088:記録の謎
「……何だこれ?」
少しでも精霊教会に関する情報を集めようと、ラボに残されていた書類を総ざらいした結果。
ようやっと見つけたクライヴによる記述に目を通して、僕は思わずそう呟いていた。
一つ目についてはまだわかる。けれど、二つ目の手記については殆どが神域検閲に引っかかっており、何が何だかわからないような状態だった。
(一つ目についてはまだいい……いや、この『天眼の聖女』の行動も謎が多いけど、納得できる範囲ではある。けど――)
二つ目、恐らくは『天眼の聖女』の素性に関する情報。
その部分は、念入りとも言えるレベルで検閲がかけられていたのだ。
その事実自体が、何かの秘密が隠されていると示していると共に――『天眼の聖女』の存在自体が、神域の判断で情報を封じられるほどのものであることを示していた。
「……思った以上に厄介かもしれないね、これは」
「うーん……全然、何が書いてあるのかわからないね」
僕と同じく目を通したエリちゃんも、感想は同じようなものだったらしい。
しかしその表情の中には、今まさに霊峰オルトスクへと向かっているクラスメイト達を心配する感情が込められていた。
無理もないけれど、残念ながら今更それを避けることもできないだろう。
とにかく、可能な範囲で情報を把握するしかない。
「まず前半だけど、この時点でわかる情報は少ない。ただ……『境界の賢者』は、『天眼の聖女』を一目見た瞬間に何かに気付いたようだ」
「それがこの、後半部分で隠されてる内容なんだろうね。とりあえず……何かができてると、神域検閲に引っかからないで情報を読み取れる、ってこと?」
「それは……恐らく、そうなんだろうね。二つ目の手記を書いた頃のクライヴはそれに成功しているみたいだ」
それがどのような技術なのかは謎が残るところだけど――とりあえず、そういった概念があることだけは頭に入れておくこととしよう。
その上で、考えるべきことは二つある。
「こっちで気にするべきは二つ。『天眼の聖女』は何のためにクライヴたちを呼び出したのか。そして、『境界の賢者』が気付いたことは何なのか」
「うーん……どっちも、後半を含めても判断できないよね?」
「そうだね。クライヴの主観的な考えだし、正しいものであるかどうかはわからない。ただ……後者については、『天眼の聖女』の素性に関連してるんだろうね」
神域検閲を突破し、『天眼の聖女』に関する情報を把握できたからこそ、『境界の賢者』は何らかの懸念を抱くに至った。
その内容とは果たして何だったのか。恐らく、クライヴが気付けなかったという時点で、直接的に話題に出した内容ではなかったのだろう。
ただ、『天眼の聖女』という存在を一目見た時点で、それを把握できてしまうということなのか。
「……とりあえず、ここからだけだとわからないから、いったん保留かな」
「それじゃあ、次は後半部分? こっちはもっと何書いてあるかわからないけど……」
エリちゃんの言う通り、後半部分はかなりの量の検閲がかかっている。
おかげで、普通に読むことすらも一苦労だった。
とにかく、今は断片的にでも情報を拾っていくしかない。
「まず、『天眼の聖女』の素性。あのクライヴが驚愕するほどの存在だ。ただ、それに関する情報は念入りなレベルで隠されてる」
「精霊教会のトップってだけでもびっくりな素性だと思うんだけど、それどころじゃないレベルってことなのかな?」
「神域検閲がかかるレベルだからね。この世界にとって重要な何かなんだろう」
とはいえ、現状で神域検閲を突破する手段がない以上、それを把握することはできない。
今現在で言えることは、『天眼の聖女』が想像していたよりも遥かに重要な存在だったということだろう。
「ただ……その情報がわかれば、精霊教会の行動そのものが納得できる、みたいだね?」
「それが僕としてもわからないところでね……どんな理由があったところで、精霊教会の活動内容は謎そのものだ。どうこじつけようとしても、理由が出てこない」
