086:霊峰オルトスクへ
あれから一週間ほどの後、俺たちは霊峰オルトスクへと向けて出発した。
メンバーは、いつもの俺と鏡花ちゃん、剛志と西村さん。
それから、主題である栗原先生と、ファレンジア王国の代表としての箱崎先生、それから宰相が選んだ文官の人。
更に、今回も移動を担ってくれている本郷とハクロ。
最後に、希望者である蓮杖君と六錠さん、和久井。そして裕也が付けてくれた探索者のパーティだった。
いつもより大所帯になってはいるものの、移動速度が遅くなるようなことは無い。
それは偏に、本郷のために誂えられた大型の連結馬車のおかげだった。
「やっほー、皆はどんな感じ?」
「わっ……クロエルさん」
窓の外をぼんやりと眺めていた俺の視界に、上から顔が割り込んでくる。
わざわざ帽子を押さえながら覗き込んできたのは、屋根の上で警戒に当たっているクロエルさんだった。
あの後、一応裕也からは話を聞き、彼女たちが人造人間のような存在であることは話を聞いている。
人工的に顕霊を生み出し、自動人形の肉体を与える――普通に考えてありえないような技術を、裕也は確立させたのだ。
親友として誇らしく思いつつも、その想いは胸に秘めながら、俺はクロエルさんへと声を返した。
「特に問題は無く、快適なもんですよ」
「そりゃ何よりだねぇ。ま、今回は一応ファレンジア王国としての正式な用事だし、国の刻印が付いた厳つい馬車を襲いに来るような奴はそうそういないだろうけど」
前回の遠征とは異なり、今回は一応、ファレンジア王国としての立場を明かしたうえでの仕事だ。
まあ、使者という程のものではないのだけど、それでも正式なものであることに変わりはない。
当然ながら、この馬車にはファレンジア王国の刻印が刻まれていて、その立場を周囲へと示していた。
かといって、王侯貴族が乗るような豪華なものには見えず、装飾を排した質実剛健な造り。
襲いに来るには、少々リスキーに見える代物なのだろう。
「でも、魔物はそんなことわかりませんよね?」
「まあ、そりゃねぇ。でも、それぐらいならあーしらが何とかするって。それが仕事なんだからさぁ」
「あはは……頼りにしてます」
出発前の顔合わせで少しばかり手合わせをして貰ったが、クロエルさんたちは確かな実力者だった。
特に、クロエルさんとディークさんの二人は、接近戦で上回ることができるのは固有魔法を発動した和久井だけだった程だ。
まあ、和久井の術式と装備は反則のような物なので、間違いなく戦闘能力は高いと断言できるだろう。
そんな和久井はディークさんから興味を持たれたのか、休憩のたびに手合わせを挑まれるようになっていた。
「畏まる必要は無いって。あーしらはあくまでも、自分たちの都合でこの仕事を請けてるんだからさ」
「……それ、アイツも行ってました。『楽しんで仕事をしているだけだ』って」
「しっしっし、ボスはよくわかってるねぇ」
裕也曰く、顕霊人形たちは各々が独自の執着を持っているという。
彼らはその執着に従って行動し、その活動の中で裕也が必要とする情報を集めているらしい。
正直、普通に情報を集めるだけなら、普段のゴーレムを使った方が効率はいいのだろう。
恐らく、裕也が求めているのはあらゆる領域に対しての影響力だ。
(これまでは情報を集めても、直接操作をするには手間があったはずだ。でも、こうして現地で動ける戦力が増えたなら……)
裕也はこれから、できることを爆発的に増やしていくつもりなのだろう。
顕霊人形というのは、そのための戦力である筈だ。
裕也にとっては、ようやくこの世界での活動が始まったようなものなのだろう。
――そんなことを考えていた俺に対し、クロエルさんはにやりとした笑みを浮かべながら声を上げた。
「こりゃまた、エリーちゃんも大変だねぇ」
「……? クロエルさん?」
「うんにゃ、何でも無いよー。んじゃ、あーしは警戒に戻るから、また休憩時間にでもねー」
そう告げて手をひらひらと振ったクロエルさんは、そのまま馬車の屋上へと戻っていく。
