所です」
「光属性特有の状態なのか、或いは他のマナ偏重地帯とは根本的に何かが異なるのか――まあ、現状では何とも言えないか」
今のところ、マナが偏っている現象の要因を特定することはできない。
それがわからない以上、このエリアが安定している理由も探ることは難しいだろう。
ともあれ、それよりもまずはこの街の情報をもっと精査するべきだ。
精霊教会は何を目的として栗原先生を呼び出そうとしたのか。僕たちに必要なのは、何よりもその情報だ。
「……当然だけど、『天眼の聖女』や大司教ローデリヒ氏がいるのは、あの大神殿の中だよね」
「他に自宅とかがあるなら別だけど……何か、他の場所って偉い人が住んでる感じじゃないよね」
中央の大聖堂と比較し、その周りで暮らす人々の住まいは質素に見える。
まあ、ほぼ自給自足であるため、それでも十分なのかもしれないけど――何にせよ、教会のお偉いさんが暮らしているような場所には見えない。
残念ながら、目標となる両者は間違いなくあの大神殿の内部で暮らしていることだろう。
しかし、そうなると非常に厄介であると言わざるを得なかった。
何しろ――
『大神殿の結界を解析しました。非常に強固な防御、および遮断結界です。あらゆる術式は、あの結界を通して効果を発揮することはできません』
「……つまり、ゴーレムたちを内部に侵入させれば、その時点で通信は途切れるってわけだ」
『申し訳ありませんが、その通りです』
ブライトの出した結論に、思わず眉根を寄せる。
あらゆる術式の効果を遮断してしまう結界。それが、大神殿全体に施されているのだ。
これに関しては、仮に侵入できたとしても内部に入り込んだ時点で効果が発揮されてしまうため、どう足掻いても回避することはできない。
つまり、現状では大神殿内部の情報を集める方法が存在しないのだ。
「参ったね。これはつまり、完全自律型の魔道具じゃないと意味が無いってことだよね」
「……残念ながら、そうなるでしょう。いかがしますか、マスター」
「専用に自律行動する魔道具を作りだそうとしても時間が足りないし、どうしたところで制御が甘くなる。『天眼の聖女』の懐で、そんな真似はできない。となると……クロエルたちの到着を待つしかないか」
「そっか、クロちゃんたちなら中に入っても自分の判断で動けるんだ」
僕の結論に、エリちゃんは納得した様子でぽんと手を打つ。
ある種、顕霊人形は完全自律型の魔道具であると言える。
クロエルたちならば、大神殿内部に入ったとしても問題なく動き回ることが可能なのだ。
勿論、モニタリングできなくなるという危険はあるけれども、そこはクロエルのことを信頼している。
「とりあえず、結界の情報についてはクロエルたちに伝えておくこととして……僕たちは僕たちで、できることをしておこうか」
「今見える範囲での情報収集?」
「そうだね、現状で可能な範囲で調べておくしかない。できれば、別方面からも調べられれば良かったけど……」
残念ながら、有効な情報収集手段を見つけることはできなかった。
『天眼の聖女』がハイエルフであるということで、リシーならば何かを知っているかとも思ったのだけど、生憎とどこの氏族の出身かすらもわからないらしい。
まあ、千年以上前から存在している人物であるし、その出自が不明であっても――何なら、既にその氏族が消滅してしまっていても不思議ではない。
いや、それ以前に――
「……まあ、いい。アイ、細かな情報でもいいから雑多に収集を。ブライトは収集した情報の分析をお願い」
「承知いたしました」
『お任せを、我が主君』
僕の指示に従い、アイたちは情報収集を再開する。
さて、果たして想定通りに上手く行くのかどうか――とにかく、今はこちらにできる範囲のことを行っておくとしよう。
* * * * *
「ほらガキンチョどもー、今夜は肉だぞー」
「うおおお! 流石だぜクロエルさん!」
襲い掛かってきた魔物を返り討ちにして、手早く処理してしまったクロエルさんたちは、その肉を掲げながら俺たちへと告げる。
結構な大きさの肉塊を目にして、剛志は快哉の声を上げていた。
俺としても嬉しいけど、目の前で倒した魔物を解体されても普通にそう感じるようになってきた辺り、色々と慣れてしまったものではある。
「にしてもディーク、ちょっとは慣れたんじゃない? 無駄に傷つけずに仕留められて偉いじゃん」
「ぬ……訓練の、おかげだ」
「はいはい、そうだねぇ。剣術訓練に付き合ってくれる子たちには感謝しないとだよねぇ」
「……む」
大柄な剣士、ディークさんは、剣術についてかなり熱心に取り組んでいる人物だった。
その熱意は本物で、休みの間も暇さえあれば剣を振るっているほどだ。
特に、剣術に優れる和久井とはよく手合わせをしていて、俺もそこに混ざる形で訓練を行っていた。
それを含めても大変無口なのだが、考えていることはわかりやすい。
どこまでも、剣の腕を磨くことに実直な、そんな人物だった。
「んじゃエルセナ、残った部位は埋めちゃってね」
「ええ、埋葬いたしましょう」
一方でエルセナさんは、地属性の魔法を操る聖職者だ。
彼女がその長杖で地面を叩いた瞬間、解体された魔物の下の地面は蠢き、その部位を地面の下へと呑み込んでいく。
魔法の発動は大変スムーズで、発動後の痕跡もほとんど見えない、見事な魔法だった。
(……どこからどう見ても、人間にしか見えないな)
この四人の正体は、裕也から既に伝え聞いている。
その上で――どこからどう見ても、彼らは人間にしか見えなかった。
裕也は、実に驚くべき技術を確立させたものだ。
と、そんなクロエルさんが、ふと視線を上げて沈黙した。
「クロエル? どうしたっすか?」
「……うんにゃ、何でもないよー。ほら、片付け終わったならとっとと進もう。目標地点まで、まだ到達してないからねぇ。ほら、これ凍らせて?」
「まあいいっすけど……」
肉の塊を包み、フォルトさんの魔法で凍らせながら、クロエルさんは馬車の方へと戻ってくる。
そんな彼女の視線は――ちらりと一瞬だけ、俺の方へと向けられていたのだった。