あれほどの巨大組織を、単なる慈善活動で千年も運用する――あまりにも理解から遠い存在だ。
果たしてどんな理由があれば、そんな行動に納得できるというのだろうか。
けど、クライヴは確かに理解を示している。『天眼の聖女』の行動は、その素性に照らし合わせれば適切なものということなのか。
「まあ、とりあえず……納得はできないけど、『天眼の聖女』はその立場から発生する理由で精霊教会を運用している、っていうことなんだろうね」
それは世捨て人か、はたまた聖人か。
僕には到底理解できない感性だけれども、千年も生きていればそういうこともあるのかもしれない。
ともあれ、『天眼の聖女』には慈善活動で平和を維持する理由があり――『境界の賢者』は、恐らくはその理由のために術式剥離をしてまで異世界召喚の術式を完成させた。
それほどの力を持っていた固有魔法使いが、己の命を捨ててまで成し遂げなければならない程の何かがあったのか。
そこまで考え――ふと思いついた疑問に、僕は眉根を寄せた。
「……『境界の賢者』は、何のために異世界召喚の術式を作ったんだ?」
「ん? 聖女様の活動理由に関連するから、今じゃわからないってことじゃないの?」
「うん、そう。それはそうなんだけど……『天眼の聖女』が持っている理由がどんなものなら、異世界から人間を召喚しようなんて考えになるのか、それがわからなくて」
僕の言葉に、エリちゃんは目を見開いて動きを止め、沈黙してしまった。
異世界からの、人間の召喚。それ自体がかなり突飛な考えではあったけど、現れる人間が固有魔法使いになるという時点でメリットがあることは理解できた。
けれど、その成り立ちとなったのが『天眼の聖女』との面会だったとなると、疑問を抱かざるを得なくなる。
果たして、『境界の賢者』は何を見たのか。どうして、己の命を捨ててまで異世界召喚の術式を完成させたのか。
「エリは……異世界からの召喚って、魔族に対抗するためなんだって思ってたんだけど」
「僕もその考えはあった。現時点でも、その可能性が否定されるってわけじゃない。ただ……『天眼の聖女』の存在があまりにもノイズだ」
僕には、『天眼の聖女』を一目見ただけで『異世界から人間を召喚しなくてはならない』と考える理由がわからない。
そしてそれに関して、クライヴは間違った判断であるとも言っていない。
可能であれば別の方法を模索したかったけれど、問題自体は解決されたということなのだろう。
果たして、『天眼の聖女』と『境界の賢者』は、どのような情報を共有していたのだろうか。
「……マスター。監視ゴーレムの部隊が、現地に到着しました」
「っと……とりあえず、考察は一旦ここまでかな。ありがとね、エリちゃん」
「何かスッキリしないけどねぇ」
報告にやって来たアイの言葉に、僕はクライヴの手記を机においてそう告げる。
エリちゃんの言葉に関しては完全に同意で、思わず嘆息を零してしまう。
とはいえ、いつまでも答えの出ない問いにばかり思考を割いてはいられない。
情報探索をするためのゴーレムたちは霊峰オルトスクに到着した。
とはいえ、まだその内部にまで侵入を果たせたわけではない。
ここから先は、慎重に事を運ばなければ。
「偽装は最大限に展開。まずは霊峰周辺の探索を。結界の類があれば、触れずに精査して。ゴーレムの指揮はアイ、そして収集情報の精査はブライトが担当。いいかな?」
「承知いたしました、マスター」
『命令を受諾いたしました』
霊峰に侵入するにしても、慎重に行わなくてはならない。
結界の類があることは間違いないだろうし、果たして普通に通って問題ないものなのかをまずは把握する必要がある。
晃司たちが到着するまでに、可能な限り情報を集めなくてはならないが――それでも、『天眼の聖女』は最大限警戒しなくては。
慎重に、けれど迅速に、霊峰オルトスクの内情を丸裸にしていくこととしよう。