態度は非常に緩いけれど、何だかんだで仕事に対しては非常に真面目な人物のようだ。
これならば、ここから先の道中も安心して進むことができるだろう。
「道中は問題なし、か。後は、現地に着いてからどうなるか……」
呼び出された、というか招待された栗原先生。
果たして、精霊教会は先生に対して何をする目的なのだろうか。
それがわからない現状では、決して油断することはできない。
現地に到着してからも、気を抜かずに動いていくこととしよう。
* * * * *
「……どうだったっすか、クロエル?」
「うーん、そうだねー」
大型の馬車、その屋根の上。
胡坐を組んで座り、抜けるような青空を眺めていたクロエルは、横から掛けられた声に気のない返事を返す。
声をかけてきたのは、パーティメンバーであるフォルトだった。
小さな体に大きな杖を抱えた彼は、そんなクロエルの様子に呆れを交えながら続ける。
「そうだねじゃなくて……ご主人の親友でしょ、あの人。どうなんすか?」
「えー、それあーしに聞くの? 自分で見て判断すればいいっしょ?」
「ウチからすれば興味の対象っすよ。固有魔法使いなんて、それだけで面白いんっすから。けど、ウチらにとってはそれだけじゃ済まない人でしょ?」
魔法使いとしての成り立ちを得た顕霊フォルトは、魔法及び術式に対し興味と執着を抱いている。
そのため、多様な固有魔法を有している召喚者たちは、ただそれだけで彼にとって興味の対象だった。
けれど同時に、彼は顕霊人形としての仕事そのものも大切にしている。
あまりにも高度極まりない術式の数々によって生み出されたが故に、その存在そのものを奇跡の産物として認識しているのだ。
だからこそ――この世界で活動する顕霊人形として、その創造主が最重要視する存在を無視することはできなかった。
一方で、クロエルは頬杖を突きながら、ぼんやりとした調子のまま返す。
「あーしは保留。ぶっちゃけ、今の時点で判断下す方がおかしいっしょ」
「それは……そうかもしれないっすけど」
「どの道、これから先も長い付き合いになる相手なんだから、ゆっくり見極めていけばいいって」
性急な気のあるフォルトに対し、クロエルはどこまでもマイペースだった。
何も急ぐ必要は無いとばかりにのんびりと、馬車の屋上にごろんと寝転がりながら告げる。
「まあ、あーしはエリーちゃんの味方だからさ、その点ちょっと厳しめの採点ではあるけどねー?」
「めっちゃ私的な感覚じゃないっすか」
「そんなもんでしょ。ま、ボスの言うことはちゃんと聞くから、そこは安心してよ」
「ウチが気にしてるのはそこじゃないって、わかってるでしょ?」
半眼で覗き込んでくるフォルトの言葉に、クロエルはただ薄く笑みを浮かべる。
闇属性の顕霊クロエル――故に彼女は、その属性の性質に強い適性を持っている。
闇属性の持つマナ特性には精神感応があり、端的に言えばある程度相手の心を読むことができるのだ。
直接話をしたが故に、晃司のことを読むことができただろうと、フォルトはそう指摘しているのである。
けれど――クロエルは、嘆息と共にその言葉を否定した。
「だから、保留って言ってるっしょ? 彼はね、どこまでも光なんだよ」
「はあ……?」
「一部の隙も無いような光のマナ。まるで精神に陰りが無いんだろうねぇ……ああも眩しくちゃ、あーしでもちょっとしか読めないよ」
その言葉に、フォルトは大きく目を見開く。
顕霊であるクロエルすら見通せないような、光のマナの塊。
それが天堂晃司であると、そう告げているのだから。
「直接話してりゃ、少しは伝わってくるけど……残念ながら、深くは読み取れないね」
「クロエルですら、見通せない程っすか……」
「そ、だから保留。ま、人となりは自分で判断するんだねー」
そう告げて、クロエルは意識を周囲の警戒へと戻す。
平和な道中とはいえ、何も起こらないとは限らないのだから。
どこか納得できなさそうな様子のフォルトを横に、クロエルはただ己の仕事へと没頭していったのだった。




